第二章 水道魔導器
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*黒幕の陰謀
ダングレストについてすぐにぼくらはユニオン本部に向かった
あまりドンさんには会いたくないけど、でもだからと言って会わないわけにもいかないし…
「アリシア?」
ユーリの声に振り替える
「ふぇ?何?」
「何じゃねぇって。…待ってなくていいのか?」
「…いいよ。ぼくだって紅の絆傭兵団 のこと、知りたいし」
「…そっか、わかった。んじゃ入るか」
そう言ってユーリは扉を押し開けた
「よぉ、てめぇら、帰って来たか」
何処か嬉しそうなドンさんの声が部屋に響く
その彼の前に、見慣れた金髪が見えた
「…あれ?兄さん?」
「……ユーリ、アリシア……」
「なんだ、てめぇら、知り合いか?」
「はい、古い友人と…私の妹で…」
彼の問いに兄さんはそう答えた
「ほう」
「ドンも面識があったのですね」
「魔物の襲撃騒ぎの件でな。で?用件はなんだ?」
ドンさんは簡単にそう言うと、用件を問いかけてきた
「いや…」
「オレらは紅の絆傭兵団 のバルボスってやつの話を聞きに来たんだよ。魔核 ドロボウの一件、裏にいるのはやつみたいなんでな」
言葉に詰まった兄さんを差し置いてユーリが用件を言った
「なるほど。やはりそっちもバルボス絡みか」
「と、言うことは兄さんも?」
ぼくが問いかけると、兄さんはゆっくりと頷いた
「ユニオンと紅の絆傭兵団 の盟約破棄のお願いに参りました。バルボス以下、かのギルドは、各地で魔導器 を悪用し、社会を混乱させています。ご助力いただけるなら、共に紅の絆傭兵団 の打倒を果したいと思っております」
兄さんはドンさんに向かってそう言った
彼にも少し心辺りがあるらしい
そして、帝国とギルドの武力闘争が起きていないのは、彼のおかげらしい
ドンさんが抑止力、ということは…
…なんだろう、この胸騒ぎ…
凄く、嫌な予感がする
帝国と立場が対等であるならと、彼は協力を承諾した
そして、兄さんはヨーデルから預かったという密書を渡した
…あれ?でも、ヨーデルの手紙にあの封止め使われてたっけ…?
「…読んで聞かせてやれ」
手紙を読み終わったドンさんは手紙を隣にいるレイヴンに手渡した
「『ドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バルボスの件に関しユニオンの責任は不問とす』」
「え…?」
「何ですって…!?」
その内容に、ぼくも兄さんも驚いた
だって、あのヨーデルがそんなこと言うわけがない
「うわっはっはっは!これは笑える話だ」
ドンさんは高らかに笑う
レイヴンが無言で手紙を兄さんに手渡した
兄さんに渡った手紙をそっと近づいて覗く
確かに手紙にはそう書いてあった
…でも、これはヨーデルの字じゃない
手紙を持つ兄さんの手が小さく、でも分かりやすいくらいに震えている
多分、兄さんは気づいていないんだ
ヨーデルの字じゃないことに
ドンさんの指示で、兄さんは何処かに連れて行かれてしまった
「どうして…」
エステリーゼは困惑した表情を浮かべた
「兄さん…」
「下手に動けば、余計フレンを危険に晒すことになるぜ」
「…」
頭に血が上ってしまったのか、ドンさんはぼくらに見向きもせずに部屋を出て行ってしまった
「た、大変なことになっちゃった!」
「おかげであたしらの話聞いてもらえなかったわよ」
「ドンもそれどころじゃないんだろ」
文句を言うリタに宥めるようにユーリは言った
「とりあえず、今は様子を見よう」
ユーリはそう言って、扉の方を向いた
ぼくらも黙って後を追う
…けど、流石に今回は心配だな…
…ちょっとだけ、様子見て来ようかな
「…あっ!やば…」
ユニオンから出てすぐにわざと声を上げた
「ん?どうした?」
「武醒魔導器 …さっきの部屋で落としちゃったみたい…」
そう言って腕を上げた
…まぁ本当は、ポーチの中なんだけど
「えぇ!?それまずいよ!」
「ごめん、取ってくるから先に行ってて?」
顔の前で両手を合わせてそう言う
…これでユーリがついてくるとか言われたらどうしよう…
「…わかったよ、先に行ってるな」
意外なことに、ユーリはあっさりぼくの単独行動を許した
「けど、すぐに戻って来いよ?」
「ん!わかった!」
ニコッと笑いかけてユーリにそう言って、ぼくはユニオンの中に戻った
中に入ってすぐに気づいたのは、異様なほどに人がいないことだ
さっきまであんなにいたのに…
「ん?さっきの嬢ちゃんか」
ぼくの右横から聞こえた声に少し驚いて肩が上がる
ゆっくり向くとそこにはドンさんが立っていた
…やばい、気まずい
というか、どうしよう…
だって絶対、この人も疑ってるでしょ…
いやでも一対一で話せるタイミングなんて早々ないし、べリウスのこと聞けるのだって今しかなさそうだし…
…でも、怖いな…
「一人でどうしたってんだ?」
怖がっているぼくに対して、少し落ち着かせるような声で言ってくる
怖がっていたら、前には進めないけどクロームさんの言葉も耳から離れない…
……でも、『ぼく』は前に進みたい
「…あなたと、少しお話がしたくて…」
「…ほう?俺とか…。なら奥に行くか。誰かに聞かれちゃまずいんだろう?」
ドンさんはそう言って手招きしてくる
ぼくは黙ってその後に続いた
招かれた先は人気の全くない部屋だった
…これはこれでちょっと怖いかも…
「それで?話ってのはなんだ?」
ドンさんは座りながら聞いてくる
…でも、その瞳はぼくの話を分かっているような様子だ
「…ドンさんは、どこからどこまで、ぼくのこと………わたしのことを、知っていますか?」
単刀直入にそう聞いた
「…どこまで、ねぇ。嬢ちゃんが生まれた時から突然姿をくらませた時まで、くらいかね」
少しだけ嬉しそうに笑って彼は答えた
…って、そんなに昔から…!?
「そういう嬢ちゃんはどうなんだ?」
今度はドンさんがぼくに問いかけてくる
「…ごめんなさい、わたし…昔の記憶、あまりなくて…」
「はっはっはっ!そんなことだと思っていたが、やっぱりそうだとはな」
ドンさんは豪快に笑いながらそう言った
記憶がないことわかっていたのは少し意外だった
「…疑ったりしないんですか?」
「ん?なんでそんなことする必要がある?俺はお嬢の事ならお嬢の両親の次によく知っているつもりだ。疑う必要ねえだろ?」
「…普通、疑いそうですけどね…」
「それとも、お嬢は疑われたいのか?」
「そういうわけでは…」
「お嬢はお嬢だろ?俺との記憶がなくたって、それは変わらないだろ」
『お嬢はお嬢だろ?何も気にすることはないだろうに』
頭の中でドンさんに似たような声が響いた
…昔にも、同じようなことを言われたのかな…?
