如月の悲劇
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~小野瀬vision~
一課と捜査室が合同で取り組んでいた大きな事件が解決し、鑑識の俺たちも一息ついた頃。
久しぶりに如月くんが、鑑識室まで合コンのお誘いに来た。
如月
「小野瀬さん、お願いします!」
如月くんが、パン!と音を立てて両手を合わせた。
小野瀬
「悪いけど拝むのはやめて。何か誤解されそうだから」
俺が言うと如月くんは拝むのをやめたが、代わりに、こちらへにじり寄って来た。
如月
「今回、全然女の子が集まらなくて。三課の先輩たちに怒られてるんですよう」
相変わらずきみはストレートだね。
小野瀬
「あのさ、いつも思うんだけど。君たちは何故、俺よりも穂積を誘わないの?」
如月
「三回に一回は誘ってますよ。でも、『興味がない』の一点張りでして」
小野瀬
「あいつも相変わらずだな」
俺は背もたれに上半身を預けて、のんびりと椅子を回した。
如月
「それにですね、小野瀬さん。重大な問題を忘れてます」
小野瀬
「問題って何」
如月くんは溜め息をついた。
如月
「合コンで、室長にいつものペースで飲み食いされたら、完全に赤字ですよ」
ああ、確かに。
穂積は食事なら常人の1.5倍、酒なら3倍は呑む。
本人が払えばともかく、数人の会費だけでは、穂積の酒代までは捻出出来ないだろう。
そしてあいつが、行きたくもない合コンで、余計に金を払うわけがない。
ああ、俺も昔はあいつを誘って、さんざん払わされたっけ。忘れたかった事を思い出したよ。
如月
「その点、小野瀬さんは烏龍茶と人並みの食事でいいんですから助かります」
小野瀬
「何だろう。人並みだと言われてこの不快感は」
如月
「えっ!?すみません!……俺、これでも褒めてるつもりなんですけど」
如月くんがうろたえるけど、俺も別に、本気で怒ってるわけじゃない。
小野瀬
「分かってるよ。多分、穂積と比較されてるのが不愉快なんだ、俺は」
如月
「室長と小野瀬さんを?!いやいやいや!二人を比べるつもりなんて、全然ありませんから!」
如月くんは、想像以上に必死で、両手をぶんぶん振って否定する。
如月
「小野瀬さんは酒も食事も適量だし、行動だって、常識ある大人じゃないですか!室長とは全然違いますって!」
穂積は酒も食事もふざけた量で、しかも非常識だと言ってるよ如月くん。その通りだけど。
穂積
「き~さ~ら~ぎ~」
いつの間にか魔界から降臨……現れた穂積が、如月くんの頭を両方の拳で挟んで、グリグリしながら押さえ込んだ。
如月
「ぎゃー!!」
穂積
「鑑識からいつまでも帰って来ないと思ったら、俺の悪口大会か?あぁ?楽しいか?あぁ?」
如月
「痛゙い痛゙い痛゙ーい!室長ごめんなざい!ギブギブ!」
ふん、と言いながら、穂積が子羊から……如月くんから手を離す。
如月
「ううう、う」
如月くんが、がっくりと膝をついた。
小野瀬
「穂積、やり過ぎだ」
穂積
「ヤリ過ぎはお前だろ」
小野瀬
「あのねえ。細野も太田も聞いてるんだから下ネタはやめてよ。それに、如月くんは俺を合コンに誘いに来ただけなんだから」
穂積
「ほう」
穂積はじろりと如月くんを睨み、再び、頭をグリグリした。
穂積
「如月ぃ。依頼したデータを取りに来たんじゃなかったのかお前はよ。あぁ?」
如月
「キャー!」
小野瀬
「やめろったら!」
穂積は如月くんを捕まえたまま、にやりと笑って俺を見た。
穂積
「ふふふ、小野瀬。やめて欲しかったら、如月と合コンに行け!」
小野瀬
「はあ?」
何だその理不尽な脅迫は。
如月
「痛゙ーい!小野瀬さん、助けて!」
痛みに顔を歪めた如月くんが、半泣きで足をばたばたさせる。
うーん、この痛がり方は、本気か演技か見分けがつかない。
小野瀬
「こら穂積!如月くんはお前の部下だろ!」
穂積
