暁の声





「――ねえキミ……それ、視えてるでしょ?」
 エリディブスの手助けで過去に飛ばされたものの早々に困り果てていたカムイルは、まさかの助っ人の登場でどうにか探索の足がかりを得られていた。
 在りし日のヒュトロダエウスとエメトセルク――カムイルが面識があったのはテンペストに再現されたヒュトロダエウスであったが、語りかけてきた口ぶりとその佇まいで彼が本人なのだということにはすぐに気が付いたし、直接の面識はなかったエメトセルクについても、声を聞けば不思議と彼がその人なのだと理解できた。
 それが、姉と魂を共有していることによって得られた作用なのか、それとも自分の本来の魂がどこかで彼らのことを覚えていたからなのかは、わからない。

 アゼムの使い魔なのでは、という都合のいい勘違いをされたおかげでエメトセルクに存在を補強してもらえたカムイルが古代人達と同じサイズ感になった自分の体をあちこち眺めていると、ヒュトロダエウスが「おや?」と興味深そうに首を傾げた。
「さっきは存在が薄くてよくわからなかったけど……キミ、アゼムだけじゃなくて、セトにも魂の色が似ているんだね」
 セト――その名は、アルバートが彼の友人につけていた名前だ。
 どうしてそんな名前が飛び出すのかわからず困惑するカムイルに構わず、ヒュトロダエウスは目を細めてカムイルの観察を続ける。言われずとも、彼が姿形ではなく魂そのものを見通しているのだということがわかり、カムイルは背中に少し冷や汗をかき始めた。
 魂が分割される前の時代に生きている彼らにとって、エーテルで物事の本質を見極めることは、自分達が想像する以上に容易く、そして日常的に行われてきたことだろう。現代の人には容易く見破ることができないこの厄介な魂の成り立ちも、彼らには一目見ただけでわかってしまう。エメトセルクがカムイルを見る目がみるみる険しくなっているのもその証拠だろう。
「うーん…魂の色が混ざり合っているというより、均等にわけてそれぞれ半分ずつ持たされているみたいだね。アゼムとセトが一緒に創った使い魔なのかな」
「あ、の……えっと…」
「もしかして、キミと一緒に創り出された使い魔がもう一人いないかな?」
 中らずと雖も遠からず、だ。
 ぐいぐいと迫るヒュトロダエウスの圧に耐えきれなかったカムイルが思わず頷いてしまうと、ヒュトロダエウスは「わお!」と感嘆の声を上げる。
「すごいね!魂の片割れだなんて、まるで双子じゃないか!」
 双子、という言葉に思わず顔が歪む。それを察して見かねてか、エメトセルクが背後からヒュトロダエウスの肩を掴んで止めてくれた。
「もういいだろう。私達もそいつも、エルピスに用事があるんだ。さっさと行くぞ」
「ああ、そうだったね。それじゃあ、行こうか」


 エルピス――それは、創造生物達の実験場の名前だった。
 いくつもの浮島と、それぞれに植物園のような緑が広がっていて、大小様々な動植物が生息している。それらすべて、古代人達がイデアで創り出した創造生物達なのだ。そんな場所だからカムイルのような珍しい存在を連れていてもおかしくない、とヒュトロダエウスは案内役を買って出てくれた。
 所長のヘルメスを訪ねるために施設内を散策しながら、カムイルは思わずヒュトロダエウスに聞いてしまっていた。
「あの……さっきのセトっていうのは…?」
 自分やキャメロンのかつての魂が誰だっただとか、前世がどうだとか、そういうことに興味があるわけではない。だが、もしも、自分と姉の因果が古代人達の時代にまで遡るものなのだとしたら…―そう思うと聞かずにはいれなかったカムイルに、ヒュトロダエウスは適当な木陰を見つけるとそこで足を止めてくれた。
「セトのことがわからないということは、やはりキミは、魂の色は似ているけど彼らの創造した存在ということではなさそうだね」
「…………」
「キミが何者であるかは置いておくとして…セトはアゼムの付き人だよ。先代のアゼムが旅の途中で出会った少年で、以降は付き人として旅を共にして、今はワタシ達の友人である当代アゼムの付き人をそのまま続けているんだ。まあ、今のアゼムはとっても奔放で自由だから、内向的な彼は振り回されて大変そうだけど」

