ホワイトデーより愛をこめて

 まさか。
 下駄箱を開けた瞬間、それに気が付いた。今日は、三月十五日。もうホワイトデーは過ぎている。けれど、自分の下駄箱の中に押し込められていたラッピングからそれがなんであるのか、すぐにわかった。
 まさか、九基が? 彼がこれを置いたのか?
 あのチョコレートが自分の手によるものだと分かって、彼なりの仕返しをしてきたというのだろうか。考えれば、自分を慕っている女子がいると浮き足立っていたのに、それが男であり、友人であったというのはなんだか残酷すぎる。やりかえそうと思ってもおかしくはない。
 それでは、この贈答の中身はなんなのだろう。順当に考えて菓子だと答えを出したが、もしかしたら別のものなのかもしれない。それこそ、トラップとか。
 いや。九基であればそのようなことはしないだろう。大丈夫。開封してどうこうなるものではないはずだ。
「あれ、おはよ」
 背後から声をかけられて、白崎はどきりと胸を大きく弾ませた。その声の主は、中宮であった。
「あ、うん。おはよう」
「今朝は九基とは一緒じゃないんだね」
「毎朝、登校は別々だから。それにいつも一緒にいるわけじゃないし」
「そうなん? 随分とべったり仲良ししているイメージだったんだけど」
「そうかな」
「そうだよ。だって九基、きっと白崎美人がいなくなったら、さみしがると思うけれどなぁ」
「へ?」
「聞いたよ。転校するんだって」
「えっ、えっ」
「どこから漏れたんだろうって顔してるね。ふふ、甘く見てはならない、それがわたし」
 えっへんと胸を逸らせる中宮女子。九基以上に変人だと思っていたが、彼女は侮ってはいけない相手だったようだ。
「九基は知っているのか?」
「ううん、何も言ってない」
「そうか」
「あとでちゃんと話したほうがいいよ。白崎から」
「そうだな」
「そうだよ」
 遠くから女子生徒が彼女を呼ぶ声が聞こえ、中宮は去っていった。嵐が収まったかのような静けさに、中宮という存在の煩さを思う。こんなのとよくやってられるな、九基。いや、彼は案外、誰とでも仲良くできるたちだ。自分ともよくやっているじゃないか。きっと、めんどくさいのは、白崎自身のほうがはるかに格上だろう。


 適当に空き教室に忍び込み、周囲に誰もいないことを確認してから白崎は学生鞄の中に隠していた例のブツを取り出した。今朝、下駄箱の中に放り込まれていたものである。そっと、包みをほどき、中身を確認する。心臓が爆発するのではないかと思ったが、中身のそっけなさに、ほっと肩を下ろした。ただのクッキーだったのだ。しまおうと思ってそれを鞄にねじ込もうとしたとき、何かが手元から離れて落ちた。床の上に落ちたそれは、ルーズリーフ一枚。拾い上げてみれば、シャープペンで書かれた汚い文字が並んでいた。

拝啓 どなたか
 バレンタインの日にチョコレートをありがとうございました。美味しくいただきました。ところであの手紙の返事ではありますが、木気にかけてくださったことと好意に対しては嬉しく思います。しかし、恋人としてどうこうというのは、よくわかりません。まずは友だちとしてよろしくお願いいたします。敬具

 なんじゃこりゃ。白崎は口をあんぐりと開いた。文章とそれが書かれたものの釣合のなさ。まさしく、九基という人物の仕業だ。
 しかし、これはどう受け取っていいのだ。誰に当てているのか、不明の状態にしてあるということは、彼自身、それを曖昧にしたいということなのだろうか。いや、しかし。
 当の本人に問い詰めてみたい気にかられるが、これは聞いて見てもいいのだろうか。わからない。わからないから、きっと、ずっと好きなのだろう。
 そろそろ始業のチャイムがなる。急いで教室に行かなくてはならない。白崎は手紙を懐に忍ばせると早足で立ち去って行った。

(了)
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