暁の声





 そんなつもりはなかったが、自分はどうやら、裏切られた人間の子孫に厄介な呪いを残してしまったらしい。
 妖異であるタッカーがケイロン付きの執事見習いに扮してジャヌバラーム家で奉公人の真似事を始めて早四年、ケイロンからの指示で彼の妹であるキャメロンに基礎呪術を教えたタッカーは、妖異らしからぬ肝が冷える心地で慌ててキャメロンから呪具を取り上げた。
 取り上げられたキャメロンは、兄によく似たエメラルド色の瞳でぽかんとタッカーを見つめている。咳払いを一つして、タッカーは呪具を後ろ手に隠しながらキャメロンに取り繕うように笑みを浮かべた。

 初心者用の呪具の先から、呪具の性能をはるかに上回る炎魔法が飛び出したのだ。

「失礼しました。こちらの呪具は、まだお嬢様には扱えない代物のようでしたので、後日また新しいものを用意してまいります」
「…うん、わかった」
「くれぐれも、私や兄上のいないところで呪術を使ってはなりませんよ」
 タッカーが火を消すように咄嗟に呪具を掴んで取り上げたからいいものの、あのまま呪具を握らせ続けていたら、間違いなくキャメロンの幼い体内エーテルはもたずにすべて炎魔法に変換されて死んでいたに違いない――先天的にエーテル操作ができない兄に続いて産まれたのは、星極性への偏りが激しいエーテル体質の妹だった。
 タッカーは教練用の部屋を飛び出すと、他の使用人達の視線を意にせず慌ただしい足取りでケイロンの私室へと向かい、扉の前で一つ深呼吸をしてから二度ノックをする。
「タッカーでございます」
「ああ、入っていいぞ」
「失礼いたします」
 遠慮せず扉を開け、するりと細身を滑り込ませた室内。後ろ手に閉めた扉にしっかりと鍵をかけてから、タッカーはフラストレーションを爆発させるように妖異体の姿に戻って頭を掻きむしった。
「ま……ったく面倒くさい!おい、お前の妹まで呪いにかかっているぞ!」
「かけたのはお前だろう」
「不可抗力だ!お前のひいじいさんが契約を裏切ったせいだろうが!」

