第二章 水道魔導器
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*ケーブモック大森林
ダングレストを出て、歩くこと数分…
ぼくらは目的のケーブモック大森林という場所についた
「わぁ…すご…」
「世の中にはこんな大きな木があるんですね…」
ぼくとエステリーゼは目を輝かせて辺りを見回す
「けど、ここまで成長すると、逆に不健康な感じがすんな」
ユーリの方は訝しげに辺りを見回していた
「カロルが言ってた通りね。ヘリオードで魔導器 が暴走してた時の感じに何となく似てる」
リタは何か考え込みながら呟いた
そう言われてみれば確かに似ているかもしれない
キョロキョロと辺りを見回していると、近くの茂みからガサガサッと音が鳴った
「気をつけて、誰かいるよ」
カロルがバックから出ている武器の柄を握りしめながら言う
ぼくは少しフードを深く被り直して、刀の柄に手を添えた
警戒していると、茂みの中から出てきたのはいつかのおじさんだった
確か…レイヴン、とか言ってたっけ…?
「よっ、偶然!」
「こんなところで何してんだよ?」
「自然観察と森林浴って感じだな」
「胡散臭い…」
「あれ?歓迎されてない?」
さも歓迎されているのが当たり前かのように言った彼を、みんな揃って睨む
「歓迎するわけないじゃん…」
「そんなこと言うなよ。俺、役に立つぜ」
どうやら彼はついてくる気らしい
「役に立つって、まさか、一緒に来たい、とか?」
「そうよ、一人じゃ寂しいからさ。何?ダメ?」
「背後には気を付けてね。変なことしたら殺すから」
リタはそう言うと、一人で先に進みだした
「なぁ、俺ってばそんなに胡散臭い?」
「ああ、胡散臭さが全身からにじみ出てるな」
ユーリがそう言うとレイヴンは自分を嗅ぎ出した
…うわ…こわ…
「余計な真似したら、オレ何するかわからないんでそこんところよろしくな」
そう言ってユーリはぼくの手を引いて歩き始めた
暫く森の中を歩いていたけど、後ろからついてくるレイヴンが気になって仕方ない
みんな立ち止まって振り返る
「まあ、俺のことは気にせずに、よろしくやってくださいよ」
「どうします?」
「おっさん、なんかオレらを納得させる芸とかないの?」
ふーっと息を吐きながらユーリが言う
「俺を大道芸人かなんかと、間違えてない?」
レイヴンはそう言いながらも何か思いついたらしくて、歩き出した
「ちょいちょい、こっち来て」
彼はそう言いながらカロルを手招きする
「え…ボ、ボク…?」
カロルは戸惑いながら彼について行く
少しするとレイヴンだけが戻って来た
「アレ?カロルは?」
「う、う、うわぁあっ!ちょっと一人にしないで~!」
ぼくが問いかけた瞬間にカロルの悲鳴が聞こえてきた
…なんか、魔物に追いかけられてるんだけど…
「ほら、ガンバレ、少年!」
当の本人であるレイヴンは知らん顔をしてそう言った
うわ…この人大人げない…
そう思って見ていると、レイヴンは弓矢を取り出して魔物めがけて矢を放った
…あれ?でも、なんともなさそうだけど…
「も、もうイヤー!」
カロルはそう叫ぶと逃げ出した
…え、いや、こっちに来られても…!
「もうそろそろかね…」
レイヴンは呑気に手を頭の後ろで組んでそう言った
その瞬間、魔物の内側から爆発した
「中で爆発した!?」
「な、何したんです!?」
「防御が崩れた瞬間、打ち込んで中から…ボンてね!」
『防御が崩れた瞬間に打ち込んで、中から爆発させたのですよ』
レイヴンの声と似た声が頭の中で響いた
いつだったかに聞いた声と同じ声…
そして、同じセリフ…
…まさか、『わたし』と、会ったことがある人…?
…そんなこと、ない…よね…?
