第一章 始まりの出会い
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*崩れていく平穏
~あれから数ヶ月~
「わ……わたし…の、ほん、を………ええと」
「取ーーー?」
「取ってください」
つっかえていた声は、優しく与えられた手掛かりによって、残りを淀みなく口ずさんだ
「よく出来ました」
ノレインにそう褒められ、ユーリは照れながらも満足そうに座った
噴水横丁の一角、一軒の古い無人の家前に十人程の人が座り込んで、一様に壁の方を見つめている
子どもから老人まで、顔ぶれは様々だ
その人々が見つめている壁の傍に、ノレインは一人立って、木炭で壁に文字を書いていた
下町の小さな学校(と言っても教えているのは文字の読み書きだけなのだが)は、天気とノレインの体調によったが、ほぼ毎日のように開かれた
顔ぶれは毎日変わった
皆それぞれ、自分達の手が空いた時や学びたいと思った時に参加した
初めは興味を示さなかった者も、周りに触発され参加するようになった
ノレインの教室に人が絶えることはなかった
下町の日常となったこの場所に、常にと言っていいほどユーリとフレン、そしてアリシアは参加していた
フレンは初め、ユーリは途中で飽きてしまうのでは、と考えていたが、彼の読みは外れた
飽きるどころか、ユーリは誰よりも真剣にノレインの話を聞き、誰よりも真剣に文字の書き取りや読むことをした
そんなユーリにフレンは関心していた
ノレインの話を真剣に聞いたり出来るのであれば、自分の言うことも聞いて欲しいのだが…とも思ってはいたが
既に簡単な読み書きが出来るフレンがこの教室に通うのは、初めは罪悪感と心配からだった
ユーリが教室に集中していてくれるおかげで、自分の剣の鍛錬を邪魔されることもなくなり集中できるようになった
だが、それはノレインが教室を開いてくれたおかげだ
彼女が了承してくれた事とは言え、結果的にはユーリを押し付けたような形になってしまったのだ
罪悪感と心配から教室に足を運んだ時らフレンは目を見張った
あんなにも辛そうだった母が、生き生きとしていたからだ
毎日教室に向かう時もその足取りが軽そうな、何処か嬉しそうな様子に惹かれるように、フレンも教室に加わった
文字の読み書き以外に、何かを見つけられそうな気がしたからだ
一番前の見やすい位置、そこが彼らの定位置だった
ユーリとフレンの間に挟まれるようにアリシアは座っている
彼女こそ必要ない教室ではあるが、フレン同様、ノレインが以前のように…とまではいかないが、少なくとも、下町へ逃げてきた時よりも生き生きとした姿に惹かれたのだ
「…はい、それじゃあ今日はここまでにしましょう」
ニコッと笑いながらノレインがそう声をかけると、参加していた人々は食べ物やらをノレインに渡しながら「ありがとう」と、声をかけていた
「ノレイン先生、また明日ねー!」
そう声をかけながら走り去る子どももいた
「ええ、また明日ね」
ノレインはその子どもに笑顔で手を振っていた
もう誰もフレンの母親とも、金髪の親とも言わなかった
誰もが親しみを込めて『ノレイン先生』と呼んだ
そしてフレンもフレンで変わっていた
他の子どもとよく遊び、そして一緒に働いた
フレンのことを『金髪』と呼ぶ者もいなくなった
彼よりも小さな子ども達にとっては、フレン兄ちゃんであり、頼りになる存在であった
あの張り詰めたような雰囲気はなりを潜め、髪色にあった朗らかな表情を浮かべるようになった
誰もが、それが本来の彼の姿なのだろうと思った
アリシアは既に下町の子ども達とかなり仲良くなっていたので、差ほど変わりはなかった
強いて言えば、騎士が来た時にユーリとフレン以外の子どもの背に隠れることが増えたことくらいだろう
後は、あまりフードを被らなくなったのもだろう
三人ともよく遊び、そして、沢山働き、勉強もした
ユーリとフレンが互いに競い合いながら、鍛錬を続けた
アリシアもそれに影響されたのか、時折フレンと鍛錬をするようになった
周りの大人からしたらあまりいい光景ではなかったが、彼女の舞うような剣さばきに見蕩れるものも少なくなかった
今となってはそれも日常の一部となっていた
そんな平穏な日々が続いたある日の事だった
それは、季節が何度か巡った秋頃の事だった
「ノレイン先生、まだよくならないのか」
授業の休みが二週間目に入った日、ユーリら労作をしている最中にフレンに聞いた
ノレインの授業が休みになってから、アリシアの姿もみなくなった
「うん……熱が下がらないんだ。あまり食べようともしないし……アリシアが付きっきりで看病してくれているんだけど……」
