第二章 水道魔導器
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*結界の外への旅立ち
軽く瞑っていた目を開く
朝日が入り込んで、少し明るくなった部屋
母が生きていた頃、三人で住んでいた家の中…
時計の時を刻む音だけが響き渡る
目を閉じただけで、鮮明に思い出せるぼくの半生…
手元にある、昔の日記を閉じて伸びをする
家の掃除をした時にたまたま見つけたその日記には、我ながら関心する程にその日の出来事がこと細やかに書かれていた
そんな日記を読んでいたら、気付いたら朝になっていた
兄さんたちが騎士団に入団してから二年……
ユーリはすぐに辞めて帰ってきたけど、兄さんは未だに騎士団で頑張っている
そのユーリは、今や下町の傭兵みたいな感じで、貴族とか騎士に迫害されてる下町の人たちを助けてる
ぼくは我が家と自分の家を行ったり来たり
ジリおばさんの代わりに、小さい子どもたちの面倒を見てる
それが、今のぼくに出来ることだと思うから
「そろそろ起こしに行こうかな」
すっと立ち上がりながら一人呟く
出掛ける前に、壁にかけられた二つの剣をそっと撫でる
一つは兄さんが大切にしていた剣
もう一つは、お母さんが亡くなってしばらくしてから、兄さんがぼくの為に買ってくれた剣…
子ども用のそれは、今のぼくには大分小さなものだった
初めて兄さんがくれた物で、もらった時とても嬉しかったのを今でも覚えている
兄さんとどんなに離れていても、これを見ると落ち着けるんだ
しばらく眺めてから、立て掛けてあった今現在使っている刀を取る
滅多に使うことはないけど、持っておくに越したことはない
それを持って、いつものように我が家へと向かった
「アリシア姉ちゃん!!早く早く!!」
「今行くから待って!」
水道魔導器 の元に向かいながら、我が家の子どもたちが手招きする
午前中、ご飯を食べ終わると一緒になって遊ぶのがぼくたちの日常だった
この水道魔導器 、昔からここにあったんだけど動き出したのはつい五、六年前の話
それまでは魔核 がなくて、ただのお飾りになっていた
「アリシア、おはよう」
「あっ、おはようございます、ハンクスおじさん」
振り向きながらそう返せば、ハンクスおじさんは嬉しそうに目を細めた
ぼくが我が家の子どもたちの面倒を見るようになっても、ハンクスおじさんは時折様子を見に来てくれていた
「すまんが、今日はここで遊ぶのをやめてもらってもええかの?水道魔導器 の調子を見てもらうように頼んでおってな」
先程の笑顔とは打って変わって、申し訳なさそうに顔を歪めながらハンクスおじさんは言う
「そう言えば、最近調子悪かったもんね…わかった、じゃあ今日は大人しく我が家にいるね」
下町も帝国の一部として認められて以来、大人たちが壁向こう…市民街で働ける場所が増えた
そのため、今までやっていた労作も子どもたちが殆どやらなくてもいいくらいには、ここの生活も豊かになった
未だに貧困な状況は変わらないけど、それでもぼくが子どもの時よりは良くなった方だ
それに合わせて、子どもたちには自由な時間が増えた
基本的には外で遊ばせているのだが、雨の日や外で遊べない日は我が家で文字の読み書きをぼくが教えている
お母さんが、教えていたように…
「すまんのぅ…」
「仕方ないよ、水道魔導器 、止まったら困るし……みんなー!今日は我が家に帰るよー!」
「えー!!なんでー!!」
帰る、そう声をかけると、不満そうな声がいくつもあがる
「今日は駄目な日なんだって!ほら、その変わりにあまーいお菓子、作ってあげるから」
そう言って微笑むと、子どもたちは誰が一番に我が家へつくか、競走を始める
「それじゃあ、ぼくも帰るね」
「うむ、急ぎすぎて転ばぬように気をつけるんじゃぞ」
「ぼく、もうそこまで子どもじゃないよ」
至って真剣にハンクスおじさんにそう言われ、苦笑いして返す
見送ってくれる彼に手を振って、我が家へと戻った
「ほら!焼けたよー!」
「わーい!お姉ちゃんの焼き菓子だぁ!」
「ずるい!僕も食べたい!」
オーブンから焼き菓子の乗った鉄板を取り出しながら声をかけると、ぞろぞろとぼくの周りに集まり出す
鉄板からお皿に移してあげると、我が先にと言わんばかりに焼き菓子を食べ始める
「ほーら、仲良く食べないともう作ってあげないからね?」
あらかじめ決めていた枚数以上を取ろうとする子たちにそう声をかければ、しょんぼりしながらも手を引っ込める
ここが我が家のいい所
ちゃんと約束を守ってくれるのが、この子たちの長所だ
「アリシア姉ちゃん、また作ってくれる?」
「そうだねぇ、みんなが仲良くしてたらまた作ろうk」
ドォーーーーーンッ!!!!!
