ホワイトデーより愛をこめて
拝啓 九基圧照(くきあつてる)さま
もう卒業まで時間がありませんから、この時期に告白させていただきたいと思います。
以前よりあなたのことが気になってしかたがありませんでした。どこに惹かれたかと聞かれても、迷ってしまうくらい、それは空気を吸って吐くのに疑いを持つことがないように自然に、あなたへと私の視線は運ばれてゆきました。
どうか、探さないでください。けれど、あなたは私のささやかで取るに足らない人生の中で小さな光でした。影でこっそりとあなたを見つめる私の存在をお許しください。 かしこ。
✿
「なあ、チョコレートってどんな意味だと思う?」
画面越しに聞こえてくる彼――白崎未歩(しらさきまほ)の声は眠たそうに間延びしたものだった。
「はあ? チョコ? 何それ」
「先月もらったんだよ。靴箱のなかにチョコレートが入ってたんだ」
「ああ、先月」
「だから、バレンタインなんだってば!」
「そっか、バレンタイン……バレンタイン!?」
急に大きくなった彼の声。驚いて目が覚めたらしく、その後やけに饒舌になる。
「バレンタインってあのバレンタイン?」
「バレンタインにどんな種類のバレンタインがあるんだよ」
「二月十四日だよね」
「そうですが」
「あ、ま、まっさかぁ」
「まさかです」
「あ、そ、それは、本命じゃなくて義理ですよ。九基くん。おかわいそうに」
「いや、それがどうやら本命らしいんだ、それが」
「それが? それが? どれが?」
「俺のもらったやつ。ラブレター入りだった」
「えっ、えっ、えっ。好きですってやつ?」
「『お慕いしております』系」
ぶはっと吐き出したように汚く笑う彼の声がしばらく続いた。
白崎と九基は、小三のころからの友人である。出会ったころから白崎は可憐な美少年から美貌の青年にまで成長した。九基が見る彼は、いついかなる時でも美しい容姿をした人間だ。それでも中身や些細な動作はがさつだ。こういう笑い方も品がないので、もったいないというのが九基の彼の態度に対する感想なのである。
「おおい、まさか本命かねぇ」
「そうだと俺は睨んでいます。と、いうことでご助力を」
「ご助力? 何をだね」
「だから、明日でございます、未歩さま」
「明日。ああ、明日か。十四日ってわけか」
「そうでございます。差出人は『かしこ』ちゃんっていう女の子だと思うんだけど、俺、どうしたらいいんでしょうか」
「諦めなされ」
「はっ?」
「そりゃ、手紙の後ろについていたんだろ、『かしこ』は」
「そうだけど」
「文章、ここで終えますの『かしこ』であって、人名ではないと思われまするが、九基どの?」
「なっ、ま、まさか!?」
「いたづらもいたづら。その手紙とチョコレートは、お忘れなされ」
「でも、どこかに俺を思っている可憐な少女がいるはずなんだ!」
「よく考えろ。九基圧照。鏡を見給え。ぼくときみ、どちらが美しい?」
「未歩だ」
「即答だな。よろしい。これでわかっただろう。きみのような人間がもてるわけはございませぬよ」
「そりゃひどい。未歩」
「ぼくはこう見えてはっきり物事はいう性質(たち)です。さあ、諦めて、バレンタインのことなど頭から空っぽにぬきだしてしまいなさいませ」
なんてやつだ。こんなやつが自分より、もてるはずがない。くそう。九基は腹を立つつ、白崎の電話を切った。
彼は九基が知っているなかで一番、女子の友達が多いゆえに、おそらく女子の扱いになれているだろうと思える友人だった。美麗な少年たるその見た目からは軽そうな人間に見えるが、小学校からのつきあいがある九基にとって彼は、真面目で義理高い存在だ。だから彼ならば信頼して話せる。それで電話をしたのだ。
まさか、あっさりと九基の悩みを切り捨てるとは思ってもみなかったので、九基は腹立ちを抑えようとした。だがささやかな怒りのあとに襲ってきた虚しさのため、近くにあった枕を壁に投げつけた。
白崎のような存在に自分の悶えも狼狽えもすべてはわからないのだろう! そりゃそうだ。白崎未歩は美しい。それは九基自身が認めるている。だからと言ってこの窮地を笑い飛ばし無視するだなんて! ひどすぎるぞ、未歩! 九基はスマホを投げ出すとひとり自室で頭を抱えた。
