第三章 満月の子と新月
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*新たな旅の始まり
「…ねぇ、ユーリ?」
ベットの上で横になっているユーリに声をかける
エステリーゼが帝都に戻る
それは、昨日決まったことだ
そうだと言うのに別れの挨拶をする気がないのか、ユーリは動こうとしない
「ん?なんだよ」
「お見送り、しなくていいの?」
「いいんだよ。オレが行ったら帰りにくくなるだろ?」
そう言って、ユーリはぼくに背を向ける
確かにそうかもしれないけど…
でも、行ったらエステリーゼ、喜ぶと思うんだけどなぁ
「…ね、ユーリ」
ぼくに背を向けたユーリのベッドに腰掛けて彼の頬をつつきながら声をかける
「…なんだよ?」
不服そうな声でユーリは少しだけぼくの方に顔を向けた
「行こう、お見送りしに。エステリーゼだって、ユーリが来なかったら寂しいと思うよ?お姫様なんだし、滅多に会えなくなるかもしれないんだからさ」
そう言って彼の腕を掴む
重い剣を振っているとは思えない程細いけど、がっしりとした腕をグイグイと引く
「…わかった。わかったから腕引っ張んなっての」
等々諦めたらしいユーリは苦笑いしながら起き上がった
「そうこなくっちゃね!ほら、早く行こ行こ!」
彼の腕を離して扉の方へと向かう
後ろからユーリが仕方ねぇなって小声で言いながら立ち上がる音が聞こえる
なんだかんだ言って、ちゃんと来てくれるのは彼らしい
部屋から出ようと扉に手をかけた時だった
ドォーーーンッ!!!!
大きな音が辺りに響き、地面が揺れた
「わ…っ!?」
「アリシアっ!」
突然のことに対処できず、よろけたぼくをユーリが支えてくれた
「平気か?」
心配そうにぼくの顔を覗き込んでくる
「ん…大丈夫。それより、エステリーゼの所に急ご!」
「あぁ、そうだな」
ぼくらは頷きあって外へと飛び出した
外に出て橋に近づくと、馬車が一台倒れているのが目に入った
その傍に兄さんの姿があった
「兄さん…っ!」
ぼくは慌てて兄さんに駆け寄る
「アリシア…!」
地面に膝を付いて少し苦しそうにしている
どうやら何かに攻撃されたみたいだ
人が多くて、ここでは治癒ができない
「ひでぇ有様だな」
そう言いながらユーリが近づいてきた
「すまない…僕のことよりも、エステリーゼ様が…!」
兄さんの向いた方に目を向ける
そこにはエステリーゼと…赤い大きな魔物の姿があった
「…!(あれは…!)」
リムルが思い出させてくれた記憶にいた『彼』と同じ姿…
もし、『彼』だとしたらエステリーゼが危ない
慌てて彼女に近づこうとする
「ヘラクレスの用意を!」
けど、すぐ傍に聞こえた声に一瞬凄んでしまう
ぼくが…『わたし』が大嫌いな声
その人物がすぐ傍にいる
これほどつらいことはない
…でも、乗り越えなきゃ…!
竦む足を何とか動かしてエステリーゼの傍に駆け寄る
《忌マワシキ世界ノ毒ハ消ス》
そんな声が辺りに響いた
あぁ、やっぱり『彼』なんだ…
「人の言葉を…?あなたは…?」
「エステリーゼ…っ!」
「っ!アリシア…!」
彼女の手を掴んで思い切り引っ張る
「え?あ、あの…っ!」
「馬鹿っ!逃げなきゃ危ないでしょ!」
そう言いながら距離を取ろうとするが、僅かな段差に足が引っかかって転びそうになる
「ぅわ…っ!?」
「っと!あっぶねぇ…」
躓いた瞬間、ユーリが支えてくらたらしく何とかころばずには済んだ
「お前もちゃんと前見て走らねぇと、危ないだろ?」
そう言いながら、ユーリはぼくの頭を小突いてくる
「う…ごめん…」
ぼくが謝ったのと同時に、ドーンっと大きな地響きが響き渡った
どうやら騎士団長が『彼』目掛けて攻撃を始めたらしい
流石に危ないと思ったらしい『彼』は、この場から逃げることを選択したようだ
「エステル、ここから先はお前が決めることだ。どうする?フレンとこのまま帝都に戻るか…旅を続けてさっきの答えを探すか」
じっとエステリーゼを見つめてユーリは問いかける
「……私、旅を続けたいです」
その問いに、エステリーゼは真剣な目でそう答えた
「そうこなくっちゃな」
ほんの少し嬉しそうにユーリは笑ってウィンクした
…一瞬、胸がチクッと痛んだ
恐らく、ユーリへの気持ちに気づいてしまったからなんだろう
でも今はそれを気にしてる余裕はない
「ほら、行こう!」
そう言って、ぼくはエステリーゼの手を掴んで走り出す
その後をユーリが追いかけてくる
橋を渡っていると、昨日会ったクリティア族の女の人、ジュディスがじっと空を見つめているのが目に入った
「ジュディスっ!何してるんですかっ!?」
エステリーゼはそう言ってぼくの手を離して彼女に近寄った
そりゃそうだ
だってぼくらの背後では橋が崩れ始めてるんだもの
エステリーゼはジュディスの手を掴むと、そのまま彼女を引っ張って走って行く
「あら、強引ね」
…ジュディスって、かなり呑気なんだね…
橋を渡りきると同時に砲撃も止んだ
「ユーリっ!アリシアっ!!それにエステリーゼ様までっ!!」
反対側から兄さんが呼んでくる
その声にぼくらは足を止めた
「ごめんなさいフレン、やっぱり帝都には戻れません。まだ、学ばないといけないことが沢山あります!帝都にはノール港で苦しむ人々の声は届きませんでした!自分から歩み寄らなければ何も得られない……だから、旅を続けます!」
「エステリーゼ様……」
兄さんはエステリーゼの言葉に、少し戸惑いを見せた
ユーリは懐に入れていた水道魔導器 の魔核 を兄さんに投げ渡した
「悪ぃっ!フレン!!それ下町に届けてくれっ!!オレギルド始めるわ!ハンクスじいさんやみんなによろしくな」
「ギルド……それが君が言っていたやり方か」
そう聞き返した兄さんは、どこか寂しげで…でも同時にようやく何かをしようとしているユーリに対して、嬉しさを感じてるようにも見えた
ぼくの隣では、ユーリが嬉しそうにしているカロルに、よろしくな、って声をかけていた
「アリシア…」
心配そうに名前を呼んでくる兄さんの声が聞こえてくる
「…兄さん、ぼくもユーリについて行くよ」
「…本当に、行くのかい…?」
「うん。…思い出したんだ、大事なこと」
そう言って兄さんに微笑む
ぼくの言葉の意味を察したらいし兄さんは、一瞬目を大きく見開いた
でも、すぐに少しだけ嬉しそうに微笑み返してくれる
