第三章 満月の子と新月
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*『ぼく』と『わたし』
船が再び動き始めてしばらくして、遠くの方に街が見えてきた
辺りはすっかり夜になっていた
「あれがノードポリカ?」
「うん、別名、闘技場都市!」
街を見ながら首を傾げたぼくに、カロルが元気よく答えてくれた
あれがノードポリカ……か……
本で読んだであろう知識をエステルが言っていたけど、殆ど聞き流してしまった
今はそれより、ベリウスのことの方が……
少し考えていると、不意にドーンッと大きな音が辺りに響いた
少し驚いて空を見上げると、花火が幾つも打ち上がっていた
「あら、綺麗」
クスッと笑いながら、ジュディスが呟いていた
確かに、綺麗だ
……今はちょっと、考えるのやめておこうかな
「毎日がお祭り騒ぎってとこか、こりゃいいわ」
「花火にお祭りにおでん、とってもマッチなのじゃ」
おでんを咥えながら空を見上げているパティに、レイヴンが近づいて行く
「どれ、俺様にも一本……」
そう言って手を伸ばすと、パティにその手を叩き落とされていた
「あんたは遊びで来てんじゃねぇだろ」
ユーリの言葉に、レイヴンはガックリと肩を落とす
……ドンはなんで、レイヴンなんかに頼んだんだろ……
ドンの使者なんだから、というカロルに、レイヴンは笑いながら、いつも礼を弁えてる、なんて言ってるけど……
そんなタイミングあったかな?
「大勢で旅するのは賑やかそうでいいの」
「うるさいだけだっての」
どこか羨ましそうに言ったパティに、リタは呆れ気味に返していた
「それで、コゴール砂漠ってのはここから、まだ遠いのか?」
不意に、ユーリがジュディスに問いかけた
「ノードポリカのずっと西ね」
「え、でも途中に大きな山があるんじゃなかったっけ?」
「えぇ……山越えは大変そう……」
少し顔を顰めながら呟いた
砂漠って、行くまでも大変なんだなぁ……
さすがのユーリも歩いての山越えは面倒だったらしく、船で近くまで行けないかジュディスに聞いてた
けど、さすがにそれは無理そうみたい
まぁ……確かに砂漠なんてとこ、好き好んで行く人なんていないもんね……
「そう言えば、アリシアちゃんはどうするよよさ?」
頭の後ろで手を組んで、首を傾げながらレイヴンが聞いてきた
「とりあえず、探してる人に会って来るよ。その後は、ユーリたちについてくつもりだよ?」
レイヴンの方を見てそう答えた
「あら、その人がどこにいるか、知っているのかしら」
「まぁ……大体の場所は……ね?」
ジュディスの問いに短く答えた
あんまり言っちゃうと、ベリウスに会おうとしてるの、バレちゃいそうだし……
「ね、エステル、本当に行くつもり?前にも言ったけど、本当に危険なところなのよ?」
ぼくの後ろの方で、未だにエステルを砂漠に行かせたくないらしいリタは、必死に言葉を選んで止めようとしていた
「入港するのじゃ」
そんな事をしている内に、ノードポリカの港に着いていた
港に船が止まってから、真っ先に船から飛び降りた
「ユーリっ!ぼくちょっと先に行くねっ!用事済んだら、宿屋に行くから〜!」
そう言って、ユーリの返事も聞かずに走り出した
見た事のないはずの街並みなのに、なんとなく、知っている気がする
迷うこともなく、真っ直ぐに、闘技場に向かった
夜だからか、闘技場の中に人は殆どいない
受付っぽいところの後ろに続く階段を駆け上がって行くと、扉の前に立っている男の人が見えた
「この先は我が主、ベリウス様の私室だ。立ち入りは控えてもらおう」
男の人の前に来ると少し冷たい声でそう言われた
……まぁ、普通はそうだよね
