アメリカ外伝・2
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~*アメリカ外伝・2*~
~小野瀬vision~
穂積の帰国が決まった。
その日が迫ってくるにつれて、俺は、自分でも呆れるぐらい落ち着かなくなっていた。
桜の蕾とカレンダーとを見比べながら過ごす日々は、一日の長さが普段より長いような、短いような。
穂積の方も残務処理やら挨拶廻りやらで忙しいようだが、それでも、国際電話での声は弾んでいて、帰国を楽しみにしている様子が伝わってきた。
そして、帰国1週間前。
ロサンゼルス国際空港。
小野瀬
「…………来ちゃった」
そう。
俺は、なんと、ロスまで穂積を迎えに来てしまったのだった。
誤解の無いよう補足しておくけど。
これは、俺が、待ち遠しさを募らせたあまり暴走したわけではなくて。
数日前の国際電話で、穂積が、『チケット取るの面倒臭えな』から始まって、
穂積
『到着は羽田だっけ成田だっけ?』
穂積
『アパートの契約解除って当日でいいのか?』
穂積
『拳銃携帯してるんだけど、このまま持って帰っていいのかな?』
穂積
『俺のパスポートどこに置いたか知らねえ?』
などと、背筋が寒くなるような事ばかり並べ立ててきたからだ。
穂積という男は、どんな事でも人並み以上に出来る男だ。
ただ、どういうわけか、自分の身の回りの事が全く出来ない。
俺はそれを忘れていた。
俺は、翌日すぐさま自分と穂積の上司に相談し、その結果、穂積の帰国にまつわる身辺整理のため、正式にロサンゼルスに派遣される事になったのだった。
前回、ニューヨークには2日間遊びに来ただけだったが、今回ロスには1週間。
それでも全く余裕がない。
俺は毎日穂積を引っ張ってあちこち手続きに奔走し、へとへとになりながらも、どうにかこうにか、予定通りに帰国出来るよう、全ての身辺整理を終わらせた。
穂積
「小野瀬って優秀だなー」
当の本人はそんな感じで、あまりの悠長さにぶん殴ってやろうかと思ったけど。
(余談だが、この時、俺は穂積の帰国の手伝いなどせず、穂積自身が問題を解決するまで放っておくべきだった。
何故ならこれ以降、穂積は、自分の身の回りの面倒な事を、ほとんど俺に押し付けるようになってしまったから。
穂積が新幹線の切符の買い方を覚えようとしないのも、結婚式に行くのに香典袋を探したりするのも、いつも俺が代わりにしてやってしまったからだ。
だが、今ここではそれについて長くは語らない。
何故なら、もう、全てが後の祭りだからだ。)
帰国当日、空港に到着してタクシーを降りる頃には、俺は疲れ果ててぐったりしていた。
小野瀬
「……やってもやってもやり残した事があるような気がする……」
穂積
「あとは飛行機に乗るだけじゃねえの?そしたら、約12時間で成田だろ?」
穂積は相変わらず元気で、先に立って俺のスーツケースまで引っ張っていってくれる。
……お前も少しは悩め。
ところが、出発ロビーに到着して、驚いた。
そこには大勢の老若男女が待っていて、穂積の姿を見ると大歓声を上げたからだ。
平日の昼間だというのに、100人を超える人々が穂積の見送りに来たと知って、俺は仰天してしまった。
風格のある男性は、ロス市警の副署長だそうだ。他にも各部の部長、課長たちが、次々に穂積を抱き締めたり、肩を叩いたりする。
どの顔にも、穂積への純粋な愛情が溢れていた。
制帽や制服、バッジなどのグッズもどっさり手渡され、穂積の両手でも抱えきれないほど。
同僚たちは明るく壮行歌を歌い、順番に励ましや別れの言葉を言いながら、穂積を小突きまわした。
女性たちはさらに過激だ。
