第三章 満月の子と新月
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*彼女の本当の名
「……さてと、いい加減、手紙書こっか?」
ひとしきり笑ってそう告げる
いい加減書かないと、誰か戻って来ちゃいそうだしね
「……ん、そう……だね?」
少しぎこちなく、アリアは答える
「練習がてら、しばらく代わる?」
「……そう、しよう……かな?」
「あははっ、ユーリにバレないように気をつけてよ?」
「……わかってる…よ、そんなこと」
少し頬を膨らませながら、アリアは右手を出してくる
「……じゃ、手紙は任せたよ、アリア」
そう言って、左手を重ねて目を閉じた
ゆっくり、目を開ける
……手紙、書かないと……
アリシアが置いたペンを取って、文字を書いていく
細かく書きすぎ……は、フレ兄が心配するから、少し端折って、今までの事を書く
……ちゃんと、ユーリに伝えたい事も、含めて……
「……これでいい、かな……?」
『ん、いいんじゃない?』
ポツリと呟いた言葉に、アリシアが反応した
アリシアからオーケーも出たし、手紙を封筒に入れて窓際に寄った
鈴を鳴らして、しばらくすると、ルビィが飛んでくる
手を伸ばすと、わたしの方に降りてきてくれた
「……ルビィ、また手紙……届けてね?」
頭を撫でながらそう言って、手紙を差し出すと、器用に咥えて飛び立って行った
空は日が沈み始めて、薄らと赤く染まりつつあった
ジッと空を見つめていると、後ろから足音が聞こえてくる
「お、ちゃんといるな」
ユーリの声に振り返ると、少し安心したように微笑んでる、ユーリが目に映った
「いるって言った、じゃん。疑い深いんだから……」
「悪かったって、最近のアリシア見てっと、どうにも心配になんだよ」
アリシアのせいで、ユーリが余計心配するようになってる……
少しムッとしながら、ベッドに腰掛けると、ユーリも隣に腰掛けてきた
「またフレンに手紙でも書いてたのか?」
わたしの頭を撫でながらユーリは問いかけてくる
「……ん、定期的に出しておかないと、怒るから」
「はは、そうだな。あいつも心配性だからな」
笑いながら、ユーリはそう言ってくる
「…兄さん、もユーリも心配しすぎなんだって」
「心配かけてるヤツが言う台詞じゃねえぞ、それ」
「それは……ごめんね…?」
『アリシア』の口調だと、少し喋りずらい……
変、ね……ずーっと、この口調だったはずなのに……
……分かれているのが、原因……かしら?
「ちょい眠そうだな?先、寝てるか?」
首を傾げながら、ユーリは問いかけてくる
……前にもそう聞かれたけど……やっぱりそう聞こえるのかしら……?
『眠いんじゃなくて、喋りずらいだけなんだけどねぇ?』
「(……うるさい、なぁ……慣れない、んだもん……)」
頭の中で話しかけてくるアリシアにそう答えて、首を横に振った
「別に…眠くはない、よ」
「……なら、いいんだけどな?」
少し訝しげな声でユーリは言う
「…みんな、まだ帰って来ない、ね?」
話題を反らせたくて、少し気になったことを聞いてみる
そろそろ……誰かしらは戻って来ても、いいはずなのに
「まだみんな、街の中探索中だからな?まぁ、そのうち戻って来るって」
少し呑気に、ユーリが答える
「…そっか」
ニコッと笑って短く返す
……どうしよう……話、続かせるの、難しい……
「……平気か?アリシア」
不意に、ユーリが問いかけてくる
「…なに、が?」
「さっき、従姉妹の話出たろ?思い出したくなかったんじゃねえかって思ってさ」
