光の君
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~小野瀬vision~
穂積を誘っての合コンの帰り道。
俺たちは相変わらず男二人で、駐車場まで歩いている。
話の切れ間に、ふと、穂積が、思い出したように呟いた。
穂積
「そう言えば、俺、お前ん家行った事無いよな」
小野瀬
「……そうだっけ?」
俺はとぼけたが、穂積には通用しない。
穂積
「無い。合コンの後はいつも、俺ん家に泊まるじゃないか」
小野瀬
「……」
確かに穂積の言う通りだ。
実際、今夜もそのつもりだったし。
穂積
「もしかして汚いのか」
小野瀬
「お前じゃあるまいし。綺麗にしてるつもりだよ」
穂積
「ほう」
穂積がにやりと笑った。
穂積
「だったら、今夜はお前の部屋に泊めてもらおうかな」
小野瀬
「えー……?」
俺は、露骨に困った顔をしてしまった。
穂積
「……」
穂積は俺の反応をじっと見ていたが、やがて、ふっと息を吐いてから、寂しげに笑った。
穂積
「本当に嫌みたいだな。……悪かった。俺ん家行こう」
ちくん、と胸が痛んだ。
穂積は相手の気持ちに敏感だ。
相手を本気で傷つけるような事は、しない。
そして、二度と、その話題は口に出さない。
実のところ俺だって、家に穂積が遊びに来てくれたら嬉しい。
だけど、今、俺の家には誰も近付けたくない。
それが穂積なら、なおさら。
穂積
「そんな顔をするなよ、小野瀬」
穂積の方が気を遣って、明るく言った。
穂積
「誰にだって、触れられたくない部分はあるよな」
小野瀬
「……すまん」
俺の事情に理解を示す穂積の表情は、どこまでも穏やかで、優しい。
穂積
「まあ、お前に隠し子がいたって、部屋の壁に裸のボディービルダーのポスターが貼ってあったって、ロリコンアニメのDVDがフィギュアとともに並んでたって、俺は気にしない」
小野瀬
「……はあ?!」
穂積
「室内が全部鏡張りでベッドが回転式でも、ああ小野瀬らしいなあと思うし、パソコンを8台並べて相場を追い掛けて儲けていたとしても、恋愛ゲームの二次創作を執筆していたとしても、俺はむしろ尊敬するぞ」
小野瀬
「ちょっと待て!」
俺は、穂積の前に立ち塞がった。
小野瀬
「俺のプライベートに勝手なイメージを持つな!」
穂積
「ただの想像だよ。だって、知らないんだから仕方ないだろう?」
くそう。
そっちから攻めて来たか。
小野瀬
「……分かったよ!そこまで言うなら、その目で確かめてみればいいだろ!」
穂積
「いいって、いいって。お前が隠しておきたいものを、無理やり暴こうとは思わない」
小野瀬
「隠しておきたいものなんか無いから!」
穂積
「俺が悪かったよ、小野瀬。そう喧嘩腰にならないでくれ」
小野瀬
「今夜、これから、俺の家に遊びに来てくれないか、穂積!歓迎するから!泊まっていってくれ!ぜひ!」
忌々しいが、俺は穂積の罠にはまった。
俺は駐車場に着くなり穂積の車に乗り込み、ハンドルを握った。
小野瀬
「早く乗れ!」
穂積
「もー、怒るなよう」
口だけはしおらしい事を言いながら、穂積は助手席に乗り込んだ。
シートベルトを付けるのを待って発進させれば、車内には、穂積の笑い声だけが響いた。
玄関を開けた途端、穂積が、ヒュウと口笛を鳴らした。
穂積
「ひろーい。キレーイ」
こいつ、本当にムカつく。
小野瀬
「ロリコンアニメも回転ベッドも無いだろ!」
穂積
「分かってるよ。冗談に決まってるじゃないか」
穂積はもう本棚を物色している。
驚異の嗅覚でアルバムを引っ張り出したが、広げる前に俺が押し戻す。
穂積
「可愛い頃の小野瀬が見たい」
穂積は唇を尖らせた。
小野瀬
「断る」
ぶつぶつ言う背中を押して、とりあえずソファーを勧めた。
が、座った途端、穂積は、弾かれたように立ち上がった。
小野瀬
「どうした?」
穂積