力なく、フレンは答えた
下町に来てから、心身ともに衰弱していたノレインは、教師としての生き甲斐を得て、その健康を取り戻したかに見えた
そうして数年過ごしてきたのだから、実際そうなんだろう
時折体調を崩すことはあったが、せいぜい風邪と言った程度で、深刻な容態となったことはこれまでなかった
「ハンクスさんが、 お医者さんを呼んできてくれることになってる。下町にも足を運んでくれる人がいるんだって」
いくらか気を取り直したように、フレンは言った
「へぇ、そんな医者がいるんだな。じゃあ、一安心か」
「ただそういうお医者さんだから、すごく忙しいらしくて、順番待ちなんだ。いつ来てくれるかは分からない」
悔しそうに下唇を噛んで、フレンは言う
そんなフレンに、ユーリは何も言えずに俯く
どれだけ剣の腕を磨いても、二人は無力だったのだ
〜数日後〜
「いいかい、わざわざここまで足を運んでくれるお医者なんて、滅多にいやしないんた。余計なことをして怒らせたりするんじゃないよ」
壁向こうの医者が来る前に、ジリはそう釘を刺した
大人も子どももこの言葉を肝に銘じて、医者を向かえた
ハンクスたちは下町の丁重さでもって医者をフレンたちの家へ案内した
ユーリたち、ノレインの授業を受けたり、フレン母子と親しくしている人たちがそれに続いた
ノレインは医者の訪れにも殆ど反応を示すことができず、寝床で横になったまま苦しそうに息をするのみだった
フレンとアリシアは、ジリに付き添われノレインの傍に立っている
アリシアの目元には若干隈が出来ており、あまり寝ていないことがすぐにわかった
ほかの者たちが部屋の外で待っている中、医者は眼鏡の奥の表情を曇らせた
鞄から幾つかの器具を取り出し、周囲に幾つか簡単な質問をしたが、診察自体は短い時間で終わった
「それで先生、どんな具合ですかの」
ハンクスが部屋に入りながら聞く
その後ろを、ユーリ立ちが続く
「……残念だが、私の手に負えん」
「どういうことか、もう少し教えちゃくれませんか、先生」
医者に向かって飛びつきそうなフレンを宥めながら、ジリが聞く
「同業者の間で噂になっとんだが、帝都中で、ここ一、二ヶ月の間におかしな病が流行り出しとる。どこも悪くないのに、全身が衰弱していくのだ。やがては……」
「彼女もそうだっていうんですか」
遮るようなジリの言葉に医者は頷いた
「……これも噂を聞いたにすぎんのだが、どこぞの魔道士が言うには、このところ帝都一帯のエアルに妙な乱れがあるそうだ。エアルは命の源だからな、病が流行り出した時期とも一致するし、過敏な者がそれに反応しているのだと言う者もいるが、確かなことはわからん」
エアル…それは、この世界を形作る一切の根源である力であり、それ自体も純粋な形で存在するものだ
だが、下町の住民にとってその言葉は遠いものであり、何の手がかりになるものでもなかった
…しかし、アリシアは一人考え込むように俯く
もし、エアルが原因なのだというのであれば…
「それで先生、治るんですか」
しっかりと押さえつけられたまま、耐え切れずにフレンが叫ぶように言う
チラリとフレンの方を見るが、医者は患者と少年の関係を見て取ったのだろうが、気まづそうに視線を逸らす
「……自然快癒したという例は、今のところ聞いたことがない。高位の治癒術士か、万能薬 でなければ……」
治癒術士…魔導器 を用いて、怪我や病をいとも簡単に治してしまう力の持ち主
最も優れた者になると、死者でさえ甦らせることが出来るという
が、そう言った治癒術士は殆どが騎士団に所属しているか、貴族の御用聞きとなっている
なけなしのお金を集めても並の医者を呼ぶので精一杯の下町では、まだ結界の外の魔物の方が現実味があった
医者とハンクスたちが万能薬 について話している間、アリシアは一人考え込んでいた
「治癒……術士………」
ポツリとアリシアはそう呟く
その呟きが、誰かに聞かれることはなかったが、アリシアには心あたりがあった
もしかしたら、『自分なら』ノレインを助けられるのではないか
そんな考えが頭をよぎった
だが、ファイナスとの約束がある
……絶対に、破ってはいけない約束が
「アリシア?」
「……え??」
フレンの呼び声に顔をあげると、医者は既に帰っていたらしく、その場にはアリシアとフレンしかいなかった
「どうしたんだい?考え込んで」
心配そうな顔で、フレンは聞く
すると、アリシアは再び俯く
その行動に、フレンは首を傾げる
やがて、何かを決心したかのように、アリシアは顔をあげて、口を開く
「……あたしなら、お母さん、治せるかもしれない」
真っ直ぐにフレンを見つめて、アリシアはそう言った
