#Garlic掌編

「え?」
「だーかーらー」
 エルガーが上体を折るようにして、ラージャの耳元に唇を寄せた。
「キ・ス」
 ささやく声のラストにふっと息をかければ、ラージャの悲鳴が休憩室全体――いや、事務所全体を揺らした。
「ななななな!!!!」
 エルガーの手を離して、エルガーは後ずさりしながら、ぱくぱくと金魚のように口を開けたり閉じたりを繰り返す。真っ赤になっていいる彼に対してエルガーはまったく変化がない。
 マイペースも極めればここまでくるのか、とラージャはパニックになる頭の片隅で思う。
「おいおい、ラージャ。そんなに離れたらチュできないだろォ?」
「チュじゃないよ!! 耳元でふーするな!!」
「何言ってんだよ。音痴の俺はふーするしか出来ないの。音を出したら音痴なんだから」
「うわ、根に持ってる!! ちっさ!!」
「ヘイヘイ、ちっさいのはお前の肝っ玉だろ、玉!!」
「玉だの玉だの、タマタマ言うな!! お前が俺のペースをかき乱しまくるのが悪い!!」
 ラージャがそう叫んだ瞬間、事務所と休憩室を隔てていたパーテーションが倒れてきた。
「うぎゃああ!!」
「おっと」
 慌てて逃れるラージャとは反対にエルガーはひょいと軽く逃れる。壁側に身を寄せれば、パタリと倒れた仕切り板が足元にまで迫ってきた。
「おい、てめえら……!!」
 パーテーションの向こう側から現れたのは事務所で待機中の先輩ハンターで。
「うぎゃっ、マティスさん、す、すいません!!」
 怒ると怖いと噂の人だった。
 慌ててぺこぺことお辞儀を繰り返すラージャ。こういう時、日本人の血が濃くなるらしい。
「まあ、そのくらいにしときなー」
 先輩ハンターの後ろからもう一人――彼の相棒――のハンター怒り狂う彼を制止しようとやってきた。
「つっても、さっきからぎゃーだの、あーだの、うるせえってんだよ!!」
「怒らない、怒らない」
 必死になだめてくれる先輩に後光が差してみえるラージャ。
 だが。
「そうそう、そんな謝らなくたっていいんじゃねえの? てか、ぼくにもそんなにぺこぺこお辞儀しないのに先輩には媚びうるのか、ラージャ」
 こいつが爆弾だった。
「んだって!?」
 怒り狂う先輩ハンターの耳に入ってしまえば喧嘩は避けられない。
「エル!! お前、本当に!!!!」
 いい加減にしてくれ!!!!
 マイペースなのもいいが、たまに厄災を呼び込むのだけは!! 
 ご勘弁を!!!!

(了)
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