「あの……これ、ドンが、ナッツって人に、渡したら、すぐにベリウスに、取り次いでくれるって…」
少し息を切らせながらそう言って、ドンからの手紙を渡した
「ドンから……?ナッツというのは私の事だが……少し待ってくれ」
不思議そうに首を傾げながら、ナッツさんは手紙を開いた
ぼくも、何が書いてあるかは知らないけど……
しばらく手紙に目を向けていたけど、読み終わったのか、少し目を閉じて深呼吸していた
「……なるほど、ベリウス様の旧友の子か……通したいのは山々なんだが、生憎、ベリウス様は新月の晩にしか人にお会いにならなくてな……」
どうやらドンは、ぼくをベリウスの旧友の子と説明したらしい
けど、今はタイミングが悪いみたい
「そうなんですか……じゃあ、新月の日の方が」
ぼくがそう言いかけた時だった
《ナッツ、よい。その者は特別じゃ》
扉の向こうからそう声がした
トーンの高い声だが、女性……というには少し違和感がある
どちらかというと……ダングレストで見かけた、フェローに近い気がする……
「ベリウス様……!しかし……」
《案ずるな。通すがよい。……それと、これは他言無用ぞ》
威圧気味に、ベリウスはそう言った
少し渋りながらも、ナッツさんは扉を開けてくれた
「話が終わったら、二度扉を叩いてくれ」
「はい!ありがとうございます」
ナッツさんにそう言ってお辞儀をして、扉の中へ入った
中は長い階段が続いていて、ぼくはゆっくりと階段を上がって行った
……この先に、失った記憶の答えがあるって考えると、少し怖い
それでも、『ぼくら』が前に進む為には、ここで立ち止まっちゃいけないんだ
階段を上りきった先にある扉の前で、少し立ち止まって、深呼吸した
「……よしっ!」
そう呟いて、扉を開けた
中は薄暗く、ほんの少し、窓から月明かりが差し込んでくる程度で、何も見えない
キョロキョロと辺りを見ていると、急に壁に沿って青い炎が浮き上がった
《……久しいのう、『新月』よ》
驚いているぼくに、そう声をかけてくる
ゆっくりと前を見ると、黄色い毛に覆われた、大きな狐のような魔物が、目の前にいた
……いや、魔物じゃない……?
《ふむ……あの二体が言っていた通りじゃのう……やはり、『二次人格』が出てしまってきたようじゃな》
『ぼく』を見つめながらそう呟いていた
……そっか、わかっちゃうんだ
「あなたが、ベリウス?」
フードを外しながら、ゆっくりとそう問いかけた
《そうじゃ。妾がベリウスじゃ、『新月』……いや、『二次人格』よ》
「……わかるんだ、『ぼく』のこと」
後ろで手を組みながら、首を傾げた
《我ら
「……うん、これは覚えてた。『新月』が心に深い傷を負った時……稀に現れるのが、『新月』の力を持たない『二次人格』。心に傷を負った『主人格』を守るために、『主人格』の本来の性格を借りて、傷が治るまで、代わりになる為の人格……それが、『ぼく』でしょ?」
少し意外そうに、問いかけてくるベリウスに、はっきりとそう答えた
《その通りじゃ。じゃが……つい最近までは力の気配があったが……いつからじゃ?》
「……帝都から離れるまでは、『ぼくら』の境界線は曖昧で、『二次人格』なんて、言える程、分離してなかった……でも、旅をして、少しずつ、記憶を取り戻したい『ぼく』と、思い出したくない『アリア』に分かれちゃったみたい」
苦笑いしながら、肩を竦めてそう答えた
ノール港辺りから聞こえて声の正体……薄々気づいてはいたけど、はっきりとそうだとわかったのは、あの満月の夜だ
《そうか……恐らくじゃが、一部の記憶を封じることで、『二次人格』を持たずとも、その傷を癒そうとしたのじゃろう。じゃが、思い出したいという願いが『二次人格』を発現させたのだとすれば……その記憶、相当に辛いものなのじゃろう》