フレンはただ驚くことしかできなかった
「……お父さんに、ダメって言われたけど……でも、『これ』使えば、お母さん、助かるかもしれない…!」
そう言って、右手を胸の前で握りしめる
たったそれだけの行動だったが、フレンには、それが何を意味しているかすぐにわかった
「っ!それはダメだ!もしそれで、バレてしまったらどうするんだ!!」
アリシアの両腕を押さえて、フレンは言う
もし、それで見つかってしまったら
今まで隠していたのが、全て水の泡になってしまう
ノレインは、きっとそんなことを望まない
「でも……だって………っ!!」
泣きそうな声でアリシアは訴える
もう、誰かが死ぬのは嫌だ
それが彼女の思いだった
実の両親を亡くし、二人目の父親であった叔父も亡くした
これ以上、自分の知っている人を亡くしたくなかった
フレンとて、それは同じだった
同じ気持ちでいた
大切な母親を亡くしたくない
けれど、アリシアに任せてしまえば、それはここに彼女が居ることを教えてしまう材料になりかねない
それを懸念したフレンは、どうしても、彼女を頼ることを承諾出来なかった
「………万能薬 を、何としてでも手に入れる。絶対に、手に入れるから、それまで待ってて欲しい」
フレンはアリシアに言い聞かせるように言う
「……兄さん……?」
フレンのその顔には、何処か強い意志が感じられた
〜数週間後〜
「ただいま……」
「おかえり、兄さん!」
疲れて帰ってきたフレンを、アリシアは笑顔で向かえる
『どうにかする』と言ってから数週間……フレンは、ユーリたち、下町の子どもたちの手を借りて、壁向こうに出稼ぎに行っていた
稼いだお金は、一番信頼出来るジリに預けている
最初にそうしようと声をかけたのはユーリだったらしい
彼がジリに事情を説明して、彼女から了承を得たのだと
そして、下町の子どもたちに最初に声をかけたのも、ジリだった
大人たちが手を離せない分、子どもたちが頑張っているのだ
その子どもたちの中に、アリシアはいない
理由は単純、壁向こうへ彼女が行くのは危険だからだ
それ以外にも、できる仕事が荷物運びくらいしかないと言うのもあるのだが…
危険以外に勝る理由はなかった
アリシアのためにここへ逃げてきたのだ
その彼女が、再び戻ってしまえば本末転倒だ
騎士の巡回や、見張りの警戒が強くなっている今、不用意に近づいてはいけない
「ごめんね、アリシア。毎日毎日、母さんの看病とか、家事をしてくれてありがとう」
微笑みながら、フレンはアリシアの頭を撫でる
本当ならば、自分も傍にいたいのだが…と心の中で思いながら
「ううん、兄さんは頑張って働いて来てくれてるんだもん!兄さんがいない間は、あたしが家のことちゃんとやるよ!」
嬉しそうに微笑みながら、アリシアはそれに答えた
ニコニコと微笑む彼女が、今のフレンの心の支えでもあった
予想していなかった、ユーリたちの手助け…
それも、フレンにとって、とても嬉しいものだった
会ったばかりの頃は、あんなにもいがみ合っていたと言うのに、今となっては助け合う存在になっていた
「ほら、兄さん!早くご飯食べよ??明日も早いんでしょ?」
そう言ってアリシアは席に座るよう促す
「うん、そうだね、食べようか」
ニッコリと笑って、フレンはそれに答える
これが、今の二人の日常だった
それから数週間経った、ある日のこと
フレンの帰りが、異常なくらい遅い
いつもであれば、とっくに帰って来ているはずだった
だが、フレンの姿はまだ家にない
アリシアが心配で、そわそわしていると、不意にカシャッカシャッっと聞き覚えのある嫌な音が辺りに響き渡った
「っ!!!なん…で、兄さん……いない、時に……っ!」
慌ててアリシアはいつものローブを羽織って、フードを深く被る
もしかしたら、入ってくるかもしれない…
貴族街に『漆黒の翼』が出た時はいつもそうだった
必ず、と言っていいほどに、下町の家は片っ端から探される
以前、一度あったように
今回もそうなのでは…と、アリシアの心に不安が過ぎる
ドクンドクンと、心臓が大きく跳ねる
徐々に近づいてくるその足音に、アリシアは部屋の隅にうずくまって、ぎゅっと目をつぶる
…どれくらい、そうしていたか
金属音が去って、しばらくすると、家の扉を開ける音が聞こえてくる
ビクッと肩をあげる
が、独特な金属音はそこにない
「…そんなところでうずくまって、どうしたんだい?」
フレンやノレインとは違う別の声に顔をあげると、そこにはジリの姿があった
「……ジリおばさん……?」
アリシアは首を傾げて問いかける
声は確かに、彼女のものだ
だが、普段とは違ったその姿に、アリシアは違和感を覚えた