みんなして穂積を取り囲んだかと思うと、めちゃくちゃに抱きついたりネクタイをむしり取ったり、この時とばかりに熱烈なキスの雨を降らせたり。
中にはなんとニューヨーク市警のジョーも来ていて、みんなにもみくちゃにされて動けない穂積にしがみついて、泣きながら濃厚なディープ・キスを見舞っていた。
『ルイ!愛してるわ!』
『絶対にまた来いよ!』
『元気でな!』
『元気でね!』
ようやく解放された穂積は顔じゅうにキスマークをつけたまま、たくさんの声援に応えて、きっちりとロス市警式の敬礼を返した。
こうして、ロス市警の面々&ニューヨーク市警のジョーとホットドッグ屋の親父たちの盛大な見送りを受けて、穂積と俺とは、ついに、ロサンゼルス国際空港を飛び立ったのだった。
小野瀬
「凄い見送りだったね」
たった半年間の日本からの研修生には似つかわしくない、盛大なセレモニーだった。
穂積
「やり過ぎだろ。犯されるかと思ったぞ」
穂積は、さっきから、キャビンアテンダントにもらったおしぼりを、両手で顔に当てている。
キスマークが消えない、と言いながら穂積がおしぼりを離さないその本当の理由に、俺は気がつかないふりをした。
しばらく仮眠をとって目覚めると、穂積は起きていて、髪を櫛で梳いていた。
空港には刑事部や警備部の部長が出迎えに来ているはずで、ネクタイを取られた上に髪が伸び放題では、さすがにまずいと思ったんだろう。
動き出した俺に気付いて振り返り、おはよう、と微笑む。
その顔は、もう、いつもの穂積だった。
研修の間伸ばしていた髪は、俺よりも長い。
それを、首の後ろでひとまとめに縛ろうとしているらしい。
小野瀬
「貸して」
穂積
「ん?」
俺は穂積の手から櫛を受け取ると、穂積に身体を捻るように促して、俺に背を向けさせた。
穂積の髪はさらさらなので、縛るのは意外と難しい。
小野瀬
「伸びたね」
穂積
「前髪は自分で切ってたんだけどな」
小野瀬
「休みに理容室に行く時間ぐらいあっただろ」
穂積
「知らない奴に髪を触られるのが嫌いなんだ」
小野瀬
「俺はいいの?」
ちょっとだけ嬉しくなって、俺は訊いた。
穂積
「お前なんか怖くねえよ」
背中を向けたままだけど、穂積が笑ったのが分かった。
そうか。
穂積の弟の瞳くんに聞いた事がある。
穂積が髪に触られるのを嫌がるのは、幼い頃から毎日のように金髪をからかわれたり、引っ張られたりしたからだと。
時には血が出るほどむしられたり、ハサミでバサバサに切られて帰って来た事もあったと。
小野瀬
「綺麗な髪だよ」
俺はヘアゴムを一気に締めて、細く柔らかい髪をまとめた。
穂積
「ありがとう」
俺の言葉に応えたのか、髪を縛り終えた事に礼を言われたのか分からない。
分からないけれど、どちらにせよ、感傷的な気分に浸っていたのは俺だけだったようだ。
顔を上げた穂積はもう、プライベートの表情ではなかった。
穂積
「見ろよ、小野瀬。東京だ」
穂積に誘われて窓から眺めれば、遥か前方の眼下に、高層ビルの林立する首都の遠景が見えてきていた。
穂積
「事件が起きてる」
こいつの目には、もうすでに、あの街を走る警察官たちの姿が見えているんだろうか。
小野瀬
「そうだね」
俺は頷いてから、懐かしそうに目を細めている穂積の横顔を見つめた。
今も、そしてこれからも、俺たちはあの街で事件を追い、事件に追われ続ける。
そうして走り続けるんだ。
今日からまた肩を並べて、穂積が俺の隣を走ってくれる。
~END~
→最後までお読み頂き、ありがとうございます。
☆この設定で清香様が書いてくださった番外編「ニューヨーク珍道中 *清香様からの頂き物」が特別展示室にありますので、そちらもどうぞ。
☆また、さらに続編「アメリカ外伝・3」がリレーSSでお楽しみ頂けます。