心配そうに、ユーリが見つめてくる
少し目を閉じて首を横に振った
「…大丈夫。もう…思い出しても、平気、だよ」
目を開けて、ニッコリと微笑む
何故か、ユーリが少し目を見開いた
「……それなら、安心、だな」
少し歯切れ悪くそう言いながら、わたしから顔を背けた
ほんの少しだけ、頬が赤くなってる気がした
そんなユーリに、思わずクスッと笑ってしまった
「(……ねぇ、アリシア?)」
『ん?どうしたの?』
「(……言っても……いい、かな……?伝えられそう、って…こと)」
『……アリアがそうしたいなら、そうするといいよ』
その答えに、少しだけ微笑む
小さく深呼吸して、ゆっくり口を開く
「……ね、ユーリ……?」
緊張して、少し、声が震える
体の中で心臓がバクバクと音を立ててる
「ん?どうした?」
わたしの方を見て、ユーリが首を傾げる
「……兄さん、が……いいよって言ったら、だけど……少し、落ち着いたら……
……わ………ぼく、の話聞いてくれる……?」
思わず、『わたし』って言いかけてしまった
……不自然……だったわよね……
『アリア……怖かったら、代わる?』
少しだけ、心配そうにアリシアが声をかけてくる
「(……大、丈夫……頑張る、よ)」
そう返事をして、ジッとユーリを見る
しばらく驚いた顔をして、ユーリは固まっていたけれど……
不意に、クスッと笑ってわたしを抱きしめてきた
「いいよ、いつだって。……アリシアが話せる時でいいからさ」
そう言いながら、背中を撫でてくれる
心臓の音が、うるさい……
ユーリに、伝えようとして緊張してるのか、それとも……
今、この状態に、緊張してるのか……どっちかはわからない
ユーリは尚、わたしを落ち着かせようと背中を撫でてくる
「そんなに怯えなくたって平気だよ。無理に今、聞こうとなんざしないから」
優しい声で、そう言ってくる
それに、小さく頷いた
「…ん………ごめんね、ユーリ」
「別に謝ることねえって。大体、んな事したら、オレがフレンにぶん殴られるっての」
顔を上げると、困ったように苦笑いしているユーリが目に映った
「それも…そうだね」
「ユーリー!アリシアー!夕飯できたよー!」
肩を竦めていると、外からカロルの声がした
「お、いいタイミングだなカロル先生。……行こうぜ?アリシア」
ユーリはわたしから離れて立ち上がると、わたしに向かって、手を伸ばして来た
「…ん、行こっ、か」
ニコッと笑って、手を取った
ユーリはそのまま、わたしの手を引いて歩き始める
……これが当たり前になったの、いつだっけ……
繋いでなくても大丈夫、なんて、散々言ったけれど……
……でも、こうしていると、不思議と落ち着く…
ユーリの手を握ったまま、宿屋から二人並んで、みんなのところに向かった
ーー翌日ーー
「ふぁ……」
宿屋から、欠伸をしながら外に出る
ちょっと寝すぎちゃった、かな……?
あんなに動いたの、久々で……まだ、少し眠い……
眠い目を擦りながら街の入口に向かうと、もうみんな集まっていた
「アリシアちゃ〜ん、遅いわよ〜」
「ん……ごめんね」
苦笑いしながら言ってくるレイヴンに肩を竦めながら謝った
「とりあえず、二人をマンタイクまで送るとして……ボクたちは、これからどうする?」
昨日助けた夫婦を見ながらカロルが首を傾げる
「あたしはカドスの喉笛のエアルクレーネに行くわ」
そう言えば……リタの旅の目的はエアルクレーネの調査、だった…よね
「俺様はベリウスに手紙を渡さないとなぁ」
「ボクもベリウスに会ってみたい!」
少し目を輝かせながら、カロルがレイヴンを見つめている
