2021

「申し訳ありません、ご主人さま《マスター》」
 彼の出す声は機械音だ。だから抑揚なく平坦で、単純に言葉を記号どうりに発している。それなのに、どことなく彼はしょげているように思えてしまうのは一体どういうことなのだろう。
「いや、謝らなくてもいい。毎日家事をしてくれているだけで助かっている」
 そう発した後に俺は後悔した。何を毎日家事をしてくれているだけで? それが彼にとって――いや、機械に対して彼という呼称もおかしいのかもしれないが――の仕事であり、存在意義ではないか。何を当たり前なことを言ってしまっただ。彼は全自動家事負担ロボット、家のことを完璧にこなすことが売りなのだ。機械のボディに感情は現れない。彼が落ち込んでいるように感じられるのは自分の脳がおかしいからだ。励まそうとしても、それは意味のない行為ほかならない。
「けれど、何度もご主人さまのお手をわずらわせてしまいました」
「いや、だから……。うん、今日はもう寝よう。きみも早く充電してあげないとね」
 彼からの返答がないうちに、急いで彼へと手を伸ばした。ボタンを三秒間長押しすると電源が落ちる。動かなくなった彼をコンセントにつなぐと、充電中を表す赤いランプが彼の胸の部分で光り輝いた。
「中古を買ったのが間違いだったかな」
 溜め息交じりにそうつぶやいた。
 彼を見つけたのはジャンクショップの店の奥。薄暗い棚の上に死んだように横たわっていた彼を見つけたとき、息がつまりそうになった。旧式の化石になっていそうな人型タイプを目の当たりにしたのだ。最新式の人間にそっくりな域にまで達した人型ロボと違って彼は金属感まるだしの平坦で簡素な見た目で、機械としても人間を模したものだとしても、圧倒的に発展途上の出来損ないという印象を持った。ただそれは悪い意味で、というわけではなく、なぜか未発達の彼を見ていると胸の内にこみ上げてくるものがあった。彼から目が離せなくなった。
 丁度、古くなった家事負担ロボットを捨てたばかりだったので新しいものを探していた時期でもあった。充電すればまだ使えるはずだと店主の説明を受け、それならと迷わず購入してしまったのが、問題だった。
「まさか……こんなにも精神を持っていかれるとはな……」
 俺は、彼が整えてくれたベッドをもう一度皺のないように整え直すと、そこに横になった。
 中古の彼は破格の値段だったが、どこかの部品が緩んでいるのかとても不器用で、エラーを起すこともしょっちゅうだ。それなのに自己制御機能だか現状把握機能だかは残っているみたいで、俺に成果報告いや、ごめんなさい報告をしてくる。これが、妙にツボに入ってたまらない。
 ばかじゃないかとも思う。だって相手はロボットだぜ。そんなのに、こんなにかき乱されてばかりでは人間さまだって廃れてしまう。
 どこかに、それこそいい感じのコレクターとか彼を可愛がってくれる人に売ってしまおうかとも考えたが、困ったことに、手が離せないんだ、俺は。

(了)
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