~'22
自分で、ばかなことをしているという自覚はあるのだ。
新崎迅人は、ため息をついた。
好きなひとがいる。年上の男だ。なのに彼は自分の目の前ではとても可愛くて―-いや、新崎の目に可愛く見えてしまうというだけなのかもしれない。が、とにかく本人は彼が可愛くてたまらないのだった。
しかし、その可愛いという彼・千尋だって同じ男なのだ。彼にだってプライドがある。
可愛いと新崎がどんなに思っても、彼が可愛いというそのことばを逆にけなされていると感じてもおかしくはなかった。
軽率だった。
そのひとことに限る。
あまりにも、自分は軽はずみだったのだ。
「やっぱ、顔なんて見に行くんじゃなかった」
新崎はホテルの部屋、知らない匂いのするベッドの上で膝を抱えて座っていた。手にしていたスマホをぽとりと落とす。連絡をとろうとして、手に取ったのだが、千尋にかけるのが今は怖い。
というのも、昼間、千尋と顔を合わせた。
俳優をしている新崎はこれからドラマの撮影のために地方ロケに行くことになる。だいたい三か月くらい帰ってこれない。だから、出発の前にどうしても、最愛のひとを見てから旅立ちたかったのだ。
「それじゃあ、いってきます」
千尋の借りている部屋にまで押しかけてしまうのはさすがにずうずうしいのではないかというのもある。けれど我慢できなくて千尋のもとに押しかけてしまう。それを千尋自体が優しく迎え入れてくれて、許してくれるのだから、たまらない。
千尋の顔をみるごとに恋は積るばかりだ。
「はい、行ってらっしゃい」
千尋は落ち着いた風情でいつも新崎を送り出してくれる。それが新崎のスイッチを入れる。
そのいつもの習慣が壊れた。
「千尋さん?」
普段と少し様子が違うので、新崎はじっと彼の表情を見つめた。
「あ、いや、すまないね。最近、新崎くんの顔をあまり見ていないから」
「へ?」
「あ、その画面を通してならよく見てる。毎日に近いくらい。今季のドラマにも、きみ、出演してるしね」
「ありがとうございます」
「でも……生身のきみにはすごいひさしぶりだったから」
「あ……」
ずるい。
そんな表情。
年上のしっかりした大人である千尋がまるでさみしがっているかのような、弱弱しい表情を垣間見せた。だめだ。
「だめだよ、千尋さん」
「え……」
「そんなに可愛いの、もう、だめ。反則」
行きたくない。
ずっと、このひとのいる場所にいたい。
出陣を覚悟するために会いに来たのに、逆にどこにも行きたくなくなってしまう。
罪づくりなひとだ。
「な……なんだって……?」
「千尋さんがあまりにも可愛すぎるから、俺、もう……」
「ふざけるな!」
「え」
「そんな甘ったるいこと、言ってないで、さっさと行ってく来なさい」
「え、ええ!?」
普段の温和な彼から発せられたとは思えないような大きな声に、新崎は唖然とした。
もしかして怒らせてしまったのだろうか。
それから、移動の最中も気になってしかたがなかった。
そして、現在に至る。
「わっ、え!?」
突然、新崎のスマホが着信に震えた。画面に表示されたのは千尋の文字。
「な、えええ……!」
おそるおそる電話にでる。
「はい、新崎です」
「新崎くん」
千尋の声だ。それだけなのに、新崎の心臓は跳ね上がる。鼓動が早くなる。
「あの……今朝は大声だしてしまって……」
やっぱりその話か。
「す、すみません。俺、やっぱ、うざかったですよね」
「え?」
「千尋さんみたいな大人なかたに向かってなんていうか……で、でも、本当にそう思ってしまったので」
「は?」
「俺が可愛いって言ったから怒ったんじゃないですか?」
「え?」
新崎は小首をかしげた。
どうやら何かが違うらしい。
「あ、いや、そんなわけないだろう! 第一、きみ、よくぼくのことを可愛いって言ってるのに」
「え!?」
「……自分の発言ぐらい覚えておいてくれよ」
「すみません。無意識でした。じゃあ、なんで」
「そりゃ……なんというか」
「なんなんですか」
「その……ぼくって男らしくはないだろ?」
「え?」
「なんか今日、やけに新崎くんが及び腰になっているかのような気がしたから、すこしはこう……男らしくがつんと背中を押してやろうと思って」
それが、あの大声につながった……ということなのだろう。
「なんで男らしくしようとしたんですか?」
「それは……か、可愛いってしょっちゅう注意されてるから」
「え?」
「少しはもっとかっこよく……いや、きみ以上にはなれないけれど、ほんの少しくらいは、と思って」
「……そ、それは」
新崎は思わずため息をこぼしてしまう。だめだ、可愛いがフラストレーションしていくような、この生き物、大変に可愛い。
「な、新崎くん!?」
「だめです、俺。千尋さんが可愛くてしかたがない」
「それはすまない……」
「謝らないで。俺、千尋さんが可愛くてたまらなくうれしいんです。こんなに可愛くてしかたなくて」
「新崎くん?」
「あの、言っとくけど、可愛いは誉めことばですからね!!」
「……え。そうなの……ええっ」
「これ以上、もう、俺をどうにかしないでください。千尋さんに会いたくて仕方がない。青森から帰りたくなってきた」
「撮影まだ始まっていないだろ」
「だめ。俺、千尋さんみたく強くない」
「それは……違うよ」
「え?」
「ぼくだって……」
「え?」
「ぼくだって会いたいよ」
だ、だめだ。
胸がぎゅーっと苦しくなる。
たったこれだけのことで。
自分は中学生か!? なんでこんなわけのわからない甘酸っぱい思い、しているんだ。
