出逢い
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~小野瀬vision~
十月。
都心では紅葉もまだまだ。台風も去り、涼しく落ち着いた季節だ。
だから、俺はこの日がこんなに騒々しい日になるとは、全く予想していなかった。
「おーい、小野瀬!」
昼休み、数人の同僚と近くの食堂へ食事に出ようとしていた俺を、後ろから呼ぶ声がした。
振り向くと、鑑識の先輩が、にこにこしながら歩いてくるのが見える。
「こんにちは、先輩」
俺は立ち止まって、軽く会釈した。先輩は近寄ってきて、正面から笑顔で俺の肩を叩く。
「小野瀬、これ、もう見たか?」
先輩はそう言いながら、手にしていた、小さな新聞のようなものを見せた。
「いいえ……庁内報ですか?」
それは、『号外』と書かれた、今日付けの庁内報。
先輩が、見ろ、と広げたのは、見開きの特集ページだった。
庁内アンケート、結果発表。
「小野瀬、お前1位だぞ!」
先輩は大きな声で言って、そこに書かれた俺の名前を、とんとんと指で示した。
おおっ、と騒いで、みんなが覗き込んで来る。
尊敬出来る上司、ミス警視庁、などと並んで、確かに俺の名前があった。
『上半期 抱かれたい男No.1』
「小野瀬すげー!」
「去年の下半期からニ連覇だぞ!」
「相変わらずモテてるなあ」
「お前、『桜田門の光源氏』って言われてるんだぞ。知ってるか?」
同僚たちの冷やかしに、俺は苦笑した。
同僚とは言え、先輩ばかりだ。若干は嫉妬も混じっているのかもしれない。
「まぐれですよ」
俺は謙虚に応えておいた。
正直、嬉しいが、なんだか気恥ずかしくもある。
「ところで、小野瀬。お前の1位は納得なんだが、これ、誰だ?」
先輩が、俺の名前のすぐ下、つまり、『抱かれたい男No.2』の名前を読んだ。
「警備部、穂積泪」
「へえ、警備から選ばれるなんて珍しいな」
俺の肩越しに、同僚が覗き込む。
「そうなんですか?」
俺の問いに頷いてから、同僚は声を低くした。
「警備って、ゴリラみたいなのばっかりだろ」
先輩たちは、それぞれ知り合いの警備部の人間の顔を思い浮かべたようで、ニヤニヤしている。
「まあ、それは冗談だが、警備は外勤が多いだろ?意外と、庁内で会う機会は少ないんだぜ」
「それなのに、1位の小野瀬と数票差って事は、よっぽど目立つんだな」
「それにしても、初めて見た名前だ」
「顔を見れば分かるかもしれないけど。2位以下は写真が無いのか?」
「広報に問い合わせてみるか」
どうやら、ここにいる人間は全員、穂積を知らないようだ。
まあ、我々は、普段、閉じこもって仕事してますからね。
「こいつ、小野瀬と同じ年齢だぞ。どんな奴か、知ってるか?」
知ってるとも。
なるほど、こいつの事を知りたくて、わざわざ俺に声を掛けたわけか。
俺は先輩の問いには答えず、「穂積泪」の名前をじっと見た。
すると、入庁式で見た穂積の姿が、脳裏にまざまざと蘇ってきた。
そいつは、入庁式が始まる前から目立っていた。
例えば、大学で好き放題していた奴らだって、就職活動を始めれば、落ち着いた髪にするもんだろう?
茶髪や銀の髪なら黒に染めたり、長髪は短くしたり、モヒカンなら坊主頭にしたりするだろ?
