2019
トイレに耳あり
昼食のチャイムが鳴った。そして僕はトイレに行った。
小学生の時にクラスにいじめっ子というかガキ大将というか、そういう腕っ節の強い男子がいた。彼が僕にばかり突っかかってくるのだ。僕に友達が出来そうならその機会を破壊する。僕が暇そうにしていれば突撃してきて僕の髪を引っ張って「女々しいやつじゃ」と大声で言ってはあちこちへ引っ張りまわす。
休み時間はトイレに逃げ込み、彼から身を隠すことで六年間をやり過ごした。何故かいじめっ子はトイレにまで追いかけてはこなかったからだ。そのせいか僕はトイレに行くと安堵してしまう性質を持ってしまったらしい。中学に入って悪がきから完全に逃れることが出来ても、僕の食堂はトイレだった。
習慣になってしまったのだ。そうとしか言えない。
「よっこいせと」
僕は便器の蓋の上に腰かけると、個室の扉を閉めた。僕の小さな城の前には「ただ今故障中」のプレートを下げておいた。これもいつもの癖だ。
「おい、ゆーちゃん来ねえの?」
「わり、べんじょー」
「おーらい」
遠くで男子生徒の話し声が聞こえた、と同時に足音がこちらに近づいてくる。僕はぎくりとした。何も悪いことはしていないのにこういう反応をしてしまうのが、なんだかとても悲しい。
僕は気になって個室のドアを音に気を付けて少し引いた。小さな隙間から、ばれないように覗いてみようと思ったのだ。
――いた。
一人の男子生徒がこちらに向かってくる。ばれたのか、と思って身を固くする。慌ててドアを閉めようとしたせいでかえってその存在を強調してしまった。
「あれ、誰かいるん?」
どっと冷や汗が身体中から湧き出てきた。頭が真っ白になるのと同時に鼓動が自己主張を始める。
「あれ、ゆーじゃん、おトイレ?」
新たに声が聞こえた。別の生徒がお手洗いに登場したのだ。
「おう」
「大の方なん?」
「いんや、小」
それならこっちに来るなよ!
「ふーん、でも個室派なん? めんどくね」
「いいのいいの、俺、一人の方が落ち着くわー」
「へー」
隣の個室のドアの開閉音が聞こえた。
「昔なー」
「おー、どしたん、ゆー」
「いや、昔な、トイレに逃げ込んでた子がいたんよ」
二人分の水音をバックに隣室の男子は勝手に話を始める。
「そいつさ、逃げ込んでな、まず『故障中』のプレートを張って個室に籠城するん。誰が見てもそこにいるやろって、分かるくらいに」
「へー、てか、なんの話?」
「俺の初恋」
「うっわ、意味わからんけど、ゆーくんえっちぃ、女子トイレにまで覗きにいったん?」
「いやいや男子。そいつ男だったわ」
「うわービーエルかよ」
「え、何それ?」
きょとんとした声の返答が隣室からあった。そして、隣室の扉が開く。
「本当にな、閉まった個室見ているだけで、うわぁ可愛いなって思って、もうそれ以上手が出せなかったんよ。あのころは可愛がるっていうのが恥ずかしくて、いじめてばかりいたからなぁ」
「うわぁ、腐女子呼んで来いよ」
「誰? フジョ?」
僕はもう、完全に放心していた。話の内容にではない。見当がついてしまったからだ。
「今、アイツどうしてっかなー」
「おい、ゆー、手を洗ってから戻れよ、きったねーぞ」
「おー」
ひねる水道の音、泡立てる石鹸。おそらくこの人物を僕は知っている。
2019.06.08/そしてトイレへいく/創作BLワンライ&ワンドロ!
昼食のチャイムが鳴った。そして僕はトイレに行った。
小学生の時にクラスにいじめっ子というかガキ大将というか、そういう腕っ節の強い男子がいた。彼が僕にばかり突っかかってくるのだ。僕に友達が出来そうならその機会を破壊する。僕が暇そうにしていれば突撃してきて僕の髪を引っ張って「女々しいやつじゃ」と大声で言ってはあちこちへ引っ張りまわす。
休み時間はトイレに逃げ込み、彼から身を隠すことで六年間をやり過ごした。何故かいじめっ子はトイレにまで追いかけてはこなかったからだ。そのせいか僕はトイレに行くと安堵してしまう性質を持ってしまったらしい。中学に入って悪がきから完全に逃れることが出来ても、僕の食堂はトイレだった。
習慣になってしまったのだ。そうとしか言えない。
「よっこいせと」
僕は便器の蓋の上に腰かけると、個室の扉を閉めた。僕の小さな城の前には「ただ今故障中」のプレートを下げておいた。これもいつもの癖だ。
「おい、ゆーちゃん来ねえの?」
「わり、べんじょー」
「おーらい」
遠くで男子生徒の話し声が聞こえた、と同時に足音がこちらに近づいてくる。僕はぎくりとした。何も悪いことはしていないのにこういう反応をしてしまうのが、なんだかとても悲しい。
僕は気になって個室のドアを音に気を付けて少し引いた。小さな隙間から、ばれないように覗いてみようと思ったのだ。
――いた。
一人の男子生徒がこちらに向かってくる。ばれたのか、と思って身を固くする。慌ててドアを閉めようとしたせいでかえってその存在を強調してしまった。
「あれ、誰かいるん?」
どっと冷や汗が身体中から湧き出てきた。頭が真っ白になるのと同時に鼓動が自己主張を始める。
「あれ、ゆーじゃん、おトイレ?」
新たに声が聞こえた。別の生徒がお手洗いに登場したのだ。
「おう」
「大の方なん?」
「いんや、小」
それならこっちに来るなよ!
「ふーん、でも個室派なん? めんどくね」
「いいのいいの、俺、一人の方が落ち着くわー」
「へー」
隣の個室のドアの開閉音が聞こえた。
「昔なー」
「おー、どしたん、ゆー」
「いや、昔な、トイレに逃げ込んでた子がいたんよ」
二人分の水音をバックに隣室の男子は勝手に話を始める。
「そいつさ、逃げ込んでな、まず『故障中』のプレートを張って個室に籠城するん。誰が見てもそこにいるやろって、分かるくらいに」
「へー、てか、なんの話?」
「俺の初恋」
「うっわ、意味わからんけど、ゆーくんえっちぃ、女子トイレにまで覗きにいったん?」
「いやいや男子。そいつ男だったわ」
「うわービーエルかよ」
「え、何それ?」
きょとんとした声の返答が隣室からあった。そして、隣室の扉が開く。
「本当にな、閉まった個室見ているだけで、うわぁ可愛いなって思って、もうそれ以上手が出せなかったんよ。あのころは可愛がるっていうのが恥ずかしくて、いじめてばかりいたからなぁ」
「うわぁ、腐女子呼んで来いよ」
「誰? フジョ?」
僕はもう、完全に放心していた。話の内容にではない。見当がついてしまったからだ。
「今、アイツどうしてっかなー」
「おい、ゆー、手を洗ってから戻れよ、きったねーぞ」
「おー」
ひねる水道の音、泡立てる石鹸。おそらくこの人物を僕は知っている。
2019.06.08/そしてトイレへいく/創作BLワンライ&ワンドロ!