ベリウス……ね……できれば、わたしももう一度、会っておきたい
大丈夫、だとは思うけれど……少し、心配だから……
「オレもノードポリカか。マンタイクの騎士団の行動、フレンに問いたださなきゃな」
「…兄さん、の事だから、聞いてもまたはぐらかされちゃいそうだけど……?」
ユーリの言葉に苦笑いしながら首を傾げた
フレ兄のことだから多分、聞いても答えてはくれなさそう
「わたしは……
少し俯きながら、エステリーゼは呟く
そんな彼女を、リタとユーリが制止する
クロームが伝言を伝えてくれていれば、話はできると思うけれど……問題は、見つけられるかどうか、なのよね……
「
不意にジュディスがそう言って、みんなを見回した
「ノードポリカ…?」
「ええ。ベリウスに会えば、わかると思うわ」
首を傾げながら小さく呟いた言葉に、ジュディスが頷く
確かに……ベリウスなら、説明してくれそうだけれど……でも、なんでそれを……
「闘技場は
カロルの問いにジュディスはただニコッと笑っていた
……ジュディスも、何か隠してる
フェローの事を知っていたのもそうだけれど……
「じゃあノードポリカを目指すか」
「うん。まずはマンタイクに戻ろう」
ユーリとカロルがそう言って頷き合う
……あ、けど……
「パティは…どうするの?」
パティを見ながら首を傾げた
「確か、ノードポリカには、パティをよくおもってない人が……」
心配そうに、エステリーゼがパティを見る
話を聞いただけだけれど、あんなこと言う人たちがいる場所って、近づきたくはないよね……
「平気なのじゃ。あんなのは相手にしなければいいだけなのじゃ。さっさと海に出れば問題ないのじゃ」
そう言って、パティはニッコリと笑う
その言い方……ついて来る気満々だったのね……
「ベリウスに会えるのは新月の夜でしたっけ」
「ああ、ベリウスに会うなら急がないとな。新月過ぎて、また一月待たされるのはゴメンだしな」
エステリーゼの言葉にユーリは頷くと、わたしの手を取って歩き始めた
『ふぁ……アリア、マンタイクに着く前に、変わっておく?』
少し眠そうなアリシアの声が聞こえてくる
「(……でも……)」
少し迷ってしまう
ここで本当にアリシアに任せても……いいのかしら……
『この短期間で頑張ったんだし、これ以上無理しなくていいんだよ?それに……『あの人』がもしいたら、バレちゃうかもしれないわけだしさ?』
「(……それも、そう、だね……)」
“バレるかもしれない”……そう考えた瞬間、迷ってなんていられなかった
それだけは……避けないと、いけない
「(……ごめんね、アリシア……)」
『いーのいーの、気にしないの、アリア。ぼくは、こうゆう時の為にいるんだからさ』
クスッと笑いながら、アリシアは言う
いつまでも甘えているわけにもいかないけれど…
後、もう少しだけ……甘えさせて欲しい……
ーーーーー
「うー……やっとついたぁ……」
少し俯きながら小さく呟いた
砂漠ってホント暑い……
……アリア……なんであんなに平気そうだったんだろ……
「砂漠はもうこりごりだわ……」
「ホントだよ……」
ぼくの隣で、リタとカロルもそう呟いて項垂れている
さすがにもう、ここには来たくないかも……
「あれ……?人が外に出てる…?」
エステルの言葉に顔を上げると、確かに人が外に出ていた
「外出禁止令、解かれたのかな?」
そう言ってよく見てみると、ヤケに見覚えのある人が目に映った
「キュモール……!」
そう呟いたリタが身構える
うげ……まさかここの執政官って、あいつ……?
