水ナス検事奮戦記
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ああ、今思い出しても、胸の奥が甘酸っぱくなる。
藤守慶史、一世一代の告白に成功した瞬間だった。
俺と櫻井は満開の桜の下でめでたくファーストキスを済ませ、その後、ぎこちないながらも待ち合わせやデートを何度となく重ね、そしてついには、俺の部屋で、あ、あああ愛を確かめ合ってしまったりなんかしてしまったりもして……。
よろしくお願いしますと言われて俺は頷いたのだから、当然、よろしくお願いされただけの事はしてやらねばならないという気持ちはある、強くある。
ただ、自分から申し込んでおきながら、具体的に何をどうよろしくすればいいのか、未だによく分からないのだが…。
とにもかくにも、俺と櫻井は無事に交際を開始した。
だが、実は俺はまだ、櫻井の所属する雑……捜査室の連中に、正式に彼女との交際を報告してはいない。
やはり、こういう事は報告しておくべきなのだろう?
なにしろ、捜査室の連中は、彼女の父親気取りの穂積を筆頭に、全員が格別、櫻井を可愛がっている。
しかも独身の若い男ばかりなのだから、当然、あいつらだって、櫻井を異性として意識していないはずがない。
後顧の憂いを断つ意味も込めて、堂々と交際宣言をしておきたい。いや、しておかなければならないではないか……。
そんな事を悶々と考えながら歩いていると、櫻井が、俺を見上げてきた。
翼
「慶史さん。梅雨が明けたら、本格的な夏になる前に、どこかに行きませんか?私、慶史さんのお好きなサンドイッチを準備しますから」
藤守兄
「梅雨が、明けたら……?」
そうか。
いつの間にか、夏が近付いているのだな……。
藤守兄
「いいな。お前の作るサンドイッチは美味い」
俺が言うと、櫻井は本当に嬉しそうに笑ってくれる。
翼
「ありがとうございます。慶史さんはたくさん食べてくれるから、作り甲斐があります」
藤守兄
「そ、そうか?」
翼
「はい」
梅雨が明けたら。
夏になったら。
そんな気持ちで季節を待つ気になったのは、いつ以来だろう。
もう31歳の自分が、まさか、愚弟よりもさらに3歳も年下の小娘に、こんなにも夢中になるなんて思ってもみなかった。
恋とは不思議なものなのだな……
自然に緩んでいた口元に気づき、慌てて顔を引き締めていると、櫻井と目が合った。
藤守兄
「む?」
ふと感じた違和感を、そのまま口に出してみる。
藤守兄
「そういえば、今気付いたが、お前、傘が違うな。前のはどうした」
翼
「あっ、覚えててくれたんですね」
櫻井が目を細めた。
藤守兄
「先週の話だからな。新しい傘を買ったと言って、喜んで、くるくる回していたから覚えている」
それなのにどうして、と俺が尋ねれば、櫻井は、何故か頬を染める。
翼
「あの傘だと、……から」
藤守兄
「む?すまんが、聞き取れなかった。もう一度、言ってくれ」
翼
「……あの傘だと、下から見えないから。慶史さんの、顔が」
だから、透明なビニール傘にしたんです。
そう言う櫻井は、耳まで真っ赤だ。
藤守兄
「……っ、そ……そうなの、か……」
他に何と言えばいいのか。
どこまで可愛いのだこいつは。
俺は火照る顔を見られないように逸らし、照れ隠しに櫻井の手を握り締めた。
藤守兄
「……今日は、その。こ、このまま、一緒に帰れるのだろう?」
言外に、俺の部屋に来て欲しい、という思いを込めて言ってみる。
だが、櫻井からの反応は、意外なものだった。
翼
「それが……父から、今日は実家に顔を出すようにと連絡がありまして」
てっきり頬を染めたまま頷いてくれると思っていた俺は、少なからず動揺した。
だが、狼狽えている姿は見せたくないし、下心があるのではとか、身体が目当てなのだろうと思われる事などもってのほかだ。
俺は極力落ち着いた態度で、鷹揚に頷いてみせた。
藤守兄
「う、うむ、良い事だ。お前はご両親と離れて警察の女子寮に入っているのだからな。たまには、親子水入らずで食事とか、いいではないかそうではないか」
翼
「……」
繋いでいた手に、きゅ、と力が込められて、俺はどきりとした。
戸惑いながらも櫻井を見ると、彼女は、泣きそうな顔でうつむいたまま、俺と繋いだ手を見つめている。
翼
「違うんです」
櫻井は首を振った。
翼
「……今日は……実家に、室長が来るんです」