#Garlic掌編

 一体、この馬鹿とどこが似ているのだろう。

 ラージャは事務所のお手洗いにいた。洗面台の鏡の前で自分の顔とにらめっこしながら考えていた。

 先日、街中で、知り合い女性に仕事上の相棒エルガーと一緒にいるところを「兄弟ですかぁ?」と声をかけられたのだ。
 彼女は素朴で家庭的な味が売りの小さな弁当屋を営んでいて、自炊などしている余裕のないラージャは頻繁に利用している。よく顔を合わせるせいか世間話に花が咲き、気が付いたらそれなりに仲が良くなっていた。
 兄弟の話もするものだから、てっきりエルガーを弟だと思ったのだろう。正直、全然嬉しくはない。

「ヘイ、ラージャ。これからナンパか?」
 背後から突然声がして、ラージャはビクリと肩を震わせた。
 長くド派手な金髪のこの男は派手好きの癖に気配を消すのがうまい。
「ってなわけないよなァ。軟派なやつがナンパなんかナンパー確率ある? ゼロパーじゃね。うっは、軟派でナンパでナンパー!」
 人に話しかけてきておいて、一人で笑いのツボにはまっている軽い男に一瞥をくれながら、ラージャはそそくさと立ち去ろうとした。災いからは逃げよ。

「おい、ちょっと待ってって!」
 だが、エルガーは素早くラージャの腕を捕まえる。
「わ、何だよ、離せって」
「ったくよぉ。ぼくが話しかけたのにスルーして逃げる奴がいるか? こんなのがぼくの弟だなんて信じられないなぁ」
「ん?」

 ぼくの弟。
 彼の唇はそう発言した。

「待て待て、エル! 一体いつから俺があんたみたいなのの弟になった!?」
「あーわりわり。弟、じゃなくて。弟みたいってこと。こないだ街でぼくとラージャ、似てるって言われただろ」
「はぁ!? 確かに兄弟なのって聞かれたけど、そりゃエルを俺の弟だと勘違いしていたからだろ!?」
「何言ってんだァ!? どこからどう見たって、ぼくのが兄貴だろう!!」
「どこがだ!! 向こう見ずで突っ走って暴走するのが十八番のお前がどうして兄貴を名乗れる!!」
「先輩だもん」
「歳とか経験とか関係なく、エルが圧倒的に弟分だ!」
「んだとぉ!! ラージャ、お前、絶対下に敷いてやる!!」
「敷けるものなら敷いてみろ!! エルの細い腕なんか簡単に折ってやれるんだからな!!」
「へえ、言うじゃねえか、この陰毛野郎」
「きっ、汚い言葉を使うな!! これは寝癖だっ!! 直す時間がなかったんだよ!! エルのほうこそ似合わないキンキラキンでお星さまみたいだぞ!!」
「誰が似合わないだって!? お星さまみたいなのは嬉しいけど、そりゃ聞き捨てならないな! その小さな黒目のつぶらな瞳はただのお飾りかい?」
「だ、誰がつぶらな瞳だ!! エルのほうがおっきくて、普段つれない顔してるからみんな知らないと思うけど、くりくりしてて可愛いんだからな!!」
「んだとぉ!! そりゃ、ラージャ、きみのことだ!! いつも眉間に皺寄せてるから、ラージャの寝顔の天使っぷりが微塵も出てねえ!! 素の良さがどっかに吹き飛んじまってるってさぁ!!」
「そりゃ、いっつもエルが俺にストレスをかけてくるからだろぉ!!」
「ぼくはエルをいじれないとストレスなんだよぉ!!!!」

 言い争いに夢中になる。
 あああえばこう返す。返されたら二倍にして返してやりたい。
 ラージャの視線とエルガーの視線は絡み合ったまま、解けない。いや逸らそうだなんて思わない二人だ。二人の視界には二人しかいない。
 しかし、二人の間に突如大きな怒鳴り声が割り込んでくる。

「てめぇら!! ここがどこだか分かってんのかァア!!!!」

 正体は職場の先輩。仁王立ちの姿で悪魔のようにもつれ合うラージャとエルガーを睨みつけている。

「ま、まてぃすせんぱ……」
 一気に血の気が引いていくラージャ。
 怒らせると怖い人に目を付けられてしまった。

「お、あとはよろしく!」
 ぽん、とラージャの肩をエルガーが叩いた。そう思ったら、一瞬にしてお手洗いを潜り抜け廊下を脱出した。
 派手な成りとは裏腹に逃げ足も早いのがエルガーだ。

 ど、どうしよう……。
 残されたラージャは、愛しのエルの顔面を殴りつけたい気持ちになった。(了)

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2020.05
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