『きゃぁぁあぁぁっ!!!?!!』
突然、大きな音と地鳴りが響き、子どもたちが悲鳴をあげる
地鳴りはすぐに収まったが、外がものすごく騒がしい
「みんなはここで待っててね!絶対、外に出ちゃ駄目だよ!」
「姉ちゃん、行っちゃうの…?」
不安そうな声で、一人の子どもが聞いてくる
「大丈夫、ちょっと様子見てくるだけだよ」
その子の頭を撫でて、外へと飛び出した
「何………これ…………」
水道魔導器 の前まで来て絶句した
さっきまで正常だったはずのそれは、今や下町を飲み込まんと言わんばかりに水を吹き出していた
周りにいる大人たちは必死に水を掻き出している
「アリシアちゃん!」
後ろから声をかけられ振り向くと、そこには宿屋の女将さんが駆け足で近寄って来ていた
「女将さん!これ、どうしちゃったの?」
「わからないんだよ、急に水が吹き出してねぇ……我が家の子どもたちは大丈夫かい?」
「今のところは大丈夫だけど……でも、こっちをどうにかしないと、我が家も水浸しになっちゃいそう…」
水道魔導器 の方を見つめながらそう返す
今戻って子どもたちと一緒にいても、こっちがこの状態なのはまずいだろう
「そうだねぇ……じゃあ、あたしが代わりに子どもたちのとこへ行ってくるよ。面倒見る方が得意だからね」
胸を張りながら女将さんは言う
「えっ!でも、それは…」
「いーからいーから、行っといで!アリシアちゃんがいた方が、男どももやる気になるんだから!」
バンッと思い切り背中を押され、若干前のめりになる
…子どもたちのこと任せるのは心苦しいけど、あの子たちのためにも早くこの水、なんとかしなきゃ
「……すみません!お願いします!」
女将さんにペコッと頭を下げて水道魔導器 のほうへと駆け寄る
みんな必死に掻き出しているのだが、水は一向に引く様子がない
「なんとしても止めるのじゃ!!」
水道魔導器 の一番近くで、ハンクスおじさんが大声を出していた
「ハンクスおじさん!」
「ん?おぉ!アリシアか!危ないから近寄っちゃいかんぞ!」
「えっ、でも、ぼくも少しでもいいから手伝うよ!」
そう言うと、周りの大人たち……主に男の人たちなんだが……が、一斉にぼくを見る
「…え??ぼく、なんか変なこと言った……??」
キョロキョロと見回しながら言うと、ポンッと肩に手を置かれた
「そりゃお前、この水ん中堂々入ろうとする女早々居ねぇっての」
聞き慣れた声に振り返ると、苦笑いしたユーリがそこにいた
「えー……でも、我が家まで水行ったら困るもん」
むっと頬を膨らませてユーリに訴える
「お、俺らがやるから!!アリシアはそこで待っててくれっ!!」
壁際にいた一人の友人がそう言って水を掻き出しに行く
一人がそう言うと、今まで蚊帳の外で見ていた人たちが次々に手伝いに行く
なんで急に手伝い出したのかわからなくて、首を傾げる
「おーおー、流石アリシアが、言っただけあるな」
呆れた顔で笑いながら、ユーリはみんなを見つめる
「??どうゆうこと??」
「お前はわかんなくていーの」
依然わからなくて首を傾げると、ユーリはぼくの頭を撫でてくる
「ほれユーリ!!ボサっとしとらんでお前さんも手伝わんか!!」
ハンクスおじさんのそんな怒号が広場に響く
苦笑いしながら、しゃーねぇなと言って、ユーリも水を掻き出しに行った
でも、どれだけ水を掻き出しても、一向に引く気配がない
「……どうしたら止まるんだろ……」
ジッと水道魔導器 を見つめながら考える
問題があるのはこれなのだ
その問題さえわかれば………
「……………あれ?」
いつもと違う箇所に気づいて、水に入らない程度に近づく
魔導器 の中心、本来魔核 がはめ込まれている箇所……
そこには、ポッカリと穴が空いている
…つまり、魔核 がないのだ
「ユーリっ!」
彼の名を呼んで手招きすると、ユーリはすぐにとんでくる
これは、昔からだ
「どうした?アリシア」
「ここ、見て」
周りに聞こえないように、小声で言いながら指さす
チラッと彼もその場所を見ると、考えるように顎に手を当てた
そして、無言でハンクスおじさんの元に行く
ヒソヒソとハンクスおじさんと何か話したかと思えば、市民街の入口の方へと歩き出す
「ユーリ!まさか、モルディオさんのところへ行くつもりじゃなかろうな?」
ハンクスおじさんの咎めるような声に、ユーリは振り返って肩をすくめる
「オレが貴族様の住むところに?まさか、用事があっても行かねぇよ」
再び市民街の方へ体を向けて手をひらつかせると、走り去ってしまった
「全く…また無茶せんとええが…」
大きくため息をつきながら、ハンクスおじさんは項垂れた
「無理無理、下町のことになったら躍起になるユーリのことだ。無茶しない方が無理な話だって」
何人かの友人たちが口々にそう言って苦笑いする
ついこの間も、徴収に来た騎士を追い返そうとして牢屋に入れられたばかりなんだ
また同じことするんじゃないか…
心配になって、市民街へ続く坂道を見つめる
ぼくが行ったところで、どうにもならないと思うけど……
「……心配なら、見に行って来なよ、アリシア」
「え??」
「こっちは俺らで何とかしとくって。ユーリも、アリシア居れば無茶しないだろうしさ」
心配そうにしているぼくに、友人たちがそう声をかけてくる
「……ごめんね、みんな!ぼく、ちょっと様子見てくる!」
みんなにそう声をかけて、ぼくはユーリの後を追いかけた
貴族街の入口につくと、案外簡単にユーリを見つけることが出来た
どうやら、門の前の騎士をどうしようか悩んでいるみたいだ
「……ユーリ」
静かにユーリに近づいて、トントンっと肩を叩く
ビクッと一瞬肩があがると、驚いた顔でぼくを見つめてくる
「アリシア……っ!おまっ……なんでいんだよ……」
はぁ……っと盛大にため息をつきながら、ユーリは項垂れた
「みんなが行ってこいって」
「お前なぁ……フレンにこっちに来たら駄目だって言われてたろ?」