「あぁそうさ、それで、どうしてそんなところでうずくまっているんだい?」
しゃがみながら、ジリはアリシアに問いかける
アリシアは少し俯いてから、その口を開いた
「…騎士が通る時の音が聞こえたから……怖くて…」
たった一言、そう答えた
…自分のことは、知られてはいけない
そう思って、ただそれだけ言ったつもりだった
「………あんた、本当はフレンの実の妹じゃないだろう?」
ジリの言葉に驚き、顔をあげる
何故、この人はそのことを知っているのだろうか…
何故、バレたのか
アリシアの頭にはそんな不安が広がる
「安心しな、あたしは誰かにそれを言ったりなんてしないよ。…あんたの母親とはちょいと面識があってね。まだあんたが赤ちゃんの時に少しばかり会ったから、わかっただけさ。
…なんでここにいるかも、わかってる。よく頑張ったね」
ジリはそう言って微笑むと、優しく頭を撫でる
何処か懐かしいような、そして安心出来るようなその手に、アリシアは少し微笑んだ
「さぁ、あんたの二人目のお母さんを助けるとしようか」
立ち上がると、彼女はノレインの部屋へと真っ直ぐに進んで行く
首を傾げながらも、アリシアはそのあとを追いかけた
コンコンッと扉をノックして中に入ると、咳が辛かったのか、ノレインは起きていた
「ノレイン、万能薬 だよ」
そう言ってジリはノレインに万能薬 を手渡そうとする
先程、ジリが言ってたのはこういうことか、とアリシアは納得し、そして安堵した
これで、助かる
ノレインの顔にも、そんな希望が浮かんだ
が、彼女はそれを受け取らなかった
「ジリさん…お気持ちは嬉しいですが、それは受け取れません…」
「…!!お母さん…!なんで…!」
アリシアは悲鳴に近い声をあげる
「今、それはとても高価なのでしょう?フレンたちが頑張っているのは知っていますが、今ここにあってはいけないもののはずです。……私は正義に身を捧げた人を愛し、その人と共に生きてきました。私がその薬を受け取れば、その人との思い出、その人の信念に背くことになります」
弱々しい声で、しかし、きっぱりと彼女はジリに言った
「あんたの思いも知らずに余計なことをしちまったね。許しておくれ」
小瓶を差し出した手を引っ込めながら、ジリはノレインに言う
彼女はそっと首を横に振った
「お母さん……」
今にも泣きだしそうな声で、アリシアは呟く
ノレインの言葉で、彼女自身も悟ったからこそ、受け取らなかったことに対して何も言えずにいた
「ごめんね、アリシア…でも、私はあの人の思いを継いでいきたいの」
そっとアリシアの頭を撫でながら、ノレインは彼女に謝る
「ごめんね…あなたが大きくなるまで、傍にいてあげられなくて」
彼女の目にも、薄らと涙が溜まる
悔しいのは、自分だけではない
アリシアはそう悟った
ノレインも、生きたいのだと
だが、受け取れば、ファイナスの意思を、思いを駄目にしてしまう
だからこそ、受け取れないのだと
アリシアは謝るノレインに必死に首を振る
「お母さんのせいじゃない……お母さんが謝ることないよ…!」
泣きながら、アリシアは答える
また、大切な人を失うのか…
アリシアの心の中はそんな言葉でいっぱいだった
「…ジリさん、私が死んだ後、フレンに手紙を渡して貰えますか?」
そう言って、ノレインは手紙を差し出す
ジリは、無言でそれを受け取る
「…アリシア、大丈夫よ。あなたたち二人を置いて行くのは心苦しいけど…でも、心配はしていないの。あなたたちには、新しい家族がいるわ。大きくて…とても暖かくて、優しい家族が」
ノレインの言葉にアリシアは顔をあげる
優しく、そして穏やかに微笑みながら、ノレインはアリシアを見つめていた
「…私が彼らを信じたように、貴方も信じてみて」
そっと、頬をつたった涙の跡を撫でながら、ノレインはアリシアに言う
「………うん……うん………っ!」
尚も泣きながら、アリシアは頷く
自分が『力』を使えば、ノレインは助かる
だが、それをしたらきっとここの人たちをも巻き込んでしまう
仲良くなれた友達……
優しくしてくれた大人たち……
彼らを、巻き込む選択はアリシアにはもう出来なかった
しばらくそうしていると、再び外からカシャリと金属音が聞こえ、アリシアが強ばる
「……余程諦めきれないのかねぇ…さて、あたしゃもう行くよ。これ以上、怖がらせちゃ可哀想だからね」
そう言って、ジリは帰って行った
シンと静まりかえった部屋に、外から聞こえてくる金属音だけが響く
「…アリシア、今のことはフレンには内緒よ?」
アリシアを撫でる手とは反対の手の人差し指を口元に持ってきながら、ノレインは言う
「なんで…?」
グスッと鼻をすすりながら、アリシアは首を傾げる