「…そうか。なら、行かないといけないな」
「…また、手紙書くから!」
「あぁ。待ってるよ」
その言葉を聞いて、ぼくは兄さんに背を向ける
『あの人』が気づく前に、離れなきゃ
「アリシア、行こう」
そう言ってユーリはぼくに手を差し出してくる
「うん!」
ニコッと笑ってその手を取った
こうして、ぼくらはダングレストを離れた
「………まさか、な。」
ユーリ達が去った後、その様子をフレンの背後から一瞬見た『彼』は小さく呟いた
まさか自分の探している人物がすぐ傍にいたなど、信じたくなかったのだ
何故なら、『彼女』であれば自分が気づかないわけないと過信していたからだ
「……貴様に新たな任務が出来た」
『彼』は自身の背後の物陰に、顔を向けずに声をかける
姿こそ見えないが、そこには確かに『誰か』の気配がある
「…彼女を追え」
たった一言そう言うと、その気配はその場から消えた
「……一体、何処にいらっしゃるのですか。我が姫よ……」
小さく呟いてほんの少し空を見上げると、『彼』は部下の元へと戻って行った
「はっ……はぁ……ごめっ……ちょっと休憩………」
ダングレストを離れて少しした所で立ち止まる
流石にこれ以上走れそうにはない
「はぁ……はぁ……騎士も……追いかけて……来てない……みたいだしね……」
「はぁっ……だな………今日はここで休むか」
流石にみんなもきつかったみたいで、反対する人はいなかった
「そう言えば、あなたとまだちゃんと挨拶してなかったわね」
息を整えていると、ジュディスが歩み寄って来る
「あー…そう言えばそうだったね。ぼくはアリシア」
「私はジュディスよ。よろしくね」
そう言って彼女は手を差し出してくる
「うん、よろしく」
そう返して、その手を取った
「……で、ユーリ本当にギルド作るの…?」
ぼくらが挨拶していると、カロルの少し不安そうな声が聞こえてきた
「当たり前だろ?」
ユーリはそう彼に返す
…本当にギルド、作るんだなぁ
「それじゃあ、一休みしたらギルドの事も色々ちゃんと決めようね」
「一休みしたいのはカロル先生だけどな」
そう言い合いながらユーリとカロルはその場に座った
「でも、ギルドを作って何するの?」
ふと浮かんだ疑問を二人に問いかけながらぼくも腰を下ろす
その隣でエステリーゼとジュディスも腰を下ろした
「何を、か…」
「ボクはギルドを大きくしたいな。それでドンの跡を継いで、ダングレストを守るんだ。それが街を守り続けるドンへの恩返しになると思うんだ」
「立派な夢ですね」
エステリーゼはそう言ってカロルに微笑んだ
ギルドの街で育ったカロルだからこそ、そう思ったんだろう
「オレはまぁ、首領 について行くぜ」
「え? ボ、首領 ? ボクが・・・?」
「ああ、お前が言い出しっぺなんだから」
カロルは首領 と言う言葉に狼狽えている
…と言うか、ギルドの話、カロルからしてたんだ…
「そ、そうだよね。じゃあ、何からしよっか!」
「とりあえず落ち着け」
「うん!」
そう言ってカロルが幸せそうな顔をしていると、その様子を見ながらジュディスが微笑んだ
「ふふっ・・・なんだかギルドって楽しそうね」
「ジュディスもギルドに入ってはどうです?」
「あら、良いのかしら。ご一緒させてもらっても」
「ギルドは掟を守る事が一番大事なんだ。その掟を破ると厳しい処罰を受ける。例えそれが友達でも、兄弟でも。それがギルドの誇りなんだ。だから掟に誓いを立てずには加入は出来ないんだよ」
ジュディスの言葉にカロルがそう答える
「カロルのギルドの掟は何なんです?」
「えっと・・・」
エステリーゼは掟についてカロルに問いかける
どうやらまだ決まっていないらしくて、カロルはうーん…と悩み出す
「お互いに助け合う、ギルドの事を考えて行動する。人として正しい行動をする。それに背けばお仕置きだな」
「え?」
「一人はギルドの為に、ギルドは一人の為に。義を持って事を成せ。不義には罰を、って事ですね」
その言葉には聞き覚えがある
それは、ユニオン誓約の一文だ
「掟に反しない限りは、個々の意思は尊重する」
「ユーリ・・・それ・・・」
「だろ?首領 」
ニカッと笑ってユーリはカロルを見た
「一人はギルドの為に、ギルドは一人の為…う、うん! そう! それがボク達の掟!」
「今からは私の掟でもある、と言う事ね」
そう言ってジュディスは二人に微笑んだ
「そんな簡単に決めても良いのか?」
「ええ、気に入ったわ。一人はギルドの為…良いわね」
「じゃあ…」
「掟を守る誓いを立てるわ、私と…貴方達の為に」
「あんたの相棒はどうすんだ?」
「心配してくれて有り難う。でも平気よ、彼なら」
「相棒って…?」
「前に一緒に旅をしてた友達よ」
「へえ、そんな人がいたんだね。じゃあ今日からボク等がジュディスの相棒だね」
「よろしくお願いね」
「よろしく!」
「ワンワン!」
「わたしは…」
そう言ってエステリーゼは言葉を詰まらせる
まだどうしたいか、決まりきっていないんだろう
「もう少し考えてからでもいいんじゃないかな?」
エステリーゼにぼくはそう声をかける
彼女はそれに、ゆっくりと頷いた
「アリシアはどうするの?」
首を傾げながらカロルはぼくに問いかけてくる
「ぼく?」
「だな。なんか大事なこと思い出したってフレンに言ってなかったか?」
「…うん。言ったよ。でも、ぼくはユーリ達について行くよ」
「それでいいのか?」
「いいんだ、それで。…あ、でも、ユーリ達の都合がよければ、ノードポリカに行きたいかな」
記憶は思い出したけど、ベリウスには一度会っておきたい
折角ドンが書状書いてくれたんだもん
「ノードポリカに?何しに行くの?」
「んー、ちょっと会いたい人がいるんだ」
「お知り合いの方でもいるんです?」
「…そんなとこ、かな」
カロルとエステリーゼにぼくはそう答えた
二人は不思議そうに首を傾げる
「…ま、そういう事ならオレらのタイミングで行ってやろうぜ」
ユーリのその言葉で一度話を中断して、ぼくらは野営の準備を始めた
夜、各々好きなように時間を過ごしている
ぼくは一人、少し離れた場所で空を見つめている
記憶を思い出して、このままじゃいけないって気づいても、具体的にどうしたらいいのかはまだわからない
やらなきゃいけない事があるのはわかってる
でも、何をすればいいんだろう?