ありのままのことを話すと、兄さんの話を持ち出してくる
「言われたけど…心配だったんだもん」
むっとしてそう言うと、苦笑いして頭を撫でてくる
「へいへい、心配かけて悪かったよ。でも、アリシアはここで帰れ。フレンが心配する」
「……ちゃんと、今日帰ってくる?」
「帰るさ。だから、大人しく下町で待っててくれねぇか?」
苦笑いしながら、ユーリは首を傾げる
…これ以上はユーリの邪魔になってしまう
「……今日帰って来なかったら、甘いもの作ってくれるまで許さない」
「ははっ、んなもんいつだって作ってやらぁ」
ニッと笑ったユーリの顔に、一瞬ドキッとした
なんでドキッとしたかなんてわからないけど…
「……絶対、だからね!」
そう言って、ユーリの傍を離れる
「おう!」
ユーリの返事を背に受けて、下町への道をかけ戻った
〜数時間後〜
「……………」ムスッ
「ほらほら、そんなに膨れてないで夕飯食べなさいな」
苦笑いしながら女将さんはそう促してくる
帰ってくる、そう約束したのに、結局ユーリは帰って来ない
ぼくがユーリと分かれて下町に戻ってからすぐに水は止まった
が、止まったと言うよりも水を流しすぎて水不足になったって言った方が正しいかもしれない
それまで溢れ出ていた水が、今となっては一滴も出ないのだから…
水が止まってから少しして、ユーリと一緒に行ったラピードだけが袋を咥えて帰って来た
その袋の中には、水道魔導器 の修理費にと貯めたお金などか沢山詰め込まれていた
…要するに、ぼくらは『モルディオ』って貴族に騙されていたわけだ
それだけでも腹立たしい
本当に下町のことをなんだと思ってるんだ
「……ユーリのバカ……」
ポツリとそう呟いく
当の本人には、帰ってきたら直接言ってやろう
いただきます、と手を合わせて、女将さんが用意してくれた夕飯に手をつける
出してもらってからかなりの時間が経ってしまって冷めてしまったが、それでも充分なくらい美味しい
「全く、ユーリもアリシアちゃんに心配かけるなって何度言えばわかるだかねぇ」
ぼくが夕飯を食べている横で、女将さんは呆れたように腰に手をやった
人には言うこと聞けって言うくせに、自分は人の言うこと聞かないユーリだから、こうなることは何となく予想していた
が、実際にそうなるとやはり納得がいかない
ぼくはちゃんと帰ってきたのに…
「アリシアちゃん、今日はうちに泊まっていきなさいな。その様子じゃ、一人でゆっくり寝もできないでしょう??」
ぼくの気持ちを見透かしたように、女将さんは微笑んでくる
「…女将さんがいいなら、お世話になります」
ペコリと頭を下げると、いいのいいの!と笑い出す
そんな女将さんを見て、少しだけ気持ちが楽になった
夕飯も食べ終わると、ユーリの隣の部屋を使っていい、と言われその部屋に入る
月明かりの入り込んでくる窓際にそっと腰掛けた
昨日もそうだったが、何故か眠れない
目をつぶると何故か、昔の記憶が鮮明に思い出されてしまう
「……お母様から、受け継いだ『力』……」
自分の手を見つめながら、小さく呟く
…絶対に使うなと、お父さんから言われたもの…
何かあったら、武醒魔導器 を使っている『フリ』をしろと言われた『力』……
『これ』が何なのか、ぼくは『知っていた』
……ぼくが本当は誰なのか、それを知っているのは、もう兄さんだけだ
『わたし』が本当は『何処に居るべき』なのか、知っている人はもうみんな居なくなってしまった
たった一人残った、大事な人……
騎士団に入る、そう言われた時には冷や汗をかいた
だって、まだ……『わたし』を探しているかもしれない
未だに、探し回っているかもしれない
弱虫な『わたし』は、そんなことを考えて怖くなった
もしも……騎士団に入って、兄さんに何かあったら……
とてもじゃないけど耐えきれない
……そんな不安のせいで、眠れないんだろうか?
「クゥン………」
小さな鳴き声にはっとして、目線を部屋の中に戻す
自分の足元を見れば、ラピードが足に擦り寄って来ていた
「…ごめんね、ラピード。居たの気づかなかった」
フワフワなその体を優しく撫でると、どこか嬉しそうに目を細めた
「……さーてと、そろそろ寝よっかな」
わざと声に出してみる
そうでもしないと、眠れそうになかったのだ
ベットの方へ行き、倒れ込むように寝そべる
「おやすみ、ラピード」
ラピードにそう言って、目を閉じた
〜翌朝〜
「ふぁ………眠………」
結局、あの後も寝れなかった
目を閉じたら、否が応でも『あの日』の光景が目に映る
…まだ、思い出したくない、『あの』光景が…
そっと瞼の上に手を置く
二日連続眠れていないわけで、流石にちょっと眠い……
けど、それよりも今はユーリの方が心配だ
眠い頭を軽く振って、自分の荷物(と言っても武器くらいだが)を持って、下に降りる
ぼくの後をラピードがついてくる
「おはよう、アリシアちゃん!」
「おはようございます、女将さん」
とても元気に挨拶してきた女将さんに、ニコッと笑いながら挨拶を返す
「朝ごはんは??何か食べるかい?」
そう聞いてきた女将さんに、首を横に振る
「気持ちだけもらいます!今、お腹空いてないから」
そう言うと、残念そうにしながらもいってらっしゃい、と声をかけてくれた
女将さんと分かれて、まっすぐに水道魔導器 の元へ向かう
昨日と変わらず、水は止まったままだ
「ハンクスおじさん、おはようございます」
「ん?おぉ、アリシア、おはよう」
水道魔導器 の前にいたハンクスおじさんに挨拶する
険しい表情でそれを見ていたハンクスおじさんだったか、ぼくを見るなり優しい笑顔に変わった
「…駄目そう?」
「じゃのう…魔核 がない限りどうにもなりそうにないのう」
困り果てた顔で水道魔導器 を見つめる
水が手に入らなくなったのはいつが最後だったっけ…
「なぁに、いざとなれば川の水でもなんとかなるわい」