「…それもそう、ですね」
少し肩を竦めて、苦笑いしながら答えた
「それで?そんなことを聞きに来たわけじゃねえんだろう?」
…なんか、ドンさんには隠し事が出来ない気がする
「えっと…聞きたいこととお願いがあって…」
「手短にお願いできるか?予定が詰まっていてな」
ドンさんはそう言ってぼくを見つめてくる
「えっと…聞きたいのはべリウスの事なの」
「ほう?べリウスか…。なんでだ?」
「…もしかしたら、べリウスなら、わたしの記憶を取り戻せるかもしれないって言われて…」
そう言って彼を見た
少し考え込むように彼は腕を組んだ
暫く答えを待っていると、何故か近くにあった机の中から紙とペンを取り出して何か書き始めた
「これぇ持ってノードポリカのナッツって奴のとこ行くと良い。すぐに取り次いでくれるはずだ」
そう言いながら、ドンさんは書いた手紙を渡してくれた
「あ、ありがとうございます」
そう言って手紙を受け取る
それを大切にポーチにしまった
「んで、お願いっつーのはなんだ?」
「…兄さ……フレ兄のこと……なんだけど……」
少し俯いて言う
…わかって、くれるだろうか…
「はっはっは、あれを本気にしたってえわけか。…安心していい、本気で首跳ねたりしねえさ」
その答えに驚いて顔を上げた
そこには、優し気に微笑むドンさんが見えた
「ただ、黒幕炙り出すのにちと手伝ってはもらうがな」
ドンさんはそう言って立ち上がった
「…お嬢が周りに何も言わずにいなくなったのと、両親が殺されたのには何か理由があるんだろ?さっきの騎士殿が妹だって嘘ついたのにもな」
「…本当、何も隠し事できないですね…」
そこにほんの少し怖さもあるけど、でもそれだけよく『わたし』のことを知っているんだなぁ
そう思うと少し嬉しくもある
「お嬢、そろそろもどらねえとじゃないか?連れが心配するぜ?」
「…そうだね。戻りますね」
「おう。…またいつでも来ていいからな」
「…あ、それと、『わたし』のこと…」
「気にするなってえの。教える相手もいねえし、聞かれても教えねえよ」
言いたいことを全部言い終わる前にドンさんはそう言って笑う
そして、先に部屋を出て行った
「…やっぱり、思い出したいな」
一人残った部屋で小さくそう呟いた
『わたし』を知っている人に会う度に申し訳なくなる
ドンさんみたいに大丈夫だって笑い飛ばしてくれる人もいるかもしれないけど、寂しそうにしているのは痛いほどにわかる
けど、今はそんなこと言ってる場合じゃない
…今はやるべきことをやらなきゃ…
「…戻らないと…」
そう呟いて部屋を後にした
ユニオン本部から出て、広場の方に行くと、リタとエステリーゼ、それにカロルとラピードの姿が見えた
「あ、アリシア!」
「何してたのよ?」
エステリーゼとリタはぼくに気が付くと話しかけてきた
「ごめんごめん、ちょっと探すのに手間取っちゃってさ。…ユーリは?」
一人見当たらないユーリを探して辺りを見回しながら聞く
ユーリも単独行動してるのかな…
「あいつなら財布落としたって言って戻って行ったわよ?見てないわけ?」
腕を組みながらリタはそう問いかけてくる
…危うく鉢合わせになる所だったんだ…
危なかった…
「……で………だ?」
「………から………ぞ?」
不意に聞こえた声に振り替える
そこにいたのは、傭兵っぽい恰好をした人達だった
「…あれ、紅の絆傭兵団 だ」
カロルが近くに来て小さくそう言った
…あれが、紅の絆傭兵団 …
「追いかけたら、何かわかるんじゃないでしょうか?」
エステリーゼはそう言って後を追いかけようとする
「待って、流石にエステリーゼが行くのはやばいでしょ」
そう言いながらぼくはフードを深く被った
「ぼくが後つけてみるよ。みんなはユーリと合流してから来てよ」
「え?そ、それも危ないよ!」
慌てたカロルがぼくを静止するけど、でもだからと言ってエステリーゼに行かせるわけには…
「あたしも行くわ。この子一人で行かせたら勝手に突撃しかねないもの」
リタはそう言ってぼくの隣に来た
「それ…リタが言う…?」
「二人で大丈夫です…??」
心配そうにぼくとリタを見て二人は聞いてくる
「…なんか失礼じゃない?」
「同感だわ」
ぼくもリタも二人のことをジト目で見る
いくら何でもぼくだって突撃はしないもん
「ゥワンッ!」
不意にラピードの鳴き声が聞こえてきた
「…ラピードも来るの?」
「ワンッ」
誇らしげにぼくを見上げながら彼は吠える
…なんか遠回しに信用できないって言われてる気がする…
「…ま、いいわ。早く追いかけましょ?」
「だね。見失いそうだし」
リタと顔を見合わせて、ぼくらは紅の絆傭兵団 の後を追いかけた
ーーーーーーーーーーー
彼らの後を追いかけると一つの酒場の前に複数の人が集まって居た
あれは確実に何かやってるでしょ
「…怪しさ全開だね」
「怪しいなんてもんじゃないわよ。確実に黒ね」
じっと見つめながらリタはぼくに話を合わせてくれた
「…みんなが来るまで待機していよっか」
ぼくがそう言うと、リタは静かに頷いた
…とは言ったものの、気まずいなぁ…
だって、リタだし…
「…ところで、武醒魔導器 はあったの?」
不意にリタはそう聞いて来た
…そう言えば、そんなこと言って離れたっけ…
「あったよ。ほら」
顔は彼らに向けたまま、左腕を上げた
ブレスレット型のそれは、しっかりとそこにあった
みんなと合流する前にちゃんとはめたからね
「…そ、ならいいわ」
リタはそう言うと黙ってしまった
…何だったんだろう?
