幸せな一日 *ニコさまのリクエスト
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~翼vision~
歩道を彩る銀杏並木は、まだ鮮やかな緑色。
その下を進む私は、子供みたいに、同じ色の敷石を選んで跳びながら歩いてみたい気分。
でも、今日はそんな事しない。
だって、綺麗なオーガンジーの上品なドレスを着て、美容師さんにメイクしてもらったんだもの。
そう、今日は知人の結婚式。
新婦側の受付を頼まれていたので、最初は緊張したけど。
全体にとても温かい雰囲気で、派手な演出も無いのに、みんながじわりと涙を浮かべるような、素敵な式だった。
大学時代の先輩の結婚式だったので、私と共通の友達は意外と少なく、だから、二次会も上手に抜けて来る事が出来た。
それで、時刻はちょうど午後5時。
夏の日差しはまだ強い。
私は汗でメイクが崩れないように涼しい場所を選んで、携帯で明智さんにメールを入れた。
翼
『お仕事お疲れさまです。今終わりました。式場の近くの』
実際はコンビニの隅だったけど、ここでは、明智さんが車で来てくれた時に困るだろう。
私は辺りを見回したが、良さそうな場所が無い。
思い切って、すぐそこに見えている駅まで歩く事にした。
メール画面の、『式場の近くの』という部分から消して打ち直す。
翼
『千代田線日比谷駅の北口ロータリーでお待ちしています』
……ちょっと堅いかな?
でも、まだ、お付き合いを始めたばかりだし、変に馴れ馴れしいよりはいい……よね?
えいっと送信。
警視庁からもそんなに遠くないこの場所は、土曜日でもスーツの人が多い。皇居が近いせいか、スポーツウェアの人もかなりいる。
引き出物の袋を提げてドレスにヒールの私は若干浮いてるけど、大安吉日なのが幸いして、それらしいのは私だけではなくてホッとする。
着飾って街を歩くのも楽しかったけど、性格的に、地味な方がより落ち着くのかもしれない。
ふと、大きな影が私を隠した。
顔を上げて微笑むと、そこにいたのはやっぱり明智さん。
明智さんは端正な顔を綻ばせて、私に笑顔を返してくれた。
明智
「お待たせ」
遠巻きに、注目されているのが分かる。
そうだよね。
こんな格好いい人がメール1本で迎えに来てくれるなんて、少し前の私なら有り得なかった。
今、向こう側にいる女の子たちと同じように、明智さんに見惚れてる一人だったかもしれないのに。
明智
「翼、荷物はこれだけか?」
その一言で、私は我に返った。
翼
「あっ、はいっ!」
明智
「じゃあ、行こうか」
ぼんやりしている間に、明智さんは私のバッグと引き出物をひとまとめに持ってくれていた。
申し訳なくてパニックになりそう。
私は悠然と先を歩く明智さんの、広い背中を追い掛けた。
慣れない高いヒールのせいで、荷物を積む明智さんを手伝うのにも間に合わなかった。
翼
「ごめんなさい、明智さんにそんな事させて……。それよりあの、わざわざお迎えに来て頂いて、ありがとうございます」
頭を下げるしかなかった。
下を向いた視線の先で、トランクを閉めた明智さんが、私の方に足を向けるのが見えた。
同時に大きな掌が私の頭に載せられて、それが優しく髪を撫でてくれる。
そろそろと顔を上げると、明智さんは優しい笑顔を浮かべて、私を見つめてくれていた。
明智
「髪も、服も、きれいだよ。よく似合ってる。こんな女の子を連れて帰れるなんて、幸せだ」
きゅーん。
明智
「それに、俺が迎えに来たいと言ったんだぞ。翼は何も心配しなくていい」
翼
「……ありがとう、ございます……」
どうしてこんなに優しいの。
明智さんが私を選んでくれただけで、私は夢みたいに幸せなのに。
明智さんはいつでも、私の全てを認めて、慈しんでくれる。
明智
「さあ、乗ってくれ」
翼
「はいっ」
私が助手席のシートベルトをするまで待って、明智さんは車をロータリーから出した。
明智
「待ってる間、暑かっただろう」
翼
「でも、あけ……誠臣さん、すぐに来てくれたから」
車に乗ったタイミングで、勇気を出して名前を呼んでみた。
だって、さっきから明智さんは、私を名前で呼んでくれてるから。
明智さんも気付いて、照れたように微笑んでくれた。
明智
「早く会いたかったんだ」
そんな顔でそんな事言われたら、私、何て返事すればいいの?