ぼくはこれからどうしたらいいんだろう
どうしたら、『あの人』を止められるんだろう
…頭の中はそんな言葉だらけなんだ
一人で考えててもわからなくて、いつも兄さんが一緒に悩んでくれていていたことを思い出す
…ずっと、ぼくは兄さんに頼りきってたんだなって、改めて思う
いつも答えを出してくれるのは兄さんで、守ってくれるもの兄さんで…
…してもらって、ばっかだったんだなぁ
兄さんからしたら、『あの約束』のこともあるから、それが当たり前なのかもしれないんだけど…
でも、やっぱり、してもらってばかりは嫌だな…
「こんなとこでなーにしてんだよ?」
考え事をしてると、後ろから声が聞こえてきた
振り返ると、そこにはユーリがいた
「ユーリ…見張りしてたんじゃなかったの?」
「ラピードが代わってくれたんだよ。…んで、何してんの?」
そう言いながらユーリはぼくの隣に腰を下ろした
「星を見ながらちょっと考え事してただけだよ」
「ふーん。考え事、ね」
そう言うと、じっとぼくの顔を見つめてきた
「…えっと、なんかついてる…?」
あまりにもユーリがまじまじと見つめてくるから、思わずそう聞いてしまった
「…なぁ、前々から聞こうと思ってたんだが…」
そこまで言うと、ユーリは言葉を詰まらせる
いや、正確に言えば言おうとしてるんだけど、躊躇っているように見える
「なに?」
首を傾げながら問いかける
…ううん、問いかけなくってもわかってる
ユーリはぼくと兄さんが隠し事をしてることに気づいてる
…きっと、聞きたいのはその事だ
でも、ユーリは優しいから
だから、聞くに聞けないんだと思う
「…いや、なんっつーか…」
気まづそうにそう言いながらユーリは頭を掻く
…やっぱり、聞きたいんだろうなぁ
「…兄さんとぼくの隠し事、気になるの?」
そう言うと、ユーリは驚いた顔でぼくを見つめてくる
「…ごめん、ユーリが気づいてること、知ってた。…知ってて黙ってた」
「……確信してたわけじゃねえけど…やっぱり、隠し事してたんだな」
「ごめんね。…でも、そう簡単に言える事じゃないんだ。……危ない目に、合わせたくないから」
「…なぁ、アリシア、やっぱり、お前……」
言葉を続けようとするユーリの唇にぼくは人差し指を当てた
「……その先は言わないで。あの子に気づかれると困るんだ。…あの子、嘘つくの下手くそだから」
そう言って、少し笑って見せる
きっと引きつっているだろうけど…
「…それ、肯定してるのと同じだぜ?」
ユーリはぼくが当てた手を掴んで離しながらそう言った
「…あっ…」
…やばい、やってしまった…
クロームに忠告まで受けたのに、やってしまったよ…
何も言い返せなくて項垂れる
言い返しても、返さなくても、ぼくが『アリアンナ』だと言うことは、ユーリに完全にバレてしまったんだから
「誰にも言いやしねぇよ」
ポンッとユーリはぼくの頭の上に手を乗せてきた
「大丈夫、オレはお前の…お前らの味方だから」
その言葉に、ゆっくりと顔をあげた
優しく微笑みながらぼくを見つめているユーリが視界に映る
「ユーリ…」
「これでようやく、お前が騎士から隠れるわけもわかったしな。なんでかはまだわからねぇが…ま、それはアリシアのタイミングで教えてくれりゃいいさ」
まさかこんなこと言われるなんて思ってなくて、ほんの少し嬉しさで泣きそうになる
「…ありがとう」
泣かないように、精一杯笑いながらそう言う
「お礼言われるようなことは言ってねぇぜ?」
「ぼくが言いたかっただけだから」
「…そっか」
「……ね、ユーリ」
「ん?」
「…今はまだ言えないけど…でも、その時が来たら、聞いてくれる?」
知られちゃったから
だから、ユーリにだけはちゃんと話しておきたい
…一応兄さんに言ってからじゃないとまずいから、その後になると思うけど…
「当たり前だろ。…ちゃんと聞いてやるよ」
「…話すことで、危険なことに巻き込むかもしれないよ?…それでも…」
「バーカ。んな事気にしてんなよ。…言ったろ?オレは味方だって。絶対守ってやるから」
ユーリはそう言って、ぼくを抱きしめてくる
周りからよく言われるけど、ぼくとユーリの距離感は大分近いらしい
普通兄妹でもない限りこんなに近くないんだって
ぼくにとってユーリは幼なじみで、お兄ちゃん的存在で……
……それでいて、特別な人
それはつい最近気づいた事だけど……
ユーリが同じように思ってくれてるかはわからない
…もしかしたら、ユーリはぼくのこと妹程度にしか見てないかもしれないけど
……でも、いつかは伝えたい、この気持ちを…
「…さて、明日も早いわけだし、そろそろ寝に行くか?」
ぼくを離しながらユーリはそう問いかけてくる
「…うん、そうしようかな」
「んじゃ戻ろうぜ」
そう言ってユーリは立ち上がるとぼくに手を差し出してくれる
当たり前のようにその手を取ってぼくも立ち上がる
…いつまでこうしていられるか、わからないけど…
…もう少し、もう少しだけ、今のままでいさせて欲しい
みんなのいる場所にもどると、みんなは既に眠りについていた
ユーリはちょっと離れた木の傍に腰を下ろすと、ぼくを手招きして呼んでくる
隣に行って、ユーリの膝の上に頭を乗せる
「アリシア、おやすみ」
「おやすみ、ユーリ」
そう言って目を閉じる
「…(………リムル)」
心の中で彼女の名前を呼ぶと、一瞬で意識を持っていかれた
アリシアが目を開けると、いつものあの空間にいた
『…どうしたの?』
「……ちょっとだけ相談したいなって思って…相談できるの、あなたくらいだから」
『ついこの間まで敬語だったのに…。…やっぱり、少し違うのね』
「…うん。違うよ。ぼくは『彼女』であって、『彼女』じゃない。…でも、ぼくらは二人で一人だ。…いつかはまた、一人に戻るよ」
『……そう。…それで、相談っていうのは?』
「…『あの人』を止めるには、どうするのが一番いいのかなって」
『…そう、ね…。中々難しい相談ね…』
「…やっぱり、無理…かな」
『そんなことはないわ。…けど、止めるには、彼にあなたの存在を知られないといけない。…その覚悟はある?』
「…それは……」
