歌う竪琴
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~翼vision~
久し振りに重なったお休み、私は昨夜お泊まりしたまーくんのお部屋で、のんびりと朝寝坊。
遅い朝食を済ませ、二人で片付けを終えた後、まーくんはお茶を淹れてくれると言って、キッチンに残った。
夏向きの爽やかな茶葉を手に入れたからと張り切るまーくんに背中を押され、私はお言葉に甘えて、先に部屋に戻ってきたのだった。
まーくんの気持ちは嬉しいし、美味しいお茶も楽しみだけれど、手持ちぶさたになってしまった私は、まーくんの部屋をぐるりと見渡してみた。
まーくんのお部屋には、据え置き型の大きなプレイヤーがある。
CDプレイヤーの部分だけは、まーくんが警察に入ってからお給料で買い足したものだそうだけど、元々は亡くなったお父さんが使っていらしたという形見の品で、機械としてはかなり旧式。
けれど、几帳面なまーくんがきちんと手入れしているので、今でもちゃんとレコードやカセットテープが再生・録音出来る優れもの。
同じキャビネットの中に、沢山のレコード盤が立てられている。
様々なジャンルのアルバムの中から1枚を手に取ってみると、それは、児童文学を朗読したレコードだった。
2枚組で「ジャックとまめのき」「ながぐつをはいたねこ」「ほらふきだんしゃくのぼうけん」といった有名なお話が、10作品ほど収録されている。
発売日から30年以上経っているものだけど、とても状態が良い。
私は好奇心の赴くままに、それを手にした。
前にまーくんが使うのを見ていた事があるから、レコードのかけ方は知っている。
私は丁寧にジャケットの中からLP盤を取り出して回転盤に載せると、針を落とした。
微かなノイズの後、不思議と懐かしい音楽とともに、年配の女性声で「ジャックとまめのき」の朗読が始まった。
私はベッドを背もたれにするようにして、床のクッションに腰を下ろす。
知っているお話のはずなのに、女性の話術に引き込まれて、つい真剣に聞き入ってしまう。
明智
「ずいぶんと懐かしいものを聴いてるな」
戻ってきたまーくんの声は、笑いを含んでいた。
冷たいハーブティーを差し出してくれたまーくんに「ありがとう」とお礼を言いながらも、私の耳はしっかりとレコードの音を拾い続ける。
レコードの声
『……ずしーん!……ものすごい音を響かせて、巨人は地面に落ちて死んでしまいました。……こうして、巨人の宝物を手に入れたジャックとお母さんはお金持ちになりました。………けれど、それから何年かすると金のにわとりは卵を生まなくなり、金貨と銀貨の袋からもお金は出てこなくなり……』
翼
「……まーくんのレコードのお話、私が知っているお話と、少し違うみたい」
最後まで聴き終えた私が首を傾げると、まーくんは微笑んだ。
明智
「そうだな。後日談に『他人から奪った宝物で幸せを掴もうとしても長続きしない』『本当の幸せは、額に汗して自分の努力で掴むもの』みたいな教訓が入ってるよな」
翼
「うん」
まーくんも私と同じようにして、隣に腰を下ろす。
明智
「この話には、他にもいくつかバリエーションがあるようだぞ。ジャックが盗む宝物は、元々、巨人がジャックのお父さんを殺して手に入れたものだとか。だからジャックが不思議な豆を手に入れたのは、魔法使いがジャックを手助けしたのだとか」
翼
「えっ、そうなの?……私、本当はずっと、巨人に同情してたのよ。だってジャックは不法侵入だし、明らかに窃盗犯だし。悪いのはジャックの方なのに、って」
まーくんは声を立てて笑った。
翼
「でも、元々父親のものだった宝物を、親の仇の巨人から取り戻す話なら、全然違うお話になっちゃうね」
明智
「魔法使いが登場するバージョンは、ジャックが泥棒するのを正当化するみたいに、急に理屈っぽくなるからな。だから、普通はその辺りをバッサリ省くんじゃないか」
翼
「そっか。でも、よく知っているはずのお話でも、別の方向から見ると違うものが見えてくるんだね。室長が、いつも、『先入観を持つな』って言う意味が、少し分かったかも」
明智
「翼は真面目だな。すぐに仕事の話になる」
笑いながら紅茶のおかわりをついでくれるまーくんに、私はハッとした。
翼
「ご、ごめんね。せっかくのお休みなのに」
まーくんはガラスのティーポットをテーブルに戻すと、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
明智
「気にするな、俺は楽しいよ。翼のお陰で、懐かしいレコードも聴けたしな」
30年以上前のレコード。
明智
「俺の両親は仕事が忙しくて、俺を抱いて本を読み聞かせてくれる時間的な余裕が無かった。だから俺は、毎日このレコードを聴きながら寝たんだよ」
翼
「……」
しかも、お父さんは早くに亡くなってしまう。
まーくんのお母さんは今も忙しく働いている人だけど、4人の幼子を抱えて、当時はさぞかし大変だっただろう。
お互いに、寂しい思いもしてきただろう。
夜遅く帰宅して、眠っている子供の傍らでレコードプレーヤーが動いているのを見るたびに、胸が詰まったんじゃないだろうか。
まーくんは聞き分けのいい息子だっただろうから、余計に不憫で。
それでも、このレコードに「しらゆきひめ」や「シンデレラ」のような恋物語ではなく、冒険ものが多く収録されているのを見れば、男の子のまーくんの為にご両親が買い求めた物だからだとすぐに分かる。
今、まーくんがこのレコードを大切にしているのを見れば、まーくんもまた、当時のご両親の思いをちゃんと理解していた事が伝わってくる。
私は立ち上がって行ってレコードを止めると、まーくんの隣に戻って腰を下ろし、胸に頭を預けた。
明智
「ん?」
翼
「今度はまーくんがお話しして?」
明智
「……『ジャックとまめのき』?」
翼
「うん。まーくんの声で聞きたいの」
私が見上げると、まーくんは困ったように顔を赤くした。
明智
「俺、下手だぞ」
それでもひとつ咳払いをして、まーくんは私の我が儘に応えてくれる。
明智
「……『むかしむかし、イギリスの大昔、アルフレッド大王の時代のお話です……』」
職場での再現実験では大根役者だけど、子供の頃から聞き覚えているお話を話すまーくんの暗唱は、とても滑らか。
低く優しい声に聞き入っていると、穏やかな気持ちになる。
ジャックのように裕福にはなれなくても、人任せではない幸せを、まーくんと作っていきたい。
まーくんとご両親のように、苦しくても互いを思い合える幸せを育んでいきたい。
そして、いつか私も、子供を抱いて物語を聞かせてあげたい。
まーくんが、本当はそうして欲しかったように。
まーくんのご両親が、本当はまーくんにしてあげたかったように。
レコードもいいけれど、
私自身の声で。
~END~