2021

ある晴れた日の昼下がり

 口に出すのは「暑い」だとか「暑い」だとか「暑い」だとか、ただそれだけ。夏休み間近の七月下旬は暑い。蒸した六月の曇り世界に慣れてしまった身体には、一気に押し寄せててきた夏へと発展していく世界が凶悪に感じられてしかたない。半袖の夏服に様変わりしても、教室のクーラーが回り始めたとしても、そんなものは全然、この暴れる気候にたちうちできていないのだ。だから、つい佐藤は口に出してしまう。「暑い」「暑い」と。
「それならなんでこんな直射日光を浴びるような場所に来るんだよ」
 彼の右肩の先でフェンスに寄り掛かっていた田中がつまらなさそうな目で佐藤を見た。午後の授業をさぼってやってきた屋上は真っ青な空を頭上に掲げ、遮るものが何もないそこは、燦々と降り注ぐ熱光線を浴びて、燃える鉄板の上のような様相だった。それなのに教室を飛び出した佐藤が田中を誘ったのはいつもの場所。すっかり夏に変貌を遂げているのに屋上のフェンスに焼かれるようにふたりしてよりかかっているのだ。
 佐藤は田中の首筋を流れる汗が反射して光るのを見た。自販機で買ったサイダーの缶でさえ大粒の汗をかいている。
「なんでだろうな、いつもの癖」
「暑いから別の場所、移らない?」
「涼しい場所には先客がいるだろ」
 田中は佐藤の解答を聞いてふっと溜め息をついた。
「俺とふたりきりになりたいのかよ」
 佐藤をからかうつもりでおどけて答えた田中だったが、佐藤は表情を変えなかった。
「そうだけど」
「は? まじで」
「別に何も話さなくたって、お前が隣にいるとなんかそれはそれで安心感あるしさ」
「うわ、俺、お前の鎮静剤かよ」
「そうかもしれない」
「熱で頭おかしくなったんじゃないの?」
「そういえば、お前は言わないよな。暑いとかって」
「暑いのに暑いって言ってどうするんだよ。余計暑苦しくなるじゃん」
「そういうもんなのか」
「そういうもんです」
「授業でたくないな」
「だからここにいるんだろ」
 弱い冷房の効いた教室内を思い出して田中は、ふっと笑った。
「いくら涼しくたって、俺もなんだかこっちのほうが居心地がいいわ」
「だろ、やっぱ、俺とお前、互いに鎮静剤になるよな」
「それはならねーよ」

(了)
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