あんまり直視したくなくて、フードを深く被ってユーリの後ろに隠れた
「急いては事を仕損じるよ」
今にも飛び出しそうなリタを、レイヴンが宥める
確かに、今飛び出してもいい事は起きそうにない
「ここは慎重に様子見なのじゃ」
パティの言葉に頷いて、ぼくらは物陰に隠れた
ここから話を聞く限り、どうやらお金を渡すから翼のある巨大な魔物を殺して来いって無理矢理砂漠に連れ出してるみたい……
……ホント、見てるだけでイライラする
「翼のある巨大な魔物ってフェローのことだよね」
少し首を傾げながらカロルが問いかけてくる
「多分、そうだろうね」
「フェロー捕まえて何しようってんだかね?」
不思議そうにレイヴンが首を傾げる
そんなこと言われても、ぼくだって知りたいよ…
「それでどうするのかしら?放っておけないのでしょう?」
ジュディスの言葉にエステルが動こうとするが、それをパティが止めた
「今は行かない方がいいと思うのじゃ」
「あのバカ、お姫様の言うことも聞きゃあしねぇしな」
……確かに二人の言う通りだよなぁ……
これがキュモールじゃなければ、止められたのかもしれないけど……
「……じゃあ、どうするんです?」
止められたエステルは不服そうにユーリの方を見つめていた
止めたものの、ユーリもまだちゃんと考えていなかったらしく、小さく唸っていた
けど、あんまり悩んでる時間もないんだよなぁ…
『……ねえ、アリシア』
不意にアリアが声をかけてきた
「(どうしたの?アリア)」
『……『あれ』、やってみないかしら…?』
迷い気味に、それでも確かにアリアは問いかけてくる
『あれ』…って、まさか……
「(ええ……それ本気?)」
『本気だけれど……?だって……迷ってはいられないでしょう?』
あっけからんとアリアは答える
確かにその通り、なんだけど……
なんか、ぼくよりアリアの方が無茶し始めそうになってる……
……ま、元に戻りつつあるって事だから、いい傾向なのは確かなんだけど、さ
「(仕方ないなぁ……じゃ、行くよ?)」
そう答えて左目を閉じた
折角、アリアが頑張ろうとしているのを無下にはできない
右目でジッと馬車の前輪を見つめていると、左半分の感覚が無くなった
「(……なーんか、変な感じ)」
『それは……わかる』
ぼくの呟きに、アリアが反応した
「(アリア、サクッとお願いね?)」
ぼくがそう声をかけると、アリアは大きく深呼吸した
『……【マナに命ず、風となりて人、運びし物の足を封じよ】…!』
アリアが頭の中でそう呟いた瞬間、突風が吹き上げた
風でフードが脱げないように、慌てて右手でフードの縁を掴んだ
「きゃっ…!?」
「えっ!?何っ!?」
突然吹いた風にみんなが驚いていると、ガタンッと大きな音がした
音のした方を見ると、馬車の前輪が両側とも外れていた
「(上手くいったね?アリア)」
『ん……そうね』
アリアが小さく呟くと、左側の感覚が戻ってきたから、ゆっくり目を開ける
うっ……ちょっと眩しい……
「な…っ!!馬車を準備したのは誰!?き一っ!!早く馬車を直せ!この責任は問うからね!」
キュモールは怒ってそう言って、どこかへと行ってしまっていた
「……なんだったんだ?今の」
ユーリを見上げると、訝しげに顔を顰めて馬車を見つめていた
「誰かの術…ってわけじゃなさそうね……術なら詠唱が聞こえてもいいはずだわ」
辺りを見回しながら、リタが呟く
「まぁ…結果的にあの人たちが砂漠に放り出されなくて済んだわけだし、いいんじゃないかな?」
フードから手を離しながらそう言って二人を見る
ぼくがやったって事はバレてなさそうだ
「……悪い事しようとして、天罰でも下ったかねぇ」
ケタケタと笑いながらレイヴンが呟いた
「天罰だったなら、あの人でなしをどっか遠くまで飛ばしてくれればよかったのにね」
クスッと笑いながらレイヴンの方を振り返る
レイヴンは、ちょっと懐かしそうな表情でぼくを見てきていた
え、なんで……?
「アリシアちゃんもおっかないこと言うわねぇ…… とりあえず、気付かれる前に隠れた方がいいんじゃない?」
そんな表情も一瞬だけで、すぐにちょっと真剣そうな表情でそう言ってユーリの方を見ていた
……気のせい…?
