~'22
それでもチョコレート
疲れたら甘いものと相場は決まっている。
新崎は深々と被ったキャップと濃いサングラスの下で、目を光らせた。
最近できたばかりのスイーツ店。そこに宝石のように並べられたチョコレートの列を睨みながら考え込んでいる。
まったくもって、彼の好みがわからない。どれを選べば正解なのだろうかと思案に思案を重ねる新崎は、その風体から不審者じみて店員に映った。
「あの……何かお悩みでしょうか」
若い店員が恐る恐る新崎に話しかける。
「あ、は、はい」
新崎は菓子の入ったガラスケースから視線をあげて、彼女をとらえた。
「あの、年上の男性が好きそうな甘いものってどういうものだと思います?」
「と、としうえの……、男性でしたらチョコレートにオレンジピールを合わせたこちらの……」
「ああ、柑橘系か。疲れたときに爽やかな気分になるし、それにしようかなぁ……うーん」
腕組みをして考え込む新崎がおかしかったのか女性は口元を緩めた。
深々と被った帽子に色付の眼鏡。あきらかに不審者の風体だが、隠れてみえないまなざしは真摯にまっすぐとしている。それに店員はどことなく安堵した。きっと悪い人ではない。
「大切なひとに?」
「ええ。すっごく」
「どういう人なんですか」
「うーんと、年上で、いつもせこせこ動き回っていて、ふっと落ち着いたらすごくゆったりする不思議な人です」
「せっかちなかたなんですか?」
「いや、多分、根はまったりしたおとなしい人なんですけれど、積まれた仕事の量がすごいので」
「それはお疲れでしょうね」
「ええ。本当はようやくとれたオフの日なのでその人とゆっくりできると思ったんですけれど、まだ終わっていない仕事が何本か残っていて、俺、締め出されちゃいました」
にこっと笑ったのだろう。その表情そのものをみることが出来ないが、まるで子犬のような純粋な気持ちを隠さずに話す青年がおもしろかった。
「なんとかして、一番の贈り物を探しましょうね」
店員は小さくガッツポーズをした。
「はい!」
嬉しそうにはしゃぐ目の前の青年が、新進気鋭の俳優、新崎迅人であることを彼女はいまだに知らない。(了)
ーーーー
✿2020.09.20 創作BL版ワンライ・ワンドロ様よりお題「チョコレート」をお借りしました。
疲れたら甘いものと相場は決まっている。
新崎は深々と被ったキャップと濃いサングラスの下で、目を光らせた。
最近できたばかりのスイーツ店。そこに宝石のように並べられたチョコレートの列を睨みながら考え込んでいる。
まったくもって、彼の好みがわからない。どれを選べば正解なのだろうかと思案に思案を重ねる新崎は、その風体から不審者じみて店員に映った。
「あの……何かお悩みでしょうか」
若い店員が恐る恐る新崎に話しかける。
「あ、は、はい」
新崎は菓子の入ったガラスケースから視線をあげて、彼女をとらえた。
「あの、年上の男性が好きそうな甘いものってどういうものだと思います?」
「と、としうえの……、男性でしたらチョコレートにオレンジピールを合わせたこちらの……」
「ああ、柑橘系か。疲れたときに爽やかな気分になるし、それにしようかなぁ……うーん」
腕組みをして考え込む新崎がおかしかったのか女性は口元を緩めた。
深々と被った帽子に色付の眼鏡。あきらかに不審者の風体だが、隠れてみえないまなざしは真摯にまっすぐとしている。それに店員はどことなく安堵した。きっと悪い人ではない。
「大切なひとに?」
「ええ。すっごく」
「どういう人なんですか」
「うーんと、年上で、いつもせこせこ動き回っていて、ふっと落ち着いたらすごくゆったりする不思議な人です」
「せっかちなかたなんですか?」
「いや、多分、根はまったりしたおとなしい人なんですけれど、積まれた仕事の量がすごいので」
「それはお疲れでしょうね」
「ええ。本当はようやくとれたオフの日なのでその人とゆっくりできると思ったんですけれど、まだ終わっていない仕事が何本か残っていて、俺、締め出されちゃいました」
にこっと笑ったのだろう。その表情そのものをみることが出来ないが、まるで子犬のような純粋な気持ちを隠さずに話す青年がおもしろかった。
「なんとかして、一番の贈り物を探しましょうね」
店員は小さくガッツポーズをした。
「はい!」
嬉しそうにはしゃぐ目の前の青年が、新進気鋭の俳優、新崎迅人であることを彼女はいまだに知らない。(了)
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✿2020.09.20 創作BL版ワンライ・ワンドロ様よりお題「チョコレート」をお借りしました。