じっとそれを見つめていたぼくに、ハンクスおじさんは優しく言う
「……うん!そうだね!」
それに応えるように、ぼくもハンクスおじさんに笑いかけた
「……んか…………!!!!ユ…………………ル………!!!!」
そんな会話をしていた最中、市民街の方から聞き慣れた声が聞こえて来た気がした
こんな朝早くに誰が大声を出すようなことをしたんだろう?と、首を傾げていると、答えはすぐにわかった
「あっぶねぇ…危うく追いつかれるとこだったな…」
紫がかった黒い独特な長髪を揺らしながら、昨日約束を破ったユーリは肩で息をしながら帰ってきた
「ユーリ…っ!!!」
「あん……って、アリシアっ…!?!!」
ぼくを見るなり、ユーリはしまった!と顔を歪める
「ぼくとの約束…破ったね…!!!」
むっと頬を膨らませてそう言うと、大きくため息をつきながら、駆け寄ってくる
「悪ぃ、ちとドジっちまった。文句言うなら、キュモールに言ってくれ」
ぼくの頭に手を乗せながら、苦笑いする
「えー…やだよ、ぼくあいつ嫌いだもん、気色悪い」
ユーリの目を見てきっぱりそう言うと、それは言うなと言わんばかりに苦笑いされた
「えっと…あの、ユーリ…?」
ぼくの知らない、第三者の声に肩を竦めた
恐る恐るユーリの後ろを覗いてみると、パッと見た感じではぼくと同じ歳くらいの桃色髪の女の子が首を傾げて立っていた
その髪の色に、心臓が跳ねた
服装、身なりからして、貴族か皇族なのは間違いなかった
…多分『わたし』は彼女を知っている
でも、思い出せない…
「あぁ、悪ぃ、こいつはオレの幼なじみでアリシアって言うんだ」
すっとぼくの前から退きながらユーリは彼女に紹介を始める
「初めまして!エステリーゼって言います」
そう言って彼女はぼくに近づいて、手を伸ばしてくる
『握手』……たったそれだけの事だが、すぐに手を出せずにいた
「……えっと、初めまして…よろしく…ね?」
一拍、いやそれ以上だったかもしれないが、少し間をあけて、そう言いながら手を伸ばして彼女の手を握った
すると、とても嬉しそうに彼女は笑う
「じいさん、水道魔導器 の魔核 なんだが、どうもあの『モルディオ』とか言うやつが持って行っちまったみたいだ」
「なんと…!じゃあ、やはりわしらは騙されとったのか…」
あからさまにハンクスおじさんは肩を落とした
彼が先頭に立ってお金集めていたんだし、無理もないだろう
「あぁ、貴族かどうかすら怪しいぜ。オレ、そいつ追っかけて魔核 取り返してくるわ。一発ぶん殴らねぇと気がすまねぇ」
「え、ユーリ結界の外に行っちゃうの…?」
ぼくがそう聞くと、ユーリは苦笑いして肩をすくめる
「取り返さねぇとろくに生活出来ねぇだろ?」
ポンポンっと頭に手を乗せながら言ってくるが、今回はそんなんで引くぼくじゃない
「なら、ぼくも行く」
「はぁ!?おまっ、自分が言ってることわかってるか?!」
「わかってるよ!ユーリ一人だと、まーた無茶して騎士団に捕まるのがオチでしょ!ぼくが傍にいて、無茶しないように見ててあげるって言ってるの!」
すっとユーリを人差し指で指さしながら言う
「……はぁ……ったく、本当にアリシアは一度言ったら聞かねぇもんな……」
そう言って彼は項垂れた
そんなこと、今に始まったことでもないのに
「む、そんなことユーリに言われたくないもん」
「へいへい、わかりましたよ。連れてきゃいいんだろ?」
苦笑いしながら、半分諦め気味にユーリは言う
「それでよろしい」
ニコッと笑いながらそう答えた
「待たんか!ユーリ・ローウェルーー!!」
市民街に続く坂道から、聞き慣れた声が聞こえてくる
「うげぇ……よりによってルブランに追いかけられてたの?」
そう言ってフードを深く被る
ぼくのことを知ってるかわかんないけど、騎士の前ではこうしておかないと、気が気で居られないんだ
「あー、まぁ、色々あってな…とりあえずじいさん!オレらもう行くから!」
軽く頬を掻くと、ハンクスおじさんの方を向いてそう言う
「全く、野垂れ死ぬんじゃないぞ!…アリシアも、気をつけるんじゃよ」
「じいさんこそ、年甲斐もなくはしゃぐなよ!」
「はーい!ユーリの面倒はちゃんと見ておくから大丈夫だよー!」
ハンクスおじさんに手を振って、下町から結界の外へ続く道の方へ駆け出す
「あっ!ユーリ、待ってください!」
後ろからエステリーゼの声が聞こえてくる
理由はわからないが、彼女もついてくるらしい
ハンクスおじさんの合図と同時に、下町に入ってきたルブラン目掛けて、たくさんの人が押しかけた
「騎士様!水道魔導器 はいつ直るんですか!」
「わー!騎士様だぁ!かっこいい!」
「騎士様や、入れ歯を探してくれんかの?」
「えぇい、邪魔だ!どかんか!」
「みんな楽しそうだねぇ」
少し離れたところで止まって、振り返りながらクスッと笑う
「ほーらアリシア、今のうちにさっさとd…」
「うわっ!?」「きゃっ!?」「へ…!?!!」
ユーリとエステリーゼの悲鳴に前を向いた瞬間、前からもたくさんの人たちが雪崩のように押しかけてきた
「ユーリ!外に行くならこれを持ってけ」
「地図……って、これ途中までしか書いてねぇじゃねぇか!」
「仕方ないだろ!?結界の外になんて滅多に行かないんだから。余白は自分で埋めてくれ!」
「アリシア、ユーリの面倒見るの大変だろうけど、気を付けるんだよ」
「え…?あっ、へーきへーき!ユーリの面倒くらいみれるって!」
「おいこらアリシア…!お前後で覚えとけよな…!」
「ユーリ!女の子二人を泣かせるんじゃないよ!」
「誰が泣かせるかよ…!!」
「ほら、これも持って行きな!」
「あ、ありがとう!みんな!」
出口が近づいたところで、ようやく開放された
「ったくあいつら…好き放題いいやがって…」
はぁ、と大きくため息をつきながらユーリは項垂れた
「ふっふっふ、ぼくの方がきっと信頼されてるんだねっ!」