「だめです、千尋さん。可愛すぎ」
(了)
新崎迅人は、ため息をついた。
好きなひとがいる。年上の男だ。なのに彼は自分の目の前ではとても可愛くて―-いや、新崎の目に可愛く見えてしまうというだけなのかもしれない。が、とにかく本人は彼が可愛くてたまらないのだった。
しかし、その可愛いという彼・千尋だって同じ男なのだ。彼にだってプライドがある。
可愛いと新崎がどんなに思っても、彼が可愛いというそのことばを逆にけなされていると感じてもおかしくはなかった。
軽率だった。
そのひとことに限る。
あまりにも、自分は軽はずみだったのだ。
「やっぱ、顔なんて見に行くんじゃなかった」
新崎はホテルの部屋、知らない匂いのするベッドの上で膝を抱えて座っていた。手にしていたスマホをぽとりと落とす。連絡をとろうとして、手に取ったのだが、千尋にかけるのが今は怖い。
というのも、昼間、千尋と顔を合わせた。
俳優をしている新崎はこれからドラマの撮影のために地方ロケに行くことになる。だいたい三か月くらい帰ってこれない。だから、出発の前にどうしても、最愛のひとを見てから旅立ちたかったのだ。
「それじゃあ、いってきます」
千尋の借りている部屋にまで押しかけてしまうのはさすがにずうずうしいのではないかというのもある。けれど我慢できなくて千尋のもとに押しかけてしまう。それを千尋自体が優しく迎え入れてくれて、許してくれるのだから、たまらない。
千尋の顔をみるごとに恋は積るばかりだ。
「はい、行ってらっしゃい」
千尋は落ち着いた風情でいつも新崎を送り出してくれる。それが新崎のスイッチを入れる。
そのいつもの習慣が壊れた。
「千尋さん?」
普段と少し様子が違うので、新崎はじっと彼の表情を見つめた。
「あ、いや、すまないね。最近、新崎くんの顔をあまり見ていないから」
「へ?」
「あ、その画面を通してならよく見てる。毎日に近いくらい。今季のドラマにも、きみ、出演してるしね」
「ありがとうございます」
「でも……生身のきみにはすごいひさしぶりだったから」
「あ……」
ずるい。
そんな表情。
年上のしっかりした大人である千尋がまるでさみしがっているかのような、弱弱しい表情を垣間見せた。だめだ。
「だめだよ、千尋さん」
「え……」
「そんなに可愛いの、もう、だめ。反則」
行きたくない。
ずっと、このひとのいる場所にいたい。
出陣を覚悟するために会いに来たのに、逆にどこにも行きたくなくなってしまう。
罪づくりなひとだ。
「な……なんだって……?」
「千尋さんがあまりにも可愛すぎるから、俺、もう……」
「ふざけるな!」
「え」
「そんな甘ったるいこと、言ってないで、さっさと行ってく来なさい」
「え、ええ!?」
普段の温和な彼から発せられたとは思えないような大きな声に、新崎は唖然とした。
もしかして怒らせてしまったのだろうか。
それから、移動の最中も気になってしかたがなかった。
そして、現在に至る。
「わっ、え!?」
突然、新崎のスマホが着信に震えた。画面に表示されたのは千尋の文字。
「な、えええ……!」
おそるおそる電話にでる。
「はい、新崎です」
「新崎くん」
千尋の声だ。それだけなのに、新崎の心臓は跳ね上がる。鼓動が早くなる。
「あの……今朝は大声だしてしまって……」
やっぱりその話か。
「す、すみません。俺、やっぱ、うざかったですよね」
「え?」
「千尋さんみたいな大人なかたに向かってなんていうか……で、でも、本当にそう思ってしまったので」
「は?」
「俺が可愛いって言ったから怒ったんじゃないですか?」
「え?」
新崎は小首をかしげた。
どうやら何かが違うらしい。
「あ、いや、そんなわけないだろう! 第一、きみ、よくぼくのことを可愛いって言ってるのに」
「え!?」
「……自分の発言ぐらい覚えておいてくれよ」
「すみません。無意識でした。じゃあ、なんで」
「そりゃ……なんというか」
「なんなんですか」
「その……ぼくって男らしくはないだろ?」
「え?」
「なんか今日、やけに新崎くんが及び腰になっているかのような気がしたから、すこしはこう……男らしくがつんと背中を押してやろうと思って」
それが、あの大声につながった……ということなのだろう。
「なんで男らしくしようとしたんですか?」
「それは……か、可愛いってしょっちゅう注意されてるから」
「え?」
「少しはもっとかっこよく……いや、きみ以上にはなれないけれど、ほんの少しくらいは、と思って」
「……そ、それは」
新崎は思わずため息をこぼしてしまう。だめだ、可愛いがフラストレーションしていくような、この生き物、大変に可愛い。
「な、新崎くん!?」
「だめです、俺。千尋さんが可愛くてしかたがない」
「それはすまない……」
「謝らないで。俺、千尋さんが可愛くてたまらなくうれしいんです。こんなに可愛くてしかたなくて」
「新崎くん?」
「あの、言っとくけど、可愛いは誉めことばですからね!!」
「……え。そうなの……ええっ」
「これ以上、もう、俺をどうにかしないでください。千尋さんに会いたくて仕方がない。青森から帰りたくなってきた」
「撮影まだ始まっていないだろ」
「だめ。俺、千尋さんみたく強くない」
「それは……違うよ」
「え?」
「ぼくだって……」
「え?」
「ぼくだって会いたいよ」
だ、だめだ。
胸がぎゅーっと苦しくなる。
たったこれだけのことで。
自分は中学生か!? なんでこんなわけのわからない甘酸っぱい思い、しているんだ。
「だめです、千尋さん。可愛すぎ」
(了)