19年一本勝負さん参加録
お前にだけは
行きつけの喫茶店。
駅前で集合して、二人で店に入る。そんな日曜日の夕方は、僕たちの習慣になっていた。
「俺はブレンドで。こいつにもいつもの」
いつも通りに彼が注文する。酸味の効いた至高の一杯が待っていると思えば、待つ時間だって楽しくなる。
「お前、いつも楽しそうだよな?」
「そう?」
彼が目を細めながら僕を見つめてくる。見られているとなんだか、心の奥底まで透過されているような、変な気分になるから、どうしても落ち着かない。視線をそらしながら、何か話題を、と考えていると、視界に入ってきたのはテーブルの上で組まれた彼の指先だった。
「わ、ささくれ!」
思わず叫んでしまって、彼が目を丸くする。子供っぽい行動をとってしまったのは大反省だが、本当に僕は驚いたんだ。
「ハンドクリームの王子様でも、なるもんはなるんだな」
「王子? なんだそりゃ」
彼は困ったように笑うと、恥ずかしそうに机の下に手を非難させようとする。
「覚えてない? ほら、高校の時にさ、初めて会った時のこと!」
「さあ?」
「じゃあ、思い出して! 放課後、うーさみぃとか思いながらテニスやってたとき、落としたラケットとってくれただろ」
「ああ、思い出した。お前の手に触れてあまりにもガサガサしてて、こりゃやばいと思って」
「そそ、俺の手に塗ってくれただろ! あんとき、なんじゃこいつ、ハンドクリーム常備ってだけで、女子力高いなぁと」
「……女子力っておい、確かに――」
「ん? 今なんて?」
急に彼の声がつぶやくように小さくなったので、途中で聞こえなくなってしまった。
「いや、なんでもない。それより、珈琲できたみたいだぜ」
「おっ、僕の至福の一杯が!」
「味わって飲めよ」
こいつは勘違いしているみたいだが、乾燥肌だから常備していたわけではない。常備していて怪しまれないもので、ほぐせるものと云ったら、それしか思い浮かばなかったから持っていただけの事だ。
あの時期は妙にささくれていて、本当に誰でも良かった。
その日も、日が暮れてからのホテル帰り。暗闇の繁華街を一人重たい腰で歩く。ふと、人の肩にぶつかり、俺はしりもちをついた。
「ごめん、大丈夫?」
ぶつかったのは俺と同じ年くらいの男子。何でこんな時間にこんなところにいるんだろう。ぼんやりとしながら、無意識に差し出された手をとって、小さな痛みを感じた。この手、ガサガサだ。
「あ、ミヤちゃん、いた!」
彼は、何かを発見すると、立ち上がった俺に小さくまた謝って目的の元へ突進していった。
「……女か」
女子高生くらいに見える女の子が、中年の男と共にならんで歩いている。そこへ、彼は突撃していったのだ。
「ダメだよ! やっぱり、そういうの、ダメ!」
彼の叫び声。
悪い遊びにはまってしまった女子高生を救おうとする男子高校生か? うーん、青春だなぁ。なんて、思いながら、俺は一人、家に帰る。
「あれ……、なんでだよ」
突然溢れ出して止まらない液体は熱く、次々と流れ落ちては地面に叩きつけられて消えていく。
おかしい。こんなの。
あいつともう一度、今度は学校の敷地内で出会って、分かった。俺がおかしくなった理由も――。
「……女子力っておい、確かに女役ばっかりだったけどな」
聞き取れなかった彼は小首をかしげる。可愛い。結構重症だ。
現実なんて糞くらえみたいなものだとおもっていたのに、お前だけは……。
本当は、俺、珈琲を飲みに来ているだけじゃないんだぜ、って言ってやったらどうだろう。そんな勇気でないから、ちょっとだけ待つ。俺の勇気が出るまで、今は君の隣に。
第330回 2019.11.09 1h