 それからヒュトロダエウスは、目的の天測園に向かうまでの道中でアゼムとセトの日頃の様子についていくつか話して聞かせてくれた。
 ヒュトロダエウスとしては楽しい話題の提供でもエメトセルクにとっては日々の頭痛の種について聞かされているようなもので、隠さず溜息をついたり背を丸くしてうんざりしてみせたりする。そうやって聞かされる二人にまつわる話は、まるで、自分と姉のやりとりのようだと感じた。
 こうして過去の時間にやってきて、生きていた頃のエメトセルク達を見て、魂のことも見抜かれて――少し、感傷的になっているのかもしれない。こんな気持ちに浸るためにここまでやって来たわけではないのに、どういうわけか、この場所は得も言われぬ郷愁の念をカムイルの胸に呼び起こす。
「……ほら、着いたよ」
 ヒュトロダエウスの声に顔を上げれば、いつの間にか整備された公園のような場所に到着していた。彼が言っていた天測園がこの場所のようで、ヒュトロダエウスは近くの観察者に話しかけてヘルメスの所在について訊ねている。
「ヘルメスは、いつもどおり、創造生物の観察に出ています。ここ数日は水棲生物の担当だったはずですから、園内の水場にいるのではないかと」
 そういう訳で、普段のヘルメスについての調査も兼ねて、カムイルのエルピス探索は園内の者達に聞き込みを行いながらヘルメスを探すところから始まった。


   ◆◇◆


 デュナミス、エンテレケイア、エルピスの花…――何者かに導かれるかのように辿ることになったエルピスでの調査は自然と、ヘルメスとメーティオンが終末に深く関わっているのではないかという考えへと至った。
 カムイルが語って聞かせた自身の正体や世界分割後の未来を一度は突っぱねたエメトセルクも同じ結論に辿りついたようで、エメトセルクの座にある者として…という建前を主張しながらも、ヴェーネスとカムイルに合流してもう一度ヘルメスに会い、彼に真実を打ち明けることで新たな手掛かりを掴もうという方針で合意してくれた。
「今日はもう日が暮れかけています。ヘルメスもきっと、彼の館へ戻っていることでしょう。彼に詳細を話せば事態がまた大きく動き出すかもしれませんし、今夜のところはしっかりと休息をとって、明朝になってから皆でヘルメスを訪ねませんか?」
 ヴェーネスの提案に異を唱える者はいなかった。慣れない環境であちこち聞き込みをしたり「手ほどき」と称して本気のヴェーネスと手合わせすることになったカムイルはもちろんだが、途方もない話を聞かされた他の三人も、一度は休息をとって各々の考えや感情を整理する時間が必要だと思っていたのだ。
「それじゃあ、ワタシとエメトセルクは昨日と同じ部屋をまた借りようか。キミは、どこか当てがあるかい?」
 宿の当てを聞かれたカムイルは首を横に振った。
「昨日はヘルメスが部屋を用意してくれたけど、また同じところを借りられるかどうかはわからないかな」
「では、ぜひ私が借りている館へ泊ってくださらない?」
 にっこりと微笑むヴェーネスが、快く宿の提供を申し出てくれる。他に頼れる当てがあるわけでもなく、包み隠さず自分の正体を知ってくれている彼女の傍に置いてもらえるのはありがたいので、カムイルはヴェーネスに素直に甘えることにした。

