#Garlic掌編

最後にしてはまだ遠い

 廃ビルの窓側に待機する二人の目の前にはガラス越しに大きな交差点が広がっている。もともとここは大都市だった場所だ。それが、やつらの登場のせいで人々が全員避難を余儀なくされた。人間に見捨てられた世界は雨風に打たれても誰もメンテナンスなんかしてくれない。廃墟に甘んじた世界の中、ラージャは相棒であるエルガーと共に息をひそめて身を隠してた。
 青は安全、赤は危険。真ん中の黄色はグレーゾーン。ランプの友っていない信号機に視線がいく。ラージャは、隣にいる相棒にそっくりだと思った。
「何、にやにやしているんだ?」
 その人物がラージャに話しかけてくる。
「別に。なんでも」
 ラージャの答えなんて別にたいして期待していなかったエルガーがつまらなさそうに口笛を吹いた。
「エル、静かに」
「いいだろ、別にこんなの」
「よくない。周囲にはまだ肥大化したやつらが潜伏している」
「それをこれから、ぼくが叩く」
「ぼくじゃなくて、俺たちが、だからな」
「毎回、こまかいことばかり指摘してくるなぁ」
 めんどくさそうにうなじをかくエルガーは仕草はぶっきらぼうではあるが、その容姿は美形だ。染色した頭髪の金にアジア系だというのに白い肌質。全体的に細いシルエットの男はひとめ見ると女神像か何かのモデルじゃないかとばかりに美麗な存在だ。
 しかし彼の中身が問題なのである。最悪なくらいマイペースで集中力散漫。しかしこれだとばかりに集中しはじめると自我さえ忘れて没頭。獲物をしとめること第一になり、周囲との連結すらおなざりにして大暴走。そういう問題児とコンビを組まされているラージャは、自分の残念な運命を呪いつつも、強烈なまでに一直線で純粋な存在にある種のまぶしさを感じている。
 とはいえ、今回の任務はかなり面倒だ。吸血鬼退治を専門にしている彼らの今回の標的は、旧都市にはびこるやつらの殲滅だ。連携している中隊と連絡が遮断され孤立してしまった状態である。本部に帰還するにも、ここの周囲をかなりまずい状態にまで悪化してしまった元人間が複数うろついているのだ。
「なあ、ラージャ、お前、緊張しているだろ」
 エルガーが彼に話しかけてきた。
「もしかしたら死ぬかもしれないしな」
「ばか。縁起でもないことを言うなって。それに俺はもう新人のころとは違うんだからな」
 初めて対吸血鬼突入作戦に参加したとき、ラージャはがちがちに緊張していた。そんな彼をからかい緊張を解きほぐしてくれたのがエルガーだった。
「そのとき、俺は言ったよな。ちゅーしろって」
「そのとき以外にも結構言ってる」
「今、しないか?」
 急にエルガーの顔つきが変わった。普段から飄々としている彼の態度が硬くなり、眼光が鋭く光った。真面目にそう言っているのだとラージャは察した。
「ばかな」
「なぁ、そう言うなって。お互い短い人生だもんなー」
「縁起でもないことパラダイスしてんなって」
「いっぱい言うよ。最悪じゃん、今」
「そうだけどさ、もっと明るく希望をもってどうこうしたい」
「そのために、ちゅっとひとつ」
「……まじかよ」
 これまでどんな状況に追い詰められてもエルガーは動じなかった。そんな彼が、弱音を吐いているのだ。ラージャは驚いた。
「いいのか?」
 ラージャは聞いた。エルガーは途端に妖艶な笑みを浮かべた。
「もちろん」
「とか言ってまた俺をからかうつもりじゃないだろうな?」
「疑り深い男はモテねぇぞ」
「そりゃ誰のことだ」
「あんたとぼく」
 途端に腹の底から笑いがこみあげてきた。ラージャは笑った。エルガーもそれにつられるように微笑んだ。ふたりの距離が近づく瞬間、ラージャは自分の人生はこれで良かったのだという謎の直感を感じていた。

(了)

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