7. 前進
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この日、子供たちはモリーから仰せつかった掃除を終えたところだった。フォーラもその内の一人で、みんなが上階に繋がる階段をバラバラと上っていく一番後ろを付いて歩いていた。しかし彼女は途中の階でふと立ち止まり、横に続く廊下を無意識のうちに見つめた。一方、他のみんなは彼女のそんな様子に気付くことなく上階へどんどん進んでいった。彼女はみんなの話し声を見上げ、もう一度廊下の方に視線を向けた。そして再び上階への階段をチラと見た後で、客間に続く廊下に脚を踏み入れたのだった。
客間に入ったのは何日かぶりのことだった。先日、夜中に一人で訪れていたところをシリウスに見つかって以来、立ち入ってはいなかった。フォーラは以前と同じくこの部屋の壁に向かい、その壁面を覆い隠している長いカーテンを開けた。露わになった大きなタペストリーは相変わらず所々にわざと付けられた黒い焦げ跡を残していた。
フォーラは今こうしてタペストリーを目に入れるまでの数日間、この壁面のことが頭から離れなかった。そこに書かれた自身の両親やドラコの名前は綺麗なままで、そして彼女自身の名があった筈の場所にはしっかりと焦げ跡が付いていた。そのことを当然と思う一方、何故か妙な違和感を覚えずにはいられなかった。とはいえその違和感よりも、このタペストリーが自分とその周りを隔てているのを視覚的に表していて、常に彼女の心の中を掻き乱す方が勝 っていた。そんな物など目に入れたくない筈なのに、何かを確認するかのように意識が壁の方に向いてしまう。まるで眺めていれば自分の名が焦げ跡の中から浮かんでくるとでも言うように。
フォーラが自分の名があった筈の場所を指でなぞった時、背後でガタッと何かが動く音がした。咄嗟に振り返ってみると、ただ一つ目に止まったのは部屋の隅でガタガタと音を立てている古いサイドボードだった。どうやら音の元凶はその引き出しのようで、フォーラは中に生き物か何かが入っているような気がした。そしてそちらに近付くと、そっと引き出しの取っ手に指を触れ、ゆっくりと引いたのだった。
すると、突如として白っぽい靄のような風が引き出しの隙間からバッと抜け出した。フォーラが驚いて咄嗟に飛び退くと、それは部屋の中央で素早くグルグルと螺旋を描き、あっという間に別のものに姿を変え、鈍い音を立てて床に落ちた―――否、倒れ込んだ。
「―――っ!」
フォーラは目の前の光景に声にならない悲鳴をあげた。そこには血塗れになって折り重なるように倒れている、青白い顔の両親の姿があった。フォーラはあまりにも恐ろしい光景に思わず後退り、よろめいた勢いでサイドボードにぶつかって床に倒れ込んだ。
「あ……ああ……」
フォーラは何とか上体は起こしたものの、脚の方はいうことを聞かずビクともしなかった。驚きすぎて腰が抜けてしまったようで、最早立ち上がるのは困難だった。彼女は焦りのあまり動揺しきってしまっていた。
(どうしよう、私の大切な人たちがこんなにも死にそうになって目の前に倒れているのに。どうしてこうなったかなんてどうでもいいわ。早く何とかしないと、早く……)
「と、父様、母様……?ねえ、二人とも……」
どちらもフォーラの声に一切反応しなかった。このままでは二人とも死んでしまう、いや……彼らは全く動かない。それはもしかして、最早死んでいるということなのだろうか?