『…わかってるわ、難しいのは。失いたくない人に気づかれてしまったんだもの…。…だから、あなたは選択しないといけない。大事な人の為に、自分が犠牲になるか。それとも…『彼女』を犠牲にするか』
「…どっちも、嫌な選択だね」
『そうゆうものよ、世の中って』
「…そう、だね。……ねぇ、まだ考える時間はある?」
『…えぇ、まだ大丈夫よ。でも、あまり長くはないわ』
「……わかった。ありがとう、もう少しだけ、自分で考えてみるよ」
『えぇ…。さぁ、もう寝なさい』
「……うん、そうするね」
そう言って、彼女は静かに目を閉じた
〜翌朝〜
「せっかくギルド、立ち上げたんだし、何か仕事したいね」
野宿の後片付けをしていると、不意にカロルがそう言ったのが聞こえた
「そう慌てるなって」
弾んだ声の彼に、ユーリは少し苦笑いしながら声をかける
「……エステリーゼはこの後、どうするの?」
その横で、ぼくは昨日聞けなかった彼女の答えを問いかけた
「私は、あの喋る魔物を探そうと思います。狙われたのが私なら、その理由を知りたいんです」
エステリーゼはとても真剣な目でそう答えた
彼女なりに考えて出した答えなんだろう
「理由がわからないとおちおち昼寝もできないか」
「でも……見つかる?どこにいるかわからない化け物なんて……」
カロルの『化け物』という言葉に、ジュディスが反応したのが見えた
「化け物情報はカロル担当だろ」
「いくらボクでもあんなの初めてだもん。わかんないよ~」
「化け物ではなくて、あの子はフェロー」
少し不機嫌そうにしながら彼女は言った
…知ってる、のかな?
「知っているんです?」
「前に友達と旅をした時に見たの。友達が彼の名前を知っていたわ」
「一緒に旅をしていたって人?その人、なんでそんなの知ってたの?」
カロルがそう言うと、ジュディスは口を閉ざし、顔を背けてしまう
「見たってどこでですか?」
「デズエール大陸にあるコゴール砂漠で、よ」
エステリーゼの問いかけに、彼女はそう答える
「このトルビキア大陸の南西の大陸ですね
デズエール大陸……砂漠……」
「ただ見ただけでほいほい行くようなところじゃないぞ。砂漠は」
「そうだよねぇ」
「もしかして、あのおとぎ話の……」
エステリーゼは小さく呟いた
「おとぎ…話…?」
ぼくはそれに聞き返す
「お城で読んだことがあります。コゴール砂漠に住む、言葉をしゃべる魔物の物語を」
…あぁ、その物語は『わたし』も昔よく読んだっけ
「でも、いくらでもあるじゃん、そんな話。ほら、海の中から語り掛けてくる魔物の話とか」
「それはきっと逆ね」
「逆?」
「そのままそういうお話になったのよ、彼らのことが」
「火のない所に煙はたたない、ですね」
エステリーゼがそう言うとジュディスはそれに頷く
「でも、そこへエステル一人で行くつもりだったの?」
「え?あの…」
彼女はおどおどと周りを見回す
どうやら本気でそのつもりだったらしい
「やれやれ。こりゃ護衛役つけておかねぇとマジで一人でも行っちまいそうだ
なぁ。これ、ギルドの初仕事にしようぜ」
「そっか!ここでエステル一人で行かせたらギルドの掟に反するよね」
「そういうことね」
「………でも、仕事にするなら、エステルから報酬を貰わないと」
「別にいいだろ、金なんて」
あっけからんとユーリはそう言った
いやいや、お金は貰わないとダメでしょ…
「ダメダメ。ギルドの運営にお金は大切なんだから」
「あ、あの……私、今、持ち合わせないです……」
「だったら、報酬は、あとで考えても良いんじゃない?」
「報酬、必ず払います。だから一緒に行きましょう!」
「んじゃ、決まりだな」
ユーリがそう言うと、カロルとエステリーゼは嬉しそうにニッコリと笑い合っていた
「よーし!じゃあ勇気凛々胸いっぱい団出発!」
彼の掛け声に一瞬思考が止まった
「…カロル…?」
「ちょっ、それなんです?」
「え、ギルド名だよ」
「それじゃだめです!名乗りを上げる時に、ずばっといいやすくないと!」
エステリーゼの言葉にカロルはうーんっと唸る
名乗りやすい名前…か
「…それじゃあ、凛々の明星 、なんてどうかな。…夜空で最も強い光を放つ星…」
「一番の星か、恰好いいね!」
「凛々の明星 ……ね。気に入った、それにしようぜ」
「大決定!」
二人ともぼくが思い付いた名前を気に入ってくれたらしい
「じゃあ早速トリム港に行って船を調達しよう!デズエール大陸まで船旅だ!」
「んじゃ、まずはヘリオードだな」
「ヘリオードと言えば、魔導器 の暴走の後、街がどうなったのか気になります」
「だね。ちょっとだけ街を見てからトリム港に行こう?」
ぼくがそう言うとみんなは頷いた
ヘリオード……か
クロームは流石にもういないかな…
「じゃあ改めて……凛々の明星 、出発!」
カロルの掛け声で、ぼくらはヘリオードに向けて歩き出した
「…ねぇ、ユーリ?」
ベットの上で横になっているユーリに声をかける
エステリーゼが帝都に戻る
それは、昨日決まったことだ
そうだと言うのに別れの挨拶をする気がないのか、ユーリは動こうとしない
「ん?なんだよ」
「お見送り、しなくていいの?」
「いいんだよ。オレが行ったら帰りにくくなるだろ?」
そう言って、ユーリはぼくに背を向ける
確かにそうかもしれないけど…
でも、行ったらエステリーゼ、喜ぶと思うんだけどなぁ
「…ね、ユーリ」
ぼくに背を向けたユーリのベッドに腰掛けて彼の頬をつつきながら声をかける
「…なんだよ?」
不服そうな声でユーリは少しだけぼくの方に顔を向けた
「行こう、お見送りしに。エステリーゼだって、ユーリが来なかったら寂しいと思うよ?お姫様なんだし、滅多に会えなくなるかもしれないんだからさ」
そう言って彼の腕を掴む
重い剣を振っているとは思えない程細いけど、がっしりとした腕をグイグイと引く
「…わかった。わかったから腕引っ張んなっての」
等々諦めたらしいユーリは苦笑いしながら起き上がった
「そうこなくっちゃね!ほら、早く行こ行こ!」
彼の腕を離して扉の方へと向かう
後ろからユーリが仕方ねぇなって小声で言いながら立ち上がる音が聞こえる
なんだかんだ言って、ちゃんと来てくれるのは彼らしい
部屋から出ようと扉に手をかけた時だった
ドォーーーンッ!!!!