「リタ、アリシア!」
カロルの呼び声に振り替えると、ユーリ達の姿があった
「しっ…ガキんちょ、あんた声でかい…」
「…ありゃ、ちょっと無理矢理押し入るってわけにゃいかなさそうだな」
「珍しいね、ユーリがそんなこと言うなんて…」
ぼくがそう言うと、ユーリはうっせ、と小さく呟いて肩を竦めた
「でも、あの中にバルボスがいるとしたら…」
「…見逃す訳にはいかないね」
腕を組んで打開策を考える
強行突破は無理…
だとすると、どこかから忍び込むしか…
「いーこと教えてあげよう」
突然聞こえた声に振り替えると、レイヴンが腕を組んで立っていた
「…またあんたか」
「おいおい、いいのか、あっち行かなくて」
ユーリはレイヴンを見て呆れ気味にため息をついた
「よかないけど、青年達が下手打たないようにちゃんと見とけってドンがさ。ゆっくり酒場にでも行って俺様のお話聞かない?」
レイヴンはそう言って近づいて来た
「わたし達にはそんなゆっくりしている暇は…」
「いいから、いいから。騙されたと思って」
「そんなこと言われて、騙される奴がいると思って…!」
苛立ちながらリタはレイヴンに言い返す
…まぁ、散々騙されたしねぇ…
「……まぁ、いいんじゃない?ついて行ってもさ。この街の事一番よく知っていそうだし」
「おろ、アリシアちゃんは素直ねえ」
「ただ…本当にいいことじゃなかったら…ぼく、何するかわからないからね?」
そう言って薄っすら微笑みながら刀に手をかけた
フード深く被っているせいで口元しか見えていないだろうけど
「そ、そんなに怖い顔しなくてもわかってますって…」
若干引き攣った顔でレイヴンは答えた
答えを聞いてからゆっくり手を下ろした
「さ、こっちこっち」
レイヴンはそう言って歩き出す
その後にぼくらはついて歩く
「ったく、相変わらず脅し方がえげつねえな」
隣を歩くユーリが小さくそう言った
「そうかな?」
少し首を傾げて聞き返すとユーリは肩を竦めて苦笑いした
「んで、あったのか?」
「ふぇ?…あぁ武醒魔導器 ?大丈夫、ちゃんとあったよ」
そう言ってリタの時と同じように軽く左腕を上げた
「…何度見ても思うが、それ、大分装飾凝ってるよな」
「え?そうかな?ユーリのと同じくらいだと思うけど」
「あー…いや…そう言われればそう、か?」
ほんの少し首を傾げながらユーリは言う
「…親父さんの、だったけっか?それ」
「そうだけど…なんで?」
「…いーや、なんでもねーよ」
ユーリはそう言うと前を向いて黙ってしまった
…何だったんだろ?
レイヴンに連れられて来たのは反対側の酒場だった
中に入って早々、レイヴンは奥の部屋に入って行った
「なんだ、ここは」
「ドンが偉い客迎えて、お酒飲みながら秘密のお話するところよ」
「ここで大人しく飲んでろってのか?」
ジト目でレイヴンを見つめてユーリは言う
「おたくのお友達が本物の書状持って戻ってくれば、とりあえず事は丸く収まるのよね」
「悪ぃけど、フレン一人にいい格好させとくわけにゃいかないんでね」
レイヴンの言葉にユーリはそう言った
彼によると、この街には地下水道が複雑に張り巡らされているらしい
…要は、地下を移動して敵の足元まで乗り込めるわけだ
「…ここがそれに繋がってるってこと?」
「そうゆうこと」
「ちゃちゃっと忍び込んで奴らをふん捕まえる。回り道だが、それが確実ってことか」
「信じてよかったでしょ?」
レイヴンはそう言ってウィンクをした
「まだよかったかどうかは行ってみないとわかんねぇな」
「やっぱおっさんは信用ならない?」
…信用されてない自覚、あったんだ…
「レイヴンも当然ついてきてくれるんでしょ?」
首を傾げて問いかける
「あっらー?おっさん、このまま、バックレる気満々だったのに」
半分ふざけ気味に彼はそう言った
「ほらほら、さっさと行こう?」
そう言ってぼくは扉を開けた
「うわぁ…真っ暗です…」
扉を開けた先には真っ暗な空間だった
「迷子になって永遠に出られねぇってのは勘弁だぜ。…おいアリシア、オレから離れんなよ」
そう言ってユーリはぼくの手を引いた
「わ!…もう、危ないなぁ、ただでさえ暗いのに」
「ほら、天才魔導士のお嬢ちゃんよ、ここは一つ、火の魔術でバーンと先を照らしてくれんかね」
「あたしをランプ代わりにしようっての?いい根性してるわね」
怒り気味のリタの声が聞こえてくる
「リタ、何とかなりませんか?」
「うーん…無理。火の魔術は攻撃用なのよ。照明みたいに持続させるには常時エアルが供給されないと。光照魔導器 みたいにね」
リタの答えにレイヴンは少し残念そうに呟いた
光照魔導器 …か…
都合よく落ちてたりしないかな
「ワン!」
カランと乾いた音と一緒にラピードの鳴き声が聞こえた
「ん…?これ魔導器 ?大分傷んでるけど何とか使えそうね」
リタがそう言って少しすると急に辺りが明るくなった
「わ、明るくなった」
「当たり前でしょ。これ光照魔導器 の一種よ。あの充填機でエアルを補充して光る仕組みね。…でもかなりガタがきてるみたいだから、多分、長持ちしないと思うわ」
「ふーん…どこかで充填できればいいけどね」
「ま、こいつが光ってるうちにとっとと行くのが先決だな」
光照魔導器 を片手に持つとユーリは歩き出した
…両手塞がってて、大丈夫なのかな?
そんなこと考えながら歩いていると、カロルの小さな悲鳴が後ろから聞こえた
「ま、魔物…」
その言葉に水道を見てみると、魔物がこちらを見つめて来ていた
「…襲って…来ませんね」
「必要以上に戦うのも面倒だし、いいんじゃない?」
ぼくが言ったのとほぼ同時に明かりが消えかかった
「完全に消える前にまたエアルを充填しないと」
その時、ザパァっと音がした
振り返るとさっきの魔物がそこにいた
「ちぃっ!」
ユーリは小さく舌打ちをした
この暗闇の中で戦うのはちょっと難しいなぁ…
…一瞬で片付けた方がよさげ…
というか、邪魔しないで欲しい
そう思って投げナイフを手に持つ
「お、おい、アリシア…?」
「…邪魔、ぼくら、さっさと行かないといけないんだから…退いて、くれるかな…?」
ニコッと笑いながら投げナイフを持った手を顔の近くに持ってくる
ほんの少しフードを上げて見えやすいようにするけど、魔物には効果がないらしい
「…あーあ、大人しく逃げておけばよかったのに」
ユーリの手を放しながら両手に投げナイフを持つ
「…おとなしくしてね?…神雷招 っ!」
投げたナイフは雷を纏って魔物に降り注いだ
「…はい、おーわりっ!さ、行こ行」
「ちょっと待ったぁあぁぁ!!!」
歩き出そうとしたぼくの手をリタが思い切り掴んできた
「え?何何?」
「何じゃないわよ…!今の技は何っ!?あんなの見たことがないわよ!?」
興奮気味にリタは食い掛ってくる
え、見たことないって言われても…
「何って言われても…伯母さんがやってた技真似しただけで、原理とかぼくもよくわかってないし…」
