17. 特別な君①
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フォーラはそのように言葉を続けようとした。しかし次の瞬間、彼女の口からは何の言葉も出てこなかった。いや寧ろ、発言しようとした内容が頭の中から霧散してしまったという方が正しい。それに加え、彼女は先程ドラコの後を追って廊下に出たことや、教室で彼と話していた内容、授業で行った実技練習なども殆ど全てを忘れてしまっていた。彼女がこの教室で過ごした中で覚えていた事といえば、他のスリザリン生同様、『いつもどおり杖を取り出さずにひたすら教科書に目を通した』という嘘の記憶と、『どのように杖を振って呪文を唱えればいいかが分かる』という感覚だけだった。杖を握っていないのに実技を理解した感覚があるとは随分矛盾しているが、彼女も誰もその事に特段疑問を抱かなかった。いや、抱けなかった。
「……えっ、あら?パンジーとルニーは……?それに他のみんなもいないわ。―――あっ」
フォーラは目の前を行くドラコの後ろ姿を捉え、彼とこの場に二人きりであることに大層驚いていた。先程までの事を何も覚えていないのだから当然だろう。しかし一方で、ドラコにはそれらの記憶が全て欠けることなく揃っていた。
「……あの、ドラコ?みんなもうすっかり教室を出てしまったのね?」
フォーラがドラコの後ろから近付きながらおずおずと声を掛けた。しかし彼がその問いに反応しなかったため、彼女は気を取り直して続けた。
「あのね……私、ドラコに伝えたいことがあるの。二人きりの時にしか話したくない内容なのだけど……。だからもし貴方がよければ、この後少しだけ時間をもらえないかしら。」
フォーラが伝えてきたのは、先程教室で彼女が切り出した内容と殆ど全く同じだった。それを聞いたドラコは自身の肩をピクリと跳ねさせ、思わずその歩みのスピードを弱めた。そして妙な動悸が彼を搔き乱した。
「ドラコ……?」
彼が頑なにこちらを見ようとせず返事もしないため、フォーラは彼の後ろから小走りになり、勇気を出して隣に並んだ。そしてようやく横顔を見上げたのだが、まさかそのアイスブルー色の瞳から涙が流れているなんて、全く予想していなかったのだった。
「えっ、あ……どうしたの!?何かあったの?」
「!」ドラコは急いでフォーラから顔を背けると、袖でグイと涙を拭った。
「何でもない!放っておいてくれ」
「だ、だけど……」
戸惑うフォーラをよそに、ドラコは脇目もふらず逃げるようにしてその場を去った。そして不安定な胸の動悸が治まらないまま、手あたり次第に視界に入った廊下を突き進んだ。あまりにも速く歩んだものだから彼は誰かと肩がぶつかっても気にも留めなかったし、目の前が涙で滲んでいてそれどころではなかった。
そしてドラコは人の殆どいない中庭の隅の方までやって来ると、もうとっくにフォーラが後を追いかけていないことに気が付いた。彼はそこでようやく足を止め、近くにあったベンチに座り込んだのだった。
ドラコはフォーラとあえて距離を取るために様々な嫌がらせのようなことをしてきたが、そのどれもが彼にとっては本当に毎回胸が張り裂けそうな程に苦しかった。とはいえ彼女に要らぬ心配をかけずに嫌われればそれでよかったし、そのうちドラコ自身も本当に彼女を嫌えると思っていた。
最初こそ作戦は上手くいったと思った。ところが次第にフォーラはドラコに対する自信を取り戻していき、一方の彼はとうとう自分が彼女を嫌うなどあり得ないのだと悟った。そして最終的に彼女は先程のとおり、真正面から好意を伝えてくるまでになっていた。
(それにしたって、フォーラがずっと前から僕のことを好きだったなんて)
ドラコは夢にまで見た彼女からの好意を心の底から受け入れたかったが、自らの手でなかったことにした。防衛術の教室は部屋を出た瞬間、教室で学んだ知識以外の記憶が消える魔法が掛けられており、その効果の対象はアンブリッジとドラコ以外の人たちだった。彼はその魔法を利用してフォーラが想いを告げた事実を奪った。しかし誤算だったのは、彼女が廊下で記憶を失っても尚、教室にいた時と変わらず好意を伝えようとしてきたことだった。それはドラコにとって心をえぐられるようだった。
(一時 の好奇心でフォーラの話を聞かなければよかった。これから先、彼女は今日みたいに僕に声を掛けてくるんだろうか?その度に僕だけがあの教室でのことを思い出して、何を言われるか分かった上でその好意を断らなければいけないなんて。それにもし彼女が何も言ってこなかったとしても、僕は冷静に今までどおり過ごせるんだろうか?)
