ROSE
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さてと。
本当は顔も見たくなかったが、俺はローズのいるカウンターに戻って、ウイスキーをワンショット頼んだ。
ローズはウキウキと喜んで、それを用意してくれる。
その間に俺はスツールを半分回し、さりげなく例の席に視線を送りながら、様子を窺った。
二人の飲み物は、もう三分の一ほどになっていた。
今はテーブルに一冊の雑誌を広げ、人気のスイーツ特集のページを二人で見ている。
女って甘いもの好きだよな。
ふと、カナリア色のツーピースを着た方の女が、ページをめくったはずみに顔を上げた。
俺と目が合って、驚いたようにぱちぱちと瞬きをする。
地味だが、目が大きくて可愛い子だった。それに若い。
小野瀬と好みが違って良かったな、と思いながら、俺はにっこりと微笑んだ。
そのままじっと見つめていると、カナリアは真っ赤になって、もじもじと下を向いてしまった。
パンツスーツがカナリアの様子に気付いて顔を上げ、俺と目が合った。
俺は軽く会釈して、そっちにもたっぷりと微笑んでやる。
パンツスーツのほうも頬を赤らめたが、彼女は俺に笑顔を返す余裕があり、分かりやすく表情を輝かせた。
脈ありかな。
俺はショットグラスの酒を飲み干すと、立ち上がって、二人の席に近付いた。
「お邪魔してよろしいですか?」
俺は、言葉の大半を、下を向いているカナリアに掛けた。
パンツスーツの方は、空いていた椅子に置いてあったバッグを床に移し、ニコニコ迎えてくれたからだ。
「お友達とお楽しみのところ、申し訳ありません」
パンツスーツにつつかれて、ようやく、カナリアが目線を上げた。
俺は、カナリアとパンツスーツを順番に見てから、控え目に呟いた。
「俺も友人と来ているのですが、こちらでご一緒しても構いませんか?」
キャー、という野太い悲鳴が、後ろの方から聴こえた気がした。
ローズうるせえぞ。
「あ……あの……」
ようやくカナリアが、おずおずと顔を上げた。耳まで真っ赤だ。
「一杯だけなら……」
「ありがとうございます」
俺は半分本気で礼を言った。
思いがけずカナリアが気に入ったので、拒まれなかったのが嬉しいのだ。
「あの、お友達はどちらに?」
パンツスーツが、気を廻して訊いてきた。
勘が良くて、友達思いの女だと思った。
俺の好みが分かって、カナリアに譲るつもりなんだな。
「ありがとうございます。呼んでもいいですか」
俺はパンツスーツに礼を言ってから、小野瀬に合図を送った。
奥の席で待機していた小野瀬は、合図を受けてゆっくりと、俺と二人が座っている席に近付いてきた。
すかさず、それでいて、がっついていない速度で。
「こんばんは。俺もお邪魔していいかな?」
小野瀬は光を纏うが如く、優雅に登場した。
目的はナンパだけど。
俺が確かめるように見ると、パンツスーツは微笑んで頷いてから、一つ席をずらして、小野瀬の為に自分の隣を空けた。
素晴らしい。
なるほど小野瀬好みの女だ。
五、六人は座れるボックス席に、カナリア、俺、小野瀬、パンツスーツの順で座っている。
俺がローズに目で合図を送ると、オカマのマスターは、尻尾を振ってすっ飛んできた。
「ハイ喜んで!」
俺は苦笑したが、小野瀬がそつなく彼女たちの好きそうな物を、自分にはオレンジジュースを、俺には焼酎のお湯割りを注文してくれた。
「じゃ、今夜の素敵な出逢いに、乾杯!」
「乾杯♪」
俺には出来ないスマートさで小野瀬が場を仕切り始め、パンツスーツがそれに同調した。
こうなれば、俺の役目は終わりだ。
俺は隣で真っ赤になっているカナリアと、そっとグラスを合わせた。
小野瀬はほとんど俺に背を向けるぐらいの勢いで、しかしあくまでも悠然と、パンツスーツを口説いていた。
「君、とても綺麗な目をしてるね。照明が映って、まるで星空を見ているようだ。もう、目が離せなくなりそうだよ」
「もう、小野瀬さんたらお上手ね」
「あれ?嘘だと思ってる?オレンジジュースじゃ酔わないよ」
「それ、本当にオレンジジュースなの?」
「本当だよ。一口飲んでごらん」
「……本当だわ」
「ふふ、間接キスだね」
