合コンvol.1
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~小野瀬vision~
午後六時五十分。
駐車場へ続く通路で待っていた俺の耳に、階段を降りてくる靴音が聴こえてきた。
規則正しい革靴の足音。おそらく間違いないだろう。
通路に降り、俺の姿を見つけた穂積は、手を振る俺に応えようともせず、すたすたと歩いて来た。
「悪い、待たせたか」
俺は笑顔を浮かべた。
「いや。時間通りだよ」
「そうか。こっちだ」
穂積は先に立って歩き出した。
どうやら、やっと、合コンに行く覚悟を決めたらしい。
駐車場の一角に、品の良い高級車が停まっている。
まさかと思ったが、穂積が手元のキーを操作すると、その車がハザードを点滅させて応えた。
「へえ」
運転席のドアを開けながら、穂積が俺の声を聞き咎めた。
「何だ?」
「車。センスいいね」
俺は思った通りを口に出した。
助手席に乗り込むと、後から運転席に乗った穂積が、微かに微笑んだ。
「ありがとう、俺も気に入ってる」
車内には物が無く、きれいだった。
こいつの勤務状態で、休日に車を手洗いしているとは考えにくい。
おそらく、メンテナンスはガソリンスタンドかディーラーか、業者にそっくり任せているんだろう。
穂積は前を向き、エンジンをかけた。
カーラジオからの音声が静かに流れ出す。
「ベルト着けたか」
「はーい」
「じゃ、行くぞ」
車は緩やかに発進した。
俺は穂積に道案内をする。
穂積は俺の指示通り走り、やがて路地に入った。
……こいつ運転上手いな。
「その先の右側に、店の駐車場があるから。そこへ」
「分かった」
車はするりと駐車場に入り、穂積はバックでぴたりと車を停めた。
「じゃ、頼む」
車を降りると、穂積が車のキーを俺に投げて寄越した。
自分で誘っておいて何だが、穂積を呼んだのは失敗だったかもしれない。
店の入り口で待っていた鑑識の先輩たちが穂積を見て顔色を変えた時、俺はそう思った。
……まあ、そうだよね。
彼らは、俺と一緒に合コンした事が何回かある。
彼らにとって俺は、合コンに女の子を集めるための、ただの餌だ。
俺の周りに集まる女の子たちを適当にあしらって、楽しませて酔わせるのが俺の役目。
いい感じに酔っ払った女の子たちを口説くのが、彼らの役目。完全な分業制。
独りでバーにいる時なら、隣の席に滑り込んで来る女性は大歓迎だ。
けれど、仕事仲間との合コンで出会った女の子を、仲間を出し抜いて持ち帰ったりはしない。
だから、みんな安心して俺を合コンに誘う。
……だが、穂積に関するデータは無い。
その上、穂積はあの見た目だ。
今夜の合コンを楽しみにしていた先輩たちの気持ちが、俺には手に取るように分かった。
まあ、そもそも穂積を合コンに誘ってくれと言ったのは、彼らの方なんだけどね。俺は言わない。大人だから。
穂積は長身で筋肉質、顔が小さく、遠目にもすらりと端正なプロポーションだ。
そして近付いて見れば、その金髪は本物で、長い睫毛の下の目は碧色だ。
しかも顔立ちは整っていて、その美貌にはどこにも隙がない。大変な美形だ。
密かに「警視庁・抱かれたい男」などというアンケートを取っている連中によれば、穂積は常に一、二位を争っているらしい。
ちなみに争っているのは俺だけど。
俺も、今日は助手席から改めて穂積をじっくり見たが、なるほど、こりゃ女の子が放っておかないだろうと思った。
まあ、警視庁の女の子たちは、最近広がり始めた穂積の噂を知っているから、迂闊に近付いては来ないだろうけど。
ほとんど物語の王子様のような穂積を遠巻きに眺めて、先輩たちはがっくりと肩を落としていた。
「おい、マジかよ、小野瀬。あいつ、ガイジンじゃないか」
そっと近付いて来た先輩が、俺に恨みごとを言った。
穂積はあちらで別の鑑識官に経緯を訊かれている。
「あんな奴だなんて想定外だよ。穂積に、女の子みんな取られちまう」
俺は責任を感じたが、あえて明るく答えてみた。
「うーん、でも、たぶん大丈夫でしょ。穂積はあれで、空気読みますから」
「本当かあ?」
俺が訊きたい。
本当に空気読めるのか。
俺はあいつがどんな呑み方をするのか知らないし、女の子に対する態度も知らない。
これで、酒癖や女癖がとんでもなく悪かったらどうしようか。
俺はしかし覚悟を決めて穂積を呼び、先輩たちと共に、女の子の待つ居酒屋へ入った。
展開は、予想通りだった。
