アメリカ
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やがて、バーに近い駐車場に到着し、俺たちは止めた車から降りた。
小野瀬
「……あ」
穂積と並んで歩き出した時、俺は唐突に、自分の失言に気付いた。
『穂積にはアメリカの空気が合うんじゃない?向こうなら金髪も普通だし、日本にいるより気楽かもしれないよ』
穂積の容姿は、誰が見ても日本人離れしている。
もちろん、本人もそれを自覚している。
けれど、穂積との付き合いも、もう3年以上。
俺は知っている。
その容姿のせいで、幼い頃から、穂積が周りにどう扱われてきたのか。
実の親とも弟とも全く似ていない自分の容姿を、穂積がどう思っているのか。
小野瀬
「ごめん」
穂積
「え?」
急に足を止めた俺を、訝しむように穂積が振り返った。
小野瀬
「無神経な事、言った」
穂積も足を止める。
穂積
「……金髪がどうとか言う話の事だったら、気にしてない」
嘘だ。
小野瀬
「何だよ。日本では普通じゃないって言われて腹が立ったんだろう?正直に言えよ。こっちが謝ってるんだから、認めてくれたら済む話じゃないか」
穂積
「本当に違うんだから仕方ねえだろ。金髪だガイジンだって、20年以上言われてきてんだぞ。今さら傷付かねえよ。それに、お前が嫌味で言ったんじゃない事ぐらい分かる」
小野瀬
「じゃあ、何で不機嫌なんだ」
穂積
「不機嫌なのはお前だろ?今日はおかしいぞ」
穂積が俺に向き直った。
穂積
「誘われて迷惑だったか?だったらもっと前に言えよ。『誘うな』って」
さっきまでとは違い、穂積はほとんど喧嘩腰だ。
俺も苛々してきた。
小野瀬
「俺が、いつ、迷惑だなんて言った?」
つい、声を荒らげてしまう。
小野瀬
「お前こそ、俺のこと面倒臭いとか思ってない?今日はおかしい?俺はいつもと同じだよ。おかしいのはお前の方だ」
自分でもきつい事を言ったと思ったが、穂積がぐっと感情を抑えたのが分かった。
穂積
「……確かに、今日はナーバスになってるかもしれない。急にアメリカだって言われたからな」
小野瀬
「転勤はキャリアの宿命だろ?出世の為だろ?命令通り、アメリカでもアフリカでも、どこへでも行けばいい。それとも、今回は行きたくないって言うか?断るのか?」
まくし立てる俺に、穂積は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
穂積
「断るつもりはない。行くよ。行くしかねえだろうが」
うんざりしたように、穂積が深く息を吐いた。
小野瀬
「だったら……!」
穂積
「小野瀬」
さらに畳み掛けようとした俺に、穂積が呟いた。
穂積
「俺は、愚痴を言っちゃいけないのかよ」
怒鳴ったわけではない。
むしろ、静かな口調だった。
だが、その言葉に、俺はびくりとした。
穂積は真っ直ぐに俺を見ている。握り締めた拳が震えていた。
穂積
「……お前は同期だし、俺とは畑違いの技官だ。だからこそ話せる事もあると思った。お前は聞いてくれると思った」
燃えるような光を放つ穂積の目に居竦められて、情けないが、俺は動けなくなった。
穂積
「だが、俺の勝手な思い込みだったんだな。……付き合わせて悪かった。二度と誘わねえよ!」
冷たく言い放つと、穂積は俺に背中を向けた。
穂積の性分は知っている。
今、このまま別れたら、俺は永久に、穂積と腹を割って話す機会を失う。
何でこうなったのか。
頭の中で整理するより先に、俺は穂積の後を追い、腕を掴んでいた。
小野瀬
「穂積、待て!」
穂積
「お互い、もう、一杯やる気にはならないだろ。離せ」
小野瀬
「待てったら!」
穂積
「は、な、せ!」
穂積に振り払われて、かっ、と頭に血が昇った。
小野瀬
「この、分からず屋!」
俺は、穂積の背中に、思い切り体当たりを食らわせた。
穂積は前方に数歩よろめいて、踏み留まる。
穂積
「何しやがる!」
俺には、穂積の拳が見えなかった。
振り向きざまの右アッパーが、俺の鳩尾に深々とめり込んだ。
小野瀬
「ぐ、はっ!」
足が浮いて、息が止まった。
とーん、とステップを踏んで、穂積が離れる。
激痛と呼吸困難で歩道に崩れ落ちる俺を見下ろして、穂積は、ふん、と鼻を鳴らした。
穂積
「悪いな、元ヤン」
小野瀬
「て、めえ……!」
息を整え、込み上げる嘔吐感を堪えて、俺は穂積に飛びかかった。
だが、組めばたちまち穂積に投げられる。
固い歩道に叩きつけられて、脳震盪を起こしそうだ。
現役の警察官と元ヤンの技官では、どう考えても分が悪い。
3度組み合ううちに、俺は息が切れてきた。
小野瀬
「……おい」
穂積
「何だ」
穂積の方は涼しい顔だ。
小野瀬
「車のトランクから、竹刀、出して来ていいか?」
穂積
「は?」
ボクシングのファイティングポーズのような姿勢の穂積は、一瞬きょとんとし、それから、にやりと笑った。
穂積
「ああ、剣道段持ちだったな。いいぞ。木刀でも金属バットでも出して来い。ケンカだからな」
そう言って、ジャケットを脱ぎ、ネクタイを外す。
穂積
「だが、武器を持ったから有利になるとは限らないぜ」
穂積の言葉に嘘は無かった。
竹刀を構えれば間合いは伸びるが、穂積の間合いはそれより長い。
素手なら拳か取っ組み合いだが、竹刀を持てば蹴りが来る。
そして穂積の蹴りの威力ときたら、何か爆発したんじゃないかと思うほどだ。
だが、竹刀を持つ事で、五分五分とまではいかなくても、俺にも三分の勝機が生まれた。
夜で、広い駐車場は遠い街灯だけ。
接近戦なら呼吸を読む穂積だが、竹刀の分だけ距離がある。
そこからの突きが意外と有効で、ようやく俺の攻撃が穂積に当たるようになった。
そして、当たれば、力の集約された剣道の突きは、パンチの数倍の威力がある。
ようやく、穂積が肩で息をし始めた。
だが、スタミナが違う。
長引けば長引くほど、俺が不利だった。
小野瀬
「……おい、暴力警察官」
俺は竹刀を穂積に向けたまま、ぜいぜいしながら言った。
穂積
「……何だ、好色鑑識官」
穂積もはあはあしている。
小野瀬
「……俺たち、……いつまで……ケンカするんだ?」
穂積
「……さっきから考えてるが、……ケンカの原因が分からない」
穂積の答えを聞いて、俺は、膝から力が抜けそうになった。
俺も、全く同じ事を、さっきからずっと考えていたからだ。
唐突に穂積が構えを解き、乱れた服を直し始めた。
はあっ、と息を吐き、汗を拭う。
穂積
「もう、やめよう。喉が渇いた」
俺も、竹刀を下ろす。
小野瀬
「そうだね。……まだ、バーが開いてるはずだよ」
穂積
「おう」
……こうして、俺たちはあちこち痛む身体を引き摺るようにして、当初の予定通り、いつものバーに向かった。