問題は、これだ。彼の視線は机の上に注がれる。そこには、捨てられなくてとっておいたチョコレートのラッピングとシンプルな便箋にブルーブラックのインクで書かれた手紙が置いてある。
この例の品は、先月十四日放課後に靴箱の中につっこまれていたのを確認し、入手した。トリュフと一緒にラッピングの中に入っていた手紙に「九基圧照さま」と宛名があり、はっきりと自分にあてたのものだということは分かった。
どういう人物かも分からないので、付き合う付き合わないは一度保留にして、まずはお礼を言いたい。
九基は、文末のかしこという名前を手がかりに他クラス、他学年の生徒を虱潰しに探した。部活を通して交流のある女子・中宮夕梨(なかみやゆり)にも協力を仰いで必死にさがしたが、「かしこ」という名前も名字もヒットする人物は学校内にいなかった。
やはり、未歩の言うとおり、「かしこ」は文末という意味の「かしこ」になるのだろう。そうなると、手がかりがなくなってしまう。彼に思いを寄せる人物は正体不明の靄を被った。
だが、明日は三月十四日。ホワイトデーなのである。もしかしたら、彼女から何かしらのアピールがあってもおかしくはない。あるとしたら一体どんなものなのだろうか。手紙の内に「探さないで」とあるとはいえ、恋する乙女が、告白の返答を待たないというのはないだろう。受け取った側の義務を果たすため、なんとしても彼女を探し出したい。
だから、女子と距離の近い白崎に相談を持ちかけようとしたのに。
「しっかし、だめだ。美歩め」
倒れ、ベッドに体重をまかせる。網膜に映った天井に、美歩の小奇麗な顔が浮かんでくる。
くそう。九基は思った。
美歩のやつ。いくら、清楚で美人を装っているが、なかみはただのくそ野郎じゃないか。小さいころは何でも相談できる仲だったはずなのに、今や、なんだ。
しばらく天井を睨んでいた九基だったが、ゆっくりと起き上がると、投げ飛ばした枕を拾い上げて、寝支度をした。ええい、もうどうにでもなれ。睡魔が差し込んできて、あれこれ考えていてもしかたがない。そんな気になったのだ。
もう卒業まで時間がありませんから、この時期に告白させていただきたいと思います。
以前よりあなたのことが気になってしかたがありませんでした。どこに惹かれたかと聞かれても、迷ってしまうくらい、それは空気を吸って吐くのに疑いを持つことがないように自然に、あなたへと私の視線は運ばれてゆきました。
どうか、探さないでください。けれど、あなたは私のささやかで取るに足らない人生の中で小さな光でした。影でこっそりとあなたを見つめる私の存在をお許しください。 かしこ。
✿
「なあ、チョコレートってどんな意味だと思う?」
画面越しに聞こえてくる彼――白崎未歩(しらさきまほ)の声は眠たそうに間延びしたものだった。
「はあ? チョコ? 何それ」
「先月もらったんだよ。靴箱のなかにチョコレートが入ってたんだ」
「ああ、先月」
「だから、バレンタインなんだってば!」
「そっか、バレンタイン……バレンタイン!?」
急に大きくなった彼の声。驚いて目が覚めたらしく、その後やけに饒舌になる。
「バレンタインってあのバレンタイン?」
「バレンタインにどんな種類のバレンタインがあるんだよ」
「二月十四日だよね」
「そうですが」
「あ、ま、まっさかぁ」
「まさかです」
「あ、そ、それは、本命じゃなくて義理ですよ。九基くん。おかわいそうに」
「いや、それがどうやら本命らしいんだ、それが」
「それが? それが? どれが?」
「俺のもらったやつ。ラブレター入りだった」
「えっ、えっ、えっ。好きですってやつ?」
「『お慕いしております』系」
ぶはっと吐き出したように汚く笑う彼の声がしばらく続いた。
白崎と九基は、小三のころからの友人である。出会ったころから白崎は可憐な美少年から美貌の青年にまで成長した。九基が見る彼は、いついかなる時でも美しい容姿をした人間だ。それでも中身や些細な動作はがさつだ。こういう笑い方も品がないので、もったいないというのが九基の彼の態度に対する感想なのである。
「おおい、まさか本命かねぇ」
「そうだと俺は睨んでいます。と、いうことでご助力を」
「ご助力? 何をだね」
