暁の声





 バブイルの塔から避難民を月へ送り届けようとしていたフルシュノ達を待ち構えていたかのように、ガレマルドでの終末が本格化した。
 第一世界への調査に向かっているカムイルに先んじてその報告を受けたキャメロンは、ちょうどイシュガルドに現れた獣の調査にひと段落ついたところだった。
「…ごめん、アイメリク。行かなきゃ」
 リンクパールでの通話で状況を察したアイメリクとアルトアレールは頷き返してくれる。
「調査は我々で引き続き行おう。一刻も早く、彼の地へ」
「うん、ありがと!」
 テレポでキャンプ・ブロークングラスへと飛び、見上げた空が赤く燃えている様を確認して表情が険しくなるのが自分でもわかる。キャンプ内では派遣団の者達が避難民や怪我人の心を落ちつかせているが、その外の惨状は見るまでもなく想像できる。
「キャメ殿!」
 いざ中心地へ向かおうとミドガルズオルムの背に乗ったところで、気付いたルキアが駆けつけた。焦燥と安堵が綯い交ぜになった顔で見上げてくるルキアに、キャメロンはいつも通りに笑ってみせる。
「遅くなってごめん!あ、あとアイメリクがよろしくって」
「貴殿は、こんなときにまで……いや。今は、変わらずにいてくれることがありがたいな」
 あまりにも普段通りのキャメロンに拍子抜けしてしまったルキアは、それで体から不要な力が抜けたのか、いつもの凛々しい顔つきに戻って状況の説明を始めた。
「他の者達はすでに現場へと向かっている。こちらへ避難してくる者は我々で出迎えつつ周辺の獣も抑えるので、戦闘が激しくなっている飛空艇周辺へ向かってくれ」
「わかった」

 手綱を引けば、ミドガルズオルムが雪原を蹴って赤い空へと大きく舞い上がる。眼下に見下ろした惨状の中に中心地を見つけると、眠りについて尚キャメロンの意思を酌むミドガルズオルムが頭を振って目的の地点へと迷わず滑空してくれる。迫る地上では大物だと思われる獣が数名の集団を追い回しているところで、目星をつけたキャメロンは、その獣を圧し潰すように勢いを殺さず雪原へと着陸する。
 霧散する獣の上からドラゴンが降ってきたことで避難民達はまた襲われるのではないかと顔を強張らせたが、その背からキャメロンが飛び降りてくるのを見ると「助かった」とほんの少しだけ表情を和らげた。
「私が援護するから、フルシュノさん達のところまで逃げて!」
 キャメロンのよく通る声で一喝され、竦んだ体が刺激されたかのように避難民達が駆け出していく。アルマゲドンを構えたキャメロンは殿のように彼らの後に続き、次々と迫る獣達に照準を合わせて蹴散らしていく。死に物狂いで逃げ込んだ先ではアルフィノとエスティニアンが避難民の援護と治療を行っていて、キャメロンの姿を捉えた二人は助っ人の合流に表情を明るくした。
「来てくれたか、相棒」
「状況は?」
「私達は問題ない。お父様が一人で避難民の誘導をしているから、援護してほしい」
「りょーかい!」
 周囲を見渡して状況を確認すると、フルシュノの周囲は確かに獣が迫っていないものの、アルフィノやアリゼー達が行かせまいとギリギリのところで足止めしている様子だった。雪原を蹴って迷わずフルシュノへと駆け出すキャメロンの隣にヴォイドゲートが口を開き、すっかり隠す気のなくなったタッカーが現れて並走する。
「主の命で援護に参りました」
「ありがとう!でもヴォイドゲートで移動するのは他の人がびっくりしちゃうから、あんまりやらない方がいいんじゃない?」
「リーパーなどという珍妙な戦闘方法が流行り出した今の世の中では今更でしょう」
 軽口を叩きつつ、避難民を誘導するフルシュノの死角から迫ってきていた獣をタッカーが手をかざすだけで焼き払う。どこからともなく現われた炎に救われたフルシュノは、振り向いた先から駆けつけるキャメロンとタッカーを見て目を丸くした。
「君は……」
「獣は私達が抑えるから、パパは引き続き誘導をお願いします!」
 パパという呼びかけにフルシュノは面食らったように固まったが、その軽口が竦む心身を解きほぐすためのものだとすぐに理解して、きっと眦を決する。
「…では、背後の守りは任せたぞ」
 フルシュノ達の盾になるように踊り出て、雪原を震わせながら荒々しい足音と共に迫りくる獣の群れを睨む。黙って武器を細剣へ持ち替えたキャメロンに、タッカーは「おや」と片眉をつり上げた。
「いつもの呪具はどうしたのですか?」
「きゃめくんにシャトトの魔石預けちゃったから呪術しか使えないんだよ。せめて赤魔なら範囲焼きできると思って」
「なるほど、」
 歯がゆそうに細剣を構えるキャメロンを見下ろし、目前に迫りくる獣達の群れを見て、タッカーは「ふむ」とのんびりとした声を漏らす。
「ではお嬢様、治癒役になって適当に防御を張りつつ、余った魔力を私へ回していただけませんか?」
「は?」
 急に何を言い出すんだ、という不満を丸出しにした顔で見上げてくるキャメロンに、視線は獣の群れへ向けたままタッカーが言葉を続ける。
「お嬢様が存分に奴らを焼き払えるように援護へ回るつもりでしたが、それができないのなら攻守を交代した方がいいでしょう。生憎、主からの供給だけではあまり派手な魔法は使えませんが…お嬢様にサポートしていただけるなら、多少の戦力にはなるかと」
 ちらり、とタッカーの黄金色の瞳が見下ろしてくる。マハ時代の魔法の一端を見たくないのか、という挑発だ。それを理解して細剣を魔導書へと持ち替えたキャメロンを見て、タッカーは不敵な笑みを返す。
「タッカーくんもお兄様も……ほんと、こうなってからやることが一々派手だよね」
「世界が終ろうとしている今、出し惜しみするものもないでしょう」