胸を張りながらそうゆうと、ユーリは苦笑いする
「へいへい、オレよりもいい子なアリシアの方が信頼されてて当然ですよっと……って!誰だよ金まで寄越したやつ…!こんなん受け取れっか!」
慌てて来た道を引き返そうとする
みんなだって余裕ないはずなのに、お金は流石に受け取れない
「待てー!!!ユーリ・ローーーウェルーーーー!!!!」
が、ルブランの声が聞こえてきて、戻るに戻れなくなってしまった
「ったく、しゃあねぇ、預かっとくか…」
そう言って、ユーリは引き返して来た
「…足止め、する?」
術の詠唱しながらユーリに問いかける
が、ぼくが術を発動させるよりも前に、物陰に隠れていたラピードが飛び出して来た
「ガウッ!」
「うおっ!?なっ、なんだ!?!!」
ラピードに妨害され、ルブランは見事に転倒した
「む、とられちゃった」
詠唱をやめながら、ラピードを見るとどこか誇らしげな目で見つめてきていた
「狙ってただろ?ったく、おいしいとこ持っていきやがって」
呆れ気味にユーリが腰に手をつく
「ゥワン!」
「犬……?」
ラピードを見ながら、エステリーゼは首を傾げた
「ま、何処まで一緒かわかんねぇがよろしくな『エステル』」
「はい!……あれ?エステル……?」
ユーリがそう呼ぶと、エステリーゼは首を傾げる
…あだ名、そんなに珍しいのかな
そんなこと気にもせずに、ユーリは下町の方を向く
「しばらく留守にするぜ」
「いってくるね、みんな」
「行ってきます!」
それぞれ帝都に別れを告げて、ぼくらは結界の外へと足を踏み出した
これが、大冒険への一歩だったとも、知らないで
*スキットが追加されました
*あだ名
*見た目と違って
軽く瞑っていた目を開く
朝日が入り込んで、少し明るくなった部屋
母が生きていた頃、三人で住んでいた家の中…
時計の時を刻む音だけが響き渡る
目を閉じただけで、鮮明に思い出せるぼくの半生…
手元にある、昔の日記を閉じて伸びをする
家の掃除をした時にたまたま見つけたその日記には、我ながら関心する程にその日の出来事がこと細やかに書かれていた
そんな日記を読んでいたら、気付いたら朝になっていた
兄さんたちが騎士団に入団してから二年……
ユーリはすぐに辞めて帰ってきたけど、兄さんは未だに騎士団で頑張っている
そのユーリは、今や下町の傭兵みたいな感じで、貴族とか騎士に迫害されてる下町の人たちを助けてる
ぼくは我が家と自分の家を行ったり来たり
ジリおばさんの代わりに、小さい子どもたちの面倒を見てる
それが、今のぼくに出来ることだと思うから
「そろそろ起こしに行こうかな」
すっと立ち上がりながら一人呟く
出掛ける前に、壁にかけられた二つの剣をそっと撫でる
一つは兄さんが大切にしていた剣
もう一つは、お母さんが亡くなってしばらくしてから、兄さんがぼくの為に買ってくれた剣…
子ども用のそれは、今のぼくには大分小さなものだった
初めて兄さんがくれた物で、もらった時とても嬉しかったのを今でも覚えている
兄さんとどんなに離れていても、これを見ると落ち着けるんだ
しばらく眺めてから、立て掛けてあった今現在使っている刀を取る
滅多に使うことはないけど、持っておくに越したことはない
それを持って、いつものように我が家へと向かった
「アリシア姉ちゃん!!早く早く!!」
「今行くから待って!」
午前中、ご飯を食べ終わると一緒になって遊ぶのがぼくたちの日常だった
この
それまでは
「アリシア、おはよう」
「あっ、おはようございます、ハンクスおじさん」
振り向きながらそう返せば、ハンクスおじさんは嬉しそうに目を細めた
ぼくが我が家の子どもたちの面倒を見るようになっても、ハンクスおじさんは時折様子を見に来てくれていた
「すまんが、今日はここで遊ぶのをやめてもらってもええかの?
先程の笑顔とは打って変わって、申し訳なさそうに顔を歪めながらハンクスおじさんは言う
「そう言えば、最近調子悪かったもんね…わかった、じゃあ今日は大人しく我が家にいるね」
下町も帝国の一部として認められて以来、大人たちが壁向こう…市民街で働ける場所が増えた
そのため、今までやっていた労作も子どもたちが殆どやらなくてもいいくらいには、ここの生活も豊かになった
未だに貧困な状況は変わらないけど、それでもぼくが子どもの時よりは良くなった方だ
それに合わせて、子どもたちには自由な時間が増えた
基本的には外で遊ばせているのだが、雨の日や外で遊べない日は我が家で文字の読み書きをぼくが教えている
お母さんが、教えていたように…
「すまんのぅ…」
「仕方ないよ、
「えー!!なんでー!!」
帰る、そう声をかけると、不満そうな声がいくつもあがる
「今日は駄目な日なんだって!ほら、その変わりにあまーいお菓子、作ってあげるから」
そう言って微笑むと、子どもたちは誰が一番に我が家へつくか、競走を始める
「それじゃあ、ぼくも帰るね」
「うむ、急ぎすぎて転ばぬように気をつけるんじゃぞ」
「ぼく、もうそこまで子どもじゃないよ」
至って真剣にハンクスおじさんにそう言われ、苦笑いして返す
見送ってくれる彼に手を振って、我が家へと戻った
「ほら!焼けたよー!」
「わーい!お姉ちゃんの焼き菓子だぁ!」
「ずるい!僕も食べたい!」
オーブンから焼き菓子の乗った鉄板を取り出しながら声をかけると、ぞろぞろとぼくの周りに集まり出す
鉄板からお皿に移してあげると、我が先にと言わんばかりに焼き菓子を食べ始める
「ほーら、仲良く食べないともう作ってあげないからね?」
あらかじめ決めていた枚数以上を取ろうとする子たちにそう声をかければ、しょんぼりしながらも手を引っ込める
ここが我が家のいい所
ちゃんと約束を守ってくれるのが、この子たちの長所だ
「アリシア姉ちゃん、また作ってくれる?」
「そうだねぇ、みんなが仲良くしてたらまた作ろうk」
ドォーーーーーンッ!!!!!