ベリウスはそう言いながら、少し俯いた
少し迷いがあるような表情を彼女は浮かべていた
「……そうかも、しれない。……それでも、ぼく“ら”は思い出さなきゃいけない……。もう二度と、大切な人を失わないようにするために」
真っ直ぐにベリウスを見つめてそう言った
『アリア』の方は、まだ渋ってるけど……
……それでも、せっかくのチャンスを、ぼくは無駄にしたくない
《……『主人格』よ、そなたは、それでよいのか?》
ベリウスは顔を上げると、真剣な目でぼくを見つめてきていた
『……だって、『アリシア』は言うこと、聞いてはくれないから……』
何度も頭の中に響いてた、『自分の声』に振り返ると、ぼくのすぐ傍に、ぼくと全く同じ姿の女の子がいた
違うのは、胸の下くらいまで伸ばされた髪と……少し透けてて、ふわふわと浮かんでる事くらい、かな
「……『アリア』、起きてたんだ?」
その子の方を見ながら問いかけると、少し不服そうに顔を歪めていた
『『アリシア』が、ずっと楽しそうにしてたから……寝てなんていられなかっただけ……』
「ぼくのせいにされてもなぁ……羨ましかったら、もう戻る?」
『……バカ……無理なの、分かってるでしょう……』
『アリア』はそう呟くと、目を伏せてしまった
「……まだ、決心できない?」
『…………わたしは怖い……けど……『アリシア』が言いたい事は……ずっと考えてて……なんとなく、わかった気がする
……だから、好きなようにして、いいよ』
問いかけたぼくに、『アリア』は少し怯えながらも、はっきりと答えた
「少しは勇気、出せたみたいでよかった」
ニコッと『アリア』に笑いかける
まだ不安そうな顔をしているけど、それでも、少しは覚悟できたみたいだ
《ならば手助けしよう。……妾の元へ来るがよい》
ベリウスは『アリア』の答えを聞いて、そう手招きしてくる
ぼくが近づくと、『アリア』も一緒についてくる
《さぁ、手を》
そう言って、ベリウスは手を伸ばしてくる
伸ばされた手に、ぼく“ら”はゆっくりと触れた
触れた瞬間、眩い光が辺りを覆って、ぼくらはギュッと目を瞑った
ーーその頃ーー
「ったく、アリシアのやつ……人の話も聞きやしねぇで行きやがって」
そう呟いて、深く息を吐く
カウフマンと別れたオレたちは闘技場にいるらしい、ベリウスの元に向かっている
「ふふ、余程会いたい人だったのかしらね」
「だとしても、ちょっとくらい話聞いてくれたっていいのにね」
くすくすと笑っているジュディに対して、カロルは不満げに頬をふくらませてた
「あんたの言う通り、あの子、手繋いでないと勝手にいなくなるのね」
呆れ気味にリタもため息をついてた
「迷子常習犯だからな、アリシアは。……宿屋の場所も、ちゃんとわかってるのかねぇ……」
肩を竦めながら、オレの後ろにいる二人にそう言った
いつもの事、とは思いながらも、ほんの少し違和感がある
ダングレストを離れた辺りから感じちゃいたが…
なんか、いつものアリシアと少し違う気がすんだよな……
「ま、ここで何言っても、本人もいないからどうにもなんないでしょ」
おっさんは呑気にそう言いながらオレの前を歩いていく
「……だな、さっさとベリウスに会って、アリシア探すとしますか」
軽く頭を振って、そう答えた
どうせ聞いたところで、アリシアは答えやしてくれないだろうからな
今は気にしたってどうにもできない
……あいつが言ってた、『話せる時』っていうのを、待つしかない
そんな会話をしながら闘技場の中へと入って行った
長い階段の上には、一人の男が立っている
背後にある扉を守るように立っている男は、オレらを見ると、少しため息をついていた
「……この先は、ベリウス様の私室だ。立ち入りは控えてもらう」
少し面倒くさそうに、その男はオレらに告げる
