短編まとめ

※この話はパッチ6.3タタルの大繁盛商店直後の時系列になります




 クガネ、夜。
 東アルデナード商会が出資している呉服屋その他諸々へタタルを案内し終えたハンコックがウルダハ商館へ戻ると、ちょうどすれ違うように商館を出てきたキキモが会釈も早々にハンコックを手招きした。彼女が何か耳打ちしたいときの合図だ。どうしたのかとハンコックが首を傾げながら膝を折ると、少し背伸びしながらキキモが顔を寄せてくる。
「ガルシア錬金商の妹君が中でお待ちですよ。夕方前からずっと応接間にいらしていますけど……ご予定をお忘れですか?」
「キャメさんが…?」
 てっきりオールド・シャーレアンへ戻ったと思っていたキャメロンの名前が飛び出し、ハンコックはサングラス越しの目を丸くしながら腰を上げた。見下ろしたキキモは腰に両手を当ててやれやれと首を横に振っている。
「あの冒険者殿のことですから、アポイントなしでこちらに残っているのかもしれませんが…元はと言えば貴方が呼びつけたわけですから、丁重におもてなしてからお帰りいただくようにして下さいね」
「ええ、心得ておりマス。今日は彼女のおかげで大変貴重な縁も結べましたから、こちらのお礼も少々上乗せしないといけませんね」
 ハンコックがウインクして見せると、それが委細承知の合図だと心得ているキキモも小さく頷き返してから第一波止場方面へと戻っていった。
 今回の依頼に対する報酬はすでに、タタルの母君のネックレスを修復するための材料というかたちで提供しているが、それはあくまでタタルへのサプライズに協力したに過ぎない。ハンコックがおこぼれに預かったうま味と比べれば少々釣り合いがとれていないことは事実だ。尤も、キャメロン本人はがめつく追加報酬をせびるつもりで残ったのではなく、単純にクガネまで足を運んだついでに一晩ゆっくり過ごしていきたい程度の心づもりだとはわかっているが――
「大事なお取引先の妹君にして、今や旧友の恋人デスから。それをタダでお返ししては、彼らにとんでもない貸しをつくってしまいますヨ」
 受付に人払いの念押しをして、商館の最奥にある特別応接室へと向かう。ノックをしてから重い扉を開くと、すでに顔を上げていたキャメロンとすぐに目が合って眩しい笑顔を向けられた。
「お帰り、ハンコック」
「ええ、ただいま戻りました。お待たせしてしまい申し訳ございません」
 勝手に待たれていたので詫びる必要はないのだが、そこは商売人として言わない約束だ。閉じた扉に内側から鍵をかけて、再び向かい合ったキャメロンへ深々と頭を下げる。ハンコックが顔を上げると、キャメロンは首を横に振ってハンコックに対面へ座るように手で促した。
「私が勝手に残ったからいいの。タタルさんにいろいろ案内してくれてありがとね」
「そういえば、オールド・シャーレアンでお待ちのメジナ殿に報告するように言われていたのでは?」
「リンクパールで連絡したから大丈夫!せっかくこっち来たから泊まって帰るねって言ったら、どうぞゆっくりして来てください、だって」
「それはよかったデス。望海楼へ連絡して部屋をお取りしましょうか?商館へ来るお客様用に常に何部屋か抑えてありますから、今からでもご案内できますよ」
 ハンコックが提案すると、キャメロンは少し不満そうな表情になって首を横に振った。ハンコックとしても想定通りのリアクションだったので、「失礼しました」と肩を竦めてからテーブルの上に置いてある急須と茶筒へ手を伸ばす。
「私はハンコックのところに泊まりたいんだけど」
「アッハッハ!私は構いませんが、キャメさんは本当によろしいので?自分で言うことでもありませんが、私が貴方を呼びつけたことは、ワイモンドの耳にも当然入っていますよ」
「別に?今更ほかの男の人のとこに泊まって怒るワイモンドじゃないし」
「それはそれは……」
 当人の気も知らずに酷なことを言うものだ、と思うところは口にせず、ハンコックは含み笑いを浮かべながらキャメロンへ淹れたての茶を差し出した。
 キャメロンが方々で懇意にしている男の拠点を宿代わりにしているのは、それこそ暁の冒険者として各地を走り回っていた頃から変わらないことだ。ハンコックがこうして商館の特別室を宿代わりに提供するのも初めてではない。良くも悪くもララフェル族である自覚の強い彼女のことだから自分がそういう対象として見られていないと思っての行動だとはわかっているが、そんな様子を長年黙って見守り続けてきたワイモンドの腹の内はどうなっていることやらと想像するに、ワイモンドの故知にして悪友であるハンコックはどうしても笑いを溢さずにはいられないのだ。
「信頼していただけているのは私なのか、それともワイモンドなのか」
「いや、だってハンコックが私に変なことするわけないし?したらしたでボコボコの返り討ちにできる自信あるし」
「オォ~、私も消し炭になるのは御免デ~ス!」
「それにね、」
 ふとキャメロンの声のトーンが落ちついたのを感じて、ハンコックも「おや」とおどけたリアクションをやめて彼女を注視する。目と目が合ったキャメロンは「えへへ」と彼女にしては珍しいはにかんだ表情で口元を緩めていた。
「職業柄、ワイモンドには隠し事しようと思ってもできないでしょ?私がどこに行って何をしようが、どんな手段を使ってでも『情報』を掴んでくれるの。それこそ、手紙を書く必要がないくらいにね。私が最初にウルダハの外に出たときからずっとそうなの」