『きゃぁぁあぁぁっ!!!?!!』
突然、大きな音と地鳴りが響き、子どもたちが悲鳴をあげる
地鳴りはすぐに収まったが、外がものすごく騒がしい
「みんなはここで待っててね!絶対、外に出ちゃ駄目だよ!」
「姉ちゃん、行っちゃうの…?」
不安そうな声で、一人の子どもが聞いてくる
「大丈夫、ちょっと様子見てくるだけだよ」
その子の頭を撫でて、外へと飛び出した
「何………これ…………」
さっきまで正常だったはずのそれは、今や下町を飲み込まんと言わんばかりに水を吹き出していた
周りにいる大人たちは必死に水を掻き出している
「アリシアちゃん!」
後ろから声をかけられ振り向くと、そこには宿屋の女将さんが駆け足で近寄って来ていた
「女将さん!これ、どうしちゃったの?」
「わからないんだよ、急に水が吹き出してねぇ……我が家の子どもたちは大丈夫かい?」
「今のところは大丈夫だけど……でも、こっちをどうにかしないと、我が家も水浸しになっちゃいそう…」
今戻って子どもたちと一緒にいても、こっちがこの状態なのはまずいだろう
「そうだねぇ……じゃあ、あたしが代わりに子どもたちのとこへ行ってくるよ。面倒見る方が得意だからね」
胸を張りながら女将さんは言う
「えっ!でも、それは…」
「いーからいーから、行っといで!アリシアちゃんがいた方が、男どももやる気になるんだから!」
バンッと思い切り背中を押され、若干前のめりになる
…子どもたちのこと任せるのは心苦しいけど、あの子たちのためにも早くこの水、なんとかしなきゃ
「……すみません!お願いします!」
女将さんにペコッと頭を下げて
みんな必死に掻き出しているのだが、水は一向に引く様子がない
「なんとしても止めるのじゃ!!」
「ハンクスおじさん!」
「ん?おぉ!アリシアか!危ないから近寄っちゃいかんぞ!」
「えっ、でも、ぼくも少しでもいいから手伝うよ!」
そう言うと、周りの大人たち……主に男の人たちなんだが……が、一斉にぼくを見る
「…え??ぼく、なんか変なこと言った……??」
キョロキョロと見回しながら言うと、ポンッと肩に手を置かれた
「そりゃお前、この水ん中堂々入ろうとする女早々居ねぇっての」
聞き慣れた声に振り返ると、苦笑いしたユーリがそこにいた
「えー……でも、我が家まで水行ったら困るもん」
むっと頬を膨らませてユーリに訴える
「お、俺らがやるから!!アリシアはそこで待っててくれっ!!」
壁際にいた一人の友人がそう言って水を掻き出しに行く
一人がそう言うと、今まで蚊帳の外で見ていた人たちが次々に手伝いに行く
なんで急に手伝い出したのかわからなくて、首を傾げる
「おーおー、流石アリシアが、言っただけあるな」
呆れた顔で笑いながら、ユーリはみんなを見つめる
「??どうゆうこと??」
「お前はわかんなくていーの」
依然わからなくて首を傾げると、ユーリはぼくの頭を撫でてくる
「ほれユーリ!!ボサっとしとらんでお前さんも手伝わんか!!」
ハンクスおじさんのそんな怒号が広場に響く
苦笑いしながら、しゃーねぇなと言って、ユーリも水を掻き出しに行った
でも、どれだけ水を掻き出しても、一向に引く気配がない
「……どうしたら止まるんだろ……」
ジッと
問題があるのはこれなのだ
その問題さえわかれば………
「……………あれ?」
いつもと違う箇所に気づいて、水に入らない程度に近づく
そこには、ポッカリと穴が空いている
…つまり、
「ユーリっ!」
彼の名を呼んで手招きすると、ユーリはすぐにとんでくる
これは、昔からだ
「どうした?アリシア」
「ここ、見て」
周りに聞こえないように、小声で言いながら指さす
チラッと彼もその場所を見ると、考えるように顎に手を当てた
そして、無言でハンクスおじさんの元に行く
ヒソヒソとハンクスおじさんと何か話したかと思えば、市民街の入口の方へと歩き出す
「ユーリ!まさか、モルディオさんのところへ行くつもりじゃなかろうな?」
ハンクスおじさんの咎めるような声に、ユーリは振り返って肩をすくめる
「オレが貴族様の住むところに?まさか、用事があっても行かねぇよ」
再び市民街の方へ体を向けて手をひらつかせると、走り去ってしまった
「全く…また無茶せんとええが…」
大きくため息をつきながら、ハンクスおじさんは項垂れた
「無理無理、下町のことになったら躍起になるユーリのことだ。無茶しない方が無理な話だって」
何人かの友人たちが口々にそう言って苦笑いする
ついこの間も、徴収に来た騎士を追い返そうとして牢屋に入れられたばかりなんだ
また同じことするんじゃないか…
心配になって、市民街へ続く坂道を見つめる
ぼくが行ったところで、どうにもならないと思うけど……
「……心配なら、見に行って来なよ、アリシア」
「え??」
「こっちは俺らで何とかしとくって。ユーリも、アリシア居れば無茶しないだろうしさ」
心配そうにしているぼくに、友人たちがそう声をかけてくる
「……ごめんね、みんな!ぼく、ちょっと様子見てくる!」
みんなにそう声をかけて、ぼくはユーリの後を追いかけた
貴族街の入口につくと、案外簡単にユーリを見つけることが出来た
どうやら、門の前の騎士をどうしようか悩んでいるみたいだ
「……ユーリ」
静かにユーリに近づいて、トントンっと肩を叩く
ビクッと一瞬肩があがると、驚いた顔でぼくを見つめてくる
「アリシア……っ!おまっ……なんでいんだよ……」
はぁ……っと盛大にため息をつきながら、ユーリは項垂れた
「みんなが行ってこいって」
「お前なぁ……フレンにこっちに来たら駄目だって言われてたろ?」
ありのままのことを話すと、兄さんの話を持ち出してくる
「言われたけど…心配だったんだもん」
むっとしてそう言うと、苦笑いして頭を撫でてくる
「へいへい、心配かけて悪かったよ。でも、アリシアはここで帰れ。フレンが心配する」
「……ちゃんと、今日帰ってくる?」
「帰るさ。だから、大人しく下町で待っててくれねぇか?」
苦笑いしながら、ユーリは首を傾げる
…これ以上はユーリの邪魔になってしまう
「……今日帰って来なかったら、甘いもの作ってくれるまで許さない」
「ははっ、んなもんいつだって作ってやらぁ」