ニューヨーク市警から東京に研修にやってきた3人が巻き起こす騒動をご覧下さいませ。
~小野瀬vision~
穂積の帰国が決まった。
その日が迫ってくるにつれて、俺は、自分でも呆れるぐらい落ち着かなくなっていた。
桜の蕾とカレンダーとを見比べながら過ごす日々は、一日の長さが普段より長いような、短いような。
穂積の方も残務処理やら挨拶廻りやらで忙しいようだが、それでも、国際電話での声は弾んでいて、帰国を楽しみにしている様子が伝わってきた。
そして、帰国1週間前。
ロサンゼルス国際空港。
小野瀬
「…………来ちゃった」
そう。
俺は、なんと、ロスまで穂積を迎えに来てしまったのだった。
誤解の無いよう補足しておくけど。
これは、俺が、待ち遠しさを募らせたあまり暴走したわけではなくて。
数日前の国際電話で、穂積が、『チケット取るの面倒臭えな』から始まって、
穂積
『到着は羽田だっけ成田だっけ?』
穂積
『アパートの契約解除って当日でいいのか?』
穂積
『拳銃携帯してるんだけど、このまま持って帰っていいのかな?』
穂積
『俺のパスポートどこに置いたか知らねえ?』
などと、背筋が寒くなるような事ばかり並べ立ててきたからだ。
穂積という男は、どんな事でも人並み以上に出来る男だ。
ただ、どういうわけか、自分の身の回りの事が全く出来ない。
俺はそれを忘れていた。
俺は、翌日すぐさま自分と穂積の上司に相談し、その結果、穂積の帰国にまつわる身辺整理のため、正式にロサンゼルスに派遣される事になったのだった。
前回、ニューヨークには2日間遊びに来ただけだったが、今回ロスには1週間。
それでも全く余裕がない。
俺は毎日穂積を引っ張ってあちこち手続きに奔走し、へとへとになりながらも、どうにかこうにか、予定通りに帰国出来るよう、全ての身辺整理を終わらせた。
穂積
「小野瀬って優秀だなー」
当の本人はそんな感じで、あまりの悠長さにぶん殴ってやろうかと思ったけど。
(余談だが、この時、俺は穂積の帰国の手伝いなどせず、穂積自身が問題を解決するまで放っておくべきだった。
何故ならこれ以降、穂積は、自分の身の回りの面倒な事を、ほとんど俺に押し付けるようになってしまったから。
穂積が新幹線の切符の買い方を覚えようとしないのも、結婚式に行くのに香典袋を探したりするのも、いつも俺が代わりにしてやってしまったからだ。
だが、今ここではそれについて長くは語らない。
何故なら、もう、全てが後の祭りだからだ。)
帰国当日、空港に到着してタクシーを降りる頃には、俺は疲れ果ててぐったりしていた。
小野瀬
「……やってもやってもやり残した事があるような気がする……」
穂積
「あとは飛行機に乗るだけじゃねえの?そしたら、約12時間で成田だろ?」
穂積は相変わらず元気で、先に立って俺のスーツケースまで引っ張っていってくれる。
……お前も少しは悩め。
ところが、出発ロビーに到着して、驚いた。
そこには大勢の老若男女が待っていて、穂積の姿を見ると大歓声を上げたからだ。
平日の昼間だというのに、100人を超える人々が穂積の見送りに来たと知って、俺は仰天してしまった。
風格のある男性は、ロス市警の副署長だそうだ。他にも各部の部長、課長たちが、次々に穂積を抱き締めたり、肩を叩いたりする。
どの顔にも、穂積への純粋な愛情が溢れていた。
制帽や制服、バッジなどのグッズもどっさり手渡され、穂積の両手でも抱えきれないほど。
同僚たちは明るく壮行歌を歌い、順番に励ましや別れの言葉を言いながら、穂積を小突きまわした。
女性たちはさらに過激だ。
みんなして穂積を取り囲んだかと思うと、めちゃくちゃに抱きついたりネクタイをむしり取ったり、この時とばかりに熱烈なキスの雨を降らせたり。
