合コンvol.1
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~小野瀬vision~
広くてきれいな玄関。
そこに脱がれた穂積の靴も、上等な物だ。手入れもいい。
そんな事を思いながら顔を上げた途端、俺は、衝撃的な光景に立ち尽くした。
「穂積!ほづみ!!」
「何だー?」
水でも飲んでるのか、キッチンから呑気な声がした。
「大変だ、空き巣に入られてる!お前、通報しろ!警察呼べ!」
「警察なら二人もいるだろ。お前は馬鹿だなあ」
「はあ?馬鹿はお前だろ!見ろこの惨状を!!」
信じられない。
これが空き巣狙いでなくて何だ。
穂積がペットボトルを手にしたまま、面倒臭そうにキッチンから出てきた。
「見ろ穂積!!これらの衣類は、あのタンスに入っていたはずだ!それがこんなに散乱し、リビングもダイニングも足の踏み場が無いじゃないか!」
「あー」
「おそらく、犯人が物色したんだ。金目の物は無くなってないか?!」
くそう、手袋を忘れた。
犯人の痕跡を探したいが、そこらじゅうに衣服やネクタイ、靴下や本などが散乱していて、手をつけられない。
………?
何か不自然だ。
……衣服が多すぎる。
しかもよく見れば、脱ぎ散らかしてあるようにも思える。
まさか……。
「金目の物なんてこれっきりだ」
穂積は着ている服のポケットから、財布を出して見せた。
「……穂積……まさか、この部屋の惨状は……」
「そう、俺。片付ければいいんだが、どうもなー」
「……」
俺は愕然とした。
どうもなー、どころじゃないだろ、お前。
空き巣でなければ、悪名高い警察のガサ入れの後のような有り様じゃないか。
王子様じゃないのかよ。
「お前どこに寝るー?」
穂積は衣類の山を崩して、リビングの真ん中付近に二人掛けのソファーを発掘した。
「寝室の方が、ここより少しはましだ。お前そっち行け」
「……」
冗談じゃない。
「……掃除しよう、穂積」
「あ?今から?俺苦手なんだよ」
俺は自分の長い髪を束ねた。
「さいわい、散らかってるのは服や本だけだ。何とかなる」
「……お前……」
穂積は完全に酔いが醒めた顔で、腕捲りをする俺を見た。
「なんて勇敢なんだ」
「お前も戦えバカ!」
俺は仁王立ちした。
「とにかくまずシャツを拾え!いったい何枚持ってるんだ!ネクタイとスーツはクリーニングだから、こっちへ集めろ!パジャマにハンカチ……洗濯機はあるんだろうな」
「ある。回した事は無いけど」
読み捨てられた新聞や数年前の雑誌を拾いながら、俺は泣きたくなる。
「下着と靴下ぐらい洗えよ……」
「本当に困った時には、全部掻き集めてクリーニングに出してる」
恐ろしい事を言いながらも、穂積は大人しくシャツを拾っている。
俺は部屋の隅に、拾った本を積み上げた。
形態もジャンルもバラバラだ。俺はそれを取捨選択する。
「これを束ねる紐は?」
「無い」
「……そうだよな」
「それより小野瀬ー。これ以上洗濯機に入らないけどどうするー?」
「押し込むな、壊れる!」
「久しぶりにこの部屋の床を見たなー。あ、100円落ちてた」
「穂積、洗剤は?」
「無い。100円で買えるか?」
「……やっぱりな」
俺は穂積を置いて近所のコンビニに行き、紙紐や洗剤、ゴミ袋に雑巾まで買い揃えて来た。
ほんの僅かな時間だったのに、帰って来たら、穂積はソファーで寝息を立てていた。
両手に靴下を抱えているから、それなり頑張ろうとしていたみたいだけど。
そっとしておいてやろうかとも思ったが、まだ半分以上埋もれたままの部屋を見てしまえば、ここで寝かせてしまうわけにはいかない。
「穂積、起きろ!洗濯物を干せ!」
「……そんな高度な技は無理」
穂積はふるふると首を横に振った。
「高度な技って、お前」
「……拾う方を担当する」
穂積は眠い目をこすりこすり、再び、床に散乱する衣類を拾う作業を再開した。
俺は溜め息をつきながら、今買って来たばかりの洗剤で、まずはシャツの洗濯から開始した。
窓から射し込む光が眩しい。
……俺はいったい、何をしているんだろう。