ニッと笑ったユーリの顔に、一瞬ドキッとした
なんでドキッとしたかなんてわからないけど…
「……絶対、だからね!」
そう言って、ユーリの傍を離れる
「おう!」
ユーリの返事を背に受けて、下町への道をかけ戻った
〜数時間後〜
「……………」ムスッ
「ほらほら、そんなに膨れてないで夕飯食べなさいな」
苦笑いしながら女将さんはそう促してくる
帰ってくる、そう約束したのに、結局ユーリは帰って来ない
ぼくがユーリと分かれて下町に戻ってからすぐに水は止まった
が、止まったと言うよりも水を流しすぎて水不足になったって言った方が正しいかもしれない
それまで溢れ出ていた水が、今となっては一滴も出ないのだから…
水が止まってから少しして、ユーリと一緒に行ったラピードだけが袋を咥えて帰って来た
その袋の中には、
…要するに、ぼくらは『モルディオ』って貴族に騙されていたわけだ
それだけでも腹立たしい
本当に下町のことをなんだと思ってるんだ
「……ユーリのバカ……」
ポツリとそう呟いく
当の本人には、帰ってきたら直接言ってやろう
いただきます、と手を合わせて、女将さんが用意してくれた夕飯に手をつける
出してもらってからかなりの時間が経ってしまって冷めてしまったが、それでも充分なくらい美味しい
「全く、ユーリもアリシアちゃんに心配かけるなって何度言えばわかるだかねぇ」
ぼくが夕飯を食べている横で、女将さんは呆れたように腰に手をやった
人には言うこと聞けって言うくせに、自分は人の言うこと聞かないユーリだから、こうなることは何となく予想していた
が、実際にそうなるとやはり納得がいかない
ぼくはちゃんと帰ってきたのに…
「アリシアちゃん、今日はうちに泊まっていきなさいな。その様子じゃ、一人でゆっくり寝もできないでしょう??」
ぼくの気持ちを見透かしたように、女将さんは微笑んでくる
「…女将さんがいいなら、お世話になります」
ペコリと頭を下げると、いいのいいの!と笑い出す
そんな女将さんを見て、少しだけ気持ちが楽になった
夕飯も食べ終わると、ユーリの隣の部屋を使っていい、と言われその部屋に入る
月明かりの入り込んでくる窓際にそっと腰掛けた
昨日もそうだったが、何故か眠れない
目をつぶると何故か、昔の記憶が鮮明に思い出されてしまう
「……お母様から、受け継いだ『力』……」
自分の手を見つめながら、小さく呟く
…絶対に使うなと、お父さんから言われたもの…
何かあったら、
『これ』が何なのか、ぼくは『知っていた』
……ぼくが本当は誰なのか、それを知っているのは、もう兄さんだけだ
『わたし』が本当は『何処に居るべき』なのか、知っている人はもうみんな居なくなってしまった
たった一人残った、大事な人……
騎士団に入る、そう言われた時には冷や汗をかいた
だって、まだ……『わたし』を探しているかもしれない
未だに、探し回っているかもしれない
弱虫な『わたし』は、そんなことを考えて怖くなった
もしも……騎士団に入って、兄さんに何かあったら……
とてもじゃないけど耐えきれない
……そんな不安のせいで、眠れないんだろうか?
「クゥン………」
小さな鳴き声にはっとして、目線を部屋の中に戻す
自分の足元を見れば、ラピードが足に擦り寄って来ていた
「…ごめんね、ラピード。居たの気づかなかった」
フワフワなその体を優しく撫でると、どこか嬉しそうに目を細めた
「……さーてと、そろそろ寝よっかな」
わざと声に出してみる
そうでもしないと、眠れそうになかったのだ
ベットの方へ行き、倒れ込むように寝そべる
「おやすみ、ラピード」
ラピードにそう言って、目を閉じた
〜翌朝〜
「ふぁ………眠………」
結局、あの後も寝れなかった
目を閉じたら、否が応でも『あの日』の光景が目に映る
…まだ、思い出したくない、『あの』光景が…
そっと瞼の上に手を置く
二日連続眠れていないわけで、流石にちょっと眠い……
けど、それよりも今はユーリの方が心配だ
眠い頭を軽く振って、自分の荷物(と言っても武器くらいだが)を持って、下に降りる
ぼくの後をラピードがついてくる
「おはよう、アリシアちゃん!」
「おはようございます、女将さん」
とても元気に挨拶してきた女将さんに、ニコッと笑いながら挨拶を返す
「朝ごはんは??何か食べるかい?」
そう聞いてきた女将さんに、首を横に振る
「気持ちだけもらいます!今、お腹空いてないから」
そう言うと、残念そうにしながらもいってらっしゃい、と声をかけてくれた
女将さんと分かれて、まっすぐに
昨日と変わらず、水は止まったままだ
「ハンクスおじさん、おはようございます」
「ん?おぉ、アリシア、おはよう」
険しい表情でそれを見ていたハンクスおじさんだったか、ぼくを見るなり優しい笑顔に変わった
「…駄目そう?」
「じゃのう…
困り果てた顔で
水が手に入らなくなったのはいつが最後だったっけ…
「なぁに、いざとなれば川の水でもなんとかなるわい」
じっとそれを見つめていたぼくに、ハンクスおじさんは優しく言う
「……うん!そうだね!」
それに応えるように、ぼくもハンクスおじさんに笑いかけた
「……んか…………!!!!ユ…………………ル………!!!!」
そんな会話をしていた最中、市民街の方から聞き慣れた声が聞こえて来た気がした
こんな朝早くに誰が大声を出すようなことをしたんだろう?と、首を傾げていると、答えはすぐにわかった
「あっぶねぇ…危うく追いつかれるとこだったな…」
紫がかった黒い独特な長髪を揺らしながら、昨日約束を破ったユーリは肩で息をしながら帰ってきた
「ユーリ…っ!!!」
「あん……って、アリシアっ…!?!!」
ぼくを見るなり、ユーリはしまった!と顔を歪める
「ぼくとの約束…破ったね…!!!」
むっと頬を膨らませてそう言うと、大きくため息をつきながら、駆け寄ってくる
「悪ぃ、ちとドジっちまった。文句言うなら、キュモールに言ってくれ」
ぼくの頭に手を乗せながら、苦笑いする
「えー…やだよ、ぼくあいつ嫌いだもん、気色悪い」
ユーリの目を見てきっぱりそう言うと、それは言うなと言わんばかりに苦笑いされた
「えっと…あの、ユーリ…?」
ぼくの知らない、第三者の声に肩を竦めた