初めて会う女の子たちだったが、座敷に胡座をかいた俺と穂積の周りに、八人、つまり全員が集まってしまった。
離れて座れば良かったかな。
だが、もう遅い。穂積は俺よりも容貌が派手だから、一同の視線を独り占めだ。
「で、では、乾杯!」
幹事が音頭を取るが、みんな気が散っていて、それへの返事はまちまち。
今回、俺を誘ってくれたのはあの幹事だ。
そして、仲間のほとんどは職場の先輩。
……後で謝る羽目にならなければいいけど。
ハラハラしている俺の隣で(間に女の子が二人座ってるけど)、穂積が、周りに促されて、乾杯用に注がれたビールを手にした。
「穂積さん、かんぱーい♪」
女の子たちは声を揃えて、穂積のジョッキに、自分たちのグラスをカチャカチャと合わせた。
次の瞬間、俺は、信じられない光景を見た。
穂積が、中ジョッキのビールを一息に呑み干したのだ。
ゴン、と穂積がジョッキを置くと、惚けていた女の子たちが、いっせいに拍手をした。
「穂積さんすっごーい!」
「お酒強いんですねー!」
「カッコいーい!」
テーブルの反対側にいる先輩たちが、がっくりと肩を落とす。
俺は申し訳ない気持ち半分、無謀な先輩たちを嗤いたい気持ち半分で、女の子たちに囲まれ、キャアキャア言われている穂積を見た。
すると驚く事に、穂積と目が合った。
「小野瀬、焼酎のお湯割り作ってくれ」
「いいよ、」
「穂積さん、あたしが作ります!」
「いえ、アタシが!」
穂積の姿はまた、女の子の向こうに消えてしまった。
俺は溜め息をついたが……事態はここから急展開した。
穂積のペースが速い。
女の子たちは順番を決めて穂積のお湯割りを作ろうとしているので、当然間が空く。
穂積呑む。
彼女作る。
穂積呑む。
穂積待つ。
隣の彼女作る。
穂積呑む。
穂積待つ。
穂積待つ。
別の彼女作る。
穂積呑む。
穂積待つ。
穂積待つ。
穂積待つ。
自分のターンで三回待った所で穂積は立ち上がり、俺の隣に来て座った。
「小野瀬、作れ」
ホットグラスを差し出された時、振り払われた彼女たちには悪いが、俺は大笑いしそうになってしまった。
下を向いて笑いを噛み殺しながら、素早くお湯割りを作って差し出す。
「ありがとう」
穂積呑む。
俺作る。
穂積呑む。
俺作る。
穂積呑む。
俺作る。
俺の上達に合わせるように、女の子たちは物足りない顔のまま、我が仲間たちの元へ群がって行った。
仲間たちの喜びは、言うまでもない。
俺は、穂積が女の子たちに全く目もくれない事と、焼酎の瓶を何本転がしても全く酔わない事に驚いていた。
そして、どうやら先輩たちが満足してくれそうな様子に、人知れず胸を撫で下ろした。
穂積の車を運転しながら、俺は、助手席の穂積に話し掛けた。
「今日は驚いたよ、穂積」
穂積はあれだけ飲んだのに、顔色も変わらない。
「何が」
「お前だよ。いくら呑んでも酔わない。ザルって本当にいるんだな」
穂積は不思議そうな顔をして俺を見た。
「俺もお前に驚いた。本当に、酒も呑まずに合コンするんだな」
俺は苦笑する。
「体質的に飲めないんだけど、酔った相手を観察したい気持ちもあるかもね」
「悪趣味だな」
「かもね。でも、酔うと本性が出る、って言うだろ。俺は、それが見たいんだよ」
「ふーん」
穂積はあまり興味ないような返事をしながら、パワーウィンドウを操作して外の風を入れてくれた。
車内に籠った、穂積から漂う酒の薫りが薄れていく。
爽やかな風を吸い込み、礼を言おうと思った時、穂積が指を動かした。
「2つ先の信号を左だ」
「了解」
俺は言われた通りに走り、ハンドルを切った。
「……あのマンション」
「へえ。結構いいとこ住んでるな」
マンションの駐車場に車を入れ、ロックすると、俺は穂積に車のキーを返した。
「ありがとう」
穂積はそれをジャケットのポケットに入れる。
……こいつ、いつでもちゃんと礼を言うよな。
エレベーターに乗って階を示すボタンを押すと、穂積は小さく欠伸した。
やっぱり、自宅に戻って来ると安心するんだろう。
しかし、目的の階に着き、部屋のキーを差し込んだところで、穂積は不意に俺を見た。
なんか、表情が硬くないか?さっきまで欠伸してたのに。
「本当に泊まるのか?」
「はあ?」
「……ま、いいか」
穂積は、諦めたように扉を開けた。
考えたら、俺たち、今日初めて一緒に呑んだんだもんな。いつの間に泊まる事になったんだっけ。
穂積が警戒するのも無理はないな、そう思いながら、俺は、穂積に付いて中へ入った。