 再びポイエテーン・オイコスの館へと戻ると、四人でテーブルを囲んだ部屋とはまた別の居室へと案内された。
「ちょうど寝室が二つあってよかったわ。こっちは余らせてしまっていたから、旅の宿だと思って自由に使って」
 ベッドと、その他に必要最低限の家具だけが置かれた質素な部屋。原初世界の各地にある冒険者向けの宿に似たつくりで、どこか安心感を覚えてほっと息を吐く。
「ありがとうございます。俺達の時代の冒険者向けの宿と似たつくりだから、リラックスして眠れそうです」
「まあ、それならよかったわ。あとは食事だけど…ごめんなさい。昼間にも話したけど、旅暮らしが長いせいか、あまりきちんとしたものの用意がなくて」
 申し訳なさそうにヴェーネスが苦笑を浮かべる。
「エルピスでは食事のための果実の観察や実験も行われているから、安全なデータがとれているものを試食できるようにお願いすることもできるけど…」
「ああ、それなら」
 特に難しく考えることもなくカムイルが調理師の支度に着替えると、目の前でそれを見ていたヴェーネスがぱちくりと驚いたように青い瞳を瞬きさせた。底知れない実力者という印象が拭えなかったヴェーネスが見せた可愛らしい反応に、カムイルは思わず口元がほころんでしまう。
「心当たりの食材をいくつか持ち歩いてますから、一宿のお礼に俺がつくりますよ」
「まあ…貴方、素材を掛け合わせて料理をつくることができるの…?」
 ヴェーネスが想像しているのはおそらく、現代人が行う一般的な調理方法ではなく、古代人達がエーテルを用いて行う特殊な調理方法なのだろう。彼らに比べてエーテルの薄いカムイルにそれができるのかとまた驚くヴェーネスに、カムイルはフライパンを構えながら首を横に振った。
「たぶん、この時代の人達の調理の仕方とは違うと思います。よかったら、それもお見せしますよ」
「あら、それはとっても素敵な提案だわ」

 再び広いテーブルのある部屋へと戻り、時間を渡っても問題なく持ってくることができた鞄の中から心当たりの食材を取り出して広げていく。どうせしばらく調理なんてしないから、とキャメロンからやたらと食材ばかり押し付けられたせいで、二人分のディナーをつくるには十分な素材が揃っていた。座ってその様子を眺めているヴィーネスは、次々と並べられていく食材達を見て楽しそうに目を輝かせている。
「見覚えがある食材もいくつかあるけれど…きっと、どれも私達の時代のものとは違うものなのでしょうね」
「そうかもしれませんが、中には、名前が違うだけでそのまま現存している品種もあると思いますよ。アンビストマやオレイアスも、名前が違うだけで俺達の時代にいますし」
 一通り食材を並べてみてつくれそうなメニューは、アームラサラダ、ボルシチ、レイルのグリル。すっかり持ち歩くのが癖になってしまっているコーヒークッキーの材料もそのままなので、食後のドリップコーヒーと共に提供できそうだ。メニューが決まってさっそく取り掛かり始めたカムイルの手つきを、興味津々といった様子でヴェーネスが熱心に見守っている。
「お口に合うかわからないけど……さあ、どうぞ」
 カムイルが目の前に三品を揃えて並べると、ヴェーネスの瞳はますます輝いた。カムイルも対面の席に座って食べるように促すと、スプーンを手にしたヴェーネスが、まずはボルシチを掬って口へと運ぶ。その表情がぱっと柔らかいものに変わったのを見て、カムイルは胸の中で「よかった」と呟いた。
「おいしい…これは、なんという名前の料理?」
「ボルシチです。夕方に話した、ガレアンという民族の伝統料理で…こういう、肉や野菜を煮込んだスープって世界中どこに行ってもあるから、ガレアン人にも同じように家庭の味があるってわかって、俺すごく嬉しかったんです」
「ええ。それはとても素敵で、これからも大切にしていくべき感情だわ」
 一度スプーンを持つ手をテーブルに下ろして、ヴェーネスは嬉しそうな顔で対面のカムイルを見つめた。
「そうそう。貴方をここに泊まらせたのは、実は、まだまだ旅の話を聞きたかったからなの。楽しい思い出はきっと息抜きになるでしょうし、私も、とりとめのない話をたくさん聞かせてほしくて」
「俺も、薄々そうなんじゃないかと思っていました。ヴェーネス様の知的好奇心にどこまで応えられるかはわからないけど…」
「ヴェーネス様、だなんて。貴方まで、そんな他人行儀に呼ばないで。生きる時代や世界は違っても、私と貴方は同じ旅人です。どうか、もっと肩の力を抜いて話してほしいの」
 ヴェーネスからの提案に、カムイルは隠さず困った顔で返した。ヒュトロダエウスやエルピスの人々に倣って今日一日は同じように呼んでいたが、どうにも、それがずっと淋しかったらしい。
 とはいえ、おそらくハイデリンがまだ人であった頃の存在であろう――それも先代アゼムである彼女を親しい友人のように呼ぶだなんて、とてもではないが畏れ多い。どうにか彼女を敬いつつも親しみを込めて呼べる呼称がないかと悩むカムイルは、いつもの癖で姉ならどうするかという方向で考え、思いついた呼び名をぽつりと口に出してみた。
「…………師匠、とか…?」
 前世がどうであれ、アゼムのクリスタルを持ってその人の召喚術を使わせてもらっている自分達にとって、先代アゼムである彼女は師匠筋にあたると考えてもおかしくないはずだ。今もこうして、最初の終末が古代世界に訪れた手掛かりを探す中で、様々な観点から助言を与えてくれている。
 どうだろうか、とおそるおそるカムイルが対面のヴェーネスの様子を窺うと、彼女はどこか放心した様子でカムイルのことを見つめたまま動かない。もしかしなくても、あまり好ましくない呼び方だったのだろうか。
「あ……えっと、すみません。何か、別のものを考えますね」
「……いいえ、その呼び方で構いません。むしろ、とても嬉しいわ」
 申し訳なくて謝るカムイルに、ヴェーネスはゆっくりと首を横に振ってから、安心させるようにあたたかく微笑みかけてくれる。
「ごめんなさい。少し驚いてしまったの。だって…―そうやって私のことを呼ぶのは、アゼムと、彼女の付き人のセトの二人だけなんですもの」
 思いがけなかった名前を聞いて、今度はカムイルが驚き固まった。

