#Garlic掌編

 ここは吸血鬼ハンターたちの集いし彼らの事務所である。
 休憩スペースにラージャは実家から送ってもらったあるものを飾っていた。そんな彼を発見したエルガーが忍び足で彼へと近づいていく。距離を詰めて、彼はいった。
「ん? ラージャ、お前、幼女趣味でもあったのか?」
 どきり。
 急に話しかけられて、ラージャは驚いて跳ね上がりそうになった。けれども、無事、飾り付けは終了し、エルガーを睨みつけながら、振り替える。
 開口早々、爆弾発言を落としていったエルガーは、そんな彼の顔を見て、にやりと耽美な顔だちを歪めて笑っていた。
「ななな、な! なわけあるか!」
「だってよぉ、こんな寂れた事務所にお人形なんて……それになんか可愛くねぇやつ」
 彼は流れる金髪を揺らしながら、ラージャが飾ったばかりのそれに顔を近づけた。よく見れば見るほど可愛くないと、エルガーは不機嫌そうに両眉を顔の中心に寄せる。
「こら、エルガー。乱暴やって壊すなよ」
 通りかかりの先輩ハンター・マティスが背中を丸めて人形に向かい合うエルガーの背中を人差し指でつついた。
「ばぁか。俺は女には興味ないんだよ。付いてるほうなら誘惑するがな」
「み、妙なこと、言うな!!」
 意味がわかったラージャが真赤に頬を染めた。マティスは困ったようにため息をつく。
「歩く年齢制限の部下をやるのは大変そうだな、ラージャ」
「ま、まてぃすさぁん」
「それにしても、たいしたもんじゃねぇか。これが東洋のドールなんだな」
 シチャが嬉しそうにラージャの人形を眺めて頷く。腰をかがめて下から眺めたり、横に首を出して左右から見つめたり。彼は真剣そのものだ。
「鉤鼻ってやつだっけ? 浮世絵みたいだな、この表情」
「えー、ただの糸目のブスだろ」
「何いってんだよ。これは芸術だ」
「えー、お前……」
 信じられないとエルガーがシチャを冷たい目で見る。だが、彼はそんなことなどお構いなしだ。ラージャは嬉しそうなマティスに話しかける。
「気に入っていただけましたか? 母親から送ってもらったんですが……」
「ああ! まさか東洋に実家を持ったハンターがいるとは思わなかったから、サイコーだよ!」
 怖い先輩だと思っていたが、実は大のジャポニスムかぶれで、ラージャが日本人の血を引いていると聞いて一番喜んだのも彼だった。
 桃の節句の話をしたら、是非とも我が事務所にも雛人形を起きたいと、熱い思いをぶつけられ、ラージャは実家に連絡して、女雛と男雛を取り寄せたのだった。
「本当は、この二人だけじゃなくて、もっとたくさん人形を並べるんですが」
「おお、そうなのか! あ、サンニンカンニョだな!」
「よく知ってますね。宮中の女官がモデルになっている人形です」
「それからゴニンバヤシ! ブラスバンドみたいなものだろう!」
 目を輝かせるマティスにラージャは、どこかほがらかな気持ちになった。多少、ぎこちない理解ではあるが、自分のルーツである国の文化を積極的に吸収しようとしてくれることが、ラージャにとって嬉しいことなのだった。
「なーあー」
 マティスとラージャの会話を呆然と聞いていたエルガーが急に割り込んできた。
「さっきから男雛だの女雛だの、ようするにこういうことなんだろ」
 エルガーは手でいかがわしい形をつくった。
「や、そ、それは……!!」
 ラージャは慌ててエルガーの手をとる。そんな下品なことをしてはならないと、力を込めた。
「こら、エルガー! お前、このヒナマツリを全く理解しちゃいねぇ! こりゃ嫁入り前のドッコイ祝い祭りなんだ!!」
「何がドッコイなんだよ」
「健やかな女児の成長を願いながら、豆を年の数だけ食べるんだぞ!!」
「マティスさん、それ節分!!」
「それからタコを家の前に飾って、健やかな成長を願う!!」
「タコ!? 鯉じゃなくて!? それからそれも違いますからね!?」
「おいおい、マティス。さっきからラージャに言われ放題だぞ」
「お前こそ、年下の男を誘うような目つきで彼を見たり、おちょくったりするのはやめろよ!」
「いや、おちょくったり、色目使ったりしてますがねェ、面白いんで」
「面白いのか!?」
 ラージャは肩を落とす。
「まあまあ、ラージャくん。ぼくも楽しいがモットー。ラージャくんも楽しければそれでいい、だろォ? それともアレか? ぼくと女雛で男雛な関係になる?」
「いやあの、本当そういうの、いいんで……」
「ははっ、ジャパニーズは本当にシャイだな!!」
「ハーフなので半分ですがね」
「なにはともあれ、ジャパンに乾杯!」
 マティスが喜々として叫んだ。手にはいつの間にか用意したシャンパンがある。
「勤務中はご法度ですからね!」
 結局、この事務所は、破茶滅茶でなかなか慣れそうにないな、とトホホなラージャだった。

(了)

#==2021.03.03==#
13/17ページ