「いや。気のせいかな、このソファー……」
次の瞬間。
玄関のチャイムが鳴った。
同時にガチャリとドアノブが音を立てたが、俺は無視した。
入った後に、がっちり施錠してある。
開くはずがない。
穂積
「小野瀬、誰か来たぞ」
穂積はさっき立ち上がったまま、ドアの方を見ていた。
小野瀬
「絶対開けるな」
声
『葵、帰って来たんでしょう?』
聞き覚えのある女性の声がした。
声
『外で見てたら明かりが点いたから、来たのよ。ねえ開けて』
小野瀬
「ごめんね、今夜は同僚が来てるんだ。またね」
声
『本当?……同僚だなんて、別の女じゃないの?』
ドアの外の声が、棘を含んだ。
俺は穂積に目配せした。
穂積は、すぐに一つ咳払いをして、ドアに顔を向ける。
穂積
「すみませーん、お邪魔してまーす」
声
『あら』
穂積の声を聞いた事で、声は態度を軟化させた。
声
『葵、疑ったりしてごめんなさい。ごゆっくり。……また来るわ』
足音が遠ざかっていく。
俺は大きく息を吐いた。第一関門突破だ。
穂積
「俺、邪魔したな。ごめん」
謝る穂積に、俺は、違う違うと手を振った。
小野瀬
「そういうのじゃないから。それより、ソファーがどうしたって?」
ああ、と顔をしかめて、穂積がソファーに視線を戻す。
穂積
「このソファー、温かい」
小野瀬
「!」
俺は、嫌な予感がして、ベッドルームに飛び込んだ。
案の定、薄暗いベッドの上では、シーツが人型に盛り上がっている。
思い切り引っ張ると、中から、全裸の美女が転がり出てきた。
女
「いやーん」
小野瀬
「いやーん、じゃない。出てけ!」
俺は傍らに置かれていた衣類を彼女に押し付け、シーツで裸体をぐるぐる巻きにして、家の外へ放り出した。
もちろんすぐに鍵をかける。
声
『葵ったらーぁ』
小野瀬
「今度やったら警察呼ぶよ!」
ドアを押さえていると、リビングから穂積の声。
穂積
「小野瀬、携帯が鳴りっ放し」
着信音は『girl friend』。
小野瀬
「悪いけど電源切って!」
声
『小野瀬さーん、また遊びに来ちゃったー♪』
小野瀬
「ごめんね、今夜は駄目だよ」
穂積
「小野瀬!ベランダに人影が!」
小野瀬
「どこから登って来たの?!」
電気を消して暗くした部屋で、床に座って膝を抱えた穂積が、俺を見つめて溜め息をついた。
穂積
「小野瀬、お前の部屋、怖いよ」
小野瀬
「うん、ごめん……」
俺も膝を抱えて小さくなると、穂積は苦笑した。
穂積
「俺を呼びたくなかった理由は分かったけどな」
俺は力なく笑って、溜め息をついた。
小野瀬
「また、鍵を変えなくちゃ」
穂積
「合鍵を渡してあったのか?」
小野瀬
「業者を呼んで、勝手にスペアキーを造るんだよ」
それは犯罪だ、と言って、穂積が眉をひそめた。
穂積
「お前、今夜だけでも、ストーカーと不法侵入2件の被害に遭ってるぞ」
小野瀬
「……まあ、自業自得ではあるんだけど……」
穂積
「もう引っ越せよ。とりあえず俺ん家に避難しろ」
俺は、穂積の意外な提案に驚いた。
穂積
「このままだと、お前、いつか刺されるぞ」
小野瀬
「……否定は出来ない」
事実、ガラスを割られて不法侵入され、警備会社が飛んできた事もある。女の子同士が鉢合わせして、掴み合いの喧嘩になった事も何度かある。
管理人さんからも睨まれているし、そろそろ引っ越しするべきか迷っていたところだ。
小野瀬
「……この際、お言葉に甘えようかな」
穂積
「おう。支度しろ」
一週間程度の生活用品を準備する為に明かりを点けると、再び、ドアの外に人が集まる気配があった。
声
『葵くーん』
声
『葵ー。シチュー作ってきたわよー』
声
『小野瀬さーん、開けてー♪』
穂積
「……増えてる」
荷造りをする俺の傍らで、穂積がドアの様子を窺っている。
小野瀬
「みんな、一夜限りの相手だよ」
聴こえて来る声を分類しながら、俺は衣類や日用品を、どんどんスーツケースにしまい込んだ。