 ジャヌバラーム家の成り立ちと栄光の裏に隠された真実を知ったケイロンが、共同研究者という名目でタッカーと契約を交わさず協力関係を結んでからの四年間。
 当家の真実を知って心を痛めて涙を流していた無垢な少年は、すっかり擦れてしまったとはいかないまでも、研究にかじりつく日々のせいか随分と感情の起伏が乏しい青年へと成長していた。
 将来的に当主としてこの豪商一族をまとめることを考えればこれくらいどっしりと構えている方がいいのかもしれないが、それにしてもポーカーフェイスが過ぎる。歳の離れた妹となかなか距離を詰められないと悩んでいるが、家族を前にしてもクールな態度を崩さないのだから当たり前だろう、とタッカーは常々思うのであった。
「それで、我が妹の様子はどうだった。私と同じようにエーテル操作ができないのか?」
「いいや、その逆だ。相性がよすぎて暴発した」
 そう言いながらタッカーは徐に両掌を虚空に広げ、左右それぞれの手に炎と氷を生み出して見せる。呪術の初歩であるファイアとブリザドだ。
「呪術の基礎の型では、星極性である火属性魔法と霊極性である氷属性魔法を交互に使うことで無限の魔力を生成し、魔力が枯れることなく魔法を行使し続けることができる。氷属性魔法で急速に周囲のエーテルを吸収し、それを火属性魔法で破壊の力として一気に放出するわけだ」
 説明を続けるタッカーの手の中で、炎と氷が互いに入れ替わるように収縮を繰り返す。
「ところが、だ……お前の妹はどうやら、体質的に星極性へ大きな偏りがあるらしい。もちろん人によって相性のいい属性や極性の個人差はあるが、あれはその範疇じゃない。体内へエーテルを取り込んで還元するよりも、炎や雷の属性魔法のために消費するスピードとその出力値がはるかに上回っているんだ。あれでは、アストラルファイア状態になっただけで自分の魂のエーテルごと燃やし尽くしかねない。錬金術なら多少は扱えるかもしれないが、呪術はあまりにも危険だ」
「…そうか、」
「俺が傍についてエーテル操作を補助すれば少しはマシになるだろうが、それであの体質が改善されるわけじゃないからな…それこそ、誰か人柱を立てて偏った属性の均衡を保つ必要がある」
 文献に目を通しながらタッカーの報告を聞いていたケイロンは、最後にタッカーが提示した対処方法を聞いて顔を上げた。
「解決方法があるのか…?」
「あるにはあるが…先程も言った通り、人柱が必要だ。正常なバランスを保った魂か、もしくは逆に霊極性と相性がいい魂を持つ人間を見繕って、両者の魂を構成するエーテルを結びつけ、それを生涯共有させる。それでも偏りを完全に相殺することはできないだろうが、一般的な個人差の範疇には戻せるはずだ」
「…………そうか、」
 タッカーの説明を聞いたケイロンはそれまで手にしていた本をぱたりと閉じて机の上に置くと、すぐに身を翻して蔵書の山から目当ての本を探し始める。まさか、と人間体に戻りつつあるタッカーは片眉をつり上げた。
「おい…まさか、本当に妹の人柱を見繕うつもりじゃないだろうな?」
「…………」
 ケイロンの沈黙は図星と肯定の証だ。タッカーはそれをこの四年間で嫌でも理解している。人間体のときのトレードマークである伊達眼鏡を押し上げながら、タッカーは大きく溜息を吐き出した。
「わかっているとは思うが、バランスのとれた魂であれば誰でもいいというわけじゃない。あの子との相性が悪ければ適合せず、最悪、命を落とすことになる」
「だがお前は、その適合者の魂を見極めることができるんだろう?」
 間髪入れず返されたケイロンの問いに、タッカーは思わず言葉を詰まらせた。
 この四年間で次期当主然とした風格をすっかり身につけたケイロンの立ち振る舞いは、そもそもが好んで召喚主に従属するタッカーの性分に訴えかけて手綱を握ってくることがある。それをわかっていても逆らう気になれないタッカーは、「まだ契約前だぞ」と苦笑を漏らしながら額に手を当てた。
「私は明日から東方への視察に向かう。護衛も兼ねてお前にも同行してもらうつもりだが、せっかくひんがしまで足を運ぶのだから、彼の地に適合者がいないか探してほしい」
「ご随意に、若旦那様。そう簡単に見つかるものではないと思うが、目は光らせておこう」