「だから、明日でございます、未歩さま」
「明日。ああ、明日か。十四日ってわけか」
「そうでございます。差出人は『かしこ』ちゃんっていう女の子だと思うんだけど、俺、どうしたらいいんでしょうか」
「諦めなされ」
「はっ?」
「そりゃ、手紙の後ろについていたんだろ、『かしこ』は」
「そうだけど」
「文章、ここで終えますの『かしこ』であって、人名ではないと思われまするが、九基どの?」
「なっ、ま、まさか!?」
「いたづらもいたづら。その手紙とチョコレートは、お忘れなされ」
「でも、どこかに俺を思っている可憐な少女がいるはずなんだ!」
「よく考えろ。九基圧照。鏡を見給え。ぼくときみ、どちらが美しい?」
「未歩だ」
「即答だな。よろしい。これでわかっただろう。きみのような人間がもてるわけはございませぬよ」
「そりゃひどい。未歩」
「ぼくはこう見えてはっきり物事はいう性質(たち)です。さあ、諦めて、バレンタインのことなど頭から空っぽにぬきだしてしまいなさいませ」
なんてやつだ。こんなやつが自分より、もてるはずがない。くそう。九基は腹を立つつ、白崎の電話を切った。
彼は九基が知っているなかで一番、女子の友達が多いゆえに、おそらく女子の扱いになれているだろうと思える友人だった。美麗な少年たるその見た目からは軽そうな人間に見えるが、小学校からのつきあいがある九基にとって彼は、真面目で義理高い存在だ。だから彼ならば信頼して話せる。それで電話をしたのだ。
まさか、あっさりと九基の悩みを切り捨てるとは思ってもみなかったので、九基は腹立ちを抑えようとした。だがささやかな怒りのあとに襲ってきた虚しさのため、近くにあった枕を壁に投げつけた。
白崎のような存在に自分の悶えも狼狽えもすべてはわからないのだろう! そりゃそうだ。白崎未歩は美しい。それは九基自身が認めるている。だからと言ってこの窮地を笑い飛ばし無視するだなんて! ひどすぎるぞ、未歩! 九基はスマホを投げ出すとひとり自室で頭を抱えた。
問題は、これだ。彼の視線は机の上に注がれる。そこには、捨てられなくてとっておいたチョコレートのラッピングとシンプルな便箋にブルーブラックのインクで書かれた手紙が置いてある。
この例の品は、先月十四日放課後に靴箱の中につっこまれていたのを確認し、入手した。トリュフと一緒にラッピングの中に入っていた手紙に「九基圧照さま」と宛名があり、はっきりと自分にあてたのものだということは分かった。
どういう人物かも分からないので、付き合う付き合わないは一度保留にして、まずはお礼を言いたい。
九基は、文末のかしこという名前を手がかりに他クラス、他学年の生徒を虱潰しに探した。部活を通して交流のある女子・中宮夕梨(なかみやゆり)にも協力を仰いで必死にさがしたが、「かしこ」という名前も名字もヒットする人物は学校内にいなかった。
やはり、未歩の言うとおり、「かしこ」は文末という意味の「かしこ」になるのだろう。そうなると、手がかりがなくなってしまう。彼に思いを寄せる人物は正体不明の靄を被った。
だが、明日は三月十四日。ホワイトデーなのである。もしかしたら、彼女から何かしらのアピールがあってもおかしくはない。あるとしたら一体どんなものなのだろうか。手紙の内に「探さないで」とあるとはいえ、恋する乙女が、告白の返答を待たないというのはないだろう。受け取った側の義務を果たすため、なんとしても彼女を探し出したい。
だから、女子と距離の近い白崎に相談を持ちかけようとしたのに。
「しっかし、だめだ。美歩め」
倒れ、ベッドに体重をまかせる。網膜に映った天井に、美歩の小奇麗な顔が浮かんでくる。
くそう。九基は思った。
美歩のやつ。いくら、清楚で美人を装っているが、なかみはただのくそ野郎じゃないか。小さいころは何でも相談できる仲だったはずなのに、今や、なんだ。
しばらく天井を睨んでいた九基だったが、ゆっくりと起き上がると、投げ飛ばした枕を拾い上げて、寝支度をした。ええい、もうどうにでもなれ。睡魔が差し込んできて、あれこれ考えていてもしかたがない。そんな気になったのだ。
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