小野瀬
「……出来た。でも、穂積、どうやって包囲網を出る?」
穂積
「任せとけ」
穂積はにやりと笑った。
ドアの外では相変わらず、女の子たちが渋滞を起こしている。
俺には隠れているように告げると、穂積はおもむろにドアを開けて、彼女たちに姿をさらした。
俺の部屋から出て来た穂積に女の子たちはビックリし、さらに穂積の美貌を確認して、二度ビックリした様子。
穂積
「アラ何、アンタたち?」
女の子たちが息を呑んだのが、ソファーの陰の俺にまで聞こえた。
こんばんは、なんて、返事をする声まで聞こえてくる。
穂積
「葵ったら、また、女の子をからかったのね」
声
『……好きだって言ってくれて……』
穂積は、ゴメンね、と笑った。
穂積
「悪いけど、葵はワタシのコレだから」
声
『ええっ?!』
俺の声もハモった。慌てて口を押さえる。
穂積は、艶然と微笑んだ。
穂積
「さ、ワタシに勝てると思うなら、かかってらっしゃい」
声
『……』
すごい。黙らせた。
穂積
「分かったら、帰りなさい。それから」
声
『?』
穂積
「葵とシてたら、三ヶ月経過してからHIV抗体の検査を受けるのをオススメするわ」
それはAIDSの検査だ!
俺はキャリアじゃないし!
穂積
「一応、ワタシ、キャリアだし(笑)」
それは違うキャリアだし!
しかし、彼女たちはどよめいた。
たちまち、蜘蛛の子を散らすように引き揚げていくのが分かる。
穂積
「保健所で、無料、匿名で検査してもらえるわよー」
穂積の声から数分で、辺りから女性の気配は完全に消えた。
穂積
「小野瀬、行くぞ」
小野瀬
「お前、覚えてろよ……」
こうして俺は一週間穂積の部屋で寝泊まりし、新しいマンションを探して無事に引っ越した。
もちろん、その間、部屋の掃除と洗濯をする羽目になった事は言うまでもないが、今回ばかりは、穂積に感謝している。
もう、部屋に女の子は呼ばないよ。
当分。
特別な子が出来るまでは、ね。
~END~
穂積を誘っての合コンの帰り道。
俺たちは相変わらず男二人で、駐車場まで歩いている。
話の切れ間に、ふと、穂積が、思い出したように呟いた。
穂積
「そう言えば、俺、お前ん家行った事無いよな」
小野瀬
「……そうだっけ?」
俺はとぼけたが、穂積には通用しない。
穂積
「無い。合コンの後はいつも、俺ん家に泊まるじゃないか」
小野瀬
「……」
確かに穂積の言う通りだ。
実際、今夜もそのつもりだったし。
穂積
「もしかして汚いのか」
小野瀬
「お前じゃあるまいし。綺麗にしてるつもりだよ」
穂積
「ほう」
穂積がにやりと笑った。
穂積
「だったら、今夜はお前の部屋に泊めてもらおうかな」
小野瀬
「えー……?」
俺は、露骨に困った顔をしてしまった。
穂積
「……」
穂積は俺の反応をじっと見ていたが、やがて、ふっと息を吐いてから、寂しげに笑った。
穂積
「本当に嫌みたいだな。……悪かった。俺ん家行こう」
ちくん、と胸が痛んだ。
穂積は相手の気持ちに敏感だ。
相手を本気で傷つけるような事は、しない。
そして、二度と、その話題は口に出さない。
実のところ俺だって、家に穂積が遊びに来てくれたら嬉しい。
だけど、今、俺の家には誰も近付けたくない。
それが穂積なら、なおさら。
穂積
「そんな顔をするなよ、小野瀬」
穂積の方が気を遣って、明るく言った。
穂積
「誰にだって、触れられたくない部分はあるよな」
小野瀬
「……すまん」
俺の事情に理解を示す穂積の表情は、どこまでも穏やかで、優しい。
穂積
「まあ、お前に隠し子がいたって、部屋の壁に裸のボディービルダーのポスターが貼ってあったって、ロリコンアニメのDVDがフィギュアとともに並んでたって、俺は気にしない」
小野瀬
「……はあ?!」
穂積