そんな事も気にせずに、カロルがベリウスに会いに来たと告げた
訝しげな顔して、何者かと問いかけてくる男に、少し誇らしげにカロルはギルド名を伝えるが、なんせできたばっかのギルドだ
当然、名前を言われたところで、わかる訳ねえよな
知らない名前を聞いてか、男は少し考え込んでいた
「……主との約束はあるか?」
「え、や、約束?」
男の問いかけに、カロルは慌て気味に首を傾げた
「残念ながら、我が主は約束のない者とは会わない」
そう言いながら、男は首を横に振った
まあ、そりゃそうだよな
いきない来てあわせてくれ、なんて通用するはずねぇ、か
「ドン・ホワイトホースの使いの者でも?」
おっさんはそう言いながら、ドンからの手紙をひらつかせた
「ドン……こ、これは失礼」
ドン名を聞いて、男は少し慌てた様子でおっさんの方を向く
さすがユニオンを治めてるだけあって、影響力はすげえな……
「我が名はナッツ。この街の
おっさんを真っ直ぐに見て、ナッツはそう言った
……ま、つまり、ベリウスに会わせる気はねえってことか
「すまないねぇ、一応ベリウスさんに直接、渡せってドンから言われてんだ」
手紙を懐にしまいながら、おっさんは答えた
その答えに、ナッツが少し肩を落とす
「そうか……しかしながら、ベリウス様は新月の晩にしか人に会われない。できれば、次の新月の晩に来てもらいたいのだが……」
少し遠慮気味にそう言ってきた
会わせたくない、じゃなくて、会わせられない、だったのか
「なんで、新月の晩だけ?」
不思議そうにカロルがリタを見て首を傾げるが、当然わかるわけもねぇ
「満月はつい最近だったし、新月はまだまだ先ね」
そういや、アリシアもそんなこと言ってたな
「出直しますか」
「居ないんなら、仕方ないもんね」
オレの言葉に、カロルも渋々ではあるが同意した
「わざわざ悪かったな。ドンの使いの者が訪れたことは連絡しておこう」
「頼むわ」
ナッツの言葉に、おっさんはそう言うと、一足先に階段を降り始める
オレらもその後に続いて階段を降りた
「じゃあ、今の内に砂漠の情報を集めてはどう?」
不意にジュディが立ち止まって、そう言ってきた
ただ時間を潰すよりか、その方がいいだろう
「フェローの情報もね」
「あたしはエアルクレーネの情報探したいんだけど」
カロルとリタもそう言い出す
「これだけ、人の集まる場所なら、期待できそうですね」
クスッと笑いながら、エステルは三人を見た
「それもだけど、アリシア探さねえか?」
そんな四人にそう問いかけた
さすがにいつまでもほっとくわけにもいかねぇからな
「おっさんは先に宿屋行ってて良い?とりあえずドンに、経過報告の手紙出しとくわ」
あまり興味なさそうに、おっさんはそう言ってオレらに背を向けた
「ああ」
短く答えると、一人宿屋の方へと歩き出して行った
「あたしらも行きましょ」
「だな」
そう言って、オレらも、その場を後にした
しばらく色々と情報を集めてから、宿屋に向かった
「いらっしゃい。お泊まりかい?」
宿屋に着くと、店番が声をかけてきた
「連れが来ていると思うんだけど……派手な服着たおっさんか、フード被った女の子、どっちか来てない?」
店番に問いかけると、不思議そうに首を傾げた
「お連れさん?いえ、今日はまだ誰も客は来てないけどね」
「おいおい……どっちも来てねぇのかよ……」
ため息つきながら、額に手を当てる
おっさんはどうでもいいが、なんでアリシアまで来てねぇんだよ……
「だったら、もう少しいろいろお話聞いて回りませんか?もしかしたら、アリシアもその辺りにいるかもしれませんよ?」
「だな、そうすっか」
エステルの言葉に同意して、宿屋を後にした
あいつ……ホントにどこいったんだ?