 それで本当に彼の地で適合者を見つけてしまうのだから、この男はとんでもない星の巡り合わせの持ち主だな、とタッカーはケイロンの強運に驚かされた。

「――お願い、助けて…ッ!」
 クガネの商人からアジムステップにある再開の市について教えられ、珍しいものを買い付けられるかもしれないからと下見に行ったときのことだった。
 そろそろ引き上げようかとキャリッジに積んだ荷物を確認していたケイロンの背中へ突然、地元の部族の男児が抱きついてきたのだ。尋常ではないその様子に、ケイロンはキャリッジの中へ男児を匿い、辺りの様子を窺う。すぐにタッカーが広い視界で追手に気付いてケイロンに合図し、ケイロンの目にも、男児と同じ装束を着た追手らしき部族の男達が馬で市場に迫っている姿が見えた。
「…タッカー、任せていいか」
「承知致しました」
 そういう経緯で匿った男児――後のカムイルはちょうどキャメロンと歳の頃が同じで、金髪碧眼に褐色という外見的特徴もケイロン達によく似ていた親近感から、外へ逃げたいという彼を妹付きの使用人候補としてそのまま連れて帰ることを決めた。キャリッジに身をひそめたまま紅玉海方面まで抜け、その辺りの自警をしているという海賊衆に多少の色をつけた駄賃を渡してクガネまで引き返し、目立つ部族装束から東方風の着流しに着替えさせる頃には、一世一代の逃亡劇を成功させたカムイルはうつらうつらと眠そうに舟を漕ぎ始めていた。
「この子も疲れているようだし、帰りの船は明朝にずらそうか」
「承知しました。念のため望海楼に抑えておいた部屋がありますので、そちらへ移動しましょう」
 時刻は夜。案内された部屋の布団の上へカムイルを寝かせたタッカーは、室内に盗聴防止の魔法を施すと慇懃な態度を崩してケイロンを振り返った。
「おい、大当たりだぞ」
「何がだ」
「この子供、例の魂の適合者だ」
 さすがのケイロンも早々に見つかるとは思っていなかったのか、タッカーの言葉を聞いて珍しくぽかんと呆けた表情のまま固まってしまった。その表情がおかしくて、タッカーは隠さずくつくつと笑いを溢す。信じられない、とケイロンは収集品を検めていた手を止めてカムイルが眠る布団の近くへと駆け寄った。
「本当なのかっ…?」
「ああ、間違いない。前世で何か因縁でもあったんじゃないかと思えるくらいにな。性格が合うかどうかまではわからないが、魂の質はこの上なく相性抜群だ」
 そこで説明を止めたタッカーが、金色の眸をすっと細めてケイロンを見る。纏う雰囲気は高位妖異のそれになり、対等な共同研究者としてではなく、人の子に人智を越えた御業を施す高位存在としての顔になったタッカーに、ケイロンも教えを乞う人としての殊勝な態度で向き直った。
「この子供を使えば、間違いなくお前の妹の魂は均衡を取り戻せるだろう。だがそれは、傍仕えとして引き取る以上に、この子の人生をお前とお前の妹に縛り付けることになる。それでも、やるのか?」
「…………」
 念を押すタッカーの言葉に、ケイロンは一度、ぎゅっと瞼を強く閉じた。

 助けを求められて引き取ったとはいえ、ただ使用人として仕えさせることと彼の魂そのものを縛り付けるのとでは、話が大きく違い過ぎる。そんなことはわかっている。
 だが、ままならない自分の体質とは違ってわずかでも解決の手段があるのであれば、どんな犠牲を払ってでも妹の身を自由にしたいと強く願ったのだ。そのために他者の人生を奪う覚悟が揺らいでないことを確かめて、ケイロンはタッカーに力強く頷いた。
「あちらに戻り次第、すぐに処置を行ってくれ。魂ごと人生を拾い上げた以上、この子のことは私がしっかりと面倒を見る」
「……本当に、いいんだな?」
 念押しするタッカーに、ケイロンは再度頷いてみせた。二人の間の確認はそれきりで、タッカーは「用意しておく」と告げると襖で仕切られた別室へと引きこもった。
 残された部屋の中で、ケイロンはそっとカムイルの頬に手を添える。そこにはすでにアウラ族の特長である鱗があったが、子供のそれは、まだ他の皮膚と変わらないくらいに柔らかい。
「ありがとう…そして、すまない」
 或いは、タッカーとの約束を果たして妹の呪いも解けた暁には、この少年の魂も解放してあげられるのかもしれない。それを思うと、やはり自分はこの生涯を賭してでも、彼の妖異が眠りにつける方法を必ずや探さなければならないのだという決意が強くなる。
「せめて、私は、君が泣いて逃げ出すような家族にはならないと誓おう。どうか我が妹と共に生き、あの子を傍で支えてやってくれ」
 静かな和室の中で、遠く聞こえる波の音にさえ掻き消されてしまいそうな懺悔の言葉。それを閉じた襖越しに妖異の耳で聞いていたタッカーもまた、今は亡き主の面影を瞼の裏側に思い描きながらそっと瞳を閉じる。
「貴方の大切な研究の一端……我が今生の主のために使うことを、どうか許してくれ」
 今度こそ、人と交わる道を違えないために――タッカーは本来の姿に戻ると、溢れそうになるものを押し殺すように両翼で自身の体を包み込んだ。