「室内が全部鏡張りでベッドが回転式でも、ああ小野瀬らしいなあと思うし、パソコンを8台並べて相場を追い掛けて儲けていたとしても、恋愛ゲームの二次創作を執筆していたとしても、俺はむしろ尊敬するぞ」
小野瀬
「ちょっと待て!」
俺は、穂積の前に立ち塞がった。
小野瀬
「俺のプライベートに勝手なイメージを持つな!」
穂積
「ただの想像だよ。だって、知らないんだから仕方ないだろう?」
くそう。
そっちから攻めて来たか。
小野瀬
「……分かったよ!そこまで言うなら、その目で確かめてみればいいだろ!」
穂積
「いいって、いいって。お前が隠しておきたいものを、無理やり暴こうとは思わない」
小野瀬
「隠しておきたいものなんか無いから!」
穂積
「俺が悪かったよ、小野瀬。そう喧嘩腰にならないでくれ」
小野瀬
「今夜、これから、俺の家に遊びに来てくれないか、穂積!歓迎するから!泊まっていってくれ!ぜひ!」
忌々しいが、俺は穂積の罠にはまった。
俺は駐車場に着くなり穂積の車に乗り込み、ハンドルを握った。
小野瀬
「早く乗れ!」
穂積
「もー、怒るなよう」
口だけはしおらしい事を言いながら、穂積は助手席に乗り込んだ。
シートベルトを付けるのを待って発進させれば、車内には、穂積の笑い声だけが響いた。
玄関を開けた途端、穂積が、ヒュウと口笛を鳴らした。
穂積
「ひろーい。キレーイ」
こいつ、本当にムカつく。
小野瀬
「ロリコンアニメも回転ベッドも無いだろ!」
穂積
「分かってるよ。冗談に決まってるじゃないか」
穂積はもう本棚を物色している。
驚異の嗅覚でアルバムを引っ張り出したが、広げる前に俺が押し戻す。
穂積
「可愛い頃の小野瀬が見たい」
穂積は唇を尖らせた。
小野瀬
「断る」
ぶつぶつ言う背中を押して、とりあえずソファーを勧めた。
が、座った途端、穂積は、弾かれたように立ち上がった。
小野瀬
「どうした?」
穂積
「いや。気のせいかな、このソファー……」
次の瞬間。
玄関のチャイムが鳴った。
同時にガチャリとドアノブが音を立てたが、俺は無視した。
入った後に、がっちり施錠してある。
開くはずがない。
穂積
「小野瀬、誰か来たぞ」
穂積はさっき立ち上がったまま、ドアの方を見ていた。
小野瀬
「絶対開けるな」
声
『葵、帰って来たんでしょう?』
聞き覚えのある女性の声がした。
声
『外で見てたら明かりが点いたから、来たのよ。ねえ開けて』
小野瀬
「ごめんね、今夜は同僚が来てるんだ。またね」
声
『本当?……同僚だなんて、別の女じゃないの?』
ドアの外の声が、棘を含んだ。
俺は穂積に目配せした。
穂積は、すぐに一つ咳払いをして、ドアに顔を向ける。
穂積
「すみませーん、お邪魔してまーす」
声
『あら』
穂積の声を聞いた事で、声は態度を軟化させた。
声
『葵、疑ったりしてごめんなさい。ごゆっくり。……また来るわ』
足音が遠ざかっていく。
俺は大きく息を吐いた。第一関門突破だ。
穂積
「俺、邪魔したな。ごめん」
謝る穂積に、俺は、違う違うと手を振った。
小野瀬
「そういうのじゃないから。それより、ソファーがどうしたって?」
ああ、と顔をしかめて、穂積がソファーに視線を戻す。
穂積
「このソファー、温かい」
小野瀬
「!」
俺は、嫌な予感がして、ベッドルームに飛び込んだ。
案の定、薄暗いベッドの上では、シーツが人型に盛り上がっている。
思い切り引っ張ると、中から、全裸の美女が転がり出てきた。
女
「いやーん」
小野瀬
「いやーん、じゃない。出てけ!」
俺は傍らに置かれていた衣類を彼女に押し付け、シーツで裸体をぐるぐる巻きにして、家の外へ放り出した。
もちろんすぐに鍵をかける。
声
『葵ったらーぁ』
小野瀬
「今度やったら警察呼ぶよ!」
ドアを押さえていると、リビングから穂積の声。
穂積
「小野瀬、携帯が鳴りっ放し」
着信音は『girl friend』。
小野瀬
「悪いけど電源切って!」