「そん、な……そんなこと……」
フォーラは床を這うようにして震える脚を無理矢理引きずり、両親に近付いた。そして声にならない声を喉の奥から無理矢理絞り出した。
「いや……ねえ……どうして……?ねえ……!だ、だれか、だれか」
その時、フォーラの後方の廊下から「誰だ?」という声が聞こえたかと思うと、その人物は彼女が開けたままだった入口から姿を現した。一方のフォーラは金縛りにあったようになっていて、目の前の無残な光景に釘付けで振り返ることができなかった。その誰かは即座に眼前の死体と、床にへたり込んだフォーラの後ろ姿、そして開いたままの引き出しに目を走らせて状況を理把握した。そして急いでフォーラの横まで掛けてきて「リディクラス!」と呪文を唱えた。すると折り重なった死体はたちまち風となって螺旋を描き、その姿を白い満月に変えた。そしてその人が杖をもう一振りすると、月はたちまちパチンとシャボン玉が弾けたように消えて無くなった。
「え……」フォーラが目の前の出来事に呆然としていると、ルーピンがすぐに屈んで彼女の肩を両手でしっかりと掴んだ。
「フォーラ!大丈夫か?」
彼女は放心した様子でルーピンを見上げ、先程まで両親が倒れていた辺りにゆっくりと視線を戻した。そしてもう一度ルーピンを見て、ようやく先程の両親の正体が『まね妖怪のボガート』だったのだと気付いた。すると途端に彼女の瞳からはボロボロと涙が溢れ出していった。
「フォーラ、もう大丈夫だ。ただのボガートだ」
ルーピンはフォーラを落ち着かせようと彼女の頭を数回撫でた。すると彼女はその安堵感から先程よりも涙を溢れさせ、ルーピンのローブにしがみついて彼の胸を借りながら声を出して泣いた。ルーピンはそんな彼女を只々受け入れ、抱擁した。そして彼女が落ち着くまで背中や頭を撫で続けたのだった。
それから数分後、フォーラはようやく落ち着きを取り戻してルーピンから離れた。まだ瞳は濡れていたし声は弱々しかったが、彼女は喘ぎ喘ぎ何とかお礼の言葉を口にした。
「あの、あ、ありがとうございました、本当に。私―――その、ルーピンはどうしてここに?最近は、ずっと騎士団のお仕事で外出していると伺っていたから……」
ルーピンは床にしゃがみ込んだままのフォーラの隣に座りながら説明した。
「先程仕事が終わって、ようやく戻ってこられたんだ。それで自室へ行こうとしていたら、君の声が聞こえた」
確かにルーピンの顔は幾らかやつれていたし、少しくたびれた余所行きのローブを羽織っていた。それに入口の方には彼の旅行用鞄が転がっている。仕事帰りの疲れている時にこんな迷惑な事態に巻き込んでしまったことをフォーラは謝罪した。
客間に入ったのは何日かぶりのことだった。先日、夜中に一人で訪れていたところをシリウスに見つかって以来、立ち入ってはいなかった。フォーラは以前と同じくこの部屋の壁に向かい、その壁面を覆い隠している長いカーテンを開けた。露わになった大きなタペストリーは相変わらず所々にわざと付けられた黒い焦げ跡を残していた。
フォーラは今こうしてタペストリーを目に入れるまでの数日間、この壁面のことが頭から離れなかった。そこに書かれた自身の両親やドラコの名前は綺麗なままで、そして彼女自身の名があった筈の場所にはしっかりと焦げ跡が付いていた。そのことを当然と思う一方、何故か妙な違和感を覚えずにはいられなかった。とはいえその違和感よりも、このタペストリーが自分とその周りを隔てているのを視覚的に表していて、常に彼女の心の中を掻き乱す方が
フォーラが自分の名があった筈の場所を指でなぞった時、背後でガタッと何かが動く音がした。咄嗟に振り返ってみると、ただ一つ目に止まったのは部屋の隅でガタガタと音を立てている古いサイドボードだった。どうやら音の元凶はその引き出しのようで、フォーラは中に生き物か何かが入っているような気がした。そしてそちらに近付くと、そっと引き出しの取っ手に指を触れ、ゆっくりと引いたのだった。
すると、突如として白っぽい靄のような風が引き出しの隙間からバッと抜け出した。フォーラが驚いて咄嗟に飛び退くと、それは部屋の中央で素早くグルグルと螺旋を描き、あっという間に別のものに姿を変え、鈍い音を立てて床に落ちた―――否、倒れ込んだ。
「―――っ!」
フォーラは目の前の光景に声にならない悲鳴をあげた。そこには血塗れになって折り重なるように倒れている、青白い顔の両親の姿があった。フォーラはあまりにも恐ろしい光景に思わず後退り、よろめいた勢いでサイドボードにぶつかって床に倒れ込んだ。
「あ……ああ……」
フォーラは何とか上体は起こしたものの、脚の方はいうことを聞かずビクともしなかった。驚きすぎて腰が抜けてしまったようで、最早立ち上がるのは困難だった。彼女は焦りのあまり動揺しきってしまっていた。
(どうしよう、私の大切な人たちがこんなにも死にそうになって目の前に倒れているのに。どうしてこうなったかなんてどうでもいいわ。早く何とかしないと、早く……)
「と、父様、母様……?ねえ、二人とも……」
どちらもフォーラの声に一切反応しなかった。このままでは二人とも死んでしまう、いや……彼らは全く動かない。それはもしかして、最早死んでいるということなのだろうか?