翼
「……私も」
私はたちまち頬が熱くなるのを、そっと押さえた。
着いた所は明智さんのお宅。
明智さんは車から私の荷物を降ろし、お家の鍵を開けた。
明智
「入って」
翼
「お邪魔します」
玄関でお辞儀した私に、明智さんが笑った。
明智
「誰もいないよ」
そう言って、靴を脱いで先に上がって行った。
私もヒールを脱いで、端のほうに揃えて置く。ついでに明智さんの靴も、揃えて爪先を扉に向けた。
あー、脚が楽になって、ホッとする。
明智さんを追ってリビングに入ると、明智さんはもういなかった。
目で探していると、ワイシャツをカットソーに着替えて、明智さんが戻って来た。
手には小さなフルーツ皿、それと、冷たそうな液体を満たしたコップを持っている。
明智
「レモンの蜂蜜漬けと、自家製ジンジャーエールだ」
明智さんは私をソファーに座らせて、それらを次々に勧めてくれた。
明智
「味見してみてくれ」
私はびっくりした。
翼
「ジンジャーエールも、自家製なんですか?……香り高くて、炭酸もちょうど良くて、すごく美味しい!」
甘い蜂蜜に漬かったレモンを口に入れると、濃厚な甘味と酸味が、じわぁっと染み出してくる。
暑さで奪われたものが、身体の中に蘇って来る感じ。
翼
「ああ……幸せ」
隣に腰を下ろした明智さんが、嬉しそうに笑ってくれた。
明智
「足は大丈夫か?」
翼
「はい。靴を脱いだら楽になりました」
明智
「後で湿布薬を塗ってやろう」
ああ。
翼
「どうしよう……」
思わず口をついて出てしまった言葉に、明智さんが反応した。
明智
「どうした?」
翼
「誠臣さんが優し過ぎて、私、甘えっぱなしになってしまいそうです」
明智さんは、声を立てて笑った。
明智
「なってしまえばいい」
笑いを残した明智さんの顔が近付いて、ちゅ、とキスされた。
翼
「!」
明智
「結婚式、どうだった?」
間近で囁かれて、胸が高鳴る。
そのまま、ゆっくり肩を抱かれた。
翼
「はい、素敵な結婚式でした。先輩のドレス姿もとっても綺麗だったし、周りの人たちも、みんな優しくて」
明智
「そうか」
明智さんの肩にもたれて、私は思い付くまま、今日の式の話をした。
翼
「ウェディングケーキはハート型で……リングピローはお友達の手作りで……」
思い出すだけで、うっとりするほど素敵だった。
明智さんは楽しそうに、私の話を聞いてくれる。
翼
「余興では、新郎さんの職場の同僚だっていう皆さんが、全員タキシードで花嫁さんにプロポーズ」
明智
「……それは笑えない」
翼
「でもね、新郎さんが花嫁さんをお姫様だっこして、『お前らには渡さん!』て言ったら、求婚者たちは、へへーって全員、土下座したんです」
明智
「……それは、ちょっとやってみたい」
私がくすくす笑うと、明智さんは隣から、私の頬にキスした。
明智
「『お前らには渡さん』」
口真似をする明智さんに笑おうとして、私はどきりとした。
明智さんが真顔で、私を見つめていたからだ。
明智
「おいで」
翼
「……」
明智さんの膝に乗せられて、抱き締められて、もう心臓が爆発しそう。
明智
「翼、ドキドキしてるな。……可愛い」
私は恥ずかしくてたまらない。
でも……どうしよう、嬉しい。
私は明智さんに抱き寄せられるまま、そっと、明智さんの胸に耳をあててみた。
明智さんの鼓動が聴きたい。
耳を澄ますと、力強くて速い鼓動と、明智さんの温もりが伝わって来る。
とても強いのに、優し過ぎるほど、優しい人。
いつも、誰よりも、私を大切にしてくれる人。
この場所が、心地好い。
翼
「誠臣さん……大好き」
きゅっと抱きつくと、明智さんも、私を抱く腕に力を込めてくれた。
明智
「もっと言ってくれ」
翼
「大好き」
好き、と告げるたびに、明智さんは優しいキスをくれた。
海のような色の瞳で見つめられるたびに、私は明智さんを好きになる。
明智さんの温もりとたくさんのキスと、オーガンジーの波に揺られながら過ごした、私の幸せな一日。
荷物の中にブーケトスの花束が入っている事、明智さんは気付いたかしら?
~END~