 また、セトという人物の名前が出てきた。そういえばヒュトロダエウスは、セトは最初はヴェーネスに旅の途中で拾われて、それから彼女の付き人になったと言っていた。彼について話しを聞くのなら、ヴェーネス以上の適任者はいないのかもしれない。
「あの…っ」
 思わず前のめりになってしまいそうな体を抑えて、だが声色まではうまく繕えず、カムイルは逸る思いで口を開く。
「その…セトって人のこと、もしよかったら、詳しく聞かせてもらえませんか…?」
「……それは、どうして?」
 ヴェーネスにはきっと、こちらの胸の内は見透かされている。自分の正体と、魂を共有している姉の存在まで話をした今なら尚更だ。カムイルは包み隠すことなく、思っているそのままをヴェーネスへと伝えた。
「別に……俺とキャメが、貴方達の時代のアゼムとセトだったという確証が、あるわけではないんです。でも…ヒュトロダエウスにも少し教えてもらったけど、やっぱり、どこか似ているところがあるというか…」
「…………」
「知りたいんです。俺は本当に、あいつと魂を分け合うに足る相手だったのか…例え憶測に過ぎなくても、そのヒントがセトという人にあるなら、俺はそれを確かめたい」

 魂を共有していることを知る前から、自分のような臆病で消極的な根性なしが本当に冒険者代行に相応しい人間なのか、不安で仕方なかった。どんなに性根の部分が似ていたとしても、表に出る行動の面で、カムイルとキャメロンは正反対だ。
 他者を深く信用しない代わりに自分自身で行動を起こして意志を貫こうとするキャメロンと、他者と信頼関係を築けなくて傷つくくらいなら最初から物事を回避しようとするカムイル。自分の想いを貫くためなら他人を敵に回して嫌われることを厭わない姉と、他人を傷つけて嫌われる勇気すらなくて自分の想いに蓋をしてしまう弟。ずっと前から不安で仕方なかったのに、血の繋がらない姉弟どころか魂レベルで適合している相手なのだと聞かされて、その不安はむしろ大きくなっていた。