普通は。
まして、ここは、警察庁に採用された人間の集まる、入庁式の会場だ。
そいつの派手な金髪は、だから、その場にいるだけで目立っていたのだ。
科学警察研究所に配属の俺と、警察庁直属のそいつとは席が離れていたが、俺の席からは、そいつの横顔が見えた。
そいつは色白で、びっくりするぐらい綺麗な顔をしていた。
「……」
俺も驚いたが、近くの席の連中などはもう、男女を問わず、その美貌から目が離せないでいる。
いや、会場全部の視線が、そいつに集中していたと言ってもいい。
しかし、渦中のそいつは、ずっと、目を閉じている。
そして長い脚を組み、腕も胸の前で組んで、ゆったりと椅子の背にもたれていた。
後から思うと、もしかしたら、あれは寝ていたのかもしれない。
式が始まってからも、俺は時折、横目でそいつの様子を窺った。
式の前とは違い、今度はきちんと座っている。
やがて、新人の名前の読み上げが始まった。
そいつの列には、十五人が席を並べている。
端から順に、名前を呼ばれると共に立ち上がり、一礼して再び座る。
そいつの前の席の男が、着席した。
次だ。
何となくざわついていた会場の雰囲気が、しん、と静まり返る。
「穂積、泪」
「はい」
ついに、穂積が立ち上がった。
長身だ。180㎝以上あるんじゃないだろうか。
さらさらの金髪、真っ直ぐに前を見据えた碧の瞳。長い睫毛。モデルのように整ったプロポーション。
はからずも、穂積の姿を見た人々からは、溜め息が漏れた。
そして再び、いやさらに少し熱を増して、ひそひそと囁きあう声が会場を占める。
その声は、穂積が着席し、係官が大きく咳払いするまで、途切れる事は無かった。
一方、俺は戸惑っていた。
日本人?
と言う事は、あの髪は、やっぱり染めているのか。じゃあ、目は?カラーコンタクトか?
そうだとしたらふざけた奴だ、と俺は思った。
何度も言うが、これは警察庁の入庁式だ。
しかし、名前を読み上げた担当官も、壇上のお偉いさんも、誰も何も言わなかった。
すると、服務規程には違反していないのか?
……名前、ルイだったか。
……ハーフかも知れない。
もしもそうなら、あの非常識な金髪も説明がつくのだが。
俺は、おそらく会場にいる全ての参加者と同じように、穂積の謎を解く事が出来なかった。
自分の名前を呼ばれた時も、無意識に返事をして着席した。
だから、俺の名前に周りの女性が反応した事も、ほとんど気付かなかった。
式が終わるまで、俺は穂積ばかり見ていた。
俺は回想から現実に戻った。
周りの仲間はまだ、俺と穂積の話をしている。
昨年までいなかった奴が、突然ランクインすれば驚くのも無理はないが。
だが、俺にとっては、何の不思議も無かった。
「穂積は、キャリアですからね。昨年は、警察大学に行ったり、研修に行ったりしていて、警視庁にはあまりいなかったと思いますよ」
先輩たちの顔色が変わった。
「……こいつ、キャリアなのか?」
「ええ。入庁式の時、国家総合職の列にいました。入庁2年目ですから、とっくに警部のはずです」
全員が、改めて穂積の名前をしげしげと見直していた。
もしかして、俺、穂積に悪い事したかな。
「……だろ?小野瀬」
「はい?」
聞き返すと、同僚は笑った。
「今、こいつ警視庁にいるんだろ。同期なら、合コン誘えるだろ?」
「え……穂積を、ですか?」
「おう。後輩のキャリアと知り合う機会なんて、なかなか無いからな」
「そうそう。お前とそいつが揃えば、女の子集まるじゃないか」
俺は、胸の中が冷えていくのを感じた。
仲間ぶっていても、所詮こんなものだ。
この連中にとって、用があるのは、俺ではない。女を呼べる俺、だ。
顔も知らない穂積まで巻き込んで。
だが同時に、それはそうだろう、とも思った。
後輩が女にモテて、誰が、ただ純粋に嬉しいものか。
「俺、穂積とは話をした事もありませんが」
これは本当だ。
何度か姿は見掛けた。穂積はどこにいても目立つ。
だが、俺も忙しかったし、さっき言ったように、穂積はほとんど警視庁にいない。
のんびり雑談する事など、現実的に不可能だった。
だが、先輩たちは諦めなかった。
「まあ、急がないからさ」
「頼むよ、小野瀬」
「持つべきものは男前の同僚、ってな」
同僚たちは、俺ががっかりするような笑いを浮かべながら、去って行った。
俺はもう食事をする気も失せて、庁内に戻った。
そして、そのせいで、全く偶然に、トイレに入る穂積の姿を見つけたのだった。
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