大きな音が辺りに響き、地面が揺れた
「わ…っ!?」
「アリシアっ!」
突然のことに対処できず、よろけたぼくをユーリが支えてくれた
「平気か?」
心配そうにぼくの顔を覗き込んでくる
「ん…大丈夫。それより、エステリーゼの所に急ご!」
「あぁ、そうだな」
ぼくらは頷きあって外へと飛び出した
外に出て橋に近づくと、馬車が一台倒れているのが目に入った
その傍に兄さんの姿があった
「兄さん…っ!」
ぼくは慌てて兄さんに駆け寄る
「アリシア…!」
地面に膝を付いて少し苦しそうにしている
どうやら何かに攻撃されたみたいだ
人が多くて、ここでは治癒ができない
「ひでぇ有様だな」
そう言いながらユーリが近づいてきた
「すまない…僕のことよりも、エステリーゼ様が…!」
兄さんの向いた方に目を向ける
そこにはエステリーゼと…赤い大きな魔物の姿があった
「…!(あれは…!)」
リムルが思い出させてくれた記憶にいた『彼』と同じ姿…
もし、『彼』だとしたらエステリーゼが危ない
慌てて彼女に近づこうとする
「ヘラクレスの用意を!」
けど、すぐ傍に聞こえた声に一瞬凄んでしまう
ぼくが…『わたし』が大嫌いな声
その人物がすぐ傍にいる
これほどつらいことはない
…でも、乗り越えなきゃ…!
竦む足を何とか動かしてエステリーゼの傍に駆け寄る
《忌マワシキ世界ノ毒ハ消ス》
そんな声が辺りに響いた
あぁ、やっぱり『彼』なんだ…
「人の言葉を…?あなたは…?」
「エステリーゼ…っ!」
「っ!アリシア…!」
彼女の手を掴んで思い切り引っ張る
「え?あ、あの…っ!」
「馬鹿っ!逃げなきゃ危ないでしょ!」
そう言いながら距離を取ろうとするが、僅かな段差に足が引っかかって転びそうになる
「ぅわ…っ!?」
「っと!あっぶねぇ…」
躓いた瞬間、ユーリが支えてくらたらしく何とかころばずには済んだ
「お前もちゃんと前見て走らねぇと、危ないだろ?」
そう言いながら、ユーリはぼくの頭を小突いてくる
「う…ごめん…」
ぼくが謝ったのと同時に、ドーンっと大きな地響きが響き渡った
どうやら騎士団長が『彼』目掛けて攻撃を始めたらしい
流石に危ないと思ったらしい『彼』は、この場から逃げることを選択したようだ
「エステル、ここから先はお前が決めることだ。どうする?フレンとこのまま帝都に戻るか…旅を続けてさっきの答えを探すか」
じっとエステリーゼを見つめてユーリは問いかける
「……私、旅を続けたいです」
その問いに、エステリーゼは真剣な目でそう答えた
「そうこなくっちゃな」
ほんの少し嬉しそうにユーリは笑ってウィンクした
…一瞬、胸がチクッと痛んだ
恐らく、ユーリへの気持ちに気づいてしまったからなんだろう
でも今はそれを気にしてる余裕はない
「ほら、行こう!」
そう言って、ぼくはエステリーゼの手を掴んで走り出す
その後をユーリが追いかけてくる
橋を渡っていると、昨日会ったクリティア族の女の人、ジュディスがじっと空を見つめているのが目に入った
「ジュディスっ!何してるんですかっ!?」
エステリーゼはそう言ってぼくの手を離して彼女に近寄った
そりゃそうだ
だってぼくらの背後では橋が崩れ始めてるんだもの
エステリーゼはジュディスの手を掴むと、そのまま彼女を引っ張って走って行く
「あら、強引ね」
…ジュディスって、かなり呑気なんだね…
橋を渡りきると同時に砲撃も止んだ
「ユーリっ!アリシアっ!!それにエステリーゼ様までっ!!」
反対側から兄さんが呼んでくる
その声にぼくらは足を止めた
「ごめんなさいフレン、やっぱり帝都には戻れません。まだ、学ばないといけないことが沢山あります!帝都にはノール港で苦しむ人々の声は届きませんでした!自分から歩み寄らなければ何も得られない……だから、旅を続けます!」
「エステリーゼ様……」
兄さんはエステリーゼの言葉に、少し戸惑いを見せた
ユーリは懐に入れていた
「悪ぃっ!フレン!!それ下町に届けてくれっ!!オレギルド始めるわ!ハンクスじいさんやみんなによろしくな」
「ギルド……それが君が言っていたやり方か」
そう聞き返した兄さんは、どこか寂しげで…でも同時にようやく何かをしようとしているユーリに対して、嬉しさを感じてるようにも見えた
ぼくの隣では、ユーリが嬉しそうにしているカロルに、よろしくな、って声をかけていた
「アリシア…」
心配そうに名前を呼んでくる兄さんの声が聞こえてくる
「…兄さん、ぼくもユーリについて行くよ」
「…本当に、行くのかい…?」
「うん。…思い出したんだ、大事なこと」
そう言って兄さんに微笑む
ぼくの言葉の意味を察したらいし兄さんは、一瞬目を大きく見開いた
でも、すぐに少しだけ嬉しそうに微笑み返してくれる
「…そうか。なら、行かないといけないな」
「…また、手紙書くから!」
「あぁ。待ってるよ」
その言葉を聞いて、ぼくは兄さんに背を向ける
『あの人』が気づく前に、離れなきゃ
「アリシア、行こう」
そう言ってユーリはぼくに手を差し出してくる
「うん!」
ニコッと笑ってその手を取った
こうして、ぼくらはダングレストを離れた
「………まさか、な。」
ユーリ達が去った後、その様子をフレンの背後から一瞬見た『彼』は小さく呟いた
まさか自分の探している人物がすぐ傍にいたなど、信じたくなかったのだ
何故なら、『彼女』であれば自分が気づかないわけないと過信していたからだ
「……貴様に新たな任務が出来た」
『彼』は自身の背後の物陰に、顔を向けずに声をかける