「……だな」
ユーリが小さく呟いて頷く
その場で子どもたちの両親と別れて、ぼくらは宿屋に逃げ込んだ
宿屋についてしばらくみんな揃ってキュモールについて話していた
けど現状、ぼくらができる事はない
みんなの会話をユーリは一人、神妙な顔で佇んでいた
そんなユーリに、少し不安が過ぎった
時間も時間だし、ぼくらは一先ず休むことになったけど……
みんなが寝静まっても、さっきのユーリが気になって中々寝付けなかった
目だけ閉じて大人しくしていると、カタン、と物音がした
薄ら目を開けると、ユーリの後ろ姿が目に映る
……まさか……ユーリ……
よくない考えが、頭を過ぎった
追いかけたい……けど……
『……アリシア、行きましょ…?』
どうしようか迷っていると、アリアの声が響いた
「(アリア……けど……)」
正直、アリアにユーリのそんな姿、見せていいのか迷う
『……わたしは、大丈夫だから』
「(…わかったよ、アリア)」
そう答えて、ベッドから抜け出した
ユーリは見られたくないかもしれない
……でも、そうだとしても……
…できるだけ、近くに居てあげたい
例え、何もしてあげられなくても……
……寄り添うことは、できるから……
宿屋から出て辺りを見回す
ユーリの姿はない
「ユーリ……どこに……」
小さく呟くと、近くで物音が聞こえた
これは……宿屋の裏の方……?
少し駆け足で音のした方に向かう
「ーーーーーっ!」
物音のした場所の近くで小さく、キュモールの悲鳴のような声が聞こえた
物陰からこっそりと覗くと流砂の傍に佇むユーリの後ろ姿が目に入った
ジッと流砂を見つめて、動こうとしない
「……ユ」
ユーリを呼ぼうとしたら肩に手を乗せられた
驚いて振り向くと、何とも言えない表情をした兄さんが後ろに立っていた
兄さんは軽く頭を横に振ると、ぼくの隣を抜けてユーリに近づいた
「街の中は僕の部下が抑えた。もう誰も苦しめない」
静かな声で、兄さんは告げる
少し後ろを見ると、確かに兄さんと同じ隊服を着た騎士の姿が見える
「そうか、これでまた出世の足がかりになるな」
急に話しかけられたことに驚きもせず、いつもと同じ口調でユーリは言う
…けど、少し辛そうだ
「オレ、あいつらのところに戻るわ」
振り返ったユーリと目が合った
ぼくまでいると思っていなかったのか、目を見開いて少し固まっていた
少しすると気まずそうに、ユーリがぼくから顔を背ける
「ユーリ、アリシアは少し借りるよ?それと……後で話がしたい」
「……わかってる」
「湖の傍で……待ってる」
兄さんの言葉を聞くと、ユーリはぼくの方に歩いて来て、そのまま通り過ぎようとする
「…ユーリ」
ぼくが呼ぶと、通り過ぎる前にユーリの足が止まった
「…前にも言ったけど、ぼくはユーリがした事、悪だとは思ってないからね?」
被っていたフードをいつもよりも浅めにして、少し後ろにいるユーリの方を見上げた
あの時と同じく、ユーリはまた驚いた顔をしていた
「…忘れないでよ?ぼくはそう思ってるってこと」
ニコッと笑いながらそう言うと、寂しそうに、ユーリが微笑んだ
「…おぅ、わーってるよ」
小さな声でそう言うと、ユーリは宿屋の方へと歩いて行った
「……全く、アリシア……ラゴウの事も、知っていたんだね?」
小さくため息をつきながら、兄さんが問いかけてくる
「あれは別に……見たくて見たわけじゃないし…」
そう言いながら、兄さんから顔を背ける
「……とりあえず、湖の傍に行こうか」
「…ん、そだね」
短く返して、兄さんと並んで湖に向かう
キュモールの隊が捕縛されて、町はお祭り騒ぎだ
楽しそうな住民たちの間を抜けて、湖の傍にやって来た
「さてと……それじゃあ……」
「あ、兄さん、ちょっと待って」
話始めようとした兄さんを制止して、左目を閉じた
