恋人の日・明智編
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~翼vision~
捜査室に入って、2年目の夏。
なかなか決まらなかった今年の研修合宿は、藤守さんのお兄さんこと慶史さんが利用チケットを提供してくれたおかげで、キャンプ場での野外活動に決定。
いつもの面子に慶史さん、そして、車の運転の為に無理やり駆り出された(……というのは建前。本当は、室長が寂しがるから、みんなで頼んで来てもらった)小野瀬さんの2人を加えた、一泊二日の小旅行だ。
みんなとの旅行に参加出来るだけでも、私は嬉しくて仕方がない。
まして、恋人の明智さんも一緒なら、なおさら。
私服姿で室長の車を運転し、時々バックミラーで優しい視線を送ってくれる彼と目が合うたびに、私は、日本の平和にありがとうと言いたくなった。
もちろん、仕事の一環だから、遊んでばかりはいられない。
サバイバルに関する豊富な知識と、人並み外れた順応力とを遺憾なく発揮する室長の指揮のもと、私たちは、全員でバーベキューに取り組んだ。
私は主に野菜を切る仕事に専念していたけれど、男性陣の頑張りのおかげで、一斗缶で作ったかまどには大きな火が起き、お肉も魚もふんだんに用意されている。
中でも私が特に気になっていたのは、イワナ。
私自身も川に入り、室長に手取り足取り教えてもらったりしながら、みんなで協力して捕まえたものだからだ。
明智さんはその魚たちを下拵えする前、「命を頂くんだからな」と言って、きちんと手を合わせていた。
お付き合いを始めたばかりだけど、私は、彼のそういう生真面目な所が好き。
隣で真似して手を合わせながら、私は、明智さんの端正な横顔を見つめて、ひとり頬を染めた。
そして、いよいよ食事開始。
室長、藤守さん兄弟、如月さんは、レンタルした大きなバーベキューコンロを囲むと、何やら大騒ぎで肉を焼き、さらには焼けた肉をめぐって「俺の肉食うな!」だの、「室長速過ぎ!」だの「下克上!」だのと叫びながら、物凄い勢いで食べ始めた。
何かと絡んでくるキャンプ場係員の山田くんもちゃっかり争奪戦に加わってお肉を頬張り、小野瀬さんは全員を呆れ顔で眺めながらも、笑顔でおこぼれにありついている。
私と小笠原さんは激戦地を避けてかまどに陣取り、明智さんが捌いて串に刺し、飾り塩まで施してくれたイワナが、じうじう音を立てながら焼き上がるのを待っていた。
翼
「美味しそうですね!」
小笠原
「そうだね」
およそアウトドアが好きとは思えない小笠原さんも、この頃になるとだいぶ馴染んで、それなりに楽しそう。
明智
「櫻井は、天然のイワナの塩焼きは初めてか?」
翼
「はい!」
私が答えると、明智さんは微笑み、よく焼けた魚を選んで差し出してくれた。
明智
「じゃあ、これが天然デビューだな。さあ、焼けたぞ」
明智さんはまず小笠原さんに焼けた魚を手渡し、それから、私にも「はい、どうぞ」と差し出してくれた。
さっきまで泳いでいた、天然のイワナ。
ふっくら焼けていて、ほわんと良い香りが食欲をそそる。
明智
「熱いから気を付けろよ」
翼
「はい!頂きまーす!……熱っ!」
明智
「あっ」
小笠原
「あっ」
匂いにつられてイワナにかぶりついた途端、私は、魚を刺してあった串で、火傷してしまった。
さっきまで火に当たっていたのだから、熱いのは当たり前。
わざわざ明智さんが「気を付けろよ」って注意してくれたのに、食欲が勝って注意が足りなかった。
口を押さえていると、明智さんが駆け寄って来た。
明智
「大丈夫か?見せてみろ」
明智さんは、私に口を開けさせて、火傷の程度を見てくれる。
明智
「……唇は、何ともないようだな。ちょっと、舌を出せ。……もっと出せ。でないと、よく見えない」
明智さんに悪気が無いのは分かっているけど、恥ずかしいのと、彼の整った真剣な顔が間近にある事で、私はもう心臓が爆発しそう。
小笠原
「櫻井さん、冷たい水を持って来たよ!……って、明智さん、何してるの」
ペットボトルを手に戻ってきた小笠原さんにそう言われ、明智さんが真っ赤になって、私の顔から手を離す。
明智
「ばっ、馬鹿。ここ、これは、火傷の程度を見てやっていただけだ。ま、まあ、舌を少し火傷しただけのようだから、舐めておけば治るだろう」
小笠原
「自分の舌をどうやって舐めるのさ」
狼狽する明智さんに対して、小笠原さんは冷ややかだ。
小笠原
「舐めて治すなんて、かえって雑菌が付いて不衛生だよ。百歩譲ったとしても、それは、切り傷や擦り傷の治療法だろ。火傷を舐めるなんて聞いた事無い」
だから、冷たい水を口に含む方がいいよ、と言いながら、小笠原さんは私にペットボトルを手渡してくれた。
明智さんに悪いと思いながらも、私は、小笠原さんのくれた水を口に含んだ。
熱い舌に、冷たさが心地よい。
明智
「そ、それもそうか。すまん、櫻井。俺とした事が、動転してしまって……」
小笠原さんに言い負かされ、明智さんはすっかりしょげてしまった。
元はと言えば私の不注意のせいなのに。
そう思うと、私は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
明智
「櫻井、これなら大丈夫だろう?」
その後、明智さんは、私が食べかけていたイワナの身をほぐしてお皿に乗せ、お箸を添えて差し出してくれた。
それは確かに天然のイワナの塩焼きだったけれど、もう、さっき火傷をしてまでかぶりついた時の、あの感動的な美味しさではなかった。