姿こそ見えないが、そこには確かに『誰か』の気配がある
「…彼女を追え」
たった一言そう言うと、その気配はその場から消えた
「……一体、何処にいらっしゃるのですか。我が姫よ……」
小さく呟いてほんの少し空を見上げると、『彼』は部下の元へと戻って行った
「はっ……はぁ……ごめっ……ちょっと休憩………」
ダングレストを離れて少しした所で立ち止まる
流石にこれ以上走れそうにはない
「はぁ……はぁ……騎士も……追いかけて……来てない……みたいだしね……」
「はぁっ……だな………今日はここで休むか」
流石にみんなもきつかったみたいで、反対する人はいなかった
「そう言えば、あなたとまだちゃんと挨拶してなかったわね」
息を整えていると、ジュディスが歩み寄って来る
「あー…そう言えばそうだったね。ぼくはアリシア」
「私はジュディスよ。よろしくね」
そう言って彼女は手を差し出してくる
「うん、よろしく」
そう返して、その手を取った
「……で、ユーリ本当にギルド作るの…?」
ぼくらが挨拶していると、カロルの少し不安そうな声が聞こえてきた
「当たり前だろ?」
ユーリはそう彼に返す
…本当にギルド、作るんだなぁ
「それじゃあ、一休みしたらギルドの事も色々ちゃんと決めようね」
「一休みしたいのはカロル先生だけどな」
そう言い合いながらユーリとカロルはその場に座った
「でも、ギルドを作って何するの?」
ふと浮かんだ疑問を二人に問いかけながらぼくも腰を下ろす
その隣でエステリーゼとジュディスも腰を下ろした
「何を、か…」
「ボクはギルドを大きくしたいな。それでドンの跡を継いで、ダングレストを守るんだ。それが街を守り続けるドンへの恩返しになると思うんだ」
「立派な夢ですね」
エステリーゼはそう言ってカロルに微笑んだ
ギルドの街で育ったカロルだからこそ、そう思ったんだろう
「オレはまぁ、
「え? ボ、
「ああ、お前が言い出しっぺなんだから」
カロルは
…と言うか、ギルドの話、カロルからしてたんだ…
「そ、そうだよね。じゃあ、何からしよっか!」
「とりあえず落ち着け」
「うん!」
そう言ってカロルが幸せそうな顔をしていると、その様子を見ながらジュディスが微笑んだ
「ふふっ・・・なんだかギルドって楽しそうね」
「ジュディスもギルドに入ってはどうです?」
「あら、良いのかしら。ご一緒させてもらっても」
「ギルドは掟を守る事が一番大事なんだ。その掟を破ると厳しい処罰を受ける。例えそれが友達でも、兄弟でも。それがギルドの誇りなんだ。だから掟に誓いを立てずには加入は出来ないんだよ」
ジュディスの言葉にカロルがそう答える
「カロルのギルドの掟は何なんです?」
「えっと・・・」
エステリーゼは掟についてカロルに問いかける
どうやらまだ決まっていないらしくて、カロルはうーん…と悩み出す
「お互いに助け合う、ギルドの事を考えて行動する。人として正しい行動をする。それに背けばお仕置きだな」
「え?」
「一人はギルドの為に、ギルドは一人の為に。義を持って事を成せ。不義には罰を、って事ですね」
その言葉には聞き覚えがある
それは、ユニオン誓約の一文だ
「掟に反しない限りは、個々の意思は尊重する」
「ユーリ・・・それ・・・」
「だろ?
ニカッと笑ってユーリはカロルを見た
「一人はギルドの為に、ギルドは一人の為…う、うん! そう! それがボク達の掟!」
「今からは私の掟でもある、と言う事ね」
そう言ってジュディスは二人に微笑んだ
「そんな簡単に決めても良いのか?」
「ええ、気に入ったわ。一人はギルドの為…良いわね」
「じゃあ…」
「掟を守る誓いを立てるわ、私と…貴方達の為に」
「あんたの相棒はどうすんだ?」
「心配してくれて有り難う。でも平気よ、彼なら」
「相棒って…?」
「前に一緒に旅をしてた友達よ」
「へえ、そんな人がいたんだね。じゃあ今日からボク等がジュディスの相棒だね」
「よろしくお願いね」
「よろしく!」
「ワンワン!」
「わたしは…」
そう言ってエステリーゼは言葉を詰まらせる
まだどうしたいか、決まりきっていないんだろう
「もう少し考えてからでもいいんじゃないかな?」
エステリーゼにぼくはそう声をかける
彼女はそれに、ゆっくりと頷いた
「アリシアはどうするの?」
首を傾げながらカロルはぼくに問いかけてくる
「ぼく?」
「だな。なんか大事なこと思い出したってフレンに言ってなかったか?」
「…うん。言ったよ。でも、ぼくはユーリ達について行くよ」
「それでいいのか?」
「いいんだ、それで。…あ、でも、ユーリ達の都合がよければ、ノードポリカに行きたいかな」
記憶は思い出したけど、ベリウスには一度会っておきたい
折角ドンが書状書いてくれたんだもん
「ノードポリカに?何しに行くの?」
「んー、ちょっと会いたい人がいるんだ」
「お知り合いの方でもいるんです?」
「…そんなとこ、かな」
カロルとエステリーゼにぼくはそう答えた
二人は不思議そうに首を傾げる
「…ま、そういう事ならオレらのタイミングで行ってやろうぜ」
ユーリのその言葉で一度話を中断して、ぼくらは野営の準備を始めた
夜、各々好きなように時間を過ごしている
ぼくは一人、少し離れた場所で空を見つめている
記憶を思い出して、このままじゃいけないって気づいても、具体的にどうしたらいいのかはまだわからない
やらなきゃいけない事があるのはわかってる
でも、何をすればいいんだろう?