「(アリア、いける?)」
『……うん、大丈夫』
アリアがそう答えると、また左側の感覚が無くなる
これ……慣れないなぁ……
『…【マナに命ず、我らが姿、周囲に同化させ、気配を隠せ】』
アリアが唱えると、辺りの空気が少し変化した
『…はい、終わり』
その声と同時に左側の感覚が戻ってくる
「……はぁ…変な感じだった」
フードを脱いで、軽く左手を振りながら呟く
これには慣れそうにない
「…もう、そこまでできるようになったんだね」
少しキョロキョロとしながら、兄さんが呟いた
そんな兄さんに頷きながら、左手を横に伸ばした
「『アリア』、出ておいでよ」
そう言って目を閉じた
指先に触れられた感覚に目を開けると、ぼくの左隣にアリアが立っていた
「……二人とも、実体を持っているなら一先ずは安心、という所かな」
ホッと息を吐きながら兄さんはぼくらを見て微笑んだ
「…そうだね、フレ兄」
アリアも微笑みながら、兄さんを見つめていた
「…じゃ、アリアから来た手紙の返答をしようか」
そう言いながら、兄さんは軽く目を閉じた
正直、いいと言ってもらえるとは思ってないんだけど……
「『ダメだ』……と、本当は言いたかったんだけどね。……ちょっと事情が変わった」
ほんの少し、悔しそうな声で兄さんは言う
「何か……あったの……?」
少し不安そうに、アリアは問いかける
「…つい最近、『彼』が僕らの出生記録や戸籍記録を調べていたらしい」
「えっ!?」
兄さんの言葉に、アリアよりもぼくが反応してしまった
それは、マズイ、非常にマズイ
そんなの調べられたら、簡単にバレてしまう
「……『彼』、何もしてきていないの……?」
静かにアリアが問いかけると、兄さんはゆっくり頷く
「不気味なくらいにね。『彼』がまだ何も言ってすら来ないことが、僕も不思議で堪らないよ。本当なら、今すぐにでも君らを連れて逃げたいところだけれど……まだ少し、調べたい事が残っているからね。それが終わるまで、騎士団を離れるわけにはいかない
…かと言って、正直、もう僕一人の手には負えそうにない。……今、頼れそうな人間を、僕もユーリ以外知らないからね」
小さくため息をつきながら、兄さんは苦笑いしていた
「…兄さん、ユーリに怒ってたんじゃないの?勝手にキュモール殺して」
そう問いかけると、兄さんは少し肩を竦めた
「本当は怒りたかったんだけどね……」
言いづらそうにそう言って、兄さんが顔を顰めた
「…キュモールも、死刑が確定した。あの『契約』は、誰がそうしようが構わないとなっているから、怒りたくとも怒れないんだ」
兄さんの答えに、心臓がザワついた
まさか、キュモールも、だなんて……
「……あの人も、関わっていたの?」
「いや、彼はつい最近、そういう計画を立てていたみたいだ」
『最近』、の言葉に、少し安堵した
あの日の事に関わっていないなら、まだマシだろう
「…だから、ちょっと癪だけれども……ユーリになら、全てを打ち明けていいよ」
ほんの少し、寂しそうに笑って兄さんは言う
「…ありがとう、フレ兄」
そんな兄さんに、アリアはニコッと笑った
「けど、ユーリ以外はまだダメだ。この事を知っている人間が多ければ多い程、バレるリスクも高くなるからね」
「わかってるよ、兄さん。ぼくもアリアも、ユーリ以外にはまだ伝える気はないから」
少し語気を強めて言ってくる兄さんに、思わず苦笑いした
ホント、心配性なんだから…
「わかっているなら、いいんだけどね?……二人とも、ちょっといいかい?」
そう言って、兄さんがゆっくりと歩み寄ってくる
アリアと顔を見合わせて首を傾げていると、急に兄さんに抱きしめられた
「ぅわっ!?」「わ…っ!」
どうやらアリアも一緒に抱きつかれたらしく、隣で驚いた声が聞こえた
「…不思議だね、可愛い妹が二人に増えた感覚だ」