「嘘…今のを、感覚だけでやったっていうの…?規格外にもほどがあるわよ…!」
「まあまあいいだろ?今はそんなことよりも充填機とかいうのを探すべきだろ?」
質問攻めにされかけているぼくをユーリが救ってくれた
…投げナイフ使った方が戦闘楽なのに、簡単に使えなくなっちゃったじゃないか……
ちゃんと武醒魔導器 使ってるのに……
「それにしても、いきなり襲ってくるなんて…」
「多分、光が苦手、とかそんなんじゃないでしょうか。洞窟や海底と言った暗い場所に棲息する生物の中には、光に対する体制がなくなり、強い刺激として避ける者がいる、と本で読んだことがあります」
「へぇ、だから光が弱くなったと単に出てきたんだね」
「あ、さっきと同じのがあるよ」
カロルの指差した方向には充填機があった
これで暫くは襲ってこなさそうかな
「ようは消えないように注意して充填しながら進めってことだな」
「ワンッ!」
ラピードの賛成する声と共に再びぼくらは歩き出した
暫く進むと少し明るい空間に出た
突き当りの壁をよく見ると何か彫ってあるのが見えて、気になって近づいた
「これ、なんだろう…?…文字、かな」
壁に付いた埃を軽く払って文字を読む
「…かつて我らの父祖は民を護る務めを忘れし国を捨て、自ら真の自由の護り手となった。これ即ちギルドの起こりである。しかし今や圧制者の鉄の鎖は再び我らの首に届くに至った。我らが父祖の誓いを忘れ、利を巡り互いの争いに明け暮れたからである。ゆえに、我らは今一度ギルドの本義に立ち戻り持てる力を一つにせん。我らの剣は自由のため。我らの盾は友のため。我らの命は皆のため。ここに古き誓いを新たにす」
…なんだろう、どこかで聞いたことのあるような…
「ねえ…これって『ユニオン誓約』じゃない?」
「何よ、それ?」
「ドンがユニオンを結成した時に作られた、ユニオンの標語みたいなもんだよ」
「自分たちの事は帝国に頼らないで自分たちで守る。そのためにはしっかり結束し、お互いのためなら命もかけよう、みたいなことね」
リタの問いにカロルとレイヴンが答えた
ユニオン誓約…なんか、聞いたことあるかもしれない…
「でも…なんでこんなところにそれがあるの?」
頭の後ろで手を組みながらぼくは首を傾げた
そんな大切なものがこんなところにあるなんて…
「ユニオンってのは帝国がこの街を占領した時に抵抗したギルド勢力が元になってんのよ。それまでギルドってのはてんでバラバラ好き勝手やってて、問題が生じた時だけ団結してた。で事が済めばまたバラバラ。帝国に占領されて、ようやくそれじゃまずいって悟った訳ね」
「そのギルド勢力を率いたのがドン・ホワイトホースなんだ!?」
「そそ。そん時、この地下水道も大いに役に立ったはずよ」
…帝国が、占領…
…やっぱり、聞き覚えがある気がする
いつ聞いたんだっけ…
「…あれ…?ここに書いている名前…」
「ん?…『フェンサー』…か?」
「字が掠れていて読みづらいですね…」
「え…?」
ぼーっとしていて、不意に聞こえてきた名前に思わず声が漏れた
『フェンサー』…って…
「おろ?アリシアちゃん、知ってるの?」
不思議そうに首を傾げてレイヴンは聞いて来た
…知ってるも何も、だって、その名前は…
「…伯父さんの、名前…」
「え?!」
「例の従姉妹の親父さんか?」
ゆっくり頷いてぼくは答える
「ま、待って下さい!あの方の名前は…」
「…フランチェスコ・フォン・ヒュラッセイン。親しい人からは、その剣の腕からフェンサーって呼ばれてた。…伯母さんがそう呼んでいたから間違いないよ」
そう、これは紛れもなく、お父様の名前で、お父様の字だ
でも…なんで、こんなところに…
「…まさか、ドンが帝国の皇族様の中に旧友がいるって噂、本当だったり…?」
隣にいたレイヴンが小さく呟いた
え、そんな噂あるの?
「アイフリードとも盟友だったらしいんだろ?ありえなくはねえんじゃねえか?」
「そう言われちゃうとそう思えてくるわねえ…」
「面白いもんが見れたが、そろそろ行こうぜ」
ユーリの声に頷いてぼくらは再び歩き出した
『我らの剣は自由のため。我らの盾は友のため。我らの命は皆のため…?』
『あぁ、そうだ。…互いの大切なものを護るために命すらかけて協力しようという誓いだ』
『へぇ…なんか、よくわからないけど、すごいね!』
『あぁ、そうだろう?…帝国にもそういう考えが出来る人が増えればいいのだがな…』
歩き出したところで聞こえてきたのはお父様の声で…
…ああ、そうだった
これはお父様に教えてもらったんだ
「…我らの命は皆のため…」
小さく呟いて後ろを振り返った
…ねぇ、お父様…?
わたしは…『ぼく』はこのまま、目を背けて、逃げ続けていて…いいのかな…?
地下水道を進み続けて、ようやくバルボスがいると思われる酒場についた
ようやくついた…
見通しがいいだろう上の階にぼくらは上がった
上がった先で何か言い合いをする声が聞こえてきた
その声の先にバルボスと思われる太った男とラゴウの姿があった
「悪党が揃って特等席を独占化?いいご身分だな」
挑発するようにユーリは言った
「その、とっておきの舞台を邪魔するバカはどこのどいつだ?ほう、船で会った小僧どもか」
バルボスはその挑発に乗るように答えた
そしてエステリーゼの言葉に自信ありげにぼくらには捕まえられないと言った
「悪人ってのは負けることを考えてねえってことだな」
「なゆら、ユーリもやっぱり悪人だ」
「おう、極悪人だ」
「それ、威張って言えることじゃないからね…?」
隣にいるユーリをジト目で見上げればうっせと、小さく呟いて肩を竦めた
そうしているうちに彼の手下が集まりだした
…めんどうだなぁ…
そう思いながら刀に手を伸ばした
その時だった
大き地響きと、声が聞こえてきた
「馬鹿どもめ!やっと動き出したか!これで邪魔なドンも騎士団もボロボロになり果てるぞ!」
嬉しそうな彼の声が部屋に響いた
「…なるほど、ユニオンがごたついた隙にドンを、騎士団の弱体化に乗じて評議会が帝国をってカラクリなわけだ」
ぼくは小さくそう言ってバルボスを睨んだ
悪党にもほどがあるって、この人…
「ふん、今更知ってどうする?この戦いはもう止められないぞ」
「それはどうかな?」
バルボスに向かって、ユーリは自信ありげに言った
今にも軍がぶつかりそうになったところで兄さんの声が辺りに響いた
…ヨーデルの書状、取り返せたんだ
ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、怒ったバルボスが攻撃を仕掛けてきた
…何、あの魔導器 …
異常なほどエアルの充填が早い
…あれは流石に壊さないとやばそう…
でもリタがなぁ…
そんなこと思っていると、いつかの竜使いがやってきた
リタの目は完全にそっちに行ってしまった
魔導器 を壊されたバルボスは大剣を取り出した
「ユーリ、あの魔核 !」
彼の剣に埋まっているのは紛れもなく下町のだ