「俺の部下が、お前を頼ってるんだ。何とかしてやれ」
この、口の減らない悪魔め。
小野瀬
「如月くんは、合コンに行くのは穂積でもいいって言ってたぞ。お前が行けよ!」
穂積
「ああ?俺にいつものペースで飲み食いされたら、完全に赤字なんだろうが」
本当に地獄耳だな。
穂積
「人質が如月じゃ不満か?だったらガリガリくんでもフトシでもいいんだぞ、俺は」
そう言うと穂積は乱暴に如月くんから手を離し、奥の二人に向かってにっこり笑いかけた。
握った拳をボキボキ鳴らされ、俺の可愛い部下たちが震え上がる。
細野・太田
「ひいいいっ」
小野瀬
「分かった、分かった!如月くんと合コン行くよ!これでいいだろ?!」
如月
「やったー!」
何と、真っ先に飛び上がったのは如月くんだった。
如月
「小野瀬さん、ありがとうございます!」
穂積
「良かったわねえ、如月。小野瀬先生に、合コンの極意を教えて頂きなさい」
如月
「ハーイっ」
小野瀬
「……」
くっそう。やっぱり演技だったのか。
穂積
「じゃ、頼んだわよ、小野瀬。如月、帰るわよ」
如月
「いーえっさー、ボス!」
捜査室の二人は肩を並べて、仲良く笑いながら鑑識室を出ていった。
小野瀬
「……悪魔と小悪魔め……」
俺は机に突っ伏した。
と、こういうわけで、俺は合コンにやって来た。
開始には少し遅れたが、すぐに藤守くんが隣に来てくれた。
藤守
「小野瀬さん、室長と如月がご迷惑をおかけしたみたいで、すんません」
小野瀬
「ああ、その事はもういいよ。藤守くん、烏龍茶おかわりくれる?」
藤守
「はい」
俺は藤守くんに烏龍茶を注いでもらいながら、一座を見渡した。
如月くんと、三課の先輩とやらが四人。それに藤守くんと俺で、男は七人。
対する女性は十二人。
あちこちの部署から集めたらしく、所属も年齢もバラバラだ。
小野瀬
「盛況だね」
藤守
「昨日まで、一人も女の子を誘えなかったみたいですよ。たぶん、ここにいる子はみんな、小野瀬さんに釣られて来たんです」
藤守くんは素直にニコニコしている。どうやら、今回、彼は、純粋に数合わせで参加しているだけらしい。
小野瀬
「ねえ藤守くん。俺と穂積はね、いつも、こうして合コンの餌にされているんだよ」
藤守くんは、ちょっと困ったような顔で俺を見た。
藤守
「小野瀬さんも室長も、普段から気さくやからみんな忘れてますけど、特別な部署の偉い人ですやん。しかも頭はいいし見た目が格好いいとなれば、会える機会を逃したくない女の子はたくさんいてますよ」
その通り、きみは分かっている。
小野瀬
「でもね、俺たちは、今きみが言ったような人種だから、逆に、むやみに庁内の女性は口説けないんだよ」
藤守
「なるほど。確かに、室長や小野瀬さんが合コンでお持ち帰りした話は聞きませんわ」
藤守くんはビールをちびりと舐めた。
小野瀬
「だからかな。最近、如月くんは、俺を完全に餌だと思っているよね?」
藤守
「ああ、確かにそうかも。『小野瀬さんは女の子を呼んでくれるから助かる』なんて言うてましたからねえ」
室長は怖くて誘えない、とも言ったらしい。
藤守
「ちょっと前に、合コンで仲良くなった女の子を、室長に持ってかれたみたいです」
小野瀬
「穂積に?……あいつが部下の彼女に手を出すなんて考えられないけど」
すると藤守くんが慌てて、違う違うと手を振った。
藤守
「そうやなくて、室長に挨拶された彼女が一目で室長に惚れちゃって、如月は、デートの前にフラれたらしいです」
声をひそめた藤守くんの話に、俺は笑ってしまった。
小野瀬
「それならありそうだな。如月くんには気の毒だけど」
俺は、数人向こうの席にいる如月くんを見た。
小野瀬
「ふうん。……如月くんは、穂積は怖いけど、俺との合コンは怖くないんだね」
藤守くんが、ぎょっとした顔で俺を見た。
小野瀬
「今回は、穂積からも直々に頼まれてるし……仕方がないな」