   ◆◇◆


 生家のこと。そして、自分達の魂に結びつけられた因果のこと。
 タッカーからすべて聞き終えたキャメロンとカムイルは、いつの間にか互いに握り合っていた手にぎゅっと力を込めた。
「……わかった、ありがとう」
 キャメロンの端的な言葉を、姉を抱え込むように抱いているカムイルも無言で肯定する。とても信じられるような話ではなかったが、二人の中ではもう、納得せざるを得ない理由がいくらでも思い浮かんでいたのだ。

 性格はちぐはぐで赤の他人である二人が、潜在的には何故か互いに安らぎを感じて、自他共に認める双子として強い繋がりを感じていたこと。
 いくらソウルクリスタルを共有しているとはいえ、互いの記憶や経験を難なく引き継いで自在に操れていたこと。
 そして何より、水晶公の召喚を介さずともカムイルが第一世界に渡れたこと――

 それぞれの今までの人生を反芻しているかのようにじっと押し黙ってしまった姉弟を前に、すでにかけるべき言葉を尽くしたタッカーは、ジャヌバラーム家執事長としての態度を崩さないまま深く頭を下げた。
「私からお二人に申し上げられるご報告は、以上でございます。このような非常事態の最中、御心を煩わせてしまう運びとなってしまい、大変申し訳ございません」
「…うん、」
「我が主は只今、ジャヌバラーム家当主としての今後の方針を定めるべく、ウルダハにてナナモ陛下とロロリト会長との三者会合の最中でございます。その後しばらくはウルダハ都市内の宿に滞在しておりますので、今後はそちらにて連携をとるように、とのことです」
「うん、わかった。タッカーくんも、もうお兄様のところに戻っていいよ」
 キャメロンへもう一度深く頭を下げ、最早素性を偽ることもなくなったタッカーは、隠すことなくヴォイドゲートを用いてケイロンの元へと転移していった。