そう言って兄さんはクスクス笑う
「増えたって……ぼく、そのうちアリアと一人になって居なくなっちゃうけど…?」
「…でも、まだまだ消えるつもり、ないんでしょう?アリシア」
「そりゃそうだけど……って、アリア、さっきから言おうと思ってたけど、口調!ぼくと同じにしよって言ったじゃん!」
「だって……今そうしたら、分かりずらいでしょう?わたしたち、声も同じなんだもの」
「うっ……そう言われると否定できないのが悔しい…っ!」
兄さんの腕の中でアリアと二人、そんな言い合いをする
クスクスと笑っているアリアを見て、少し安心した
よかった……さっきの見ても、『あの人』の話されても……前みたいに、怯えずにいられて……
「……さて、名残惜しいけど、そろそろ時間だね」
そう言って、兄さんが離れる
ぼくらの後ろを、兄さんはじっと見つめていた
振り返ると、遠くから歩いてくるユーリの姿が目に映った
「……アリア、これ、このままにできるかい?……僕からも、ユーリに話しておきたいからね」
「そのまま……は難しいから、かけ直すわね」
そう言いながら、アリアが右手をぼくに出してくる
「げ……またやるのか……」
「いいじゃない。今度はアリシアが中よ?わたしが表に出ていないと、継続されないもの」
そう言ったアリアに思わず苦笑いする
表でも中でも、あんまり乗り気にはなれないなぁ
そんな事を考えながら、アリアの手に左手を重ねて目を閉じた
ーーーー
『フレンに挨拶してくる』、そう言って宿屋を出た
解放されて、はしゃいでるヤツらの間を抜けて湖に近づくと、地べたに座って湖の方を見つめているフレンを見つけた
何を見てるのかと思えば、少し離れたところで座って空を見上げているアリシアが目に映る
…ホント、好きだよな
「話、終わったのか?」
フレンの傍に立って問いかける
「立ってないで座ったらどうだ」
オレの方は見ずにそう言ってくる
別にオレは立ったままでもいいんだが……
座らねえと話しそうにもねえな…
渋々、フレンと反対方向を向いて腰を下ろした
「話があんだろ」
「……なぜ、キュモールを殺した。人が人を裁くなど許されない。法によって裁かれるべきなんだ」
未だにアリシアの方を見たまま、静かにフレンが告げる
……ま、そう言われるだろうな
「なら、法はキュモールを裁けたっていうのか?ラゴウを裁けなかった法が?冗談言うな」
普段よりも声を低くして、遠くで嬉しそうにはしゃいでる街の連中を見つめながら口を開く
「あいつらが今死んで教われたやつがいるのも事実だ。おまえは助かった命に、いつか法を正すから、今は我慢して死ねって言うのか!」
隣に座るフレンを睨みながら、語気を強めて問いかける
「そうは言わない!……それでもユーリのやり方は間違っている。そうやって、君の価値観だけで、悪人すべてを裁くつもりか?それはもう罪人の行いだ」
睨んだオレをフレンも睨み返してくる
「わかってるさ。わかった上で、選んだ。人殺しは罪だ」
オレがした事が正しいことだなんて微塵も思っちゃいない
間違った事だなんてわかってる
それでも、もう見て見ぬフリをしていられるほど、我慢はできない
「わかっていながら、君は手を汚す道を選ぶのか」
ジッとオレを見つめて、フレンが問いかけてくる
「選ぶんじゃねえ。もう選んだんだよ」
そう言って、フレンを見つめ返した
オレはオレのやり方でやる
……もう、そう腹を括ったんだ
今更やめるつもりもないし、もう引き返す事はできない
「……はぁ……本当は、言いたいことは山のようにあったんだけどね。言う気も失せた」
どこか呆れたようにため息をつきながら、フレンはオレから視線を外した
「どういうつもりだ?」
何よりも法を順守しているこいつが、これ以上咎めてこようとしないのはおかしい