それを使って彼は飛び去ろうとする
「飛ぶのは卑怯でしょ…!」
「あ、おい!待て!」
刀を抜いて彼に駆けよる
ユーリの呼び止める声が聞こえてくるけど止まるわけにはいかない
ここで逃がすわけにはいかないんだ
「…馬鹿め」
「っ!しまっ」
ぼくの攻撃範囲内に入った途端、彼は独特な左手をぼく目掛けて振ってきた
唐突なことに避けられなくて思い切りお腹に当たる
「かは…っ」
そのまま地面に叩きつけられて意識が飛びかける
「アリシア!」
「あのバカ…!」
「悪いが、こいつは借りていくぞ」
バルボスのそんな声と共に身体が浮かぶ感覚があった
みんなの呼び声が遠ざかる
「ふん、あいつはなんだってこんな小娘を…」
バルボスが小さく何か呟く声が聞こえてくるけど、意識を保っているのも辛くなって
そのまま、意識を手放した
ダングレストについてすぐにぼくらはユニオン本部に向かった
あまりドンさんには会いたくないけど、でもだからと言って会わないわけにもいかないし…
「アリシア?」
ユーリの声に振り替える
「ふぇ?何?」
「何じゃねぇって。…待ってなくていいのか?」
「…いいよ。ぼくだって
「…そっか、わかった。んじゃ入るか」
そう言ってユーリは扉を押し開けた
「よぉ、てめぇら、帰って来たか」
何処か嬉しそうなドンさんの声が部屋に響く
その彼の前に、見慣れた金髪が見えた
「…あれ?兄さん?」
「……ユーリ、アリシア……」
「なんだ、てめぇら、知り合いか?」
「はい、古い友人と…私の妹で…」
彼の問いに兄さんはそう答えた
「ほう」
「ドンも面識があったのですね」
「魔物の襲撃騒ぎの件でな。で?用件はなんだ?」
ドンさんは簡単にそう言うと、用件を問いかけてきた
「いや…」
「オレらは
言葉に詰まった兄さんを差し置いてユーリが用件を言った
「なるほど。やはりそっちもバルボス絡みか」
「と、言うことは兄さんも?」
ぼくが問いかけると、兄さんはゆっくりと頷いた
「ユニオンと
兄さんはドンさんに向かってそう言った
彼にも少し心辺りがあるらしい
そして、帝国とギルドの武力闘争が起きていないのは、彼のおかげらしい
ドンさんが抑止力、ということは…
…なんだろう、この胸騒ぎ…
凄く、嫌な予感がする
帝国と立場が対等であるならと、彼は協力を承諾した
そして、兄さんはヨーデルから預かったという密書を渡した
…あれ?でも、ヨーデルの手紙にあの封止め使われてたっけ…?
「…読んで聞かせてやれ」
手紙を読み終わったドンさんは手紙を隣にいるレイヴンに手渡した
「『ドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バルボスの件に関しユニオンの責任は不問とす』」
「え…?」
「何ですって…!?」
その内容に、ぼくも兄さんも驚いた
だって、あのヨーデルがそんなこと言うわけがない
「うわっはっはっは!これは笑える話だ」
ドンさんは高らかに笑う
レイヴンが無言で手紙を兄さんに手渡した
兄さんに渡った手紙をそっと近づいて覗く
確かに手紙にはそう書いてあった
…でも、これはヨーデルの字じゃない
手紙を持つ兄さんの手が小さく、でも分かりやすいくらいに震えている
多分、兄さんは気づいていないんだ
ヨーデルの字じゃないことに
ドンさんの指示で、兄さんは何処かに連れて行かれてしまった
「どうして…」
エステリーゼは困惑した表情を浮かべた
「兄さん…」
「下手に動けば、余計フレンを危険に晒すことになるぜ」
「…」
頭に血が上ってしまったのか、ドンさんはぼくらに見向きもせずに部屋を出て行ってしまった
「た、大変なことになっちゃった!」
「おかげであたしらの話聞いてもらえなかったわよ」
「ドンもそれどころじゃないんだろ」
文句を言うリタに宥めるようにユーリは言った
「とりあえず、今は様子を見よう」
ユーリはそう言って、扉の方を向いた
ぼくらも黙って後を追う
…けど、流石に今回は心配だな…
…ちょっとだけ、様子見て来ようかな
「…あっ!やば…」
ユニオンから出てすぐにわざと声を上げた
「ん?どうした?」
「
そう言って腕を上げた
…まぁ本当は、ポーチの中なんだけど
「えぇ!?それまずいよ!」
「ごめん、取ってくるから先に行ってて?」
顔の前で両手を合わせてそう言う
…これでユーリがついてくるとか言われたらどうしよう…
「…わかったよ、先に行ってるな」
意外なことに、ユーリはあっさりぼくの単独行動を許した
「けど、すぐに戻って来いよ?」
「ん!わかった!」
ニコッと笑いかけてユーリにそう言って、ぼくはユニオンの中に戻った
中に入ってすぐに気づいたのは、異様なほどに人がいないことだ
さっきまであんなにいたのに…
「ん?さっきの嬢ちゃんか」
ぼくの右横から聞こえた声に少し驚いて肩が上がる
ゆっくり向くとそこにはドンさんが立っていた
…やばい、気まずい
というか、どうしよう…
だって絶対、この人も疑ってるでしょ…
いやでも一対一で話せるタイミングなんて早々ないし、べリウスのこと聞けるのだって今しかなさそうだし…
…でも、怖いな…
「一人でどうしたってんだ?」
怖がっているぼくに対して、少し落ち着かせるような声で言ってくる
怖がっていたら、前には進めないけどクロームさんの言葉も耳から離れない…
……でも、『ぼく』は前に進みたい
「…あなたと、少しお話がしたくて…」
「…ほう?俺とか…。なら奥に行くか。誰かに聞かれちゃまずいんだろう?」
ドンさんはそう言って手招きしてくる
ぼくは黙ってその後に続いた
招かれた先は人気の全くない部屋だった
…これはこれでちょっと怖いかも…
「それで?話ってのはなんだ?」
ドンさんは座りながら聞いてくる
…でも、その瞳はぼくの話を分かっているような様子だ
「…ドンさんは、どこからどこまで、ぼくのこと………わたしのことを、知っていますか?」
単刀直入にそう聞いた
「…どこまで、ねぇ。嬢ちゃんが生まれた時から突然姿をくらませた時まで、くらいかね」
少しだけ嬉しそうに笑って彼は答えた
…って、そんなに昔から…!?
「そういう嬢ちゃんはどうなんだ?」
今度はドンさんがぼくに問いかけてくる
「…ごめんなさい、わたし…昔の記憶、あまりなくて…」
「はっはっはっ!そんなことだと思っていたが、やっぱりそうだとはな」
ドンさんは豪快に笑いながらそう言った
記憶がないことわかっていたのは少し意外だった
「…疑ったりしないんですか?」
「ん?なんでそんなことする必要がある?俺はお嬢の事ならお嬢の両親の次によく知っているつもりだ。疑う必要ねえだろ?」
「…普通、疑いそうですけどね…」
「それとも、お嬢は疑われたいのか?」
「そういうわけでは…」
「お嬢はお嬢だろ?俺との記憶がなくたって、それは変わらないだろ」
『お嬢はお嬢だろ?何も気にすることはないだろうに』
頭の中でドンさんに似たような声が響いた
…昔にも、同じようなことを言われたのかな…?
