~'22

むってしちゃうの

 今日の仕事は午前中で終わった。新崎迅人は上機嫌だ。
 だいたいの現場は、一応スケジュールが組まれているとはいえ、撮影が押すことがしょっちゅうだ。
 そんななかすんなりと監督のオーケイがもらえて、とんとん拍子で予定通りに取り終わってしまった午後は気分がいい。
 駅前の通りをぴょんぴょんと活気良く闊歩しているのも、そのためだ。
 いや、それ以上に今の彼をご機嫌にしている存在が、いた。
「あ! 千尋さんっ!」
 新崎は待ち合わせ場所にて、ひとり佇んでいたある男の背中を見つけて駆け寄った。
「あ、新崎くん!」
 彼――千尋崇彦も新崎の姿を確認すると、ぱっと表情が明るくなった。
「すみません、急に会いたいなんてメールおくっちゃって」
「いや、ぼくも……」
「え?」
「あ、いや、なんでもないや」
 新崎はいくつも年上のこの男をじっと見つめた。
 すっかり世間に顔を覚えてもらえるような存在となってしまったため、外をうろつくときは変装用に濃度の濃いサングラスをしている。
 本当は愛する千尋の前だ。こんな色のついたレンズなど脱ぎ捨てて、その愛らしい姿を網膜にやきつけたかったのだが、危険は置かせない。
「やだ、ねえ、あの人見て」
「うわー、かっこいい……」
 高校生ぐらいだろうか。
 こっちを見て、ひそひそと若い女の子が話ているのが、新崎にも千尋にも聞こえてくる。
「きみはモテるねぇ」
 困ったように笑う千尋に、新崎は、思わずぎゅっと彼を抱きしめたくなって、それを必死に抑え込んだ。
「何、悶えてるんだい?」
「こ、これは……その……」
 流石に、俺にとってモテたいひとは千尋さんだけですなんて言って抱きしめたくて仕方がないだんて、言えない。
 そんな新崎へと見知らぬ女子たちの視線が集まっていく。
「ねえ、声かけてみよっか」
「えー、でも、なんか連れいるじゃん」
「だよねー。お父さんかな?」
 ――お父さん?
 新崎は、はっとなって、千尋の腕をつかんだ。
「えっ、新崎くん!?」
「行きましょう、千尋さん!! 今日は俺と『デート』ですからね!!」
 あえてデートと大声張った新崎に、千尋が思わず笑いだす。けれど、新崎は真剣そのものだ。
 そんなおかしな彼氏に腕を引っ張られて、千尋は、愉快でたまらなかった。


(了)
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