「……僕にはこれ以上、君に何か言う権利はない」
空を見上げながらそう答えてくる
「はぁ?なんだよ、それ」
「……僕がここに来たのは、彼を殺すためだ」
静かに、それでもハッキリと、フレンが答える
「……は?」
フレンの言葉に耳を疑った
貴族を守ってきた法が、一体どういう風の吹き回しだよ……
「…ラゴウの件、君はどこまで知っている?」
「犯人探しを辞めたってやつか?」
オレの返答に、フレンはゆっくりと頷く
「ああ。……その理由は知っているか?」
「新月との契約がどうとか、エステルが言ってたな」
「……理由は、それと同じだ」
どこか怒りのこもったような声でフレンは言葉を繋げる
「彼もまた……アリアに危害を加えようとしていた。あの契約は、違反した者を誰が殺そうが構わないとしているからね
……だからこれ以上、僕は君に何か言う事はできない。知らなかったとは言え、罪に問える訳でもないからね」
小さく息を吐きながら、オレを見つめてきた
オレの決めた道に納得はしていないらしく、複雑そうな表情を浮かべている
……それよりも、だ
「珍しいな、お前がそんな話出すなんて。アリシアもそうだけど、お前ら、その『アリア』ってヤツの話、今までしてこようとすらしなかったじゃねえか」
そう言うと、フレンは大きく息を吐いた
「………事情が変わったんだ」
「ふーん、事情、ね?」
フレンから視線を外しながら呟いた
どうせこれ以上は何も話さないだろう
…そう、思っていた
「……『新月は沈ませてはならない』……僕は彼女の両親からそう言われてきた」
意を決してように、フレンが口を開いた
「新月を沈ませてはいけない理由はただ一つ……新月が沈めば、世界に災厄が降りかかるからだ
…僕がこの話を教えられたのは、僕には『あの子』を守る義務がある。……だから、幼い頃から、何度もそう言い聞かせられてきた
まぁ、そんな義務なんてなくとも、『あの子』を守るつもりではあったんだけどね」
「お前……急になんだよ?」
突然話し出した事に驚いて、フレンを見る
真剣な顔でオレを見つめてきていて、思わず口ごもった
「……ユーリ。騎士としてではく、幼馴染として……君に、頼みたい事がある」
そう言ってくる声は、本気で何かを頼む時の声色だった
「少し黙って聞いててくれ。……僕が今から話すことは、他言無用だ。決して誰にも、言わないでくれ」
黙れとは言われたが、先程までとは違う雰囲気にそもそも何も言葉が出てこない
どうしたっつーんだ、一体……
「……細かい話は、後で『あの子』がタイミングを見てしてくれるはずだ」
一瞬、チラッとアリシアの方を見ていた
『あの子』……って、アリシアの事か?
いや、けど、なんでそんな言い方なんだ…?
「だから……今は何も聞かず……できるだけ、騎士がいない場所に、『あの子』を連れて行って欲しい」
そう言って、フレンは項垂れた
「『あの子』を、騎士団に渡すわけには……いかないんだ……」
「ちょい待てって、フレン。お前、さっきから何言って」
あまりにも何が言いたいのかがわからなくて、思わず声が出た
「僕一人じゃもう無理なんだっ!」
そんなオレの言葉に被せるように、フレンは項垂れたまま声を張り上げ、思わず肩が跳ねる
「…無理、なんだ……もう、僕一人の手には負えないところまできてしまった……僕一人では、『あの子』を守りきれない…
決して『沈ませてはいけない』大事な『妹』を……守り、きれないんだ…っ!」
悔しそうに、フレンは言葉を繋いだ
『沈ませてはいけない』、『妹』……って……!
「おい、フレン……っ!まさか……」
「…『アリシア・シーフォ』は……実在しない。あの子の、本当の名前は……
『アリアンナ・ルイス・ヒュラッセイン』
……世界の守り人……新月だ」