 ワイモンドのそれは、彼女の英雄譚を聞いて思いを馳せてくれているだとか、そういう生易しいものではない。
 キャメロンを含む暁一行が初めてクガネに上陸したときの事―ロロリトからの指示が飛ぶよりも早くハンコックの目の前に現れたのが、数年ぶりに対面で顔を合わせることになるワイモンドだった。最近は互いの本業の忙しさもあってリンクパールや業務上の書面でばかりのやりとりだった旧友の登場に驚く間もなく最奥の応接室へ引きずり込まれ、何事かと問い質すよりも先に机の上にどしりと重そうな音を立てて大きな革製の鞄が置かれた。その中身を察せないハンコックではなかったが、サングラスをずらしてちらりとワイモンドに伺いを立てる。
「……開けてみても?」
「おう、」
 ハンコックの予想通り、開けて覗いてみた鞄の中にはギル紙幣がぎっしりと詰め込まれていた。総額を数えるまでもなく破格の大金だ。足を洗ったとはいえ昔はヤンチャしていた悪友からここまで大っぴらに金を積まれるとなると否応なく身構えてしまうハンコックに、対面のソファにゆったりと座っているワイモンドは咥え煙草で話を始めた。
「近々、暁の血盟御一行様と一緒にララフェルの冒険者がクガネに来る。という話が、おそらくロロリト会長からお前の耳に入る」
「はあ…いくら大金を積まれての貴方の頼みとはいえ、会長の怒りを買うようなことはお受けできませんヨ?」
「安心しろ。暁周りの情報ならわざわざお前に頼まなくても手に入る」
「それはそれで大丈夫なんでしょうか」
「俺がお前に頼みたい仕事の内容は、冒険者当人に関わる情報を追うための目と耳になってほしいって話だ」
「お金にがめつい貴方がここまでの依頼料を私個人に支払うほどに、その冒険者殿の情報には価値がおありで…?」
 当時でも、暁に新しく所属した冒険者の一人が目覚ましい活躍を見せているという噂は東西を問わず聞こえてきていた。ウルダハ一の情報屋と呼ばれるからにはそんな渦中の人物に関わる情報を常にキャッチしておきたいというワイモンドの立場はわかるが、やはりそれにしては金額が大きすぎる。仕事以上にワイモンド個人の私情が関わっていることは明白だった。あえてつつくように問い質すハンコックに、隠しようがないとわかっているワイモンドは頭を掻きながら苦し紛れの白状を続けた。
「ガキの頃にひとりでウルダハに来たもんだから、駆け出し冒険者ってのを抜きにしてもあんまり危なっかしくて面倒見てやった奴なんだよ。しかも他の連中と違って未だに俺に懐いて離れねえと来た。向こうからホイホイすり寄ってきてくれる金蔓なんだから、その素性を探ったり動向を常に把握しておいて損はないだろ」
「なるほど、」
「俺が最初に唾をつけておいた冒険者だぜ?俺の知らない情報を他の奴に握られた日には、ウルダハ一の情報屋の看板に泥がつくってもんだ」
 知り得た情報を握り潰すなよ、と暗に釘を刺されてハンコックは肩を竦めた。


