水ナス検事奮戦記
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いまや、俺と櫻井の将来がかかっていると言っても過言でない《グリーンヒルズ老人殺傷事件》は、穂積率いる雑よ…緊急特命捜査室の、烏合の…捜査員たちが捜査を進めるにつれて、次々と様相を変えていった。
もちろん最大の問題は、被疑者である金子の行動だ。
中でも俺が最も憤慨していたのは、金子が、今まで隠してきたという戦時中の極秘情報を、よりによって公判の席上で暴露した事だった。
戦争当時、金子は、日本軍第十一部隊三沢小隊と呼ばれる部隊に所属していた。
そして、上官だった村松の命令で、長野県松代の地下のどこかに旧日本軍の隠し財産を埋めた、とぬかしやがっ……発言したのだ。
そんなセンセーショナルな話題を、検察側にも弁護側にも何の前触れもなく、場所もあろうに法廷で自白するものではない。
あの時の弁護団の顔といったらなかった。
それはそうだろう。
加害者本人が、被害者とともに巨額の財産を隠したという話だ。
動機に繋がる重要事項ではないか。
案の定弁護団は動揺したが、金子の暴露はそれにとどまらなかった。
実は、金子が村松を殴ったのは、「軍事機密を話しそうになったから」ではなかった。
当時、長野の松代へ向かったのは間違いないが、金子ら部下たちは、村松に言われるままに穴を掘っただけ。
正確な隠し場所を知っているのは村松だけ。
だから金子は、戦争が終わった後も、ずっと、その場所を知りたいと思いながら人生を送ってきたのだという。
その人生の末期を迎え、やっと老人ホームで村松と再会出来たというのに、村松は認知症が進行していて話にならない。
金子がどんなに苦心して場所を聞き出そうとしても、村松はのらりくらりと会話を濁すだけで、一向に要領を得ない。
苛立った金子は、あの日、とうとうカッとなって村松を殴り、倒れた村松は打ち所が悪く、そのまま死んでしまったのだ……。
金子の語った内容は、『老人同士の殺人事件』という珍しさからこの話題を扱ってきたマスコミにより、『謎の軍事機密』だったものが『松代に旧日本軍の隠し財産?!』と新たな見出しを貼り付けられて、さらに過熱する事になった。
他に大きな事件が起きていないせいもあってか、新聞も、テレビのワイドショーも、連日、この事件を取り上げる。
画面の中では無責任な憶測ばかりが飛び交い、煽られた視聴者がスコップ片手に長野に向かい、手当たり次第に地面を掘り返す。
『謎の軍事機密』は、時ならぬ宝探しブームを巻き起こして、騒ぎはさらに拡大するばかりだ。
完全に興味本位の素人が、寄ってたかって重要な事件現場の周辺を踏み荒らし、重要な物的証拠と成り得るかも知れない証拠品を探し回っている。
これだけ大騒ぎになっているから、発掘者たちも互いに監視状態だが、隠し財産が見つかれば、勝手に持ち帰る不届き者がいないとも言い切れない。
裁判の担当者たちは一様に頭を抱え、かくして、この事件は正式に警視庁に差し戻され、穂積が言った通り、緊急特命捜査室が再捜査する事になったのだった。
如月
「最近では、機密文書や金塊どころか、密かに製造されていた吸血鬼兵団だとか、戸隠山に落ちたUFOの破片だとか、もうメチャクチャですもんね」
翼
「裁判所も大変でしょうね」
ここは、検察庁の中にある俺の事務室。
穂積に命じられ、助手として派遣されて来ている如月と櫻井が、苦笑いしながら俺を慰めてくれた。
ここが捜査室なら、すかさず紅茶など出てくる場面なのだが、ここ検察庁では、俺がこいつらに茶を入れてやらねばならない。
しかし、自慢ではないがこの俺にそんな芸当が出来るはずがないから、買ってきた茶菓子と自販機のペットボトルをテーブルに置いてやるのが関の山だ。
それでも俺としては、協力を申し出てくれたこいつらと、派遣してくれた穂積に対する、精一杯の誠意のつもりなのだが。
翼
「だけど、どうして急に、金子さんはそんな話を始めたんでしょう?」
如月
「どういう意味?翼ちゃん」
茶菓子を頬張りながら、如月が首を傾げた。
翼
「だって、こう言っては何ですけど……、ご家族もいないし、高齢だし、病気で、その……もう、そんなに長生き出来る身体ではない、じゃないですか」
如月
「確かに、たとえ100億手に入れたとしても、生きてるうちには使いきれないよねえ」
二人の会話を聞きながら、俺は、ふと、問い掛けてみたくなった。
藤守兄
「……金子の新証言について、穂積は、何と言っていた?」
俺が穂積の名を口にすると、櫻井は表情を少し翳らせた。
代わりに如月がこちらを向く。
如月
「室長は、金子の目的が軍事機密、つまり隠し財産だとは思ってないみたいです」
櫻井の様子も気に懸かったが、それよりも、如月の今の言葉が気になった。
藤守兄
「どういう事だ?」
如月