「フレンが知ったら、きっとジリさんの元へ行ってしまうわ。だから、内緒よ?」
「……うん、わかった!」
ノレインの言葉に力強く頷いて、アリシアは微笑んだ
フレンが帰ってきたのは、その数時間後だった
~あれから数ヶ月~
「わ……わたし…の、ほん、を………ええと」
「取ーーー?」
「取ってください」
つっかえていた声は、優しく与えられた手掛かりによって、残りを淀みなく口ずさんだ
「よく出来ました」
ノレインにそう褒められ、ユーリは照れながらも満足そうに座った
噴水横丁の一角、一軒の古い無人の家前に十人程の人が座り込んで、一様に壁の方を見つめている
子どもから老人まで、顔ぶれは様々だ
その人々が見つめている壁の傍に、ノレインは一人立って、木炭で壁に文字を書いていた
下町の小さな学校(と言っても教えているのは文字の読み書きだけなのだが)は、天気とノレインの体調によったが、ほぼ毎日のように開かれた
顔ぶれは毎日変わった
皆それぞれ、自分達の手が空いた時や学びたいと思った時に参加した
初めは興味を示さなかった者も、周りに触発され参加するようになった
ノレインの教室に人が絶えることはなかった
下町の日常となったこの場所に、常にと言っていいほどユーリとフレン、そしてアリシアは参加していた
フレンは初め、ユーリは途中で飽きてしまうのでは、と考えていたが、彼の読みは外れた
飽きるどころか、ユーリは誰よりも真剣にノレインの話を聞き、誰よりも真剣に文字の書き取りや読むことをした
そんなユーリにフレンは関心していた
ノレインの話を真剣に聞いたり出来るのであれば、自分の言うことも聞いて欲しいのだが…とも思ってはいたが
既に簡単な読み書きが出来るフレンがこの教室に通うのは、初めは罪悪感と心配からだった
ユーリが教室に集中していてくれるおかげで、自分の剣の鍛錬を邪魔されることもなくなり集中できるようになった
だが、それはノレインが教室を開いてくれたおかげだ
彼女が了承してくれた事とは言え、結果的にはユーリを押し付けたような形になってしまったのだ
罪悪感と心配から教室に足を運んだ時らフレンは目を見張った
あんなにも辛そうだった母が、生き生きとしていたからだ
毎日教室に向かう時もその足取りが軽そうな、何処か嬉しそうな様子に惹かれるように、フレンも教室に加わった
文字の読み書き以外に、何かを見つけられそうな気がしたからだ
一番前の見やすい位置、そこが彼らの定位置だった
ユーリとフレンの間に挟まれるようにアリシアは座っている
彼女こそ必要ない教室ではあるが、フレン同様、ノレインが以前のように…とまではいかないが、少なくとも、下町へ逃げてきた時よりも生き生きとした姿に惹かれたのだ
「…はい、それじゃあ今日はここまでにしましょう」
ニコッと笑いながらノレインがそう声をかけると、参加していた人々は食べ物やらをノレインに渡しながら「ありがとう」と、声をかけていた
「ノレイン先生、また明日ねー!」
そう声をかけながら走り去る子どももいた
「ええ、また明日ね」
ノレインはその子どもに笑顔で手を振っていた
もう誰もフレンの母親とも、金髪の親とも言わなかった
誰もが親しみを込めて『ノレイン先生』と呼んだ
そしてフレンもフレンで変わっていた
他の子どもとよく遊び、そして一緒に働いた
フレンのことを『金髪』と呼ぶ者もいなくなった
彼よりも小さな子ども達にとっては、フレン兄ちゃんであり、頼りになる存在であった
あの張り詰めたような雰囲気はなりを潜め、髪色にあった朗らかな表情を浮かべるようになった
誰もが、それが本来の彼の姿なのだろうと思った
アリシアは既に下町の子ども達とかなり仲良くなっていたので、差ほど変わりはなかった
強いて言えば、騎士が来た時にユーリとフレン以外の子どもの背に隠れることが増えたことくらいだろう
後は、あまりフードを被らなくなったのもだろう
三人ともよく遊び、そして、沢山働き、勉強もした
ユーリとフレンが互いに競い合いながら、鍛錬を続けた
アリシアもそれに影響されたのか、時折フレンと鍛錬をするようになった
周りの大人からしたらあまりいい光景ではなかったが、彼女の舞うような剣さばきに見蕩れるものも少なくなかった
今となってはそれも日常の一部となっていた
そんな平穏な日々が続いたある日の事だった
それは、季節が何度か巡った秋頃の事だった
「ノレイン先生、まだよくならないのか」
授業の休みが二週間目に入った日、ユーリら労作をしている最中にフレンに聞いた
ノレインの授業が休みになってから、アリシアの姿もみなくなった