中にはなんとニューヨーク市警のジョーも来ていて、みんなにもみくちゃにされて動けない穂積にしがみついて、泣きながら濃厚なディープ・キスを見舞っていた。
『ルイ!愛してるわ!』
『絶対にまた来いよ!』
『元気でな!』
『元気でね!』
ようやく解放された穂積は顔じゅうにキスマークをつけたまま、たくさんの声援に応えて、きっちりとロス市警式の敬礼を返した。
こうして、ロス市警の面々&ニューヨーク市警のジョーとホットドッグ屋の親父たちの盛大な見送りを受けて、穂積と俺とは、ついに、ロサンゼルス国際空港を飛び立ったのだった。
小野瀬
「凄い見送りだったね」
たった半年間の日本からの研修生には似つかわしくない、盛大なセレモニーだった。
穂積
「やり過ぎだろ。犯されるかと思ったぞ」
穂積は、さっきから、キャビンアテンダントにもらったおしぼりを、両手で顔に当てている。
キスマークが消えない、と言いながら穂積がおしぼりを離さないその本当の理由に、俺は気がつかないふりをした。
しばらく仮眠をとって目覚めると、穂積は起きていて、髪を櫛で梳いていた。
空港には刑事部や警備部の部長が出迎えに来ているはずで、ネクタイを取られた上に髪が伸び放題では、さすがにまずいと思ったんだろう。
動き出した俺に気付いて振り返り、おはよう、と微笑む。
その顔は、もう、いつもの穂積だった。
研修の間伸ばしていた髪は、俺よりも長い。
それを、首の後ろでひとまとめに縛ろうとしているらしい。
小野瀬
「貸して」
穂積
「ん?」
俺は穂積の手から櫛を受け取ると、穂積に身体を捻るように促して、俺に背を向けさせた。
穂積の髪はさらさらなので、縛るのは意外と難しい。
小野瀬
「伸びたね」
穂積
「前髪は自分で切ってたんだけどな」
小野瀬
「休みに理容室に行く時間ぐらいあっただろ」
穂積
「知らない奴に髪を触られるのが嫌いなんだ」
小野瀬
「俺はいいの?」
ちょっとだけ嬉しくなって、俺は訊いた。
穂積
「お前なんか怖くねえよ」
背中を向けたままだけど、穂積が笑ったのが分かった。
そうか。
穂積の弟の瞳くんに聞いた事がある。
穂積が髪に触られるのを嫌がるのは、幼い頃から毎日のように金髪をからかわれたり、引っ張られたりしたからだと。
時には血が出るほどむしられたり、ハサミでバサバサに切られて帰って来た事もあったと。
小野瀬
「綺麗な髪だよ」
俺はヘアゴムを一気に締めて、細く柔らかい髪をまとめた。
穂積
「ありがとう」
俺の言葉に応えたのか、髪を縛り終えた事に礼を言われたのか分からない。
分からないけれど、どちらにせよ、感傷的な気分に浸っていたのは俺だけだったようだ。
顔を上げた穂積はもう、プライベートの表情ではなかった。
穂積
「見ろよ、小野瀬。東京だ」
穂積に誘われて窓から眺めれば、遥か前方の眼下に、高層ビルの林立する首都の遠景が見えてきていた。
穂積
「事件が起きてる」
こいつの目には、もうすでに、あの街を走る警察官たちの姿が見えているんだろうか。
小野瀬
「そうだね」
俺は頷いてから、懐かしそうに目を細めている穂積の横顔を見つめた。
今も、そしてこれからも、俺たちはあの街で事件を追い、事件に追われ続ける。
そうして走り続けるんだ。
今日からまた肩を並べて、穂積が俺の隣を走ってくれる。
~END~
→最後までお読み頂き、ありがとうございます。
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☆また、さらに続編「アメリカ外伝・3」がリレーSSでお楽しみ頂けます。
ニューヨーク市警から東京に研修にやってきた3人が巻き起こす騒動をご覧下さいませ。