#Garlic掌編

 吸血鬼ハンター・ラージャの相棒たるエルガーの指先は奇麗だ。その突拍子もないマイペース野郎で自己中心的で小さいことは気にしない人間性からは想像できないくらい丁寧にケアしているといってもいい。
 初めて彼の爪を見たとき、ラージャはぎょっとしたものだ。なぜなら、短く切った爪にマニュキュアを施しているからだ。色付きのゴテゴテしたものではなかったが、透明《クリア》なものであっても、ラージャのいる肉体系なやつらばかり集まっている場所でそのような光景を見ることはあまりなかった。
 彼と付き合ううちに彼が割と綺麗好きであることが発覚し、ラージャにとってはどうでもいいことに関して謎の執着を見せることも発見した。爪先のマニュキュアも彼のちょっとしたこだわりなのかもしれない。
 そんな彼の指先の異変にラージャは気がついた。
「少し、休憩にしないか?」
 本部近くの射撃訓練室。リアル百発百中の腕を見せつけたエルガーにラージャは不安を覚えた。標的を狙う背中がリロードのための動作に入った瞬間に声をかけたのもそのためだ。
「ぼくの後ろに立つとはね、ラージャ」
「うっせえわ。何度だって立ってるだろ」
「別に怒っているわけじゃない。他のやつだったらキモいけど、あんただったら平気」
 そういば、銃を手にしているときのエルガーはやけに神経質になる。背後に立たれるのを妙に嫌っているふしがある。
「エル、そこまでにしとけ」
「へぇ、ぼくに指図するのか、お前が」
 エルガーが振り向きざまにニヤリと微笑んだ。その妖艶な動作にラージャはどきりと胸を弾ませながらも、彼を促す。
「おいで。飯にしよう」
「わぁお、奢ってくれるの!? 嬉しいなぁ」
 ぱっと明るくなったエルガーの表情にラージャはほっとする。
「ああ、なんでもいい。中華でもイタリアンでも何でも」
「お前の作るやつ」
「へ?」
「前にさ、作ってくれただろ。変なこういうエッチな……」
 エルガーの指先が謎のジェスチャーを繰り返す。
「黙って食わないといけないやつ。やけに酢が入ってて、あとシーフード」
「あっ、恵方巻」
「そうそう、それそれ」
「……海苔巻き」
「そうそう、それそれ」
「それそれ言ってるけど、わかってないだろ」
「あったりー。ラージャにご褒美のチューでもあげましょかー?」
 ふざけて唇を寄せてくる男をラージャは睨んだ。
「いりません」
「それなら、なんならいいのさー」
 ラージャは自身の右腕を見た。肘の近くに白い包帯を巻かれた部分。先週、ちょっとしたミスでこれだ。
「休養」
 ラージャは言った。
「別にさ、誰かが悪いわけじゃないんだから、コン詰めすぎても仕方ない」
 ラージャのことばにエルガーが眉をひそめる。
「それ、どぉいう意味?」
「そのまんまだ」
「ふーん」
 わかったようなわからないような、そんなエルガーの表情にラージャは胸の奥がどっしりと重くなるような感覚を味わった。
「とにかく、恵方巻も海苔巻きも今は無理だから夕飯に作る。昼は……とりあえず今からどっか行くぞ」
「わぁお、ノープラン」
「はいはい、カモンカモン」
 ラージャはエルガーの腕を掴んだ。そのまま外へと連れ出すつもりだ。彼の腕がやけに細く感じた。(了)
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