「つまり、こうです」
如月はひとつ咳払いをすると、声のトーンを、高めの裏声に変えた。
如月
「『誰もが欲しがるような金銀財宝だったとしたら、どうして、村松本人はそこを掘り返さなかったのかしら?』」
少々誇張されてはいるが、特徴のあるおネエ口調は、職場で穂積が用いているものだ。
どうやら、如月はモノマネで穂積の言葉を再現してみせている、らしい。
如月
「『大事なのは、殺意があったかなかったか、ではないわ。金子が、かつて絶対服従だった村松を殴ったという事実の方よ』」
藤守兄
「どういう意味だ、穂積」
喋っているのは如月だが、俺は反射的に穂積、と訊いていた。
如月
「『村松には、隠し財産を掘り返さない理由があった。金子には、命懸けになっても村松から聞き出したい秘密があった。この事件のポイントは、その二つね』」
たぶん本物の穂積がそうしたのを真似たのだろう、顎に手をあてて考える仕草をしてから、如月は顔を上げて俺に敬礼した。
如月
「……って、室長は言ってました!」
本来の自分の声と表情に戻って、あっけらかんと笑う。
如月
「俺にはよく分かんないですけどね!」
藤守兄
「そうか」
そんなはずはない。
確かに穂積は頭の回転が速いから、他の連中より常に先の事を考えている。
だが、部下に対しては、むしろ、謎解きの手助けをするような立ち位置を保っている。
だから、如月は穂積の考えの全てを理解出来てはいないかもしれないが、説明を受けていて、話の筋道は見えているはずだ。
だからこそ、こうして披露出来るのに違いない。
藤守兄
「ふむ……するとやはり穂積は、金子はボケていないと考えているのだな」
如月
「ですね」
俺は椅子に腰を下ろし、腕組みをして背もたれに身体を預けた。
藤守兄
「穂積にも言ったが、俺は真実を知りたいだけだ。検察は、金子の動機を明らかにし、妥当な量刑を与える事が出来ればそれでいいのだから」
如月
「宝箱の中身に興味はない、ですか。さすがは名検事」
裁判資料を紐解きながら俺に媚を売る如月の隣から、櫻井が顔を上げた。
翼
「私、室長の言葉を聞いて、考えた事があるんですけど」
藤守兄
「言ってみろ」
翼
「村松が埋めた物を掘り返さなかったのは、もしかしたら、『掘り返せなかった』んじゃないか?……金子が命懸けで知りたがった事は、『村松にとっても、命懸けで隠したかった事』だったんじゃないか?って……」
櫻井の、冴えた表情は、昨夜の穂積を思い出させた。
なるほど、穂積が手塩にかけて育てているだけの事はある。
それはもちろん、俺に対しては太鼓持ちのような態度を装っているが、如月にも通じる、若いが鍛えられた感性の輝きだ。
俺は、答えを求めるように俺を見つめている、櫻井に頷いてやった。
藤守兄
「お前の意見は、逆説として価値がある。最初の『なぜ、今、急に、松代に埋めた事を明らかにしたのか』と併せて考えていけば、いずれ真実に行き当たるかも知れんな」
自分で言いながら、俺の脳裏にも何通りか、事件の真相への道筋が浮かんで来る。
これらを精査し、真実を明らかにするのが俺の仕事だ。
その為にはまだ、まだ情報が足りない。
翼
「私たち、今日は、一旦警視庁に帰って室長にこれを見てもらった後、入院中の金子に面会してみる予定なんです」
検察の資料から捜査に必要な要項を拾い出す作業を終えた櫻井が、書類をまとめながら言った。
藤守兄
「金子の体調はどうだ?」
翼
「本人も自覚している通り、あまり良くはないですね。でも、会って話をする事で、少しでも金子の心情を聞き出せればいいんじゃないかと」
穂積の指示で、か。
こいつらは穂積の部下なのだから当たり前なのだが、櫻井が穂積を信頼しているのを感じる度に、胸のうちにもやもやしたものが溜まってくる。
藤守兄
「そうか。金子は感情の起伏が激しい男だから、気を付けて行けよ」
他に何を助言すればいいのか。
翼
「ありがとうございます。室長も一緒に行ってくださるし、大丈夫ですよ」
ほら、まただ。
俺は、嫉妬や羨望などという、低レベルの感情とは無縁だったはずなのに。
翼
「では、行ってきます!」
俺は、内心の動揺を悟られないよう、努めて傲慢な態度を崩さぬように応えた。
藤守兄
「うむ。成果をあげてくれば、次回は大福を用意しておいてやろう」
如月
「やったあ!」
揃って敬礼し去ってゆく二人を見送ってから、俺は、首を振って雑念を打ち消す。
穂積への羨望や対抗意識、櫻井の為に何をすればいいのかという不安。
こんな気分になるのは、今までに無かった事だ。
だが、解決する方法は知っている。
自信を持つ事だ。
今は事件を解決する事だ。
俺は検察官として、穂積とは違う見地から糸口を探さねばならん。
藤守兄
「そうとも、それでこそ俺」
自分だけしかいない事務所の中で、俺は、はからずも櫻井がよくそうするように、拳をぎゅっと握り締めていた。