俺は藤守くんに軽くウインクしてから、束ねていた髪をゆっくりとほどき始めた。
小野瀬
「如月くんに、合コンの極意を教えてあげよう」
~如月vision~
急に会場がざわついた。
空気の流れが変わったというか、何かが起きた事が俺にも分かった。
周りの女の子たちの視線が、一点に集中している。
それを追って振り向くと、背筋がぞくりとするような感覚に襲われた。
そこにいたのは……小野瀬さんだった。
小野瀬さんは全員の視線を集めて、束ねていた髪をゆっくりとほどいていく。
小野瀬さんの視線は、自身の指先だけに向けられているので、自然と、全員がそこに注目する。
細く長いきれいな指の動きはセクシーで、目が離せない。
ただ髪をほどくだけの動きなのに、男からも女からも、こくりと生唾を呑む音が聞こえた。
小野瀬さんが顔を上げ、無造作に長い髪を掻き上げた。
女の子たちが息を呑んだのは、溜め息を洩らす前兆。
小野瀬さんは全員の視線を集めても平然として、誰へともなく、にっこりと微笑んだ。
きゃあっ、と、声にならない歓声が上がる。
それから小野瀬さんは流れるような動きでグラスを手に持つと、飲み干した。
あの人、あれ烏龍茶のはずなのに、どうしてあんなに格好いいんだろう。
すかさず近くの女の子がボトルを持って駆け寄り、空になったグラスに烏龍茶を注ぐ。
小野瀬さんは彼女が注いでいる間じゅう、笑顔で彼女を見つめていた。
注ぎ終わると、反対側から近付いた女の子が、そのグラスに氷を入れる。
小野瀬さんはアイストングを置いたその子の冷えた手を、自分の手でそっと温めるかのように包んだ。
小野瀬さんが『ありがとう』と囁いた途端、俺たちの方にいた女の子たちまで目の色が変わった。
全員が次々におつまみやら料理やら果物やらお絞りやらを持って立ち上がり、あっという間に、女の子たちは全員で小野瀬さんを取り囲んでしまった。
突然の出来事に俺たちが呆気にとられていると、きゃあきゃあ言う彼女たちの中心から、小野瀬さんがゆっくり立ち上がった。
小野瀬
「このお店、少し、暑くない?」
そう言ってシャツの第2ボタンを外す小野瀬さんを、女の子たちはもう、とろんとした目で見ている。
ふと、小野瀬さんが俺の方を向いた。
小野瀬
「如月くん、ごめんね。俺もう失礼するよ」
そう言った小野瀬さんはふと身を屈め、傍らの女の子の耳元で、何か囁いた。
きゃああっ、と、女性たちから、嫉妬と羨望の大歓声が上がる。
そして小野瀬さんが歩き出すと、女の子たちは全員が立ち上がって、魔法にかかったようについていく。
女の子たちが扉を開き、小野瀬さんの率いる一団は楽しそうにはしゃぎながら、賑やかに出て行ってしまった。
取り残された俺たちが事態を把握したのは、藤守さんが、小野瀬さんのカードで支払いを済ませた事を告げた時だ。
小野瀬さんを誘った俺が、女の子を全員連れ去られてしまった事への不満を、一同から集中砲火のように浴びた事は言うまでもない。
藤守さんから、これは全て室長と小野瀬さんの策略だと聞いて、俺は血の気が引いた。
合コンの極意って、こういう事か。
俺は、小野瀬さんが髪をほどきはじめた時のあの感覚を思い出して、ぞーっとした。
小野瀬さんがフェロモンを放出すると、ああなるのか。
普段優しい小野瀬さんを敵にまわす事の恐ろしさを、俺はこの時、初めて思い知らされた。
……これからは気軽に小野瀬さんを利用するのは止めよう。
『警視庁超危険人物リスト』。
筆頭の『穂積 泪』と並べて、俺はそこに『小野瀬 葵』と書いた。
危険度は、やっぱりMAX。
俺は小野瀬さんにも、『危険度:レベル7』と書き込んでおく。
あの二人には敵わない。
合コンの極意は、俺にはまだまだ会得出来そうにない。
たくさんの教訓を得た出来事を全て書き込んで、俺は、メモ帳を閉じる。
それから俺は壁に向かって、思い切りそれを叩きつけた。
「うわーん!」
~小野瀬編END~