「…それもそう、ですね」
少し肩を竦めて、苦笑いしながら答えた
「それで?そんなことを聞きに来たわけじゃねえんだろう?」
…なんか、ドンさんには隠し事が出来ない気がする
「えっと…聞きたいこととお願いがあって…」
「手短にお願いできるか?予定が詰まっていてな」
ドンさんはそう言ってぼくを見つめてくる
「えっと…聞きたいのはべリウスの事なの」
「ほう?べリウスか…。なんでだ?」
「…もしかしたら、べリウスなら、わたしの記憶を取り戻せるかもしれないって言われて…」
そう言って彼を見た
少し考え込むように彼は腕を組んだ
暫く答えを待っていると、何故か近くにあった机の中から紙とペンを取り出して何か書き始めた
「これぇ持ってノードポリカのナッツって奴のとこ行くと良い。すぐに取り次いでくれるはずだ」
そう言いながら、ドンさんは書いた手紙を渡してくれた
「あ、ありがとうございます」
そう言って手紙を受け取る
それを大切にポーチにしまった
「んで、お願いっつーのはなんだ?」
「…兄さ……フレ兄のこと……なんだけど……」
少し俯いて言う
…わかって、くれるだろうか…
「はっはっは、あれを本気にしたってえわけか。…安心していい、本気で首跳ねたりしねえさ」
その答えに驚いて顔を上げた
そこには、優し気に微笑むドンさんが見えた
「ただ、黒幕炙り出すのにちと手伝ってはもらうがな」
ドンさんはそう言って立ち上がった
「…お嬢が周りに何も言わずにいなくなったのと、両親が殺されたのには何か理由があるんだろ?さっきの騎士殿が妹だって嘘ついたのにもな」
「…本当、何も隠し事できないですね…」
そこにほんの少し怖さもあるけど、でもそれだけよく『わたし』のことを知っているんだなぁ
そう思うと少し嬉しくもある
「お嬢、そろそろもどらねえとじゃないか?連れが心配するぜ?」
「…そうだね。戻りますね」
「おう。…またいつでも来ていいからな」
「…あ、それと、『わたし』のこと…」
「気にするなってえの。教える相手もいねえし、聞かれても教えねえよ」
言いたいことを全部言い終わる前にドンさんはそう言って笑う
そして、先に部屋を出て行った
「…やっぱり、思い出したいな」
一人残った部屋で小さくそう呟いた
『わたし』を知っている人に会う度に申し訳なくなる
ドンさんみたいに大丈夫だって笑い飛ばしてくれる人もいるかもしれないけど、寂しそうにしているのは痛いほどにわかる
けど、今はそんなこと言ってる場合じゃない
…今はやるべきことをやらなきゃ…
「…戻らないと…」
そう呟いて部屋を後にした
ユニオン本部から出て、広場の方に行くと、リタとエステリーゼ、それにカロルとラピードの姿が見えた
「あ、アリシア!」
「何してたのよ?」
エステリーゼとリタはぼくに気が付くと話しかけてきた
「ごめんごめん、ちょっと探すのに手間取っちゃってさ。…ユーリは?」
一人見当たらないユーリを探して辺りを見回しながら聞く
ユーリも単独行動してるのかな…
「あいつなら財布落としたって言って戻って行ったわよ?見てないわけ?」
腕を組みながらリタはそう問いかけてくる
…危うく鉢合わせになる所だったんだ…
危なかった…
「……で………だ?」
「………から………ぞ?」
不意に聞こえた声に振り替える
そこにいたのは、傭兵っぽい恰好をした人達だった
「…あれ、
カロルが近くに来て小さくそう言った
…あれが、
「追いかけたら、何かわかるんじゃないでしょうか?」
エステリーゼはそう言って後を追いかけようとする
「待って、流石にエステリーゼが行くのはやばいでしょ」
そう言いながらぼくはフードを深く被った
「ぼくが後つけてみるよ。みんなはユーリと合流してから来てよ」
「え?そ、それも危ないよ!」
慌てたカロルがぼくを静止するけど、でもだからと言ってエステリーゼに行かせるわけには…
「あたしも行くわ。この子一人で行かせたら勝手に突撃しかねないもの」
リタはそう言ってぼくの隣に来た
「それ…リタが言う…?」
「二人で大丈夫です…??」
心配そうにぼくとリタを見て二人は聞いてくる
「…なんか失礼じゃない?」
「同感だわ」
ぼくもリタも二人のことをジト目で見る
いくら何でもぼくだって突撃はしないもん
「ゥワンッ!」
不意にラピードの鳴き声が聞こえてきた
「…ラピードも来るの?」
「ワンッ」
誇らしげにぼくを見上げながら彼は吠える
…なんか遠回しに信用できないって言われてる気がする…
「…ま、いいわ。早く追いかけましょ?」
「だね。見失いそうだし」
リタと顔を見合わせて、ぼくらは
ーーーーーーーーーーー
彼らの後を追いかけると一つの酒場の前に複数の人が集まって居た
あれは確実に何かやってるでしょ
「…怪しさ全開だね」
「怪しいなんてもんじゃないわよ。確実に黒ね」
じっと見つめながらリタはぼくに話を合わせてくれた
「…みんなが来るまで待機していよっか」
ぼくがそう言うと、リタは静かに頷いた
…とは言ったものの、気まずいなぁ…
だって、リタだし…
「…ところで、
不意にリタはそう聞いて来た
…そう言えば、そんなこと言って離れたっけ…
「あったよ。ほら」
顔は彼らに向けたまま、左腕を上げた
ブレスレット型のそれは、しっかりとそこにあった
みんなと合流する前にちゃんとはめたからね
「…そ、ならいいわ」
リタはそう言うと黙ってしまった
…何だったんだろう?