「うん……熱が下がらないんだ。あまり食べようともしないし……アリシアが付きっきりで看病してくれているんだけど……」
力なく、フレンは答えた
下町に来てから、心身ともに衰弱していたノレインは、教師としての生き甲斐を得て、その健康を取り戻したかに見えた
そうして数年過ごしてきたのだから、実際そうなんだろう
時折体調を崩すことはあったが、せいぜい風邪と言った程度で、深刻な容態となったことはこれまでなかった
「ハンクスさんが、 お医者さんを呼んできてくれることになってる。下町にも足を運んでくれる人がいるんだって」
いくらか気を取り直したように、フレンは言った
「へぇ、そんな医者がいるんだな。じゃあ、一安心か」
「ただそういうお医者さんだから、すごく忙しいらしくて、順番待ちなんだ。いつ来てくれるかは分からない」
悔しそうに下唇を噛んで、フレンは言う
そんなフレンに、ユーリは何も言えずに俯く
どれだけ剣の腕を磨いても、二人は無力だったのだ
〜数日後〜
「いいかい、わざわざここまで足を運んでくれるお医者なんて、滅多にいやしないんた。余計なことをして怒らせたりするんじゃないよ」
壁向こうの医者が来る前に、ジリはそう釘を刺した
大人も子どももこの言葉を肝に銘じて、医者を向かえた
ハンクスたちは下町の丁重さでもって医者をフレンたちの家へ案内した
ユーリたち、ノレインの授業を受けたり、フレン母子と親しくしている人たちがそれに続いた
ノレインは医者の訪れにも殆ど反応を示すことができず、寝床で横になったまま苦しそうに息をするのみだった
フレンとアリシアは、ジリに付き添われノレインの傍に立っている
アリシアの目元には若干隈が出来ており、あまり寝ていないことがすぐにわかった
ほかの者たちが部屋の外で待っている中、医者は眼鏡の奥の表情を曇らせた
鞄から幾つかの器具を取り出し、周囲に幾つか簡単な質問をしたが、診察自体は短い時間で終わった
「それで先生、どんな具合ですかの」
ハンクスが部屋に入りながら聞く
その後ろを、ユーリ立ちが続く
「……残念だが、私の手に負えん」
「どういうことか、もう少し教えちゃくれませんか、先生」
医者に向かって飛びつきそうなフレンを宥めながら、ジリが聞く
「同業者の間で噂になっとんだが、帝都中で、ここ一、二ヶ月の間におかしな病が流行り出しとる。どこも悪くないのに、全身が衰弱していくのだ。やがては……」
「彼女もそうだっていうんですか」
遮るようなジリの言葉に医者は頷いた
「……これも噂を聞いたにすぎんのだが、どこぞの魔道士が言うには、このところ帝都一帯のエアルに妙な乱れがあるそうだ。エアルは命の源だからな、病が流行り出した時期とも一致するし、過敏な者がそれに反応しているのだと言う者もいるが、確かなことはわからん」
エアル…それは、この世界を形作る一切の根源である力であり、それ自体も純粋な形で存在するものだ
だが、下町の住民にとってその言葉は遠いものであり、何の手がかりになるものでもなかった
…しかし、アリシアは一人考え込むように俯く
もし、エアルが原因なのだというのであれば…
「それで先生、治るんですか」
しっかりと押さえつけられたまま、耐え切れずにフレンが叫ぶように言う
チラリとフレンの方を見るが、医者は患者と少年の関係を見て取ったのだろうが、気まづそうに視線を逸らす
「……自然快癒したという例は、今のところ聞いたことがない。高位の治癒術士か、
治癒術士…
最も優れた者になると、死者でさえ甦らせることが出来るという
が、そう言った治癒術士は殆どが騎士団に所属しているか、貴族の御用聞きとなっている
なけなしのお金を集めても並の医者を呼ぶので精一杯の下町では、まだ結界の外の魔物の方が現実味があった
医者とハンクスたちが
「治癒……術士………」
ポツリとアリシアはそう呟く
その呟きが、誰かに聞かれることはなかったが、アリシアには心あたりがあった
もしかしたら、『自分なら』ノレインを助けられるのではないか
そんな考えが頭をよぎった
だが、ファイナスとの約束がある
……絶対に、破ってはいけない約束が
「アリシア?」
「……え??」
フレンの呼び声に顔をあげると、医者は既に帰っていたらしく、その場にはアリシアとフレンしかいなかった
「どうしたんだい?考え込んで」
心配そうな顔で、フレンは聞く
すると、アリシアは再び俯く
その行動に、フレンは首を傾げる
やがて、何かを決心したかのように、アリシアは顔をあげて、口を開く
「……あたしなら、お母さん、治せるかもしれない」
真っ直ぐにフレンを見つめて、アリシアはそう言った
フレンはただ驚くことしかできなかった