ぼくはこれからどうしたらいいんだろう
どうしたら、『あの人』を止められるんだろう
…頭の中はそんな言葉だらけなんだ
一人で考えててもわからなくて、いつも兄さんが一緒に悩んでくれていていたことを思い出す
…ずっと、ぼくは兄さんに頼りきってたんだなって、改めて思う
いつも答えを出してくれるのは兄さんで、守ってくれるもの兄さんで…
…してもらって、ばっかだったんだなぁ
兄さんからしたら、『あの約束』のこともあるから、それが当たり前なのかもしれないんだけど…
でも、やっぱり、してもらってばかりは嫌だな…
「こんなとこでなーにしてんだよ?」
考え事をしてると、後ろから声が聞こえてきた
振り返ると、そこにはユーリがいた
「ユーリ…見張りしてたんじゃなかったの?」
「ラピードが代わってくれたんだよ。…んで、何してんの?」
そう言いながらユーリはぼくの隣に腰を下ろした
「星を見ながらちょっと考え事してただけだよ」
「ふーん。考え事、ね」
そう言うと、じっとぼくの顔を見つめてきた
「…えっと、なんかついてる…?」
あまりにもユーリがまじまじと見つめてくるから、思わずそう聞いてしまった
「…なぁ、前々から聞こうと思ってたんだが…」
そこまで言うと、ユーリは言葉を詰まらせる
いや、正確に言えば言おうとしてるんだけど、躊躇っているように見える
「なに?」
首を傾げながら問いかける
…ううん、問いかけなくってもわかってる
ユーリはぼくと兄さんが隠し事をしてることに気づいてる
…きっと、聞きたいのはその事だ
でも、ユーリは優しいから
だから、聞くに聞けないんだと思う
「…いや、なんっつーか…」
気まづそうにそう言いながらユーリは頭を掻く
…やっぱり、聞きたいんだろうなぁ
「…兄さんとぼくの隠し事、気になるの?」
そう言うと、ユーリは驚いた顔でぼくを見つめてくる
「…ごめん、ユーリが気づいてること、知ってた。…知ってて黙ってた」
「……確信してたわけじゃねえけど…やっぱり、隠し事してたんだな」
「ごめんね。…でも、そう簡単に言える事じゃないんだ。……危ない目に、合わせたくないから」
「…なぁ、アリシア、やっぱり、お前……」
言葉を続けようとするユーリの唇にぼくは人差し指を当てた
「……その先は言わないで。あの子に気づかれると困るんだ。…あの子、嘘つくの下手くそだから」
そう言って、少し笑って見せる
きっと引きつっているだろうけど…
「…それ、肯定してるのと同じだぜ?」
ユーリはぼくが当てた手を掴んで離しながらそう言った
「…あっ…」
…やばい、やってしまった…
クロームに忠告まで受けたのに、やってしまったよ…
何も言い返せなくて項垂れる
言い返しても、返さなくても、ぼくが『アリアンナ』だと言うことは、ユーリに完全にバレてしまったんだから
「誰にも言いやしねぇよ」
ポンッとユーリはぼくの頭の上に手を乗せてきた
「大丈夫、オレはお前の…お前らの味方だから」
その言葉に、ゆっくりと顔をあげた
優しく微笑みながらぼくを見つめているユーリが視界に映る
「ユーリ…」
「これでようやく、お前が騎士から隠れるわけもわかったしな。なんでかはまだわからねぇが…ま、それはアリシアのタイミングで教えてくれりゃいいさ」
まさかこんなこと言われるなんて思ってなくて、ほんの少し嬉しさで泣きそうになる
「…ありがとう」
泣かないように、精一杯笑いながらそう言う
「お礼言われるようなことは言ってねぇぜ?」
「ぼくが言いたかっただけだから」
「…そっか」
「……ね、ユーリ」
「ん?」
「…今はまだ言えないけど…でも、その時が来たら、聞いてくれる?」
知られちゃったから
だから、ユーリにだけはちゃんと話しておきたい
…一応兄さんに言ってからじゃないとまずいから、その後になると思うけど…
「当たり前だろ。…ちゃんと聞いてやるよ」
「…話すことで、危険なことに巻き込むかもしれないよ?…それでも…」
「バーカ。んな事気にしてんなよ。…言ったろ?オレは味方だって。絶対守ってやるから」
ユーリはそう言って、ぼくを抱きしめてくる
周りからよく言われるけど、ぼくとユーリの距離感は大分近いらしい
普通兄妹でもない限りこんなに近くないんだって
ぼくにとってユーリは幼なじみで、お兄ちゃん的存在で……
……それでいて、特別な人
それはつい最近気づいた事だけど……
ユーリが同じように思ってくれてるかはわからない
…もしかしたら、ユーリはぼくのこと妹程度にしか見てないかもしれないけど
……でも、いつかは伝えたい、この気持ちを…
「…さて、明日も早いわけだし、そろそろ寝に行くか?」
ぼくを離しながらユーリはそう問いかけてくる
「…うん、そうしようかな」
「んじゃ戻ろうぜ」
そう言ってユーリは立ち上がるとぼくに手を差し出してくれる
当たり前のようにその手を取ってぼくも立ち上がる
…いつまでこうしていられるか、わからないけど…
…もう少し、もう少しだけ、今のままでいさせて欲しい
みんなのいる場所にもどると、みんなは既に眠りについていた
ユーリはちょっと離れた木の傍に腰を下ろすと、ぼくを手招きして呼んでくる
隣に行って、ユーリの膝の上に頭を乗せる
「アリシア、おやすみ」
「おやすみ、ユーリ」
そう言って目を閉じる
「…(………リムル)」
心の中で彼女の名前を呼ぶと、一瞬で意識を持っていかれた
アリシアが目を開けると、いつものあの空間にいた
『…どうしたの?』
