鉄面皮
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~小野瀬vision~
恥ずかしながら、俺は、『鉄面皮』という言葉の意味を、ごく最近まで誤解していた。
『鉄面』すなわち、何があっても表情を変えない、ポーカーフェイスの事だと思っていたのだ。
たとえば取り調べの時の穂積のような。
犯人の動機も行動も全てお見通しのくせに、供述を引き出す為に、何食わぬ顔で言いたいことを言わせておく。
時には、眉ひとつ動かさずに嘘さえついてみせる。
そして、穂積の手の上で転がされていた事に気付いた犯人が後でどれだけ歯噛みして悔しがろうと、唇の端で笑うだけ。
まさに、穂積が星野リカにそうしたように。
それが『鉄面皮』だと。
だが違った。
それを教えてくれたのは、やはり穂積だった。
星野リカの事件を、穂積率いる捜査室のメンバーたちが力を合わせて見事に解決したのは、ほんの数日前の事。
トリックが多用され、入り組んだ状況から真犯人を導きだしたとして、緊急特命捜査室が上層部からも高い評価を受けることになった事件だった。
だが、実はこの時、警視庁の記録には残らない、もうひとつの大事件が解決した事を知っていたのは、俺だけだった。
小野瀬
「それで?それで?」
この場所は、俺と穂積の行きつけのバー。
いつものようにカウンターに並んで飲み始めたのだが、いつもと違うのは、俺が、焼酎のお湯割りのグラスを握った穂積の腕を、肘から押さえつけて詰問している事。
穂積
「何がだよ」
穂積が嫌そうに顔をしかめる。
俺はもう片方の手を穂積の肩にまわして、ニコニコしながら奴の耳元で囁いた。
小野瀬
「櫻井さんだよ。告白したんだろう?」
穂積の顔が赤くなる。
小野瀬
「長年想い続けてきて、捜査室に異動させて、毎日傍で成長を見守って。ここで事件が解決したから、お前の事だ。彼女に告白したんだろう?」
俺が重ねて尋ねると、色白の穂積は耳まで真っ赤に染めたが、それでも黙秘していた。
小野瀬
「いいじゃない、聞かせてよ。今夜は俺がおごるから」
穂積は警察官として将来性抜群の、いわゆる超エリートだ。
しかもヨーロッパの血が色濃く出た金髪碧眼の美貌で長身。
性格は悪魔だが、職場での人付き合いが上手で、人望がある。
もちろん、庁内の女性の憧れの的だ。
その穂積が恋をしたとなれば、大事件だろう?
悪友の俺でなくても、顛末が気になるだろう?
ましてこの恋に関しては、俺は以前から、折に触れて穂積から相談を受けていた。
となれば当然、その成り行きを尋ねる権利はあるだろう?
粘る俺に、とうとう穂積が折れた。
穂積
「……事件が解決して……捜査室で二人きりになった時……俺の気持ちを打ち明けた」
いつも目を見てハキハキ喋る穂積が、真っ赤な顔で俯いて、ぼそぼそ呟くように話を始めただけでも俺は噴き出してしまいそうだったが、そこはぐっと抑えて身を乗り出す。
小野瀬
「どんな風に?」
穂積
「……『食事に行こうか』って」
まずはそこからか。
小野瀬
「うんうん」
穂積
「俺は『お前の好きなものを食べさせてやる』って言ったんだが、櫻井は『室長の食べたいものは何ですか?』って言って……俺は、可愛いなと思って」
穂積はその時の事を思い出して照れているのか、グラスを持っていない方の手で、口元を覆った。
穂積
「……もう、いいだろ?」
小野瀬
「何だよ!これから告白するんだろ?!」
俺は思わず穂積の手を握り締めた。
穂積
「そうだけど。そんなの聞いたって面白くないだろうが」
穂積は唇を尖らせて俺の手を押し返すと、焼酎のグラスをあおった。
小野瀬
「いいや、聞きたいよ!穂積がどうやって口説いたのか、櫻井さんが何て返事をしたのか」
俺はすかさず、マスターに穂積の酒のおかわりを注文した。
小野瀬
「ほら、ほら飲んで。それで、続きを話して?聞きたい。すっごく聞きたい」
穂積は肘をついた両手で目から下を隠しながら、横目で俺を睨んだ。
穂積
