憧れが恋に変わったそのあとに

大きい虫はきみがだいすき

「あれ? 新崎くん?」
 マンションの自動ドアの前に、見知った後ろ姿があった。千尋崇彦は、小走りで彼に近づくと、その青年は振り返り、眼鏡とマスクをしていても爽やかと感じるくらい清々しく笑みを見せた。
「千尋さん!」
 ただ笑っていれば、なかなか見映えのする男であるが、千尋を見てから、数秒で、飼い主にじゃれつきたくて尻尾をぶんぶんとふりまわす仔犬のような印象に様変わりしてしまう。
「はいはい、今日はどうしたの?」
 そんな彼に笑いかけながら、彼とドアをくぐった。
「実は、俺、明日明後日、急遽、オフもらったんです!」
「へえ、よかったねえ。少しはゆっくりできる」
「そうなんです! ゴールデンウィークはあいもかわらず、俺には存在しませんが、それでも、千尋さんと一緒に、二日間だけの、フライング・ゴールデンウィークを、と思いまして」
 ああ、困った。ゴールデンウィークどころではない自分がいる、と千尋は苦笑いした。
「でも、ぼくは結構、抱えている案件が……」
「え? あ……」
 新崎は目を丸くして、それから肩をおとした。
「すみません。俺、舞い上がっちゃって。よくよく考えたら、急にこうして来るのも千尋さんからしたら邪魔だろうし、それに、俺、千尋さんのこと、全然、考えてなくて……」
「い、いや! ちょっと、こんなところで、落ち込まれてても! ほら、とりあえず、部屋入って! コーヒーでも飲む?」
 自室の玄関を開錠させた千尋は、背後から新崎に抱きしめられた。
「千尋さん、優しい! 好き!」
「ちょ! 好きなら、外で、ひっつかない! どこで人が見るかわかんないんだからね!」
「そうですね。どこで俺の千尋さんを誰が見ているか、わからない。変な虫がつく前に、俺が……」
 それ以上、言わせないと、千尋は、強引に新崎を掴んで引っ張った。玄関の中に入れてしまえば、もういい。彼は背中の大きな虫を背負ったまま、施錠した。
「新崎くん、ひとついいかい?」
「なんですか?」
「たぶん、ぼくにひっついてくる虫は、きみ以外にいないと思うんだけど」
 新崎は、にっこりと微笑んだ。
「はい、千尋さん、大好きです!」

(了)
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