19年一本勝負さん参加録

成長と戸惑い

 群青ぐんじょうの背がまた伸びた。
 頭の上からタライが降ってきたような気持だ。177、何度も数字を見直しては自分の176と比べる。
 学校の廊下。昼休みに入り、休息を楽しむ学生たちでにぎわっている。
 俺は幼馴染の豊藤とよふじ群青と朝のHRで返された半年に一度の身体測定の数値を持ち寄って、いっせーのせで見せ合っていた。
「お、逢生あおだって伸びてるじゃないか!」
 嬉々として、俺のデータが印刷された紙を覗き込む。
「でも、お前の方が伸びた」
 ずっと同じだった身長を一センチも越されてしまった。それだけでも悔しいのに。
「ん~、でもそんな違わないけどな~」
 急に群青の手が俺の頭頂部に伸びてきた。色白だが決して華奢な訳ではない。程よくついた筋肉と角ばっていて大きな手のひら。ここでも追い抜かされていた。
「ば、バカ、よせっ!」
 背比べの為に触れてきたのだと分かっていても、距離が詰まると息が詰まる。
 反射的に群青の手を叩き落としてしまったのだが、それに対する彼の反応によって心臓まできつく締め付けられる。
彼は一瞬驚いて、その後、ちょっとショックそうな表情を浮かべて、すぐに笑顔になった。
「照れた?」
「バカか、お前!」
「じゃあ、悔しかったんだな」
 図星だろ、とばかりに人差し指で俺の顔を指して、白い歯をのぞかせる。子供じみた言動が、整った顔立ちとのギャップを煽る。
 ―――そうだ。
 彼は急に成長した。
 体躯は良くなるし、胸板だって厚くなった。バランスのとれた長い手足には男らしさのある曲線でしなり、ウエストは引き締められた筋繊維の塊で彩られている。衣服を着ればすっかり隠れてしまうが、体型は良い。
 そして、美しくなった。
 栗毛色の地毛に似合う菫色の大きな瞳。高い鼻梁。目鼻立ちは、はっきりとしていて、凛とした佇まいを見せる。
 肌色が薄いためか、儚い印象を受けるが、さっきもいったように彼の体型はかなりいい。
 美麗さと男らしさを程よいバランスでミックスしたような、とんでもない美貌の化け物になって、俺の隣にいる。
「でも、もうちょっと欲しいよなー」
「身長と学力と収入だけは、いくら高くてもいいからな」
「そそ、学力がもうちょっと高ければ、逢生と同じ特進クラスに行けたのにね」
「お前、もうちょっと頑張れよ。ゼッテエ俺より頭の作りいいんだから」
「だーめ、好きなことしか努力出来ない」
「好きなこと? 例えば?」
 軽く尋ねたはずなのに、彼は考えるフリをして間を取った後、ニヤリと白い笑みを見せて口を開く。
「幼馴染君の成長を眺めることですかなぁ」
 学園一の噂の男になりあがってしまった群青に言われてカチンと来てしまう。
彼のことだから他意はないのかもしれない。だが、お前は全然変わっていないぞと言われているような気がしてしまって、冷たい口調になってしまう。
「はあ、俺なんて全然成長してないぞ」
 それでも群青は笑みを絶やさない。
「本人は分かってないでごじゃるか」
 と、妙な薄ら笑いを浮かべながら、突然両手の一指し指を俺の方に向けて突き刺してきた。
「乳首攻撃ッ!!」
 シャツにめり込む指。見事に俺の胸の突起を直撃した。
「ちょっ、何やってんだよ!!」
 すかさず腹部にグーで対応する。
「うはっ! いや、なんつーか、最近、あれじゃん、君、最近ほら、さ」
 何を恥ずかしがっているのか知らないが、手招きされて仕方なく耳を貸す。内緒話をするように耳元でこうささやかれた。
「最近、エロい」
――え。
「ばばば、バカか、お前はぁ!!」
 何かをはぐらかされたような気がして、無性に腹が立つ。
そのまま群青に頭突きを食らわせた。彼がうずくまったので、もう一度「バーカ」と怒鳴る。
「へへへ、すまん。明日の昼飯奢る」
「そんなふうに謝罪しても絶対に許さんぞ」
 チャイムが鳴り響いた。始業のベルだ。
「この話はあと。とりあえず教室までダッシュな!」
 何かを言おうとして口を開いたが、その前に群青に手首を掴まれた。走り出した彼に引きずられるように俺も走り出す。
 ところで、一体、お前にとっての俺の姿ってどんなふうに写っているんだろう。



第327回 2019.10.27 2h
お題:ひと休み/お前にとっての俺の姿
10/49ページ
スキ