「キスした」
穂積と目が合って、俺は、目をしばたたいた。
小野瀬
「…………はぁ?」
穂積
「だから。『何が食べたいですか?』って訊くから、キスした」
穂積の目が泳いでいる。
小野瀬
「お前メチャクチャだな!」
穂積
「『今のキスは何ですか?』って訊かれた」
小野瀬
「当たり前だ!」
俺は半ば呆れながらツッコむ。
穂積
「俺は『キスしたいと思ったからキスした』って言って……もう一度、キスした。いや、二、三度したかな……?それから、『好きだ』って言った。『ずっと好きだった』って」
順番逆だろ。
小野瀬
「いきなりキスして、よく怒られなかったな!」
穂積
「前に頬にキスした時に、拒まれなかったからな。もしかしていけるかな、と思った」
小野瀬
「それにしても……いや待て。『ずっと好きだった』の返事は?」
俺が本題に戻ると、穂積は目を細めて、顔を隠していた手を外した。
穂積
「聞きたいか?」
穂積に訊き返されたその途端、俺は、突然バカバカしくなってしまった。
現れた穂積の顔が、もう答えを俺に教えていたからだ。
穂積
「『室長と捜査室でこんな風にしているなんて信じられません』なんて言うから、『俺も』って答えた。それから……」
小野瀬
「あー、もういい」
俺は穂積から手を離して、自分のグラスの烏龍茶を飲んだ。
穂積
「聞けって。俺はもう結婚しろと周りから言われているが、あいつはまだ若い。だから、『他の男も試してみたいだろう?』って言ったんだよ。そうしたら、あいつ、何て答えたと思う?」
今度は穂積が、グラスを持った俺の手を押さえる。
穂積
「なあ、何て言ったと思う?」
穂積はとんでもなく嬉しそうだ。
俺はその時、自分がまんまとこいつの策にはまった事に気付いた。
小野瀬
「もういいよ。そんなの聞いても面白くない」
穂積
「お前が聞きたがったんだぞ。俺がどうやって口説いたのか、櫻井が何て返事をしたのか」
穂積はニコニコしたまま、マスターに俺の烏龍茶のおかわりを注文する。
穂積
「ほら、ほら飲め。続きを話してやるから。聞きたいだろ?すっごく聞きたいだろ?」
小野瀬
「聞きたくないよ!」
穂積
「『他の人を試すなんてそんな気持ち、全くありません!』って言ってな。『……だって、私が好きなのは室長だもの』って!」
穂積は満面の笑顔を俺に向けた。
穂積
「あいつが、俺の事を好きだって!」
穂積は両手で顔を覆って、天を仰いだ。
穂積
「小野瀬、俺は今までの人生の中で、あんな幸せな気持ちになったことは無かった。正直まだ信じられない。夢なら叩き起こしてくれ。いや、起こさないでくれ」
もう手に負えない。
でも、穂積が嬉しそうならそれでいい。
何だかんだ言っても、俺は、こいつの笑顔が好きなんだ。
小野瀬
「お前って鉄面皮かと思ってたのに、彼女が絡むと全然違うんだな」
穂積
「?」
小野瀬
「全然ポーカーフェイスじゃない」
穂積はきょとんとした顔で俺を見た。
穂積
「『鉄面皮』って、ポーカーフェイスの事じゃないぞ」
小野瀬
「え、そうだっけ?」
穂積
「『鉄面皮』は、恥知らずで図々しい事だ」
穂積は、にっと笑った。
穂積
「まさに、今の俺だろ?……だから、お前の評価は合っている」
これには俺も苦笑するしかない。
自分で言うか普通。
小野瀬
「穂積は長生きするよ」
穂積
「俺もそう思う。だから、お前も長生きしろよな」
不覚にも涙が出そうになって、俺は、穂積に向かってグラスを上げた。
穂積も自分のグラスを上げて、チン、と俺のグラスに当てる。
小野瀬
「恋愛成就おめでとう、穂積」
穂積
「ありがとう」
穂積は少しだけ照れくさそうに笑った。
天使と悪魔の顔を持つ、警視庁ではたった一人の俺の親友。
こいつに恋人が出来たという事が、俺にとって退屈をもたらすのか、それとも共に幸せを感じられるようになるのか、まだ分からない。
でも今は、穂積が嬉しそうならそれでいい。
何だかんだ言っても、俺は、こいつの笑顔がたまらなく好きなんだから。
~END~