「……ということが、ちょうど貴方達がクガネにやってくる少し前にありましてね」
 この際だから話してしまってもいいだろう、と。ハンコックが嬉々として当時のワイモンドとのやりとりを語って聞かせるとキャメロンは「うーわ」と引き気味のリアクションをしてみせたが、どこか嬉しそうな表情を隠しもしなかった。
「何それ、マジでストーカーじゃん」
「ええ、本当に。その後すぐにカメリア殿から御当家についての内情をお聞きしましたので、もちろん、ワイモンドへ伝える情報は慎重に厳選させていただきましたが…」
「しかもハンコックは情報握り潰してるし」
「人聞きが悪いデスネ~。私は、ワイモンドと御当家のどちらにも利があるところでバランスを調整させていただいていたのですよ?」
「うーん…それでウチからもワイモンドからも謝礼もらってたハンコックがやっぱり一番得してる気がする」
「アッハッハ!これでも、ロロリトから隠れつつ板挟みの状況でなかなか苦労したのデス。それでも足りないとおっしゃるならば、こうして我が商館に滞在していただく際に最高級のおもてなしをすることで少しずつお返しさせていただきましょう」
 ハンコックが肩を竦めて見せたところでちょうど、ハンコック宛のリンクパールが着信した。発信元は商館の使用人の一人で、キャメロンに提供する夕食についての相談だった。本人の希望を聞いて折り返すと伝えて通話を切り、ハンコックは大仰な身振りでキャメロンへと向き直った。
「ちょうどよいタイミングで厨房から連絡が入りましたよ。今夜はキャメさんのご希望の逸品を振る舞わせていただきますので、お食事のご要望を何なりとお申し付けください!」
「ふふっ、さっきのことなら別に気にしなくていいのに」
「いえいえ。例え今は冒険者殿という立場とはいえ、貴方は大切なビジネスパートナーであるガルシア錬金商社長の妹君。日頃から兄君にはお世話になっていますから、我々も精一杯おもてなしさせていただかないと……ネ?」
 大仰な身振り手振りはそのまま最後にばっちりとウインクして見せるハンコックに、やれやれと首を横に振りながらキャメロンがソファから降りた。
「そこまで気を遣ってもらうのも悪いから、やっぱり今夜はお暇するよ。あんまり我儘言うと私のほうがお兄様に怒られそうだし」
「おや、それは残念デス」
「…それに、ハンコックの話聞いたら、ワイモンドの顔見たくなったから」
 エスコートするためにドアノブへ手をかけたハンコックを見上げ、キャメロンはにかっと満面の笑みを向ける。それを見たハンコックは扉を開きかけていた手を一度放すと、その場に膝を折ってキャメロンと目の高さを合わせる。どうしたのかと首をひねるキャメロンに、ハンコックは普段より幾分も穏やかな口調で耳打ちするように囁いた。
「ねえ、キャメさん……貴方とワイモンドの間には今更、互いの想いをはっきりと言葉にする必要などないのかもしれない。デスが、今日お話した通り、彼の貴方に対する執着は尋常なものではない」
「うん、」
「何もかもワイモンドに調べ上げられて把握されていることを貴方は喜んでいるのでしょう。だからと言って、それを逆手にとってわざとワイモンドの嫉妬を煽るようなことばかりしていては……いつか痛い目を見ることになりますよ」
「……やっぱりバレてた?」
 悪びれる様子もないキャメロンの丸い頭をぽんぽんと撫でながら、ハンコックは「困った人達デスネ」と苦笑を溢す。
「ウルダハへ帰るなら、まっすぐワイモンドのところへ行ってあげてください。貴方のほうから甘えてあげないと素直になれない男デスから、やきもきさせた分もたくさん甘えて発散させてあげてくださいネ」
 ほら、と立ち上がり扉を開けて先を促す。二人で商館の廊下を進む帰り道、もう密談ができる状況でもないので、二人の会話は再び冗談めかしたものへと戻った。
「ワイモンドもさぁ…ここまで私のこと大好きなんだから、お泊りに対してもう少しリアクションしてくれていいと思わない?わざわざ私から報告しても何もないどころか、おいしい情報がないのかとか、仕事のネタせびってくるんだよ?」
「でも、そういうワイモンドがお好きなのでしょう?」
「悔しいけど好きっ!」
 屋外へ出たところで、テレポでウルダハまで直帰するというキャメロンをハンコックは手を振って見送る。テレポの構えで宙に浮くキャメロンの姿がやがて見えなくなるまで振り続けていた手を下ろし、ハンコックは改めて大仰に肩を竦めて溜息を吐いた。
「本当に…ワイモンドからも御当家からも、十分すぎるほどおいしい思いをさせてもらいましたから。その報酬に見合う分は、これからもお節介を焼かせてもらいますよ」
 本音半分、建前半分。半分の本音のところは、いい歳をして素直に恋愛ができない友人のことが面白くて仕方ないのだが――それこそ口に出してしまえばどこで聞き耳を立てられているかも知れないので、ハンコックは含み笑いで唇を閉ざして商館の中へと戻っていった。




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