「……お父さんに、ダメって言われたけど……でも、『これ』使えば、お母さん、助かるかもしれない…!」
そう言って、右手を胸の前で握りしめる
たったそれだけの行動だったが、フレンには、それが何を意味しているかすぐにわかった
「っ!それはダメだ!もしそれで、バレてしまったらどうするんだ!!」
アリシアの両腕を押さえて、フレンは言う
もし、それで見つかってしまったら
今まで隠していたのが、全て水の泡になってしまう
ノレインは、きっとそんなことを望まない
「でも……だって………っ!!」
泣きそうな声でアリシアは訴える
もう、誰かが死ぬのは嫌だ
それが彼女の思いだった
実の両親を亡くし、二人目の父親であった叔父も亡くした
これ以上、自分の知っている人を亡くしたくなかった
フレンとて、それは同じだった
同じ気持ちでいた
大切な母親を亡くしたくない
けれど、アリシアに任せてしまえば、それはここに彼女が居ることを教えてしまう材料になりかねない
それを懸念したフレンは、どうしても、彼女を頼ることを承諾出来なかった
「………
フレンはアリシアに言い聞かせるように言う
「……兄さん……?」
フレンのその顔には、何処か強い意志が感じられた
〜数週間後〜
「ただいま……」
「おかえり、兄さん!」
疲れて帰ってきたフレンを、アリシアは笑顔で向かえる
『どうにかする』と言ってから数週間……フレンは、ユーリたち、下町の子どもたちの手を借りて、壁向こうに出稼ぎに行っていた
稼いだお金は、一番信頼出来るジリに預けている
最初にそうしようと声をかけたのはユーリだったらしい
彼がジリに事情を説明して、彼女から了承を得たのだと
そして、下町の子どもたちに最初に声をかけたのも、ジリだった
大人たちが手を離せない分、子どもたちが頑張っているのだ
その子どもたちの中に、アリシアはいない
理由は単純、壁向こうへ彼女が行くのは危険だからだ
それ以外にも、できる仕事が荷物運びくらいしかないと言うのもあるのだが…
危険以外に勝る理由はなかった
アリシアのためにここへ逃げてきたのだ
その彼女が、再び戻ってしまえば本末転倒だ
騎士の巡回や、見張りの警戒が強くなっている今、不用意に近づいてはいけない
「ごめんね、アリシア。毎日毎日、母さんの看病とか、家事をしてくれてありがとう」
微笑みながら、フレンはアリシアの頭を撫でる
本当ならば、自分も傍にいたいのだが…と心の中で思いながら
「ううん、兄さんは頑張って働いて来てくれてるんだもん!兄さんがいない間は、あたしが家のことちゃんとやるよ!」
嬉しそうに微笑みながら、アリシアはそれに答えた
ニコニコと微笑む彼女が、今のフレンの心の支えでもあった
予想していなかった、ユーリたちの手助け…
それも、フレンにとって、とても嬉しいものだった
会ったばかりの頃は、あんなにもいがみ合っていたと言うのに、今となっては助け合う存在になっていた
「ほら、兄さん!早くご飯食べよ??明日も早いんでしょ?」
そう言ってアリシアは席に座るよう促す
「うん、そうだね、食べようか」
ニッコリと笑って、フレンはそれに答える
これが、今の二人の日常だった
それから数週間経った、ある日のこと
フレンの帰りが、異常なくらい遅い
いつもであれば、とっくに帰って来ているはずだった
だが、フレンの姿はまだ家にない
アリシアが心配で、そわそわしていると、不意にカシャッカシャッっと聞き覚えのある嫌な音が辺りに響き渡った
「っ!!!なん…で、兄さん……いない、時に……っ!」
慌ててアリシアはいつものローブを羽織って、フードを深く被る
もしかしたら、入ってくるかもしれない…
貴族街に『漆黒の翼』が出た時はいつもそうだった
必ず、と言っていいほどに、下町の家は片っ端から探される
以前、一度あったように
今回もそうなのでは…と、アリシアの心に不安が過ぎる
ドクンドクンと、心臓が大きく跳ねる
徐々に近づいてくるその足音に、アリシアは部屋の隅にうずくまって、ぎゅっと目をつぶる
…どれくらい、そうしていたか
金属音が去って、しばらくすると、家の扉を開ける音が聞こえてくる
ビクッと肩をあげる
が、独特な金属音はそこにない
「…そんなところでうずくまって、どうしたんだい?」
フレンやノレインとは違う別の声に顔をあげると、そこにはジリの姿があった
「……ジリおばさん……?」
アリシアは首を傾げて問いかける
声は確かに、彼女のものだ
だが、普段とは違ったその姿に、アリシアは違和感を覚えた
「あぁそうさ、それで、どうしてそんなところでうずくまっているんだい?」
しゃがみながら、ジリはアリシアに問いかける
アリシアは少し俯いてから、その口を開いた
