2020

 通学路。
 帰り道。
 
 肩が触れた、
 その距離に心臓が痛い。
 触れようと思えばすぐに手が届く。雨の世界を叩く音に紛れて、微かに彼の吐息、靴音。
 恋の気配は静かに、だが決して消滅したわけではなく、鳴りを潜めて、ジリジリと胸を焼いていく。
「急に降ってくるんで、びっくりしたよな」
 急にしゃべりだすから、そっちのほうに驚いた。だが、何ともないふうを装って、僕は「そうだね」と言葉を絞り出す。
 隣にいる君は明るく「大変だよな~」だなんて、笑う。
 声が近い。
 雨音の雑音の中、彼の声だけがダイレクトに心に響く。いつもより澄んでいて美しく聞こえるのは気のせいだろうか。
 もし、そうではないとしたら、きっと僕の歪な感情のせいかもしれない。
――好きなんだ。君が。
 落とさないように溢れないように必死に持っていたこの感情も、限界を超えてこぼれ落ちてくる雨粒のように、もう僕にもどうしようもない。
 ごめんね。
 友達だって言って笑うこの身体の奥底にそうじゃないものをひた隠している。
 肩の触れ合う距離にいても埋まらない距離。
 近いのに遠いのは、後ろめたさが遠ざけているのか、持っている感情の違いからなのか、よくわからない。
 ただ一ついえるのは、嬉しくて悲しくて、逃げてしまいたいけれど、永遠にこの雨の中に閉じ込められていたいような――ああ、僕は狂っている。
 単純な行為。濡れないように二人で入る傘の中で、これほどに心かき乱されていること自体、本当はおかしいのかもしれない。
 一本しかない傘に縋るだけの虚しさが、つーんと雨の匂いとともに体内に入ってきた。
「お前ん家、こっちだったよな」
 曲がり角で彼が聞いてくる。
 なんだよ、よく覚えているじゃないか。小さい頃、一、二回くらいしか遊びに来てないのに。
「いや、いいよ、ここでさよならだ」
 僕は彼の持つ傘の下から逃れると、パラパラと降る雨の中に身を投じた。
「おい、濡れるぞ」
「いいって!! ここか先はダッシュで帰るから」
 笑ってさよならをしよう。何度でも。
 そしてまた明日になったら、おはようと顔を合わす。
 それだけで充分なのだ。僕にとって。
 跳ねる水たまりの水がズボンの裾を濡らす。落ちてくる雨粒が全てを洗い流してくれるかもしれない。
 流れる水滴は涙じゃない。

 (了)

――――
 #創作BL版ワンライ・ワンドロ よりお題「雨傘」をお借りしました。

3/4ページ
good!