「今までだって……相当苦しかったのに」
その時、ドラコの脳裏に都合のよい言葉が浮かんだ。これまで何度も思い出されてきたスネイプの言葉だ。
『もし自分の行動に少しでも躊躇いがあるのなら、その時は自分の意志を尊重しなさい』
もういっそのこと、フォーラの好意を受け入れてしまってはどうだろうか?そこまで考えて、ドラコは自分の意志がすっかり揺らぎきっていると思った。ただでさえ彼女の好意が随分前からだったことに驚いているのに、意志の弱さも相まって随分混乱した。
(フォーラが以前僕の告白を断ったのは、さっき彼女が言っていたとおりなら僕と純血主義に対する意識の差があるのを気にしてのことだった。彼女が自身を『殆ど血を裏切る者』だと表現するくらいに。だけど僕からすれば、彼女は別に純血との関りを断っているわけでもないし、マグル生まれとも卒なく関わる方が生きやすいと合理的に考えていただけのことだ。……そうはいっても、きっと彼女なりに思うところがあったんだろうが……)
ドラコはベンチに腰掛けたまま、前屈みになって両手を組み、その拳を額に当てた。
(兎に角、フォーラはもうそれらの悩みを払拭したからこそ僕に告白してくれたんだろう。だが、もし仮に僕が降参してその好意を受け入れたとしても、いつかは僕が死喰い人の息子だと知る時がくる。そうなってしまったら温和な彼女のことだ。僕が世間から嫌厭されている死喰い人側にいるのを拒否できずに、きっと一人で頭を悩ませるだろう。そうやって結局傷つけることになるなら尚の事、今までどおり彼女を遠ざけておく方がいいに決まっている……)
ドラコはフォーラの思考を予想して結論付けたが、それは大きく外れていた。彼はフォーラと話さない間に、彼女が最早そのような温和な存在ではなく、随分狡猾で、したたかで、手段を選ばない―――例えば禁書の棚で見つけた禁術をいつか習得してでも彼を守りたいと考えているとは、露程も思わなかったのだった。
「……えっ、あら?パンジーとルニーは……?それに他のみんなもいないわ。―――あっ」
フォーラは目の前を行くドラコの後ろ姿を捉え、彼とこの場に二人きりであることに大層驚いていた。先程までの事を何も覚えていないのだから当然だろう。しかし一方で、ドラコにはそれらの記憶が全て欠けることなく揃っていた。
「……あの、ドラコ?みんなもうすっかり教室を出てしまったのね?」
フォーラがドラコの後ろから近付きながらおずおずと声を掛けた。しかし彼がその問いに反応しなかったため、彼女は気を取り直して続けた。
「あのね……私、ドラコに伝えたいことがあるの。二人きりの時にしか話したくない内容なのだけど……。だからもし貴方がよければ、この後少しだけ時間をもらえないかしら。」
フォーラが伝えてきたのは、先程教室で彼女が切り出した内容と殆ど全く同じだった。それを聞いたドラコは自身の肩をピクリと跳ねさせ、思わずその歩みのスピードを弱めた。そして妙な動悸が彼を搔き乱した。
「ドラコ……?」
彼が頑なにこちらを見ようとせず返事もしないため、フォーラは彼の後ろから小走りになり、勇気を出して隣に並んだ。そしてようやく横顔を見上げたのだが、まさかそのアイスブルー色の瞳から涙が流れているなんて、全く予想していなかったのだった。
「えっ、あ……どうしたの!?何かあったの?」
「!」ドラコは急いでフォーラから顔を背けると、袖でグイと涙を拭った。
「何でもない!放っておいてくれ」
「だ、だけど……」