「…騎士が通る時の音が聞こえたから……怖くて…」
たった一言、そう答えた
…自分のことは、知られてはいけない
そう思って、ただそれだけ言ったつもりだった
「………あんた、本当はフレンの実の妹じゃないだろう?」
ジリの言葉に驚き、顔をあげる
何故、この人はそのことを知っているのだろうか…
何故、バレたのか
アリシアの頭にはそんな不安が広がる
「安心しな、あたしは誰かにそれを言ったりなんてしないよ。…あんたの母親とはちょいと面識があってね。まだあんたが赤ちゃんの時に少しばかり会ったから、わかっただけさ。
…なんでここにいるかも、わかってる。よく頑張ったね」
ジリはそう言って微笑むと、優しく頭を撫でる
何処か懐かしいような、そして安心出来るようなその手に、アリシアは少し微笑んだ
「さぁ、あんたの二人目のお母さんを助けるとしようか」
立ち上がると、彼女はノレインの部屋へと真っ直ぐに進んで行く
首を傾げながらも、アリシアはそのあとを追いかけた
コンコンッと扉をノックして中に入ると、咳が辛かったのか、ノレインは起きていた
「ノレイン、
そう言ってジリはノレインに
先程、ジリが言ってたのはこういうことか、とアリシアは納得し、そして安堵した
これで、助かる
ノレインの顔にも、そんな希望が浮かんだ
が、彼女はそれを受け取らなかった
「ジリさん…お気持ちは嬉しいですが、それは受け取れません…」
「…!!お母さん…!なんで…!」
アリシアは悲鳴に近い声をあげる
「今、それはとても高価なのでしょう?フレンたちが頑張っているのは知っていますが、今ここにあってはいけないもののはずです。……私は正義に身を捧げた人を愛し、その人と共に生きてきました。私がその薬を受け取れば、その人との思い出、その人の信念に背くことになります」
弱々しい声で、しかし、きっぱりと彼女はジリに言った
「あんたの思いも知らずに余計なことをしちまったね。許しておくれ」
小瓶を差し出した手を引っ込めながら、ジリはノレインに言う
彼女はそっと首を横に振った
「お母さん……」
今にも泣きだしそうな声で、アリシアは呟く
ノレインの言葉で、彼女自身も悟ったからこそ、受け取らなかったことに対して何も言えずにいた
「ごめんね、アリシア…でも、私はあの人の思いを継いでいきたいの」
そっとアリシアの頭を撫でながら、ノレインは彼女に謝る
「ごめんね…あなたが大きくなるまで、傍にいてあげられなくて」
彼女の目にも、薄らと涙が溜まる
悔しいのは、自分だけではない
アリシアはそう悟った
ノレインも、生きたいのだと
だが、受け取れば、ファイナスの意思を、思いを駄目にしてしまう
だからこそ、受け取れないのだと
アリシアは謝るノレインに必死に首を振る
「お母さんのせいじゃない……お母さんが謝ることないよ…!」
泣きながら、アリシアは答える
また、大切な人を失うのか…
アリシアの心の中はそんな言葉でいっぱいだった
「…ジリさん、私が死んだ後、フレンに手紙を渡して貰えますか?」
そう言って、ノレインは手紙を差し出す
ジリは、無言でそれを受け取る
「…アリシア、大丈夫よ。あなたたち二人を置いて行くのは心苦しいけど…でも、心配はしていないの。あなたたちには、新しい家族がいるわ。大きくて…とても暖かくて、優しい家族が」
ノレインの言葉にアリシアは顔をあげる
優しく、そして穏やかに微笑みながら、ノレインはアリシアを見つめていた
「…私が彼らを信じたように、貴方も信じてみて」
そっと、頬をつたった涙の跡を撫でながら、ノレインはアリシアに言う
「………うん……うん………っ!」
尚も泣きながら、アリシアは頷く
自分が『力』を使えば、ノレインは助かる
だが、それをしたらきっとここの人たちをも巻き込んでしまう
仲良くなれた友達……
優しくしてくれた大人たち……
彼らを、巻き込む選択はアリシアにはもう出来なかった
しばらくそうしていると、再び外からカシャリと金属音が聞こえ、アリシアが強ばる
「……余程諦めきれないのかねぇ…さて、あたしゃもう行くよ。これ以上、怖がらせちゃ可哀想だからね」
そう言って、ジリは帰って行った
シンと静まりかえった部屋に、外から聞こえてくる金属音だけが響く
「…アリシア、今のことはフレンには内緒よ?」
アリシアを撫でる手とは反対の手の人差し指を口元に持ってきながら、ノレインは言う
「なんで…?」
グスッと鼻をすすりながら、アリシアは首を傾げる
「フレンが知ったら、きっとジリさんの元へ行ってしまうわ。だから、内緒よ?」
「……うん、わかった!」
ノレインの言葉に力強く頷いて、アリシアは微笑んだ
フレンが帰ってきたのは、その数時間後だった