「そん、な……そんなこと……」
フォーラは床を這うようにして震える脚を無理矢理引きずり、両親に近付いた。そして声にならない声を喉の奥から無理矢理絞り出した。
「いや……ねえ……どうして……?ねえ……!だ、だれか、だれか」
その時、フォーラの後方の廊下から「誰だ?」という声が聞こえたかと思うと、その人物は彼女が開けたままだった入口から姿を現した。一方のフォーラは金縛りにあったようになっていて、目の前の無残な光景に釘付けで振り返ることができなかった。その誰かは即座に眼前の死体と、床にへたり込んだフォーラの後ろ姿、そして開いたままの引き出しに目を走らせて状況を理把握した。そして急いでフォーラの横まで掛けてきて「リディクラス!」と呪文を唱えた。すると折り重なった死体はたちまち風となって螺旋を描き、その姿を白い満月に変えた。そしてその人が杖をもう一振りすると、月はたちまちパチンとシャボン玉が弾けたように消えて無くなった。
「え……」フォーラが目の前の出来事に呆然としていると、ルーピンがすぐに屈んで彼女の肩を両手でしっかりと掴んだ。
「フォーラ!大丈夫か?」
彼女は放心した様子でルーピンを見上げ、先程まで両親が倒れていた辺りにゆっくりと視線を戻した。そしてもう一度ルーピンを見て、ようやく先程の両親の正体が『まね妖怪のボガート』だったのだと気付いた。すると途端に彼女の瞳からはボロボロと涙が溢れ出していった。
「フォーラ、もう大丈夫だ。ただのボガートだ」
ルーピンはフォーラを落ち着かせようと彼女の頭を数回撫でた。すると彼女はその安堵感から先程よりも涙を溢れさせ、ルーピンのローブにしがみついて彼の胸を借りながら声を出して泣いた。ルーピンはそんな彼女を只々受け入れ、抱擁した。そして彼女が落ち着くまで背中や頭を撫で続けたのだった。
それから数分後、フォーラはようやく落ち着きを取り戻してルーピンから離れた。まだ瞳は濡れていたし声は弱々しかったが、彼女は喘ぎ喘ぎ何とかお礼の言葉を口にした。
「あの、あ、ありがとうございました、本当に。私―――その、ルーピンはどうしてここに?最近は、ずっと騎士団のお仕事で外出していると伺っていたから……」
ルーピンは床にしゃがみ込んだままのフォーラの隣に座りながら説明した。
「先程仕事が終わって、ようやく戻ってこられたんだ。それで自室へ行こうとしていたら、君の声が聞こえた」
確かにルーピンの顔は幾らかやつれていたし、少しくたびれた余所行きのローブを羽織っていた。それに入口の方には彼の旅行用鞄が転がっている。仕事帰りの疲れている時にこんな迷惑な事態に巻き込んでしまったことをフォーラは謝罪した。