戸惑うフォーラをよそに、ドラコは脇目もふらず逃げるようにしてその場を去った。そして不安定な胸の動悸が治まらないまま、手あたり次第に視界に入った廊下を突き進んだ。あまりにも速く歩んだものだから彼は誰かと肩がぶつかっても気にも留めなかったし、目の前が涙で滲んでいてそれどころではなかった。
そしてドラコは人の殆どいない中庭の隅の方までやって来ると、もうとっくにフォーラが後を追いかけていないことに気が付いた。彼はそこでようやく足を止め、近くにあったベンチに座り込んだのだった。
ドラコはフォーラとあえて距離を取るために様々な嫌がらせのようなことをしてきたが、そのどれもが彼にとっては本当に毎回胸が張り裂けそうな程に苦しかった。とはいえ彼女に要らぬ心配をかけずに嫌われればそれでよかったし、そのうちドラコ自身も本当に彼女を嫌えると思っていた。
最初こそ作戦は上手くいったと思った。ところが次第にフォーラはドラコに対する自信を取り戻していき、一方の彼はとうとう自分が彼女を嫌うなどあり得ないのだと悟った。そして最終的に彼女は先程のとおり、真正面から好意を伝えてくるまでになっていた。
(それにしたって、フォーラがずっと前から僕のことを好きだったなんて)
ドラコは夢にまで見た彼女からの好意を心の底から受け入れたかったが、自らの手でなかったことにした。防衛術の教室は部屋を出た瞬間、教室で学んだ知識以外の記憶が消える魔法が掛けられており、その効果の対象はアンブリッジとドラコ以外の人たちだった。彼はその魔法を利用してフォーラが想いを告げた事実を奪った。しかし誤算だったのは、彼女が廊下で記憶を失っても尚、教室にいた時と変わらず好意を伝えようとしてきたことだった。それはドラコにとって心をえぐられるようだった。
(
「今までだって……相当苦しかったのに」
その時、ドラコの脳裏に都合のよい言葉が浮かんだ。これまで何度も思い出されてきたスネイプの言葉だ。
『もし自分の行動に少しでも躊躇いがあるのなら、その時は自分の意志を尊重しなさい』
もういっそのこと、フォーラの好意を受け入れてしまってはどうだろうか?そこまで考えて、ドラコは自分の意志がすっかり揺らぎきっていると思った。ただでさえ彼女の好意が随分前からだったことに驚いているのに、意志の弱さも相まって随分混乱した。
(フォーラが以前僕の告白を断ったのは、さっき彼女が言っていたとおりなら僕と純血主義に対する意識の差があるのを気にしてのことだった。彼女が自身を『殆ど血を裏切る者』だと表現するくらいに。だけど僕からすれば、彼女は別に純血との関りを断っているわけでもないし、マグル生まれとも卒なく関わる方が生きやすいと合理的に考えていただけのことだ。……そうはいっても、きっと彼女なりに思うところがあったんだろうが……)
ドラコはベンチに腰掛けたまま、前屈みになって両手を組み、その拳を額に当てた。
(兎に角、フォーラはもうそれらの悩みを払拭したからこそ僕に告白してくれたんだろう。だが、もし仮に僕が降参してその好意を受け入れたとしても、いつかは僕が死喰い人の息子だと知る時がくる。そうなってしまったら温和な彼女のことだ。僕が世間から嫌厭されている死喰い人側にいるのを拒否できずに、きっと一人で頭を悩ませるだろう。そうやって結局傷つけることになるなら尚の事、今までどおり彼女を遠ざけておく方がいいに決まっている……)
ドラコはフォーラの思考を予想して結論付けたが、それは大きく外れていた。彼はフォーラと話さない間に、彼女が最早そのような温和な存在ではなく、随分狡猾で、したたかで、手段を選ばない―――例えば禁書の棚で見つけた禁術をいつか習得してでも彼を守りたいと考えているとは、露程も思わなかったのだった。