LILLY
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「乾杯!」
穂積が会計を済ませてから、わずか数分後。
「乾杯!」
「かんぱーい!!」
俺と穂積の周りには十数人のバースタッフや客たちが椅子を持ち寄って集まり、熱気に包まれた店内では、もう何度目か分からない乾杯の声が上がっていた。
カトレア
「ルイちゃん、さすが、飲み方も男前ね!カトレア惚れちゃうわ!」
穂積
「惚れなくていいから。それより、お前、本名が『大五郎』だって言っただろ?そっちの方が断然いいぞ」
カトレア
「んもー、意地悪!」
カトレアが、笑いながら身を捩る。
別のゲイ
「ねえ、ルイちゃん!そのキレイなお顔は、どこのセンセイが作ってくれたの?」
穂積
「鹿児島の親だ。死んだジジイに瓜二つだぞ。俺は呪われてるんだ」
別のゲイ
「んまあッ!お祖父様、アタシも呪ってくれないかしら?」
どっ、とまた笑いが起こる。
穂積はあちこちから掛けられる裏声や野太い声に返事をしながら、水を飲むように焼酎を飲んでいた。
穂積を囲んでいるのは男女どちらに分類したらいいのか迷うような人たちばかりなのに、こいつは本当に、どこにでも溶け込むのが早いな。
際どい会話の応酬でありながら、この店のゲイたちはみんなあけすけで嫌味がない。
キャバクラでホステスを相手にしている時よりも穂積がリラックスしているように見えるのは、俺の気のせいじゃないだろう。
カトレア
「アオイ、約束を守ってくれてありがとう!」
小野瀬
「あはは、穂積がカトレアちゃんのお気に召したなら良かったよ」
カトレアは、俺とは反対側の穂積の隣席をしっかりキープして、穂積に抱きつきながらはしゃいでいる。
さっき、客の女と言い争っていた時とは別人のような柔らかい笑顔で、楽しそうだ。
穂積
「小野瀬はいつも俺を売るんだ」
カトレア
「あらひどい男ね。顔は良いのに」
小野瀬
「はいはいごめんね。カトレアちゃん、穂積の名前で、このお店にボトル入れてくれるかな」
カトレア
「アオイ、毎回アタシを指名してよね。アナタたち二人なら、アタシ、指名料いらないわ!」
小野瀬
「こーら、お触りは禁止」
穂積
「風営法に気を付けろよ大五郎」
カトレア
「はぁーい!……って、違うでしょ!大五郎じゃなくて、カ・ト・レ・ア!だってば!」
***
結局、この夜、俺たちは引き留められるまま、ゲイの髭がうっすらと生えてくる時間……つまり閉店まで『LILLY』にいてしまった。
穂積は最後までモテモテだったし、俺も楽しかった。
『LILLY』の店長は飲み代をタダにしてくれると言ったけど、穂積はノンケ料金までしっかり払って、店じゅうのゲイに涙とハグとキスで別れを惜しまれつつも、借りを残さずに帰ってきたのだった。
小野瀬
「いい店だったね」
穂積
「まあな」
小野瀬
「カトレアちゃん、頑張ってお金を貯めて適合手術を受けると言っていたけど。早く、念願のミュージカルスターになれるといいねえ」
穂積
「そうだな」
小野瀬
「……穂積、もしかしてもう眠い?」
穂積
「んん……眠い」
歩きながら両手でぺちぺちと自分の頬を叩く穂積の腕の下から潜り込んで、俺は穂積に肩を貸す形になった。
穂積の方が背が高いから、ちょうどいい案配のはずだ。
穂積
「何だお前、少し酒の匂いがするぞ」
小野瀬
「カトレアちゃんに勧められて、ちょっとだけ」
穂積
「馬鹿だなあ、飲めないくせに。大丈夫か?」
小野瀬
「穂積の家に泊めてよ」
穂積
「いいけど散らかってるぞ」
小野瀬
「知ってる」
穂積が、対向車線のタクシーに気付いて片手を挙げる。
小野瀬
「今夜は穂積に惚れ直したよ」
穂積
「あ?酔ってるのか?」
こちらを向いた穂積の後ろから、反転して近付いて来たタクシーが路肩に停車した。
後部座席のドアが開くのを待って、俺は穂積を車内に押し込む。
小野瀬
「戸越まで」
すぐに続いて乗り込めば、仕返しとばかりに穂積に軽く小突かれた。
穂積
「……また、一緒に行こうぜ」
小野瀬
「え?」
聞き間違えたかと問い質せば、穂積は、ボトル入れたんだからな、とか、お前がいないと安心して酔えない、みたいな事をごにょごにょ言った。
……まったく、こいつは。
小野瀬
「可愛いなあ、穂積は」
俺よりも1ヶ月だけ年下のこいつは、普段は口が悪くて横暴で、悪魔のように生意気で世話の焼ける奴だけど。
いざとなれば矢面に立って俺を守って、自分本位で優柔不断な俺に怒ったり呆れたりしながらも、いつだって最後には、広い心で許してくれる。
だからたぶん、俺は、口では迷惑だと文句を言いながらも、穂積から離れる事が出来ないんだ。
穂積
「また、思い出し笑いか?……どうせ、お前に都合の良いように解釈してるんだろう」
目元をほんのり赤くした穂積が、じろりと俺を睨んでいるが怖くない。
小野瀬
「ははっ、やっぱりバレた?」
俺が肩をすくめると、タクシーの運転手も、前を向いたままで肩を揺らした。
「仲がおよろしいですねえ」
穂積・小野瀬
「「仲良くないですから!」」
タクシーの中で、穂積の声と俺の声がシンクロする。
運転手の笑い声とともに、車は発進した。
なあ、穂積。
いつまで、こうして、二人だけで気楽な時間を過ごせるかな?
お前と俺が出世して、専用ラボや担当部署の長になるまで?
お前の恋が成就するまで?
俺に家族が出来るまで?
許されるなら、いつまでも、こうして……
……なんてね。
タクシーの窓から移りゆく景色に目をやれば、高層ビルの隙間から朝日が昇るまで、あと少し。
隣では、穂積が、こくりこくりと舟を漕いでいる。
俺は穂積に肩を貸してやると、寄り掛かってくる重さを感じながら、静かに目を閉じた。
来週あたり、また『LILLY』に誘ってみよう。
穂積は嫌がるかな。
でも、きっと、一緒に行ってくれるに違いない。
腐れ縁だからしょうがねえなあ、なんて。
いつものように、苦笑いしながら。
~END~