「……ちょっとだけ相談したいなって思って…相談できるの、あなたくらいだから」
『ついこの間まで敬語だったのに…。…やっぱり、少し違うのね』
「…うん。違うよ。ぼくは『彼女』であって、『彼女』じゃない。…でも、ぼくらは二人で一人だ。…いつかはまた、一人に戻るよ」
『……そう。…それで、相談っていうのは?』
「…『あの人』を止めるには、どうするのが一番いいのかなって」
『…そう、ね…。中々難しい相談ね…』
「…やっぱり、無理…かな」
『そんなことはないわ。…けど、止めるには、彼にあなたの存在を知られないといけない。…その覚悟はある?』
「…それは……」
『…わかってるわ、難しいのは。失いたくない人に気づかれてしまったんだもの…。…だから、あなたは選択しないといけない。大事な人の為に、自分が犠牲になるか。それとも…『彼女』を犠牲にするか』
「…どっちも、嫌な選択だね」
『そうゆうものよ、世の中って』
「…そう、だね。……ねぇ、まだ考える時間はある?」
『…えぇ、まだ大丈夫よ。でも、あまり長くはないわ』
「……わかった。ありがとう、もう少しだけ、自分で考えてみるよ」
『えぇ…。さぁ、もう寝なさい』
「……うん、そうするね」
そう言って、彼女は静かに目を閉じた
〜翌朝〜
「せっかくギルド、立ち上げたんだし、何か仕事したいね」
野宿の後片付けをしていると、不意にカロルがそう言ったのが聞こえた
「そう慌てるなって」
弾んだ声の彼に、ユーリは少し苦笑いしながら声をかける
「……エステリーゼはこの後、どうするの?」
その横で、ぼくは昨日聞けなかった彼女の答えを問いかけた
「私は、あの喋る魔物を探そうと思います。狙われたのが私なら、その理由を知りたいんです」
エステリーゼはとても真剣な目でそう答えた
彼女なりに考えて出した答えなんだろう
「理由がわからないとおちおち昼寝もできないか」
「でも……見つかる?どこにいるかわからない化け物なんて……」
カロルの『化け物』という言葉に、ジュディスが反応したのが見えた
「化け物情報はカロル担当だろ」
「いくらボクでもあんなの初めてだもん。わかんないよ~」
「化け物ではなくて、あの子はフェロー」
少し不機嫌そうにしながら彼女は言った
…知ってる、のかな?
「知っているんです?」
「前に友達と旅をした時に見たの。友達が彼の名前を知っていたわ」
「一緒に旅をしていたって人?その人、なんでそんなの知ってたの?」
カロルがそう言うと、ジュディスは口を閉ざし、顔を背けてしまう
「見たってどこでですか?」
「デズエール大陸にあるコゴール砂漠で、よ」
エステリーゼの問いかけに、彼女はそう答える
「このトルビキア大陸の南西の大陸ですね
デズエール大陸……砂漠……」
「ただ見ただけでほいほい行くようなところじゃないぞ。砂漠は」
「そうだよねぇ」
「もしかして、あのおとぎ話の……」
エステリーゼは小さく呟いた
「おとぎ…話…?」
ぼくはそれに聞き返す
「お城で読んだことがあります。コゴール砂漠に住む、言葉をしゃべる魔物の物語を」
…あぁ、その物語は『わたし』も昔よく読んだっけ
「でも、いくらでもあるじゃん、そんな話。ほら、海の中から語り掛けてくる魔物の話とか」
「それはきっと逆ね」
「逆?」
「そのままそういうお話になったのよ、彼らのことが」
「火のない所に煙はたたない、ですね」
エステリーゼがそう言うとジュディスはそれに頷く
「でも、そこへエステル一人で行くつもりだったの?」
「え?あの…」
彼女はおどおどと周りを見回す
どうやら本気でそのつもりだったらしい
「やれやれ。こりゃ護衛役つけておかねぇとマジで一人でも行っちまいそうだ
なぁ。これ、ギルドの初仕事にしようぜ」
「そっか!ここでエステル一人で行かせたらギルドの掟に反するよね」
「そういうことね」
「………でも、仕事にするなら、エステルから報酬を貰わないと」
「別にいいだろ、金なんて」
あっけからんとユーリはそう言った
いやいや、お金は貰わないとダメでしょ…
「ダメダメ。ギルドの運営にお金は大切なんだから」
「あ、あの……私、今、持ち合わせないです……」
「だったら、報酬は、あとで考えても良いんじゃない?」
「報酬、必ず払います。だから一緒に行きましょう!」
「んじゃ、決まりだな」
ユーリがそう言うと、カロルとエステリーゼは嬉しそうにニッコリと笑い合っていた
「よーし!じゃあ勇気凛々胸いっぱい団出発!」
彼の掛け声に一瞬思考が止まった
「…カロル…?」
「ちょっ、それなんです?」
「え、ギルド名だよ」
「それじゃだめです!名乗りを上げる時に、ずばっといいやすくないと!」
エステリーゼの言葉にカロルはうーんっと唸る
名乗りやすい名前…か
「…それじゃあ、
「一番の星か、恰好いいね!」
「
「大決定!」
二人ともぼくが思い付いた名前を気に入ってくれたらしい
「じゃあ早速トリム港に行って船を調達しよう!デズエール大陸まで船旅だ!」
「んじゃ、まずはヘリオードだな」
「ヘリオードと言えば、
「だね。ちょっとだけ街を見てからトリム港に行こう?」
ぼくがそう言うとみんなは頷いた
ヘリオード……か
クロームは流石にもういないかな…
「じゃあ改めて……
カロルの掛け声で、ぼくらはヘリオードに向けて歩き出した
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