 治癒の構えはフェアリーに任せ、キャメロンは手をかざしてタッカーへとエーテルを送り込む。その流れが安定して二人の間にエーテルを繋ぐパスのようなものが生成されると、一瞬だけ闇を纏って呑まれたタッカーが妖異体の姿を取り戻して再び現れる。美しい顔立ちの面影こそ変わらないが、頭部には二本の角が突き出し、艶やかな黒髪は足元まで引きずるように伸びて、広げた両翼は身の丈ほどに大きい。初めて本来の姿を見たキャメロンは放心したようにその美しい姿に見惚れ、遠くで気配を察したアリゼーとグ・ラハは視線を向けた目を丸くして見開いた。
「嘘でしょ…あの執事、本当に妖異だったなんて。しかも、とんでもない大物じゃない」
「ああ。だが、味方についてくれるならありがたい…!」
 タッカーが一つ指を慣らすだけで、迫ってきていた獣の集団の半数が霧散する。終わりをもたらす装置としての意志以外を持ち合わせない者達がそれで止まるはずもなく、霧散する獣の黒い靄を踏みつけながら次の獣達が迫る。それらもヴォイド・デスで絡めとりまとめて無に帰すタッカーに、キャメロンは思わず口をあんぐりと開けてしまった。
「ダン・スカーに向かってるとき甲板に貼りついてきた奴が使った攻撃じゃん…え、怖…」
「引き寄せてから処理できるからエアロガより楽なんですよ。そんなことより、今のペースで動いて問題なさそうですか?」
 魔力の消耗具合を確認してくれるタッカーに、まだ少し余裕があるキャメロンは頷いてみせる。
「おかげさまで暇してるから大丈夫。残ってるのが片付けばアリゼーちゃん達と合流できそうだから、存分にやっちゃって」
「承りました」
 残りの獣達をまとめて焼き払うために、タッカーが手の内で急速に魔力を圧縮し始める。辺りの避難民の誘導が落ちついたフルシュノがキャメロンの隣へ駆け寄り、妖異が自分達の盾になってくれている光景を目の当たりにして驚愕の表情を浮かべた。
「何故、妖異が…」
「ウチが首輪つけてるはぐれ妖異だから安心して下さい。人を襲ったり裏切る心配はありません」
「首輪だと…?」
 フルシュノはキャメロンを見下ろすと、言葉の意味を理解してすっと目を細めた。
「……確か君は、あのジャヌバラーム家の者だそうだな。今の話が本当なら、私は哲学者議会に連なる者として一度、君の家の者と話をしなければならないようだ」
 叡智を治める都の議員としての立場で表情を険しくするフルシュノに、キャメロンは肩を竦めてその剣幕を受け流す。その間にもタッカーが残っていた獣をまとめて焼き払い、周囲を警戒して新手が来ていないことを確認してから人間体の姿に戻ってキャメロン達の元へと戻る。睨むフルシュノに、タッカーはキャメロンと同じように肩を竦めた。
「一先ず、誰かが新たな獣に転じない限りは新手も来ないようです。残りは?」
「アルフィノとアリゼーちゃんがまだ対応してると思うから、そっちに……」
 言いながら他の者達の様子を確認しようと視線を巡らせたキャメロンの目の先で、避難民の治癒をしていた隙をつかれたアリゼーが獣に吹き飛ばされた。釣られて視線を向けていたフルシュノもその瞬間を見ていたようで、思わず身を乗り出して窮地の娘の名を叫ぶ。
「アリゼー…!」
「私が行くから、タッカーくんはパパをお願い!」