「リタ、アリシア!」
カロルの呼び声に振り替えると、ユーリ達の姿があった
「しっ…ガキんちょ、あんた声でかい…」
「…ありゃ、ちょっと無理矢理押し入るってわけにゃいかなさそうだな」
「珍しいね、ユーリがそんなこと言うなんて…」
ぼくがそう言うと、ユーリはうっせ、と小さく呟いて肩を竦めた
「でも、あの中にバルボスがいるとしたら…」
「…見逃す訳にはいかないね」
腕を組んで打開策を考える
強行突破は無理…
だとすると、どこかから忍び込むしか…
「いーこと教えてあげよう」
突然聞こえた声に振り替えると、レイヴンが腕を組んで立っていた
「…またあんたか」
「おいおい、いいのか、あっち行かなくて」
ユーリはレイヴンを見て呆れ気味にため息をついた
「よかないけど、青年達が下手打たないようにちゃんと見とけってドンがさ。ゆっくり酒場にでも行って俺様のお話聞かない?」
レイヴンはそう言って近づいて来た
「わたし達にはそんなゆっくりしている暇は…」
「いいから、いいから。騙されたと思って」
「そんなこと言われて、騙される奴がいると思って…!」
苛立ちながらリタはレイヴンに言い返す
…まぁ、散々騙されたしねぇ…
「……まぁ、いいんじゃない?ついて行ってもさ。この街の事一番よく知っていそうだし」
「おろ、アリシアちゃんは素直ねえ」
「ただ…本当にいいことじゃなかったら…ぼく、何するかわからないからね?」
そう言って薄っすら微笑みながら刀に手をかけた
フード深く被っているせいで口元しか見えていないだろうけど
「そ、そんなに怖い顔しなくてもわかってますって…」
若干引き攣った顔でレイヴンは答えた
答えを聞いてからゆっくり手を下ろした
「さ、こっちこっち」
レイヴンはそう言って歩き出す
その後にぼくらはついて歩く
「ったく、相変わらず脅し方がえげつねえな」
隣を歩くユーリが小さくそう言った
「そうかな?」
少し首を傾げて聞き返すとユーリは肩を竦めて苦笑いした
「んで、あったのか?」
「ふぇ?…あぁ
そう言ってリタの時と同じように軽く左腕を上げた
「…何度見ても思うが、それ、大分装飾凝ってるよな」
「え?そうかな?ユーリのと同じくらいだと思うけど」
「あー…いや…そう言われればそう、か?」
ほんの少し首を傾げながらユーリは言う
「…親父さんの、だったけっか?それ」
「そうだけど…なんで?」
「…いーや、なんでもねーよ」
ユーリはそう言うと前を向いて黙ってしまった
…何だったんだろ?
レイヴンに連れられて来たのは反対側の酒場だった
中に入って早々、レイヴンは奥の部屋に入って行った
「なんだ、ここは」
「ドンが偉い客迎えて、お酒飲みながら秘密のお話するところよ」
「ここで大人しく飲んでろってのか?」
ジト目でレイヴンを見つめてユーリは言う
「おたくのお友達が本物の書状持って戻ってくれば、とりあえず事は丸く収まるのよね」
「悪ぃけど、フレン一人にいい格好させとくわけにゃいかないんでね」
レイヴンの言葉にユーリはそう言った
彼によると、この街には地下水道が複雑に張り巡らされているらしい
…要は、地下を移動して敵の足元まで乗り込めるわけだ
「…ここがそれに繋がってるってこと?」
「そうゆうこと」
「ちゃちゃっと忍び込んで奴らをふん捕まえる。回り道だが、それが確実ってことか」
「信じてよかったでしょ?」
レイヴンはそう言ってウィンクをした
「まだよかったかどうかは行ってみないとわかんねぇな」
「やっぱおっさんは信用ならない?」
…信用されてない自覚、あったんだ…
「レイヴンも当然ついてきてくれるんでしょ?」
首を傾げて問いかける
「あっらー?おっさん、このまま、バックレる気満々だったのに」
半分ふざけ気味に彼はそう言った
「ほらほら、さっさと行こう?」
そう言ってぼくは扉を開けた
「うわぁ…真っ暗です…」
扉を開けた先には真っ暗な空間だった
「迷子になって永遠に出られねぇってのは勘弁だぜ。…おいアリシア、オレから離れんなよ」
そう言ってユーリはぼくの手を引いた
「わ!…もう、危ないなぁ、ただでさえ暗いのに」
「ほら、天才魔導士のお嬢ちゃんよ、ここは一つ、火の魔術でバーンと先を照らしてくれんかね」
「あたしをランプ代わりにしようっての?いい根性してるわね」
怒り気味のリタの声が聞こえてくる
「リタ、何とかなりませんか?」
「うーん…無理。火の魔術は攻撃用なのよ。照明みたいに持続させるには常時エアルが供給されないと。
リタの答えにレイヴンは少し残念そうに呟いた
都合よく落ちてたりしないかな
「ワン!」
カランと乾いた音と一緒にラピードの鳴き声が聞こえた
「ん…?これ
リタがそう言って少しすると急に辺りが明るくなった
「わ、明るくなった」
「当たり前でしょ。これ
「ふーん…どこかで充填できればいいけどね」
「ま、こいつが光ってるうちにとっとと行くのが先決だな」
…両手塞がってて、大丈夫なのかな?
そんなこと考えながら歩いていると、カロルの小さな悲鳴が後ろから聞こえた
「ま、魔物…」
その言葉に水道を見てみると、魔物がこちらを見つめて来ていた
「…襲って…来ませんね」
「必要以上に戦うのも面倒だし、いいんじゃない?」
ぼくが言ったのとほぼ同時に明かりが消えかかった
「完全に消える前にまたエアルを充填しないと」
その時、ザパァっと音がした
振り返るとさっきの魔物がそこにいた
「ちぃっ!」
ユーリは小さく舌打ちをした
この暗闇の中で戦うのはちょっと難しいなぁ…
…一瞬で片付けた方がよさげ…
というか、邪魔しないで欲しい
そう思って投げナイフを手に持つ
「お、おい、アリシア…?」
「…邪魔、ぼくら、さっさと行かないといけないんだから…退いて、くれるかな…?」
ニコッと笑いながら投げナイフを持った手を顔の近くに持ってくる
ほんの少しフードを上げて見えやすいようにするけど、魔物には効果がないらしい
「…あーあ、大人しく逃げておけばよかったのに」
ユーリの手を放しながら両手に投げナイフを持つ
「…おとなしくしてね?…
投げたナイフは雷を纏って魔物に降り注いだ
「…はい、おーわりっ!さ、行こ行」
「ちょっと待ったぁあぁぁ!!!」
歩き出そうとしたぼくの手をリタが思い切り掴んできた
「え?何何?」
「何じゃないわよ…!今の技は何っ!?あんなの見たことがないわよ!?」
興奮気味にリタは食い掛ってくる
え、見たことないって言われても…
「何って言われても…伯母さんがやってた技真似しただけで、原理とかぼくもよくわかってないし…」
「嘘…今のを、感覚だけでやったっていうの…?規格外にもほどがあるわよ…!」
「まあまあいいだろ?今はそんなことよりも充填機とかいうのを探すべきだろ?」
質問攻めにされかけているぼくをユーリが救ってくれた
…投げナイフ使った方が戦闘楽なのに、簡単に使えなくなっちゃったじゃないか……
ちゃんと
「それにしても、いきなり襲ってくるなんて…」
「多分、光が苦手、とかそんなんじゃないでしょうか。洞窟や海底と言った暗い場所に棲息する生物の中には、光に対する体制がなくなり、強い刺激として避ける者がいる、と本で読んだことがあります」