意外と楽しそうに掃除機をかけている穂積の姿を見ながら、俺はふと我に返った。
昨夜はあれから夜通し洗濯機を回し、ひたすら穂積の服を干した。
このマンションの屋上は今、こいつの洗濯物に占拠されている。
目を離すと寝てしまう穂積を叱咤激励しながら、どうにか全部の部屋を掃除するのは至難の業だった。
自分で自分を褒めたい。
合コンの翌日とはとても思えない、この不毛な感じは何だろう。
その気になれば、女の子と愉しい夜を過ごして、彼女のベッドで目覚める事も出来たのに。
同期とは言え初めて呑む男と合コン行って、あげく徹夜でそいつの部屋を掃除して洗濯してるってどういう事だよ。
よく考えたら朝飯も昼飯も食べてない。
本当に、俺はいったい、何をしているんだろう。
「小野瀬ー」
「……何?」
「シャワー浴びて、飯食いに行かね?」
言いながら穂積は、ボタンを押して掃除機のコードを伸ばしたり縮めたりしている。
やり過ぎると壊れるからやめろ、という言葉さえ、もう出てこない。
俺はソファーから、のっそりと起き上がった。
……こいつの部屋の冷蔵庫、酒と水と氷しか入ってなかった。
「それとも、出前とか取る?」
この部屋に出前が届く事を想像して、俺は震え上がった。
大型台風が通過したような穂積の部屋だったが、生ゴミだけは存在しなかった。
そこだけは評価する。
だから、出前の料理がひとかけらでも残って、あの埃の溜まったシンクに放置されるのを思い浮かべた俺は、即座に穂積の提案を却下した。
「外で食おう。で、そのまま俺を家まで送ってくれ」
「分かった」
穂積はもう引っ込まなくなった掃除機のコードを悲しげに見ながら、俺に返事をした。
だからやめろと言ったのに。言わなかったか。
運転席でハンドルを握っている穂積の横顔を眺めながら、俺は不思議な気分でいた。
警察庁のキャリアで同期のエースで、挨拶は出来るし運転も上手いがいつも喧嘩腰で大酒呑みで部屋が汚くて。
そのくせ、きちんと服を着て外に出れば、これほどきれいな男を俺は他に知らない。
「何食う、小野瀬?」
信号待ちで、穂積がこちらを向いた。
「掃除のお礼に奢るから、遠慮すんな」
一応、感謝はしてくれているんだな。
「じゃあ、遠慮なく。そうだな、ラーメンがいいや」
「はは、欲の無い奴」
穂積は笑って、青信号とともに発進した。
穂積に連れていってもらった店のラーメンは美味くて、俺は満足して家に帰った。
別れ際、穂積は俺のマンションの前で、
「今日は助かった。ありがとう、小野瀬」
と言って頭を下げた。
こいつ、挨拶と仕事は出来る男なんだよな。
家事能力はゼロだけど。
「……どういたしまして」
俺はつられて笑いかけ、穂積の次の言葉で、硬直した。
「ところで、洗濯物って、干した後はどうするんだ?」
乾いたら取り込んで畳んで棚にしまうんだよ。シャツにはアイロン当てるんだよ。
心の中で思いながら、俺は同時に、こいつにそんな芸当が出来るわけないとも思った。
出勤前に屋上に昇って、干しっ放しのシャツのうち一枚をハンガーから外し、そのまま着てしまう穂積の姿が、今の俺には容易に想像出来た。
いや、あるいは、乾いた服を屋上から全部掻き集めて、あの部屋に再び放り投げるかもしれない。
そうしたら、俺のあの苦労はどうなる。
「俺も、洗濯ぐらい出来るようになった方がいいよな?」
穂積は穂積なりに、反省はしているらしい。だが、こいつの場合、やる気は逆効果になる。そしてそれは破壊に繋がる。
「……」
「どうした、小野瀬」
「いいか、穂積」
「何だ」
「俺、明日、仕事が終わったら、お前の部屋に行くから。それまで、洗濯物には触るな」
「……?」
「俺が片付けてやる」
穂積はきょとんとし、それから、嬉しそうに笑った。
「小野瀬って、意外といい奴なんだな」
ああ。
野生の獣になつかれたような気分だ。
きれいで、不可解で、世話のやける野獣。
仕方ない、当分、付き合ってやることにするか。
とりあえず、こいつに、あの部屋を掃除してくれるような彼女が現れるまでは。
~END~