 話の途中から自然と身を寄せ合っていた二人は、カムイルがキャメロンを膝の上に抱えた姿勢のまま、寒々しい倉庫の中でほう、と白い息を吐いた。
 互いに言葉はないが、こうして身を寄せ合っているだけで想いを共有できるような気がして。こんなふうに押し黙ってぴったりと身を寄せ合うのは、もう十年以上ぶりのことだ。
「……第七霊災の後も、こういうふうにくっついてたよね」
 世界が何もかも変わってしまった、あの大災害。そのエーテル放射から現存するジャヌバラーム邸が守られたのも、土壇場でケイロンと本契約を交わしたタッカーが強大な防御魔法を行使してくれたおかげだったのだと種明かしをされた。そして、その影響で兄の体質はさらに悪化して、エーテルを扱うどころか環境エーテルの影響を受けやすく外へ出歩けない体になってしまったのだと聞かされた。それでもようやく外出用の装束が完成したのでウルダハまで出向くことができたのだと教えられたが、こうして自由に動いて世に名乗りを上げられるようになるまで、一体どれほどの苦悩を抱えてきたのか。
「俺達の兄上って、すごいね」
 カムイルが少し前かがみになって、キャメロンの柔らかな頬に角を擦りつけるように寄せてくる。そういえば、自分が冒険者になる前はこうやってスキンシップをとっていたこともあった。すっかり成人の体になってしまったカムイルの角はあのときよりも硬くて立派になっていて、キャメロンは少しくすぐったいと思いながら「痛いよぉ」と笑う。
「きゃめくん、怒ってないの?」
「何が?」
「え?だってさ、お兄様が黙っていろいろしちゃったんだよ?そんなつもりでウチに来たわけじゃなかったのに、こんなの詐欺じゃん!」
「別に?俺マジでアジムステップから逃げたかったし、今の暮らしが大好きだよ。まあ、昔はおきゃめによく泣かされてたから、ちょっとだけ後悔してたけど」
「それはちゃんと謝ってたじゃん」
「謝ってたかぁ?兄上に怒られて不貞腐れて渋々だったじゃん」
「謝ったよ!次の日のおやつあげたりしてチャラにしたじゃん!」
「わっ、ちょ…!お前ッ…この歳になってマウントとろうとするな!」
 それまで大人しく抱かれていたキャメロンが、肩を入れながら体重をかけ容赦なくカムイルの体を押し倒そうとする。シリアスな空気からの流れですっかり油断していたカムイルの上体はあっさりと傾き、そのまま背中から倒れて小さな姉に完全にマウントポジションを奪われる。
 その騒々しい物音を聞いてか、タイミングを見計らったかのように倉庫の扉が外側から開いた。馬乗りのままのキャメロンとひっくり返ったままのカムイルが揃って顔を向ければ、呆れた表情をしたサンクレッドがそこにいた。
「真面目な話の後でしんみりしてると思って様子を見に来てみれば……何やってるんだ、お前達」
「サンクレッド…」
「まったく…おい、もう入っても大丈夫そうだぞ」
 サンクレッドが後背へ声をかけると、それに続いてぞろぞろと暁の面々が倉庫の中へと入ってきた。
 心配そうな表情を隠さないルヴェユール兄妹とグ・ラハ、険しい表情で何やら思案していそうなヤ・シュトラ、安心感を与える穏やかな笑みをたたえているウリエンジェに、いつもと変わらないエスティニアン――そして、暁の賢人達の中で最もキャメロンとの付き合いが長いサンクレッド。
 キャメロンはカムイルの上から降りると、倒れたカムイルに手を貸すサンクレッドを少し不満げに睨んだ。
「…盗み聞きしてたでしょ?タッカーくんもわかってて話してたみたいだったけど」
「そりゃあ、まあ…大事な仲間が二人、得体の知れない男と密会しているんだぞ?お前達の身を案じて張り込むくらい許してくれ」
 サンクレッドに悪びれる様子はない。ヤ・シュトラの険しい表情を見てなんとなく察していたが、やはり自分達の複雑な事情はすでに彼らの中で周知の事実になっているらしい。タッカーが見逃したということは兄も承知しているだろうと、キャメロンはそれ以上サンクレッドを追求せず「そういうことだから」と肩を竦めてみせた。
「一応、お前達の兄貴については、パパシャン殿経由でナナモ陛下からも内密のお達しがあった。名前を聞いたときはひっくり返ると思ったぞ」
「でも実際、もうそんな大した家じゃないよ?霊災で島はザ・バーンみたいになっちゃってるし、持ってる資産だってお兄様が新しく稼いだ分だし」
「それに驚かされた、って言ってるんだ。例えジャヌバラーム家の者でなかったとしても、あのガルシア錬金商の社長の妹ってだけでとんでもない情報だ。まあ、知られていたらいたで暁の資金面で要らん噂が立っていただろうし、黙っていてくれたお前達とご当主殿には感謝しているよ」
 隠していたことを責められているわけではないのだとわかり、キャメロンはほっと胸を撫で下ろす。