ーーアリシアsideーー
光が収まって、ゆっくりと目を開けて俯いた
ぼくの隣で、アリアは怯えた顔して少し震えているのが、視界の隅に映った
……それもそう、か……
ぼくだって、少しだけ思い出したことを後悔しそうになるくらい……嫌な記憶だったから……
新月の役目さえ、忘れたいくらいに……
「……信じてた人に、裏切られるって……つらいね」
隣にいる『アリア』の方を向きながら、静かに声をかけた
返事は返って来ないけど……少しだけ『アリア』は頷いた
……『あの人』が裏切るなんて、思ってなかった
お母様と『わたし』を守るって、約束してたのに……
それを、ずっと信じてたのに……
忘れたいと思ったのも無理はない
なんでお城で、あんなに大切にされていたのかも、ベリウスが『同胞』と言うのかも、この力が、どんなものなのかも……思い出した
……この『過去』は、ヨーデルにもエステルにも、知られたく、ないな……
全て思い出したことが、正しい選択なのかは正直わからない
……それでも、やっぱり、思い出さなきゃいけなかったんだって思う
だって、忘れたままだったら……
《思い出せたようじゃのう……思い出さない方が、よかったのではないか?》
ベリウスの声に顔を上げると、彼女は不安げにぼくらを見下ろしていた
「確かに、忘れたままの方が、よかったかもしれない……でも、ずっと忘れたままだったら、エステルがフェローに殺されちゃうでしょ?」
ベリウスに問いかけた言葉に、少しだけ、『アリア』の肩がピクッと反応したのが横目に映る
《満月の子を放置はしておけぬからのう。じゃが、今のそなたではどうにもできぬぞ?》
「……うん、わかってる。エステルを守る為には、ぼくらがちゃんと元に戻らなきゃいけない」
ぼくの言葉に、ベリウスがゆっくりと頷いた
《そうじゃ。新月の本来の力は、『主人格』と『二次人格』が一人に戻らなければならぬ。『主人格』だけでも多少抑え込むことはできるが、完全にまでいかぬ》
その答えに、小さくため息をついた
これは……まだまだ時間がかかりそうだ
「……だってさ、『アリア』」
もう一度、隣にいる『アリア』に声をかける
『…………やっぱり……わたしじゃなくて、『アリシア』の方が……』
消えそうな声でそう言いながら、『アリア』は、今にも消えてしまいたそうな顔をして、ぼくを見た
「あーもう、そういうこと言って……ダメだよ、そんなこと言っちゃ」
そう言って、少し頬を膨らませた
「ぼくは『君』の代わりでしかないんだよ?」
はっきりとそう告げる
そう、ぼくはあくまでも、『アリア』の代わりだ
いつかは、ぼくは『アリア』に戻らないといけない
『……でも、わたしは『あなた』で、『あなた』はわたし……でしょ?だったら……わたしじゃなくても、いいじゃない……』
「そりゃ確かに、ぼくは『君』で、『君』はぼくだけど……でも、ぼくは『君』から大事な性格取って出てきた紛い者だよ?」
『……紛い者、なんて、言わないでよ……わたしにとっては、『あなた』も大事な人なのに……』
ぼくの言葉に納得いかなかったらしい『アリア』はむっと頬をふくらませていた
「それはこっちのセリフだよ、『アリア』。ぼくだって『君』が大事なんだ。ぼくは、主人格である『君』を守る為に出てきたんだから……『君』を消えさせなんてしないよ」
『アリア』の腕を掴んで引き寄せて、ギュッと抱きついた
この子を消させてはいけない
確かに、『アリア』に代わって、ぼくが主人格になることはできる
でも……そうなってしまったら……きっと……
『……わたしだって、『あなた』を消させたく、ないのだけど……』
ぼくの背に手を回しながら、少し不機嫌そうにアリアが呟いた
「ぼくの場合、消えるんじゃなくて、『アリア』に戻るだけなんだけど?……いつだって、『君』のそばに、ぼくはいるよ?」
『アリア』の背を撫でながら、言い聞かせるように答えた