声
『小野瀬さーん、また遊びに来ちゃったー♪』
小野瀬
「ごめんね、今夜は駄目だよ」
穂積
「小野瀬!ベランダに人影が!」
小野瀬
「どこから登って来たの?!」
電気を消して暗くした部屋で、床に座って膝を抱えた穂積が、俺を見つめて溜め息をついた。
穂積
「小野瀬、お前の部屋、怖いよ」
小野瀬
「うん、ごめん……」
俺も膝を抱えて小さくなると、穂積は苦笑した。
穂積
「俺を呼びたくなかった理由は分かったけどな」
俺は力なく笑って、溜め息をついた。
小野瀬
「また、鍵を変えなくちゃ」
穂積
「合鍵を渡してあったのか?」
小野瀬
「業者を呼んで、勝手にスペアキーを造るんだよ」
それは犯罪だ、と言って、穂積が眉をひそめた。
穂積
「お前、今夜だけでも、ストーカーと不法侵入2件の被害に遭ってるぞ」
小野瀬
「……まあ、自業自得ではあるんだけど……」
穂積
「もう引っ越せよ。とりあえず俺ん家に避難しろ」
俺は、穂積の意外な提案に驚いた。
穂積
「このままだと、お前、いつか刺されるぞ」
小野瀬
「……否定は出来ない」
事実、ガラスを割られて不法侵入され、警備会社が飛んできた事もある。女の子同士が鉢合わせして、掴み合いの喧嘩になった事も何度かある。
管理人さんからも睨まれているし、そろそろ引っ越しするべきか迷っていたところだ。
小野瀬
「……この際、お言葉に甘えようかな」
穂積
「おう。支度しろ」
一週間程度の生活用品を準備する為に明かりを点けると、再び、ドアの外に人が集まる気配があった。
声
『葵くーん』
声
『葵ー。シチュー作ってきたわよー』
声
『小野瀬さーん、開けてー♪』
穂積
「……増えてる」
荷造りをする俺の傍らで、穂積がドアの様子を窺っている。
小野瀬
「みんな、一夜限りの相手だよ」
聴こえて来る声を分類しながら、俺は衣類や日用品を、どんどんスーツケースにしまい込んだ。
小野瀬
「……出来た。でも、穂積、どうやって包囲網を出る?」
穂積
「任せとけ」
穂積はにやりと笑った。
ドアの外では相変わらず、女の子たちが渋滞を起こしている。
俺には隠れているように告げると、穂積はおもむろにドアを開けて、彼女たちに姿をさらした。
俺の部屋から出て来た穂積に女の子たちはビックリし、さらに穂積の美貌を確認して、二度ビックリした様子。
穂積
「アラ何、アンタたち?」
女の子たちが息を呑んだのが、ソファーの陰の俺にまで聞こえた。
こんばんは、なんて、返事をする声まで聞こえてくる。
穂積
「葵ったら、また、女の子をからかったのね」
声
『……好きだって言ってくれて……』
穂積は、ゴメンね、と笑った。
穂積
「悪いけど、葵はワタシのコレだから」
声
『ええっ?!』
俺の声もハモった。慌てて口を押さえる。
穂積は、艶然と微笑んだ。
穂積
「さ、ワタシに勝てると思うなら、かかってらっしゃい」
声
『……』
すごい。黙らせた。
穂積
「分かったら、帰りなさい。それから」
声
『?』
穂積
「葵とシてたら、三ヶ月経過してからHIV抗体の検査を受けるのをオススメするわ」
それはAIDSの検査だ!
俺はキャリアじゃないし!
穂積
「一応、ワタシ、キャリアだし(笑)」
それは違うキャリアだし!
しかし、彼女たちはどよめいた。
たちまち、蜘蛛の子を散らすように引き揚げていくのが分かる。
穂積
「保健所で、無料、匿名で検査してもらえるわよー」
穂積の声から数分で、辺りから女性の気配は完全に消えた。
穂積
「小野瀬、行くぞ」
小野瀬
「お前、覚えてろよ……」
こうして俺は一週間穂積の部屋で寝泊まりし、新しいマンションを探して無事に引っ越した。
もちろん、その間、部屋の掃除と洗濯をする羽目になった事は言うまでもないが、今回ばかりは、穂積に感謝している。
もう、部屋に女の子は呼ばないよ。
当分。
特別な子が出来るまでは、ね。
~END~