恐る恐るユーリの後ろを覗いてみると、パッと見た感じではぼくと同じ歳くらいの桃色髪の女の子が首を傾げて立っていた
その髪の色に、心臓が跳ねた
服装、身なりからして、貴族か皇族なのは間違いなかった
…多分『わたし』は彼女を知っている
でも、思い出せない…
「あぁ、悪ぃ、こいつはオレの幼なじみでアリシアって言うんだ」
すっとぼくの前から退きながらユーリは彼女に紹介を始める
「初めまして!エステリーゼって言います」
そう言って彼女はぼくに近づいて、手を伸ばしてくる
『握手』……たったそれだけの事だが、すぐに手を出せずにいた
「……えっと、初めまして…よろしく…ね?」
一拍、いやそれ以上だったかもしれないが、少し間をあけて、そう言いながら手を伸ばして彼女の手を握った
すると、とても嬉しそうに彼女は笑う
「じいさん、
「なんと…!じゃあ、やはりわしらは騙されとったのか…」
あからさまにハンクスおじさんは肩を落とした
彼が先頭に立ってお金集めていたんだし、無理もないだろう
「あぁ、貴族かどうかすら怪しいぜ。オレ、そいつ追っかけて
「え、ユーリ結界の外に行っちゃうの…?」
ぼくがそう聞くと、ユーリは苦笑いして肩をすくめる
「取り返さねぇとろくに生活出来ねぇだろ?」
ポンポンっと頭に手を乗せながら言ってくるが、今回はそんなんで引くぼくじゃない
「なら、ぼくも行く」
「はぁ!?おまっ、自分が言ってることわかってるか?!」
「わかってるよ!ユーリ一人だと、まーた無茶して騎士団に捕まるのがオチでしょ!ぼくが傍にいて、無茶しないように見ててあげるって言ってるの!」
すっとユーリを人差し指で指さしながら言う
「……はぁ……ったく、本当にアリシアは一度言ったら聞かねぇもんな……」
そう言って彼は項垂れた
そんなこと、今に始まったことでもないのに
「む、そんなことユーリに言われたくないもん」
「へいへい、わかりましたよ。連れてきゃいいんだろ?」
苦笑いしながら、半分諦め気味にユーリは言う
「それでよろしい」
ニコッと笑いながらそう答えた
「待たんか!ユーリ・ローウェルーー!!」
市民街に続く坂道から、聞き慣れた声が聞こえてくる
「うげぇ……よりによってルブランに追いかけられてたの?」
そう言ってフードを深く被る
ぼくのことを知ってるかわかんないけど、騎士の前ではこうしておかないと、気が気で居られないんだ
「あー、まぁ、色々あってな…とりあえずじいさん!オレらもう行くから!」
軽く頬を掻くと、ハンクスおじさんの方を向いてそう言う
「全く、野垂れ死ぬんじゃないぞ!…アリシアも、気をつけるんじゃよ」
「じいさんこそ、年甲斐もなくはしゃぐなよ!」
「はーい!ユーリの面倒はちゃんと見ておくから大丈夫だよー!」
ハンクスおじさんに手を振って、下町から結界の外へ続く道の方へ駆け出す
「あっ!ユーリ、待ってください!」
後ろからエステリーゼの声が聞こえてくる
理由はわからないが、彼女もついてくるらしい
ハンクスおじさんの合図と同時に、下町に入ってきたルブラン目掛けて、たくさんの人が押しかけた
「騎士様!
「わー!騎士様だぁ!かっこいい!」
「騎士様や、入れ歯を探してくれんかの?」
「えぇい、邪魔だ!どかんか!」
「みんな楽しそうだねぇ」
少し離れたところで止まって、振り返りながらクスッと笑う
「ほーらアリシア、今のうちにさっさとd…」
「うわっ!?」「きゃっ!?」「へ…!?!!」
ユーリとエステリーゼの悲鳴に前を向いた瞬間、前からもたくさんの人たちが雪崩のように押しかけてきた
「ユーリ!外に行くならこれを持ってけ」
「地図……って、これ途中までしか書いてねぇじゃねぇか!」
「仕方ないだろ!?結界の外になんて滅多に行かないんだから。余白は自分で埋めてくれ!」
「アリシア、ユーリの面倒見るの大変だろうけど、気を付けるんだよ」
「え…?あっ、へーきへーき!ユーリの面倒くらいみれるって!」
「おいこらアリシア…!お前後で覚えとけよな…!」
「ユーリ!女の子二人を泣かせるんじゃないよ!」
「誰が泣かせるかよ…!!」
「ほら、これも持って行きな!」
「あ、ありがとう!みんな!」
出口が近づいたところで、ようやく開放された
「ったくあいつら…好き放題いいやがって…」
はぁ、と大きくため息をつきながらユーリは項垂れた
「ふっふっふ、ぼくの方がきっと信頼されてるんだねっ!」
胸を張りながらそうゆうと、ユーリは苦笑いする
「へいへい、オレよりもいい子なアリシアの方が信頼されてて当然ですよっと……って!誰だよ金まで寄越したやつ…!こんなん受け取れっか!」
慌てて来た道を引き返そうとする
みんなだって余裕ないはずなのに、お金は流石に受け取れない
「待てー!!!ユーリ・ローーーウェルーーーー!!!!」
が、ルブランの声が聞こえてきて、戻るに戻れなくなってしまった
「ったく、しゃあねぇ、預かっとくか…」
そう言って、ユーリは引き返して来た
「…足止め、する?」
術の詠唱しながらユーリに問いかける
が、ぼくが術を発動させるよりも前に、物陰に隠れていたラピードが飛び出して来た
「ガウッ!」
「うおっ!?なっ、なんだ!?!!」
ラピードに妨害され、ルブランは見事に転倒した
「む、とられちゃった」
詠唱をやめながら、ラピードを見るとどこか誇らしげな目で見つめてきていた
「狙ってただろ?ったく、おいしいとこ持っていきやがって」
呆れ気味にユーリが腰に手をつく
「ゥワン!」
「犬……?」
ラピードを見ながら、エステリーゼは首を傾げた
「ま、何処まで一緒かわかんねぇがよろしくな『エステル』」
「はい!……あれ?エステル……?」
ユーリがそう呼ぶと、エステリーゼは首を傾げる
…あだ名、そんなに珍しいのかな
そんなこと気にもせずに、ユーリは下町の方を向く
「しばらく留守にするぜ」
「いってくるね、みんな」
「行ってきます!」
それぞれ帝都に別れを告げて、ぼくらは結界の外へと足を踏み出した
これが、大冒険への一歩だったとも、知らないで
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*見た目と違って