 脇腹を押さえるアリゼーへの追撃を、咄嗟に盾を持ち替えたグ・ラハが防いだ。そのまま勢いを殺さずぶつかり合い、雪原を踏みしめてぎりぎりと拮抗する。
「失くさせない……ひとつでも……ここは、多くの希望を託された未来だ……!」
 グ・ラハが盾役になってくれたことを確認して、走るキャメロンは手に持った魔導書を再びアルマゲドンへと持ち替えた。走りながらでも一発撃ちこめる距離まで、あと少し。冷静にその間合いを見極め、逆算で構えた銃を整備する。
「終末だろうが何だろうが、踏みにじらせて、たまるかッ!」
 咆哮と共に、グ・ラハが獣の巨体を大きく押し退けた。押し負けた獣が大きく仰け反った急所を狙い、キャメロンが整備済みのドリルを遠慮なしに見舞わせる。ギャリギャリと金属音を立てながらドリルが獣の喉笛を直撃したが、致命傷には一歩届かなかったのか、地に伏せっただけで消滅することはなかった。
「チッ…!しぶといなぁ本当に!」
「キャメ、来てくれたのか…!」
 駆けつけたキャメロンが、アリゼーを庇うようにグ・ラハの隣に並んだ。その小さな背中を見て、アリゼーは痛みと悔しさで歯を食いしばりながらゆっくりと立ち上がる。
「まったくだわ……お父様もいるのに、膝をついてちゃ、見てて、って言ったのが台無しじゃない……あの背中にだって、追いつけやしない」
 アリゼーの独白は身構える二人には届いていない。グ・ラハとキャメロンは、伏せたままの獣が再び仕掛けてくるタイミングに備えてそれぞれ得物を握る手に力を込めて静観している。自分はこの細剣一つを振るうのが精一杯だというのに、共に戦う仲間やその場の状況に応じて盾役にも治癒役にも回れる二人が、急に遠い存在のように感じられた。
 だが、今は自分の不甲斐なさを悔いていられるような状況ではないのだ。例えできることに限りがあったとしても、それを全力でやり通すしかない。こんなところで膝をついたままでは、彼の英雄にも、自分達に任せて第一世界へ向かってくれた彼女の弟にも、合わせる顔がないのだから。
「エオルゼアの剣に……私の剣になってくれた人に、いつまでも独りで切り込ませていられないのよ……ッ!」
 自らを奮い立たせるように一喝し、アリゼーは痛む肉体に鞭を打って立ち上がった。それに呼応したかのように、それまで気を失っていた獣が唸り声を上げながら再び牙を剥く。盾を構えるグ・ラハの後ろに下がりつつ、キャメロンは苛立ちを隠さず「あーもう!」と叫んだ。
「整備ドリルで落ちてくれないってことは相当しぶといじゃん!やっぱシャトトの魔石はきゃめくんに預けなきゃよかった…!」
「だが、それが駄目でも他の攻め手はあるんだろう?」
「そりゃそうよ!」