『……それ、消えちゃうのと……大差ないでしょ……?』
「んー……まぁ、確かに……今みたいに話したりはできなくなるけど……」
『……やだ……『アリシア』まで、わたしを置いて、いかないで……』
泣きそうな声で、『アリア』は呟く
「そうなると、エステルがフェローに殺されちゃうんだけど……」
『……じゃあ……『アリシア』が消えなくてもいい方法、探してよ……』
「えぇ……ものすごい無茶苦茶言うじゃん……まぁ、戻らないのは無理でも、いつでも傍にいるって、わかる方法くらいなら……旅続けてれば、見つけられるかもよ?」
あまりの無茶振りに、苦笑いしながらそう答えた
戻らないのも、ぼくが『主人格』になるのも現実的じゃないけど……
そのくらいなら、もしかしたら何か方法があるかもしれない
『……どうしても、そうしないと……いけないの……?』
「『アリア』だって、わかってるでしょ?『二次人格』が『主人格』になった、新月の末路」
ぼくがそう言うと、『アリア』の腕が少し強ばった
「そうならないようにするために、『アリア』を消させる訳にはいかない。……お願い、わかって欲しい」
抱きしめる腕に少し力が入ってしまう
『アリア』の気持ちは痛いほどわかる
もし逆の立場だったら……きっと、ぼくだってそう思ったと思う
でも……だからといって、ここでぼくが折れるわけにはいかないんだ
『………今すぐ……じゃ、ない……よね……?』
怯えた声で『アリア』は問いかけてくる
「当たり前じゃん。『アリア』の気持ちが落ち着くまでは、戻ったりしないよ」
『……わかった……』
納得……まではいかないかもしれないけど、少しはわかってくれたみたい
《ふむ……少なくとも、『主人格』が消えることはなさそうじゃのう》
ベリウスの声に彼女の方に顔を向けると、少し安心したような表情を浮かべて、ぼくらを見てきていた
「そりゃそうだよ。何があったって、ぼくが守るよ」
ニッと笑いながら、ぼくはベリウスを見つめた
『……『アリシア』は、強いね……』
ぼくから少し離れながら、『アリア』は呟いた
「そんなことないって。仮に『アリア』とぼくの立場が逆だったら、君もそう思うはずだよ?だって」
『『ぼくは君で、君はぼくなんだから』……でしょ?』
ぼくが言おうとしたことを、当然のように『アリア』が言ってしまった
「うっ……セリフ取られた……」
『……わかるわ。だって、飽きるくらい聞いたもの。……それでも、わたしはやっぱり……』
「その先は言わなくてもわかってるよ。まだ、しばらくはぼくが代わりになるよ。でも……ずっと引っ込んでないで、時々出てきてみたら?」
『……気が向いたら、ね』
困り気味に笑って『アリア』はそう言うと、姿を消してしまった
「……ベリウス、ありがとう」
ぼくはフードを被り直しながら、ベリウスにそう言う
《気にするでない。そなたは我らの同胞でもあるが、妾にとっては娘も同然じゃ。手助けなら、幾らでもしようぞ》
優しい声で彼女はそう答えた
その答えが嬉しくて、思わずくすっと笑ってしまった
【そういえばそなた……『それ』はどこで手にしたのじゃ?】
ベリウスはそう言いながら、ぼくの腰に下がっている刀を指さした
「あー……『これ』?……ぼくのところに、持って来てくれた人がいたんだ」
刀の柄を撫でながらそう答えた
……もう一度会えたら、ちゃんとお礼言わないと
「それじゃぼく、そろそろ行くね。多分……また、来ると思う」
ベリウスにニコッと笑いかけると、彼女はゆっくりと頷いた
《そうじゃの。また会う機会はありそうじゃの。……今のそなたであれば、『奴』に気づかれることはなかろうが……くれぐれも、気をつけるのじゃぞ》
「ん、わかってるよ。それじゃ、またね!」
そう言って、部屋を後にした
階段を降りて行って、扉の前で二回ノックすると、ナッツさんが扉を開けてくれた