小野瀬お前は凄い。隣で聞いている俺の方が恥ずかしい。
「……あの、穂積さん」
カナリアが、囁くように言った。
「ん?」
「あの、私、つまんなくて、ごめんなさい」
「全然。つまんないぐらいの方が、俺は好き」
「えっ」
カナリアがまた真っ赤になる。
この子、随分と反応が新鮮というか、幼い感じだな。
まあ可愛いけど。
「あの、私、今日は、彼女に誘われて、ついて来ただけなんです。初めてなんですこのお店」
「へえ。俺も」
偶然だな。俺が笑うと、カナリアは緊張しているのか、声が掠れてきた。
「それで、あの、でもちょっとは期待してきたんですけど、まさか、穂積さんと小野瀬さんとみたいな格好よくて素敵な人たちと、こんなふうになれるなんて思わなくて、あのその」
「……」
おかしい。
俺は嫌な予感がしてテーブルの上を見た。
するとやっぱり、カナリアはいつ間違えたのか、俺の焼酎のグラスを手にしていた。
「私、すごく幸運ですよね。嬉しいです私。穂積さんってきれいだしお酒強いしすごく優しいしきれいだしお酒強いしすごく優しいしきれいだし」
「……」
ヤバい。
エンドレスになってるし。
「えーと、少し、水を飲む方がいいな」
俺はすぐにローズを呼んで、冷たい水を持ってこさせた。
「美味しいですー。ありがとう穂積さん」
カナリアはごくごくと水を飲み干した。
「私変なんです穂積さん。急になんだか暑くて暑くて。普通のサイダーだったはずなんだけどおかしいな。気持ち良い気持ち悪い気持ち良い。暑い暑い暑い」
「うわ、待て!ちょっと待て!」
ぷつぷつとブラウスのボタンを外し始めるカナリアに俺は動転し、小野瀬とパンツスーツを振り返ってまた動転した。
いない。
いつの間に。
カナリアが「あの、私、つまんなくて、」って言ってた時には、確かにまだいたのに。
「穂積さん私暑いです暑いです暑いから脱いで良いですか」
「待て!脱ぐな!スカートは脱ぐな!ローズ!ローズー!」
一番奥の席、スツールを並べて作ったベッドで、カナリアがすうすうと寝息を立てている。
店の中に、もう他の客はいない。
ローズがどこからか持ってきてくれたシーツにくるまって寝ている彼女の横で、俺はぐったりしていた。
煙草の味が入って来ない。
酔っ払ったカナリアは、手に負えなかった。
しかも、カナリアの携帯でパンツスーツに連絡を取ろうとバッグを開けたら、カナリアの学生証が出てきて、俺は全身から血の気が引いた。
「……高校一年生って」
そのうえ、パンツスーツは電話に出ない。
小野瀬も出ない。
あいつら後でぶん殴ってやる。
「……」
無邪気に眠るカナリアの寝顔を見ているうちに、我ながら間抜けで笑えてくる。
……そりゃ可愛いよな。
お子ちゃまなんだから。
「穂積さーん」
カナリアが寝ぼけて、にやにやしながらむにゃむにゃ言っている。
「穂積さんーすきですー」
「はいはい」
君は可愛いよ。
君が酔い潰れなかったらと思うと、俺はちょっと怖い。
現役警察官が、淫行罪で捕まるところだったかもしれないな。
カナリアの頭を撫でてやりながら、俺はひとり笑った。
一時間後、小野瀬とパンツスーツは、同じシャンプーの匂いを漂わせて帰って来た。
小野瀬は事情を聞いて大笑いし、パンツスーツはひたすら俺に謝った。
パンツスーツはカナリアの家庭教師で、今日は社会見学というか、息抜きに連れて来たらしい。
そのうちカナリアが目を覚ましたので、俺は、めっ、と叱ってやった。
カナリアは真っ青になった後真っ赤になって、俺とローズに平謝りした。
小野瀬に俺の車を警察まで取りに歩かせ、戻って来たところで二人を乗せた。
四人で最寄り駅まで行き、何とか間に合った終電に女二人を押し込む。
俺と小野瀬は、ホームで見送る事にした。
電車の中から、カナリアは、まだ、俺にぺこぺこ頭を下げていた。
パンツスーツと小野瀬は、しっとりと見つめあっている。
いい加減にしろお前ら。
「穂積さーん!」
カナリアが叫んでる。
声がでかいよ。周りの乗客が笑ってるだろ。
「ありがとーございましたー!」
俺は苦笑して、手を振り返してやった。
電車のドアが閉まる。
もう二度と会うことのないだろう二人が、遠ざかる電車の窓の向こうで、いつまでも手を振っていた。