 獣の出方を窺いつつ、キャメロンは頭の中で切るべきカードを考える。
 黒魔道士の次に体に馴染んでいるのは機工士だが、ドリルやエアアンカーの充填を待つ間に削れる体力は少々心もとない。盾役になってくれているグ・ラハとアリゼーのことを考えると近接攻撃で畳みかける方がよさそうだが、生憎と技は会得しても門外漢なので、どこまで肉薄できるかわかったものではない。
 どう攻めたものか―焦りそうになる心を宥めて冷静に勝機を見出そうとするキャメロンの耳に、雪原を蹴るように駆けてくる足音が聞こえた。
「!」
 その足音と歩幅には、聞き覚えがある。後から気付いたグ・ラハとアリゼーも振り返った先――大きな体躯とリーチの長い腕を思いきり振りかぶった手の中から、紫色に輝くクリスタルが弧を描いて投げ出された。
「おきゃめ、受け取れェッ!」
 カムイルが、第一世界から帰還して駆けつけたのだ。
 投げ出されたシャトトの魔石は、反射的にかざしたキャメロンの手の中へ吸い込まれるようにキャッチされる。それを目視したカムイルはモンクの装備に着替え、抜重歩法で素早く獣の懐に入り込んだ勢いのまま闘魂旋風脚を叩き込んだ。下顎から蹴り上げられた獣はまた大きく体を仰け反らせ、距離をとるように後方へ飛び退いてから怒りの咆哮を上げる。その間に黒魔道士に着替えたキャメロンは、随分と頼もしい顔つきになって帰ってきた弟の隣に駆け寄ると、にやりと笑ってからハイタッチを求めて手をかざした。

「おかえり、きゃめくん」
「ただいま、おきゃめ」

 膝を折って目線を合わせたカムイルとキャメロンは痛いくらいの勢いをつけてハイタッチを交わし、その軽快な音が終末の赤い空の下に不思議と響き渡る。そんな二人のやりとりに、盾は構えたままで視線だけを投げるグ・ラハも嬉しそうに目を細めた。
「おかえり、準備は万全か……って、聞くまでもなさそうだな」
「ああ」
グ・ラハの言葉に迷わず答えたカムイルは、得意の得物を手に戦いに備えた姉の姿を見て、そして、少し離れたところで俯いたままでいるアリゼーに気付くと、ゆっくりと彼女へと歩み寄り膝を折ってから、その顔を覗き込んで柔和な笑顔で彼女へと声をかけた。
「おまたせ、アリゼーちゃん」
「……私ひとりでも、やれたんだけどね」
 いつも腰抜け腑抜けだと尻を叩いていたカムイルに窮地を救われたせいか、アリゼーはそっぽを向いて拗ねたように言い捨てる。彼女の悔しさも歯がゆさも痛い程わかるカムイルは、それ以上は何も言わずに腰を上げ、アリゼーと足並みを揃えてキャメロン達の隣に並び立つ。二度も急所に強烈な一撃を見舞われたせいか、獣は終わりをもたらす存在として以上に怒りを露わにして興奮しているように見える。
「あんたが蹴りなんて入れるから、あいつすごい興奮しちゃってるじゃない」
「えっ、俺のせいなの?」
「……でも、あれがおそらく、この辺りでは最後の大物ね。気合入れて行くわよ」
「へへ、四人でなら負ける気がしないな!」
 キャメロンがサンダガで口火を切り、間髪入れずにグ・ラハとカムイルが獣へ飛びつく。キャスターであるキャメロンとアリゼーを守るように獣の注意を引き付けたところで、その背を貫くように空から彗星のような槍が降ってきた。
「大物を追ってきてみれば……弟の方も戻ってきていたのか」
「エスティニアン!」
 その一撃がとどめになって獣が霧散し、黒い靄の中からエスティニアンが現れた。だが仲間の合流に士気が高揚したのも束の間、エスティニアンを追うように一つ目の獣が続いて空から大震動と共に落ちてきて、その衝撃を中心に一同はわずかに雪原を後退する。地鳴りが止んで顔を上げたエスティニアンは、押し出された距離を埋めるようにドラゴンダイブで一つ目の獣へと飛びついた。遅れて駆けつけたアルフィノもそこへ加わり、大震動で食らわされた皆の傷を素早く癒していく。
 役者は揃った―例えかつての宿敵が治めた領地であろうとも、獣へ転じた者の中にエオルゼア諸国を憎んで歩み寄りを拒絶したガレアン人がいようとも、そんなことは、自分達には関係ない。この星の元に産まれ、困難な日々を精一杯生きようと藻掻いていた人々の尊厳を、これ以上踏み躙らせるわけにはいかない。終末の発端を知り得たカムイルは尚更、握った拳に溢れんばかりの想いを込めた。
「厄介そうなのはこいつで最後だ。さあ、片付けるぞ!」

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