「……話は終わったようだな」
「うん。無理言ってごめんなさい。ありがとう」
少し不機嫌そうな彼に、お礼を伝える
「……いや、謝る必要はない。ベリウス様が良いと言われたのだから、当然のことをしただけだ。今夜は来訪者が多く、少し気が立ってしまっていた」
ほんの少し、申し訳なさそうに彼は言った
来訪者……って……
「それって、もしかして、黒い長髪の男の人と、派手な服着たおじさんとか?」
首を傾げながら問いかけると、彼は驚いた顔をした
反応から見るに、やっぱりユーリたちのことなんだろう
「何故、それを……?」
「その人たち、ぼくの知り合いだから。……どこに行ったか、知ってる?」
「確か……宿屋に行こうかと話しているのが聞こえたが……」
「そっか。ありがとう!」
ナッツさんにもう一度お礼を言って、軽く手を振ってからその場を後にした
宿屋は確か……闘技場の入口の方、だったかな?
ーーユーリsideーー
街を一通り見て、オレらはもう一度宿屋に戻って来た
途中、胸糞悪い出来ごともあった
ったく、何もしてねぇガキ相手に、いい歳した大人が何やってんだか……
思い出しただけでもイラつく……
「おや、さっきのお客さんだね。あんたがさっき言ってた派手な服着た人なら、ついさっき入って行ったよ」
そんなこと考えながら歩いていると、いつの間にか宿屋の前まで来ていたらしく、オレを見るなり、店番がそう声をかけてきた
「おっさんはちゃんと宿屋にいるようだな。……フード被った方は?」
「悪いねぇ、そっちは見かけてないよ」
少し申し訳なさそうに首を横に振りながら、そう答えてきた
ったく……マジでどこ行きやがったんだ……
「街の中にもいなかったし……アリシア、どこ行っちゃったんだろ……?」
少し不安そうにカロルが呟いていた
……まさか、人攫いになんて、あってねえよな……?
少し血の気が引く感覚がした
「……お前ら、先に休んどけ。オレ、もう一度探しに」
「誰を探しに行くの?」
慌てて探しに行こうとしたところで、ずっと探していた声が後ろから聞こえた
驚いて振り返ると、キョトンとした顔して、アリシアがそこに立っていた
「アリシア……っ!おまっ、どこ行ってたんだよ!」
少し慌てて彼女に近寄る
特に怪我は……してなさそうか
「あはは……ごめんごめん、ちょっと話に夢中になっちゃって、戻って来るの、遅くなっちゃった」
苦笑いしながら、肩を竦めてアリシアは答えた
いや、オレの聞いた事の回答になってねえんだけど……
「無事に会えたんですね!よかったです」
ニコニコと笑っているエステルが視界の隅に映るが、さすがに笑っていられねえって……
「こんなに長い間、何話してたのよ?」
訝しげにアリシアを見つめながら、リタが問いかけた
「んー、お父さんとお母さんの事とか、昔の話色々、ね」
訝しげなリタに対し、アリシアはニコニコと笑いながら答えた
昔と変わらない笑顔の筈なのに、何かが違う
……そんな気がしてならない
「ほーら、こんなとこで突っ立ってないで、早く中入って休も?ぼく疲れちゃった」
軽く欠伸をしながら、アリシアは宿屋に入って行く
……きっと、これ以上問い詰めたところで、アリシアは何も話さない
リタもそれを悟ったのか、大人しく宿屋に入って行った
その後に他のヤツらも続いて入って行く
小さくため息をついてから、オレも宿屋へ入った
ーーーー
深夜、みんなが寝静まった後、外に出る
空を見上げれば、満点の星空
少しひんやりとした風が心地いい
思い出した過去は、やっぱり怖いもので、わたしはどうしても眠れなくなってしまった
『アリシア』は寝るの、だいぶ早かったのだれけど……
みんなも寝ているし……少しだけ、出てみようと思って出てきたのはいいものの……
出てきてみて少し後悔……
……だって、ユーリとエステリーゼ、宿屋にいないのだから……
二人でどこかに行ったのかしら……?
