2019

蜂蜜

「坊ちゃん、お帰りなさいませ」
 高尾谷京吾の帰宅に、季利はうやうやしく背を折った。京吾はというと、いつもと違って不愛想な返事をする。
「どうかなさいましたか?」
 京吾の上着をハンガーに掛けながら、季利はうら若き主人に尋ねる。
「別に」
 京吾の耳が赤く染まっている。これは何かあった証拠だと、幼いころから彼の面倒を見ている季利は直感した。
「そうですか」
 何も気が付いていないふうを装って季利が接すると、京吾は自室に閉じこもってしまった。
「仕方ないなぁ」
 季利は小さくため息をつきながら、キッチンに向かった。
 まずはミルクを温めたマグカップに琥珀色の魔法を人さじ加える。甘いものは昔から坊ちゃんの機嫌を直すために一番手っ取り早い魔法だ。
「坊ちゃん、入りますよ」
 扉をノックしても返事がないので、季利はそのまま彼の部屋のドアノブを回した。


お題: ひと匙 2019.10.07 1h
5/16ページ
good!