「へぇ、だから光が弱くなったと単に出てきたんだね」
「あ、さっきと同じのがあるよ」
カロルの指差した方向には充填機があった
これで暫くは襲ってこなさそうかな
「ようは消えないように注意して充填しながら進めってことだな」
「ワンッ!」
ラピードの賛成する声と共に再びぼくらは歩き出した
暫く進むと少し明るい空間に出た
突き当りの壁をよく見ると何か彫ってあるのが見えて、気になって近づいた
「これ、なんだろう…?…文字、かな」
壁に付いた埃を軽く払って文字を読む
「…かつて我らの父祖は民を護る務めを忘れし国を捨て、自ら真の自由の護り手となった。これ即ちギルドの起こりである。しかし今や圧制者の鉄の鎖は再び我らの首に届くに至った。我らが父祖の誓いを忘れ、利を巡り互いの争いに明け暮れたからである。ゆえに、我らは今一度ギルドの本義に立ち戻り持てる力を一つにせん。我らの剣は自由のため。我らの盾は友のため。我らの命は皆のため。ここに古き誓いを新たにす」
…なんだろう、どこかで聞いたことのあるような…
「ねえ…これって『ユニオン誓約』じゃない?」
「何よ、それ?」
「ドンがユニオンを結成した時に作られた、ユニオンの標語みたいなもんだよ」
「自分たちの事は帝国に頼らないで自分たちで守る。そのためにはしっかり結束し、お互いのためなら命もかけよう、みたいなことね」
リタの問いにカロルとレイヴンが答えた
ユニオン誓約…なんか、聞いたことあるかもしれない…
「でも…なんでこんなところにそれがあるの?」
頭の後ろで手を組みながらぼくは首を傾げた
そんな大切なものがこんなところにあるなんて…
「ユニオンってのは帝国がこの街を占領した時に抵抗したギルド勢力が元になってんのよ。それまでギルドってのはてんでバラバラ好き勝手やってて、問題が生じた時だけ団結してた。で事が済めばまたバラバラ。帝国に占領されて、ようやくそれじゃまずいって悟った訳ね」
「そのギルド勢力を率いたのがドン・ホワイトホースなんだ!?」
「そそ。そん時、この地下水道も大いに役に立ったはずよ」
…帝国が、占領…
…やっぱり、聞き覚えがある気がする
いつ聞いたんだっけ…
「…あれ…?ここに書いている名前…」
「ん?…『フェンサー』…か?」
「字が掠れていて読みづらいですね…」
「え…?」
ぼーっとしていて、不意に聞こえてきた名前に思わず声が漏れた
『フェンサー』…って…
「おろ?アリシアちゃん、知ってるの?」
不思議そうに首を傾げてレイヴンは聞いて来た
…知ってるも何も、だって、その名前は…
「…伯父さんの、名前…」
「え?!」
「例の従姉妹の親父さんか?」
ゆっくり頷いてぼくは答える
「ま、待って下さい!あの方の名前は…」
「…フランチェスコ・フォン・ヒュラッセイン。親しい人からは、その剣の腕からフェンサーって呼ばれてた。…伯母さんがそう呼んでいたから間違いないよ」
そう、これは紛れもなく、お父様の名前で、お父様の字だ
でも…なんで、こんなところに…
「…まさか、ドンが帝国の皇族様の中に旧友がいるって噂、本当だったり…?」
隣にいたレイヴンが小さく呟いた
え、そんな噂あるの?
「アイフリードとも盟友だったらしいんだろ?ありえなくはねえんじゃねえか?」
「そう言われちゃうとそう思えてくるわねえ…」
「面白いもんが見れたが、そろそろ行こうぜ」
ユーリの声に頷いてぼくらは再び歩き出した
『我らの剣は自由のため。我らの盾は友のため。我らの命は皆のため…?』
『あぁ、そうだ。…互いの大切なものを護るために命すらかけて協力しようという誓いだ』
『へぇ…なんか、よくわからないけど、すごいね!』
『あぁ、そうだろう?…帝国にもそういう考えが出来る人が増えればいいのだがな…』
歩き出したところで聞こえてきたのはお父様の声で…
…ああ、そうだった
これはお父様に教えてもらったんだ
「…我らの命は皆のため…」
小さく呟いて後ろを振り返った
…ねぇ、お父様…?
わたしは…『ぼく』はこのまま、目を背けて、逃げ続けていて…いいのかな…?
地下水道を進み続けて、ようやくバルボスがいると思われる酒場についた
ようやくついた…
見通しがいいだろう上の階にぼくらは上がった
上がった先で何か言い合いをする声が聞こえてきた
その声の先にバルボスと思われる太った男とラゴウの姿があった
「悪党が揃って特等席を独占化?いいご身分だな」
挑発するようにユーリは言った
「その、とっておきの舞台を邪魔するバカはどこのどいつだ?ほう、船で会った小僧どもか」
バルボスはその挑発に乗るように答えた
そしてエステリーゼの言葉に自信ありげにぼくらには捕まえられないと言った
「悪人ってのは負けることを考えてねえってことだな」
「なゆら、ユーリもやっぱり悪人だ」
「おう、極悪人だ」
「それ、威張って言えることじゃないからね…?」
隣にいるユーリをジト目で見上げればうっせと、小さく呟いて肩を竦めた
そうしているうちに彼の手下が集まりだした
…めんどうだなぁ…
そう思いながら刀に手を伸ばした
その時だった
大き地響きと、声が聞こえてきた
「馬鹿どもめ!やっと動き出したか!これで邪魔なドンも騎士団もボロボロになり果てるぞ!」
嬉しそうな彼の声が部屋に響いた
「…なるほど、ユニオンがごたついた隙にドンを、騎士団の弱体化に乗じて評議会が帝国をってカラクリなわけだ」
ぼくは小さくそう言ってバルボスを睨んだ
悪党にもほどがあるって、この人…
「ふん、今更知ってどうする?この戦いはもう止められないぞ」
「それはどうかな?」
バルボスに向かって、ユーリは自信ありげに言った
今にも軍がぶつかりそうになったところで兄さんの声が辺りに響いた
…ヨーデルの書状、取り返せたんだ
ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、怒ったバルボスが攻撃を仕掛けてきた
…何、あの
異常なほどエアルの充填が早い
…あれは流石に壊さないとやばそう…
でもリタがなぁ…
そんなこと思っていると、いつかの竜使いがやってきた
リタの目は完全にそっちに行ってしまった
「ユーリ、あの
彼の剣に埋まっているのは紛れもなく下町のだ
それを使って彼は飛び去ろうとする
「飛ぶのは卑怯でしょ…!」
「あ、おい!待て!」
刀を抜いて彼に駆けよる
ユーリの呼び止める声が聞こえてくるけど止まるわけにはいかない
ここで逃がすわけにはいかないんだ
「…馬鹿め」
「っ!しまっ」
ぼくの攻撃範囲内に入った途端、彼は独特な左手をぼく目掛けて振ってきた
唐突なことに避けられなくて思い切りお腹に当たる
「かは…っ」
そのまま地面に叩きつけられて意識が飛びかける
「アリシア!」
「あのバカ…!」
「悪いが、こいつは借りていくぞ」
バルボスのそんな声と共に身体が浮かぶ感覚があった
みんなの呼び声が遠ざかる
「ふん、あいつはなんだってこんな小娘を…」
バルボスが小さく何か呟く声が聞こえてくるけど、意識を保っているのも辛くなって
そのまま、意識を手放した