……やっぱり、わたしじゃ、ダメなのかなぁ……
答えのない自問自答をしながら、近くの石像に寄りかかって、空を見つめた
星空見てると、少しだけ……心が落ち着く気がする
……そうだ、フレ兄に手紙、出しておかないと……
ポシェットから紙とペンを取り出して、今まであった出来事を書く
……『アリシア』のことも、含めて
フレ兄が知ったら、心配しそうだけれど……隠しておいても、きっとバレてしまう
そうなった時の方が、余計に心配するだろうから、先に言っておいた方がいい
書き終えた手紙を封筒に入れて、鈴を鳴らした
少しすると、ルビィがわたしの傍にやってくる
「……これ、フレ兄のところまで……お願い、ね?」
軽く頭撫でて、手紙を渡すと、ルビィは空に飛んで行った
さすがに……怒られない……よね……?
そんなこと考えながら、空を見ていた時だった
ザッザッ、っと誰かの足音が聞こえてきた
騎士……では、なさそう……だけれど……
怖くなって、フードの縁を持って、少し俯こうとした
「まーたこんな時間に、星空観察か?」
聞こえた声はユーリのものだった
その方向を見ると、少し呆れ顔したユーリがわたしを見つめて立っていた
「……そんなとこ、かな?」
ニコッと笑ってそう答えて、星空に視線を戻した
エステリーゼは一緒じゃないみたいだけれど……
一人、だったのかしら……?
「ホント、好きだよな」
そう言いながら、わたしの隣に立って、同じように空を見上げたのが、視界の隅に映った
いつもみたいに、ただ並んで立ってるだけなのに……やけに心臓の音がうるさい
「……星空見てると、落ち着くから」
小さく呟くと、ユーリがわたしの方を向いたのが、チラッと見える
「……やな事あっても、全部……忘れられる気がするから……」
胸に手を当てながら言葉を続けた
……この音が、ユーリに聞こえていないといいんだけれど……
「なんか、あったのか?」
少し遠慮気味に、ユーリは問いかけてくる
……きっと、ユーリは知りたいわよね……
……けど、話すわけには……いかない……
話して、ユーリを巻き込みたくは……ない……
ユーリまで……失うのは、嫌……
軽く目を閉じて首を横に振った
「ちょっと……昔のこと思い出して、寂しくなっちゃっただけ。……もう平気」
目を開けて、ユーリに顔を向けながらそう言った
少し心配そうにしているユーリに、ニコッと笑いかける
「……そろそろ戻ろうかな。さすがに、ちょっと眠いから」
わざと欠伸をしながら、宿屋の方に体を向けた
これ以上は……バレちゃいそうだから……
「……だな。明日も早いし、もう寝よう」
わたしの後ろでそう言うと、ユーリはいつもみたいに、わたしの手を取って歩き始めた
ほんの少し、いつもよりも、手を握る力が強い気もする……けど……
……でも、嫌じゃ、ない
むしろ、少し嬉しくて……無意識に手を握り返していた
いつもよりも少し、握り返す手に力が入ってしまっていた
なんでかは、わたしもわからないけれど……
握り返す手の力が強いことに、ユーリが少し驚いた顔したような気がした……
けど……ユーリも、ちょっと……嬉しそう……?
いつもと少し、様子の違うユーリに首を傾げながら、宿屋に戻った
