LILLY
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穂積
「……」
小野瀬
「……」
なるべく音を立てないようにしながら扉を開け、身を低くした穂積の後からそっと『LILLY』に入る。
店内には重厚で落ち着いたデザインのソファーやインテリアが配置され、空間は暖かいオレンジ色の間接照明の光と、レコードから流れて来るらしいジャズの音色に満たされていた。
扉を閉めると、防音効果が高いらしく、外の音は完全に遮断される。
……穂積の奴、表であれだけ俺と怒鳴りあっていながら、この扉のこちら側で揉めてる声を聞き取ったとか、どんな耳してるんだ。
だが、穂積の耳が正しかった事は、すぐに証明された。
ほとんど満席と言って良いほどの人数で賑わっているはずの店内は、ちょっと異様な雰囲気になっていて、その原因は一目で明らかだったからだ。
「可哀想だと思ったから、同情してあげてるんじゃない。それの何が悪いの?」
「アンタみたいな小娘に、可哀想呼ばわりされる筋合いは無いって言ってんのよ!」
どうやら、広いフロアのほぼ真ん中辺りで、若い女性客と、女装のゲイが言い争いをしているらしかった。
しかも、俺には、そのうち一方の声に聞き覚えがあった。
源氏名、カトレア。
今夜、会う約束をしていた相手だったのだ。
客
「だってさぁ。普通の男として生きてく自信が無かったからオカマになって、似た者同士が集まって、こんな店の中で励まし合ったり、慰め合ったりしてるんでしょ?」
カトレア
「アタシの事を何と言おうと構わない。だけど、ここにいる人達をひと括りにして、侮辱するのはやめてちょうだい!」
客
「同情するなとか、侮辱するなとか、バッカみたい。なんで、そんなマジになってんの?オカマのくせに、もっと面白く切り返せないの?」
カトレア
「アンタ、オカマをお笑い芸人か何かと勘違いしてない?」
客の女は、反論にふん、と鼻で笑って、胸を張ってみせた。
客
「偉そうに言ったって、その顔だって胸だって、作り物じゃん。ホントは女に生まれたかったんでしょ?」
カトレア
「……そんな単純な話じゃないわよ」
どこまでも噛み合わない。
カトレアが、もどかしそうに赤い唇を噛む。
客
「じゃあ、なんで女の真似してるのよ。本物の女の胸、触った事ある?揉ませてあげるよ、ほら!」
カトレア
「やめ」
突然、俺の目の前で、穂積が立ち上がった。
穂積
「やめなさい」
店じゅうの視線が、突然、口喧嘩に割って入った声の主に集中する。
しかも、その男は長身で、誰もが目を瞠るほど綺麗な男だ。
効果は抜群だった。
驚いて立ち尽くしている二人、特に客の女の方に向かって、穂積の、静かだけれどもよく通る声が響いた。
穂積
「お嬢さん、酒のせいで、少し羽目を外し過ぎているようにお見受けします。今夜の料金はわたしが払いますから、もう、お帰りなさい」
同時に、彼女のテーブルで周囲からの非難の視線を浴びて居心地悪そうにしていた仲間たちに、言葉よりも饒舌な視線を送る。
穂積
「さあ」
そう促しながら、今入って来た扉を外に向かって開けてやると、女の席の近くにいた仲間たちは次々と立ち上がり、逃げるように小走りに通路をこちらに抜けてきた。
残ったのは、店内でただ一人、まだ状況が理解出来ない女だけだ。
穂積は、改めてゆっくりと彼女に視線を向けた。
穂積
「聞こえなかったようだから、もう一度だけ言いましょう。帰りなさい。あなたに、ここは、まだ早いようです」
客
「私、何も悪い事……」
穂積
「……空気の読めない奴は迷惑だから出て行け、と言われないと、分からないか?」
言い訳しかけた女の言葉は、口調の変わった穂積の低い声に遮られた。
穂積が、すう、と息を吸い込む。
穂積
「出て行け!」
穂積の怒声に、女は弾かれたように慌てて自分の荷物を手繰り寄せると、店を飛び出して行った。
穂積
「……」
女が出て行き、扉が閉まるのを見届けた穂積は、上着の内ポケットから財布を取り出して、フロントを振り返った。
穂積
「大声を出してすまなかった。さっきの連中の会計をしてくれ。……ところで、あいつら、ドンペリなんか開けてないだろうな?」
「ぷ」
フロントの係員が噴き出す。
「ははははっ!」
それが合図だったように、張り詰めていた空気が一気に解けて、店内の全員が、どっと笑った。