甲子園
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~藤守vision~
夏と言えば、甲子園。
カーラジオから聴こえてくるのはアルプススタンドの声援、吹奏楽の演奏。キィンン、というバットの金属音。そしてまた、地鳴りのような大声援。
あれを聞くだけで暑さが募ると言って嫌がる方々もいらっしゃるが、俺は大好き。
大人になると仕事があって、高校野球をTVの前でじっくり観るという機会はなかなか無い。
だからって、録画やハイライトじゃあかんのよ。分かるかなあ、この感じ。
そんな中、本日は、備品貸与の行き帰りにカーラジオで野球中継を聴けるという僥倖を手に入れた。
走り出した時、試合はもう八回の裏。5-5の同点でノーアウト。
ピッチャーは三人目の左サイドスロー。対するバッターは今大会屈指の強打者で、ここまで四安打。
《まだノーアウトですが、怖いバッターが出てきました。解説の●●さん、ここはバッテリー、悩むところですね》
《そうですね~敬遠も、意識の中にはあると思いますよ~》
藤守
「何を悩むねん!勝負に決まっとるやろ!」
翼
「あの、藤守さん」
藤守
「ん?何や櫻井?」
あかんあかん。櫻井が一緒やった。
翼
「邪魔してごめんなさい。ケイエンって何ですか?」
藤守
「……あ、ああそうか。女の子やもんな。敬遠が分からんと、勝負も分からへんよな」
《第一球はボール》
《際どいコースでしたね~》
藤守
「敬遠ゆうのはな、わざとボールを投げて、バッターに打たせないようにするこっちゃ」
翼
「ボールを投げる?」
藤守
「えーと、そう、ボールを投げるんやけど、ボールに……櫻井、ストライクは分かる?」
翼
「はい。……あっ、ごめんなさい。カウントの事、ですね」
《二球目はど真ん中でストライク》
《今のは打てませんね~》
藤守
「せや。わざとフォアボールにして、バッターを塁に送りたいんや」
翼
「ホームランとか打たれないように、普通のヒットを打たれた事にするんですか?」
藤守
「そう言うこっちゃ。なかなか賢いで」
《続いて四球目》
藤守
「あれ?三球目は?」
翼
「内角いっぱいのボールをファウルです」
藤守
「ツーストライクか」
翼
「ファウルってストライクなんですか?」
藤守
「ツーストライクまではな。こっからは、いくつ打ってもただのファウルや」
カキィン。
《打ったー!これは打った瞬間に分かる、特大のホームラン!》
藤守
「よっしゃ!」
翼
「藤守さん、こっちのチームを応援してるんですか?」
藤守
「同点やからね。普段は地元か、負けてる方を応援すんねん」
彼女はニコニコしながら、俺の話を聞いている。
藤守
「春は大阪が優勝したんやで。逆転また逆転、感動したわぁ」
翼
「逆転ですか、すごいですね」
この子、野球全然知らんねんな。
けど、一生懸命、俺の話を分かろうとしてくれる。
ラジオ中継の声が聞き取れないぐらい、何やっちゅうねん。
藤守
「……櫻井、野球場行った事ある?」
翼
「いいえ」
櫻井はふるふると首を振った。
藤守
「無いんかー。うーん」
翼
「ごめんなさい」
櫻井は顔を赤くして俯いた。
藤守
「謝る事ないよ。ほな今度、観に行こか?」
翼
「日帰りでですか?」
俺は笑った。
藤守
「甲子園ちゃうよ。もっと近い所。プロ野球のナイターなら涼しいやろ。そしたら、ルールも教えたる」
翼
「本当ですか?嬉しいです!」
櫻井は目を輝かせた。
可愛えなあ。
渾身のデート申し込み、スルーされんで良かった!
藤守
「ホンマやで。絶対、一緒に行こな!」
翼
「はい」
彼女が頷くのをしっかり確かめて、俺はホッとした。
《この回3点を追加して、ようやくチェンジです》
藤守
「決まりかなあ」
翼
「まだ九回があるんですよね?」
藤守
「さっき、後攻のチームが3点取ったから、5-8やろ。九回の表で3点以上取らないと、裏の攻撃を待たずに試合終了やねん」
翼
「?」
今イチ分からない顔の櫻井に笑ってから、俺は信号待ちで車を停めた。
《最終回の表、先頭バッターはセカンドフライ》
藤守
「で、さっきの観戦の話やけど。いつ頃行こか?」
翼
「捜査室に戻ったら、すぐに相談しましょうね。夜でも、全員は難しいかも知れませんけど」
来た。
やっぱこのオチか?
だが、俺は負けへんで!
藤守
「あー、俺の言い方があかんかったかな」
《ラストバッター三振で試合終了!逆転ならず、試合終了です!》
藤守
「……二人で行こか、って誘ったつもりなんやけど」
翼
「あっ」
櫻井は真っ赤になった。
危なー。やっぱ伝わってへんかったとは。
藤守
「えーと、それでも、ええかな?」
櫻井は無言で頷いた。
藤守
「やった!」
勝利した高校の栄誉を讃えて、校歌が流れ出す。
俺も凱旋の気分や。
櫻井の顔をそっと見ると、少し目を潤ませていた。
俺の視線に気付いて、こちらを向く。
翼
「たった一度しか負けてないのに、もう、この人たちの甲子園は終わりなんですね」
ああ。
ラジオなのに、校歌が流れてる最中なのに、この子は、負けたチームの野球部員の姿を思い描いてるんやな。
藤守
「せやな。甲子園では、たったの一度も負けないチームは一つだけや」
櫻井が頷く。
もしも、櫻井を狙うライバルたちが大勢いたなら、俺も一つも負けられへん。
この笑顔と涙を守る為なら、俺、誰とでも戦うで。
翼
「藤守さん、甲子園って大阪府でしたよね?」
藤守
「兵庫県や!」
~END~
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