~'22

やっぱりチョコレート
 新崎と別れた後、千尋はぐったりと布団の上に倒れ込んだ。
 昨日から一睡もせずに原稿を仕上げていた。終わった後のぼんやりとした脳で新崎につきあい、いざ帰宅。彼はきがつかなかったみたいだったが、結構疲労がたまっている。
「あー、やっぱり眠たかったんだなぁ」
 睡眠をとらずにいると次第にテンションが回り始め、自分が眠たいのか眠たくないのかすら分からなくなってしまうことがある。こうやって身体を横にした途端、睡魔が襲ってきたのだから、やっぱり眠りたかったのだろう。
 だからといって、新崎とは絶対に会う。会いたい。だから、良かった。自分が睡魔に気が付く前に、ちゃんと顔を見れて。
 大きな欠伸が飛び出してきて、それを抑えることが出来ない。次第に重みを増す瞼にそのまま押しつぶされるように、眠りの世界に落ちて行った。



 翌日。
 昼出勤の職場で良かったと思う。
 とりあえずまとまった睡眠をとれたことで、気分もリフレッシュ状態のまま出社した千尋を襲ったのは、締切前の作家のヒステリーだった。
「千尋さん、まじ大変です」
「え、どうしたの」
「さっき、編集部に朝川先生から連絡が入って、やっぱり原稿書き直したいって」
「え、今から⁉ 締切にまで間に合うの⁉」
「わかりません。とりあえず担当は千尋さんなので」
 慌てて担当している作家へ電話を繋ぐ。
 ネームの打ち合わせをしているとき、もめにもめた部分がある。きっとあのページだろう。
「はい、朝川」
「千尋です。先生、早まってはなりません!」
「早まってません! やっぱりあの箇所は書き直したい!」
「だからって締切まであといくらあると思っていますか。間に合うとは……」
「でも、少しでもいい作品にしたいんです!」
 その気持ちは痛いほどわかる。
「わかりますが……やれますか」
「やれます」
 そういいきるが彼には前科がある。
「では、とりあえず以前のネームのまま原稿を仕上げた後、訂正箇所の原稿を仕上げてもらえませんか」
「なんでですか!」
 電話での応酬は次第に苛烈になっていく。それでも作家の書きたいという気持ちと出版の事情もあるのだ。その間をとらなくてはならない。作家を抑え込むことなく、ちゃんと進行させていかなくては、来月も雑誌はでるのだ。
「わかりました」
 そう言って電話を切った朝川に、千尋はほっと胸をなでおろした。その様子を見ていて同僚が声をかけてくる。
「千尋さん、危なかったねぇ。朝川先生は手が遅いから」
「でも、作品には毎回熱がこもっています」
「あはは、そうだねぇ」



 帰宅後。
 一日、仕事をするだけで千尋はぐったりしていた。
 こうも疲れやすくなったのは年のせいかもしれない。もう自分も若くないんだなぁと弱音を吐きたくなる。
 そうだ。こういう日こそ、たまには甘いものも悪くはない。冷蔵庫に何か入っていなかったか。ああ、そうだ、そういえば、新崎くんが――。
 冷蔵庫の扉を開けてその中に入っていたものを見つけたとき、千尋は思わず笑ってしまった。

「これ、ぼくが彼に買ったのと同じものじゃないか」

(了)

----
✿2020.09.20
『それでもチョコレート』『追いつく先に追いついて』の続編です。
5/16ページ
スキ