お題:行きつけ/ささくれ/お前にだけは…
行きつけの喫茶店。
駅前で集合して、二人で店に入る。そんな日曜日の夕方は、僕たちの習慣になっていた。
「俺はブレンドで。こいつにもいつもの」
いつも通りに彼が注文する。酸味の効いた至高の一杯が待っていると思えば、待つ時間だって楽しくなる。
「お前、いつも楽しそうだよな?」
「そう?」
彼が目を細めながら僕を見つめてくる。見られているとなんだか、心の奥底まで透過されているような、変な気分になるから、どうしても落ち着かない。視線をそらしながら、何か話題を、と考えていると、視界に入ってきたのはテーブルの上で組まれた彼の指先だった。
「わ、ささくれ!」
思わず叫んでしまって、彼が目を丸くする。子供っぽい行動をとってしまったのは大反省だが、本当に僕は驚いたんだ。
「ハンドクリームの王子様でも、なるもんはなるんだな」
「王子? なんだそりゃ」
彼は困ったように笑うと、恥ずかしそうに机の下に手を非難させようとする。
「覚えてない? ほら、高校の時にさ、初めて会った時のこと!」
「さあ?」
「じゃあ、思い出して! 放課後、うーさみぃとか思いながらテニスやってたとき、落としたラケットとってくれただろ」
「ああ、思い出した。お前の手に触れてあまりにもガサガサしてて、こりゃやばいと思って」
「そそ、俺の手に塗ってくれただろ! あんとき、なんじゃこいつ、ハンドクリーム常備ってだけで、女子力高いなぁと」
「……女子力っておい、確かに――」
「ん? 今なんて?」
急に彼の声がつぶやくように小さくなったので、途中で聞こえなくなってしまった。
「いや、なんでもない。それより、珈琲できたみたいだぜ」
「おっ、僕の至福の一杯が!」
「味わって飲めよ」
こいつは勘違いしているみたいだが、乾燥肌だから常備していたわけではない。常備していて怪しまれないもので、ほぐせるものと云ったら、それしか思い浮かばなかったから持っていただけの事だ。
あの時期は妙にささくれていて、本当に誰でも良かった。
その日も、日が暮れてからのホテル帰り。暗闇の繁華街を一人重たい腰で歩く。ふと、人の肩にぶつかり、俺はしりもちをついた。
「ごめん、大丈夫?」
ぶつかったのは俺と同じ年くらいの男子。何でこんな時間にこんなところにいるんだろう。ぼんやりとしながら、無意識に差し出された手をとって、小さな痛みを感じた。この手、ガサガサだ。
「あ、ミヤちゃん、いた!」
彼は、何かを発見すると、立ち上がった俺に小さくまた謝って目的の元へ突進していった。
「……女か」
女子高生くらいに見える女の子が、中年の男と共にならんで歩いている。そこへ、彼は突撃していったのだ。
「ダメだよ! やっぱり、そういうの、ダメ!」
彼の叫び声。
悪い遊びにはまってしまった女子高生を救おうとする男子高校生か? うーん、青春だなぁ。なんて、思いながら、俺は一人、家に帰る。
「あれ……、なんでだよ」
突然溢れ出して止まらない液体は熱く、次々と流れ落ちては地面に叩きつけられて消えていく。
おかしい。こんなの。
あいつともう一度、今度は学校の敷地内で出会って、分かった。俺がおかしくなった理由も――。
「……女子力っておい、確かに女役ばっかりだったけどな」
聞き取れなかった彼は小首をかしげる。可愛い。結構重症だ。
現実なんて糞くらえみたいなものだとおもっていたのに、お前だけは……。
本当は、俺、珈琲を飲みに来ているだけじゃないんだぜ、って言ってやったらどうだろう。そんな勇気でないから、ちょっとだけ待つ。俺の勇気が出るまで、今は君の隣に。
第330回 2019.11.09 1h
お題:行きつけ/ささくれ/お前にだけは…