水ナス検事奮戦記
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藤守兄
「お前、まさか、仕事で何か重大なミスでもしでかしたのか?!」
穂積が櫻井の実家に行くと聞いて、そして櫻井がその事を歓迎していないらしい様子を見て、真っ先に俺の頭に浮かんだのは、それだった。
櫻井の父親は、東京地裁の判事を務めている、誰もが認める立派な人物だ。
しかし、過去に冤罪の裁判をいくつも扱ってきた経験から、警察の捜査に対して厳しい意見を持っているというのは、周知の有名な事実だった。
ところが、事もあろうに、成長した愛娘は警視庁に就職したばかりか、その、警察の捜査官になってしまったのである。
判事は当然反対したが、今は櫻井の熱意に負けている形で、娘の仕事ぶりを見守っているのだ。
だから、俺は、今回、俺の知らない所で最近櫻井が何か大きな失敗をして、警察官など辞めろという話が再燃して、それで穂積が判事に呼び出されたのか、と心配になったのだが。
櫻井は、首を横に振った。
藤守兄
「……では、穂積の私的な用事か」
それならば、と、俺は、ひとまずほっと息をついた。
穂積は櫻井の上司だし、判事とも、かなり昔からの知り合いだと聞いている。
なんでも、穂積がまだ鹿児島に住んでいた頃、櫻井判事は、穂積の家の近所に単身赴任していたのだとか。
小中学生の頃の穂積はとんでもない悪ガキで、庭先の盆栽に野球のホームランボールを打ち込まれたり、洗濯物にサッカーのシュートを打ち込まれたりして、判事はかなり手を焼かされたのだとか……。
これまで櫻井から聞いていた判事と穂積のエピソードは、そんな話ばかりだった。
だから、穂積の訪問が櫻井の仕事とは関係の無い話だと分かれば、俺が次に気になったのは、別の事だった。
藤守兄
「……家に来るという事は、判事と穂積は和解したのか?たしか、昔の悪さに加え、お前を刑事部に異動させた事も手伝って、二人の仲はかなり険悪だ、と、以前お前は言っていただろう?」
翼
「はい。父は、ちょっとオーバーなくらいに室長の事を嫌っていて。私にも、あいつには近付くな、必要以上に親しくなるな、の一点張りだったんですけど……」
櫻井が、なんとなく口ごもる。
…けど?
妙な反応に、もう少し詳しく聞いてみたくなったが、櫻井は続きを話さない。
しかし、まあ、父と娘の間の話だ。
俺には話をしづらい事もあるのだろう。
藤守兄
「……ふむ、だが、まあ、良かったではないか。父親と上司が仲違いしたままでは、お前も穂積と気まずかっただろうからな」
翼
「……」
櫻井の返事を待つうちに、駅に着いてしまった。
俺の部屋に来ないという事であれば、ここで、別々の電車に乗らなければならない。
改札に向かおうとした時、櫻井が、俺のスーツの袖を引いた。
予想外の行動に、どきりと心臓が跳ねる。
藤守兄
「どどどうした?」
翼
「……やっぱり、慶史さんのお部屋に行きたいです」
藤守兄
「え?……だが、判事が。それに穂積も」
翼
「慶史さんの傍にいたいんです。連れて行ってください」
櫻井の目が潤んでいた。
この状況で、こんな事を言われて、好きな女を突き放せる男がいるだろうか。
藤守兄
「……お、お前がそうしたいなら、来るがいい」
櫻井の表情が、ぱあっ、と明るくなった。
翼
「ありがとうございます!」
ぎゅっ、と腕にしがみつかれて、俺はさらに動揺した。
おい、駅だぞ人前だぞ相手は俺だぞ。
いいのかお前。
だが、俺の渾身のツッコミも、声に出さなければ櫻井に伝わらないらしい。
それに、嬉しそうにくっついてくる櫻井の顔に、なんとも言えない憂いが浮かんでいるのも気になった。
……もしかして、帰りたくないのか?
鈍い俺も、ようやくそこに思い至った。
頑固なところが似ている父親とは、しょっちゅう衝突すると言っていたが。
それとも、穂積に会いたくない?……いや、まさかな。
翼
「慶史さん、電車が来ました」
おそらく杞憂だろう。
何だかんだ言っても、櫻井は父親の事が好きだし、穂積の事も、職場の父親として、全幅の信頼を寄せている様子なのだから。
藤守兄
「うむ」
俺は頭に浮かんだ邪推を振り払って、腕をほどいた櫻井の背中をぽんぽんと叩いた。
櫻井が俺を見上げて、ありがとうございます、というように軽くお辞儀する。
藤守兄
「そのかわり、泊まるなら、家にはきちんと連絡を入れておけよ?」
精一杯の威厳を絞り出して言うと、はい、と、櫻井が頷いて答えた。