「……どうか、そんなふうに自分を責めるような顔をしないで」
 いつの間にか唇を噛んで俯いてしまっていたカムイルは、不安を解すかのようなヴェーネスの優しい声色に惹かれてゆっくりと顔を上げた。
 いつの間にか眼の淵に溜まっていた涙が、ヴェーネスと目が合った瞬間にほろりとこぼれて頬を伝う。ヴェーネスは腰を上げると、腕を伸ばして対面のカムイルの目元をそっと拭ってくれた。
「魂は、エーテルになって星海へと還り、そして再び巡って、新たな命となる。だから貴方が言うように、貴方とお姉さんが、分かたれた後のアゼムとセトだということを確かめようはないけれど、逆に考えれば、何度も巡って生まれ変わった命の先に貴方達がいないとも言い切れないわ。少なくとも、貴方のその臆病なくらいに他者を思いやる優しさは、私がよく知るセトと同じです。あの子もいつも、付き人である自分のせいで私やアゼムに迷惑がかかるのではないかと不安がっていた……見た目は全然違うけれど、その優しさは彼にそっくりですよ」
「……俺、別に優しいわけじゃないです。自分勝手なだけで」
「まあ、その照れ隠しの言い訳も同じだわ」
 いい歳にもなって涙を他人に拭われた恥ずかしさで視線を逸らすカムイルに、ヴェーネスは再び椅子に腰を下ろしながらくすくすと笑いを溢す。
「憶測の域は出ないけれど……もし本当に、アゼムとセトの生まれ変わりが貴方達なのだとしたら、こうして魂ごと寄り添えるかたちで巡り合ってくれていることが、私は嬉しい。セトは私が旅の途中で拾った子だったけれど、当代のアゼムであるあの子と出会ったときに、私はこの子達を引き合わせるためにセトを拾ったんだと思えるくらい、運命的なものを感じずにはいられなかった。二人で一つなのではなく、二人が一緒にいることで、支え合い、高め合っていけるような関係。それぞれどこか孤独を抱えたような眼をしていたのに、一緒に過ごすようになってからそれがなくなって、真に想いを共有できる存在を得られたのだとわかった。とても嬉しくて…少しだけ、淋しかったわ」
 そう語るヴェーネスの目には、彼女が言うようにどこか淋しさが滲んでいる。だがそれも瞬き一つの間に見えなくなってしまい、再び、カムイルの不安を解きほぐすような穏やかな笑みを向けてくれた。
「だから、どうかそんなふうに怖がらないで。貴方の存在はきっと、お姉さんにとってかけがえのないものの筈です。だって、こんなに大切に想ってあげられているんですもの。貴方のその想いは、必ず、お姉さんの力になっているわ」
「師匠……、」
「ふふっ…実はね、セトにもこんなふうに諭したことがあるの」
 いたずらっぽく笑いながら、席を立ったヴェーネスが徐にカムイルの椅子のすぐ傍までやってくる。肩が触れ合う距離まで近づくと、ヴェーネスは座ったままのカムイルの頭を優しく抱き寄せてくれた。そのまま髪を梳くように撫でられると、不思議と胸の中のもやもやしたものが消えていくような心地だった。
 本当は、他人に触れられるのはあまり得意ではない筈なのに。ヴェーネスの腕に抱かれると、とろんと瞳が蕩けてそのまま瞼まで閉じてしまう。彼女が後に光の存在を司る蛮神になるせいか、纏うエーテルもカムイルにはどこか馴染みがよくて、心を落ちつける魔法をゆっくりとかけられているようにも感じられる。
「優しい子……貴方と私が愛した世界を守る方法を、きっと見つけてみせましょう?」
「師匠、俺……」
「終末が訪れた状況の中で、慣れない土地に慣れないことだらけで、ずっと気を張っていて疲れているのでしょう。その重荷を今だけは降ろして、ゆっくり羽を休めなさい」
 最後にぽんぽんと優しく頭を撫で、ヴェーネスはカムイルから離れてまた対面の席へとつく。その表情に年長者としての威厳や先程までの母性のようなものはなく、再び対等な友人として、カムイルの話を聞きたくて仕方ないと待ち遠しそうな顔つきに戻っていた。
「さあ、楽しい食事を再開しましょう。次はぜひ、貴方の恋の話が聞きたいわ」

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