 次にヤ・シュトラがサンクレッドの前に進み出て、カムイルとキャメロンを交互に見つめる。その表情に先程までの険しさはなく、どこか申し訳なさそうな顔つきになってから口を開いた。
「貴方達のエーテルがとても似通っていることは、わかっていたのよ…それこそ、血縁のない姉弟ではなく、まるで本当の双子ではないかと思えるほどにね。でも容姿に大きな違いがあるまま入れ替わりを続けていたし、あるいは、幻想薬を使って容姿を変えざるをえない事情があるのではないかと考えていたわ。まさか、本当に魂同士が結び付けられてしまっていただなんて……気付いてあげられなくて、ごめんなさい」
「別に、ヤ・シュトラが謝ることじゃないよ。私ときゃめくんだって知らなかったんだし」
 キャメロンの言葉にヤ・シュトラが首を横に振る。
「それでも…私の目で視通せるものがあったのなら、きちんと伝えておくべきだったわ。今は安定しているようだけれど、先程のファダニエルが行ったように、貴方達のどちらか一人の魂にのみ何か外的な要因で影響が出ると、必ずもう一人にもそれが跳ね返ってくることになる。貴方も、それを感じたからこうして駆けつけてくれたのでしょう?」
 貴方、というのはカムイルのことだ。
 魔女の瞳でじっと見つめられ、自然と他の皆の視線も集めることになったカムイルは、気まずそうに視線を落として頷く。
「うん。なんか、急に意識だけ持っていかれそうになったというか……虫の知らせみたいにおきゃめに何かあったんじゃないかって予感だけは確かで、それを伝えたら、タッカーくんがここまで連れて来てくれた。でも俺、それがリスクだなんて思ってないよ」
 落とした視線は、再びヤ・シュトラをまっすぐに見据えて。迷いなく言いきったカムイルに、ヤ・シュトラは思いがけず目を丸くした。
「確かに何の説明もされていなかったし、話を聞いたときは驚いたけど……でも、それで今回みたいにおきゃめのことを助けられるなら、俺の気付けない場所で死なれるよりも、ずっといい」
「……ええ、そうね」
 力強いカムイルの答えを聞いたヤ・シュトラは、驚きの表情をすぐに嬉しそうな笑みに変えて、そのまま小さく笑い声を溢す。
「驚いたわ。貴方、リーンのおかげで随分と頼もしくなったのね」
 あくまで姉の代行だと言ってのらりくらりと甘えていたカムイルの頼もしい成長は、間違いなく第一世界でリーンと出会ったことで生じたものだ。
 カムイルとリーンのあれやこれやに覚えがある一同は「確かに」「間違いない」とつられるように笑いを溢し、よもやサンクレッドのいる前でリーンの話題に触れられると思っていなかったカムイルは、褐色肌でもわかるくらい赤面して狼狽える。
「いっ…今の流れでリーンは関係ないでしょ⁉」
「いいや、大ありだな」
「サンクレッド…っ」
 サンクレッド本人に拳で胸を叩かれ、カムイルは「うっ…」と押し黙る。自分の態度が隠しきれていないせいで暁の面々に事情が筒抜けになっていたとはいえ、こうしてはっきりと話題に出されることは初めてだった。助けを求めてちらりとエスティニアンに視線を送ったが目をそらされ、こんなときに逆に煽ってくる姉はまったく頼りにできないので抱き上げてから口を塞いで黙らせる。
「エデン調査から引き上げるときにも言ったが…俺はもう、リーンやガイアを直接守ってやることはできないんだ。もちろん、第一世界を守るためにこちらでできることは最善を尽くすつもりだが、傍にいて声をかけてやれるのは、お前しかいない。リーンだって、お前が一番頼りになるはずだ」
「でも、俺……」
「自分のための努力は嫌いなんだろう?それなら、姉貴とリーンのためにも全力でこの戦いを乗り切れよ」
 身長は自分の方がずっと高いのに、爪先で立ったサンクレッドにぽんぽんと俯いた頭を撫でられると、胸の内で拭いきれていなかった不安がふんわりとどこかへ霧散していくようだった。
「…ありがとう、サンクレッド」
「ああ。本当に、いい顔つきになったな」
 カムイルも、その腕に抱えられたままのキャメロンも、決意に変わりはない。自分達の魂が奇妙な因果で結びつけられてしまっていたところで、それが今更なんだというのだ。二人にとって守りたいものも、横っ面を殴りたい相手も、そんな事情で変わるものではない。自分達が一蓮托生の相棒だという事実が強固になった今、むしろ今までよりも心強く感じられている。
「…陽動班の準備は完了した。お前達の準備が整っているなら、突入班と共にエンセラダス魔導工廠へ向かうぞ」
 サンクレッドの言葉に、キャメロンとカムイルは「応」と力強く頷いた。

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