「アリシア?どうした?」
ユーリに話しかけられて顔を上げる
「…へ?何が?」
「何がじゃないわよ。先に進むって言ってるのよ」
首を傾げていると、リタの呆れた返事が聞こえた
「またぼーっとしていましたけど、大丈夫です?」
「え?あー…うん、平気平気!行くなら行こ行こ!」
そう言ってユーリの手を引く
「お、おい、アリシア…!」
ユーリの静止する声を無視して歩く
さっきの声を消したい一心で足を動かした
森の中を歩いていると、不意にカロルが立ち止まった
「カロル、何してるんだ、さっさと行くぞ」
「う、うん…」
そう言って進もうとしたカロルの目の前を魔物が通り過ぎた
「うわぁあああぁあぁあっ…!」
その瞬間、武器を取り出して振り回し始めた
「あっち行け!触るな!近づくな!」
「カロル、カロル、大丈夫ですよ、もうあっち行っちゃいましたから」
「…へ?は、はははは、なーんだ…さ、先を急ご」
…なんか、いつものカロルじゃない…
「…いつものカロル先生と少し様子が違うな」
ユーリも異変に気付いたらしく首を傾げる
「何が?いつものダメガキっぷりじゃない」
「ちょっと違うんだよな。いつものあの反応なら腰抜かすか、逃げてるぜ」
「確かにそうだよねぇ」
そんな会話をしながらカロルの後を追いかける
「うはぁっ!虫だ、虫の大群だぁっ!」
後ろからレイヴンのそんな叫び声が聞こえてきた
え?虫…!?
「うわぁあっ、来るな、来るな…!」
「嘘嘘嘘…!!?どこ!?どこ…!?」
「ちょ、まっ、アリシア…!?」
慌て過ぎてユーリに飛びついた
いやでもぼくにとってはそれよりも今の虫の大群の方が問題なわけで…
「うわっぷ…ちょい!ななな、何すんの…うわっ、目痛っ…」
「虫の大群追い払うために、薬かけてやったんでしょ」
リタの声のする方を見ると何故かレイヴンが目をこすっていて、その目の前でリタが呆れた顔でレイヴンを見ていた
「…え、嘘…?」
「げほっげほっ…死ぬかと思った…」
「カロル…それにアリシアも虫、ダメなんですね…」
エステリーゼにそう言われて、うっと言葉に詰まる
「そ、そんなことないって…」
「何とりつくろう必要あんのよ、今更。これ、持ってなさいよ。アスピオ製激虫水溶薬」
そう言ってリタはカロルにスプレーを手渡していた
「あ、う……い、いいの……?」
「いいわよ。ただし、人に向けて噴射しないでよ」
「俺様、人扱いされてないのね…とほほ…」
リタの言葉に落ち込むレイヴンだけど、そう思われても仕方ないと思う
…ぼく、それよりもリタの持ってるやつが気になる
「…ちょっと羨ましい、かも…」
「それはいいけどな、いい加減離れてくんねぇか?」
呆れ気味なユーリの声に自分の今の状況を確認すると、抱きついたままだった
「あ、ご、ごめんっ!」
慌てて謝ってユーリから離れる
「いや…まぁいいけどさ」
そう言って顔を反らせるユーリ
…なんか、若干赤いような気もするんだけど…
「ほら、あんたらも行くわよ」
「はいよ!…アリシア、行こうぜ」
ユーリはそう言って、ぼくの返事も聞かずに手を引いて歩き始めた
暫く歩いていると「そう言えば」と言ってリタが立ち止まった
「一応気を付けておいて。植物の異常成長がエアルのせいならここもエアルが溢れている可能性があるから」
「過度なエアルは人体にも魔導器 にも悪影響を及ぼすからね。エアルの取り込みすぎで代謝活動が活発になり過ぎるから普段より疲れるわよ」
リタの注意にレイヴンが補足を付け足した
「よく知ってたわね」
「へ?常識でしょ」
リタの言葉にレイヴンは首を傾げる
『過度なエアルは人体にも魔導器 悪影響を及ぼすのですよ。ですから、エアルの異常が見られる場所には近づかないでくださいね』
「……っ…?」
また、だ
さっきと同じ声が頭に響く
…一体、なんなのさ…
「ボク、リタに聞くまで知らなかった」
「勉強不足よ、少年」
ケラケラと笑いながら、レイヴンがカロルに言ってる声が聞こえた
「アリシア?どうかしましたか?」
「…ううん、なんでもないよ!」
心配そうに問いかけてきたエステリーゼにそう答える
「本当だよな、それ」
疑い深そうにユーリが聞き返してくる
そりゃそうか、さっき倒れたばかりだし…
「今度は本当にだいじょーぶ!…行こう?」
ぼくのその声掛けで再び歩き始めた
「…何か…聞こえなかった?」
大分森の奥に進んできたところでカロルが立ち止まって辺りを見回し始めた
…聞こえた…かな?
「うちをどこへ連れてってくれるのかのー」
「…なんか、聞いたことあるような声が…」
少しフードを上げて辺りを見回す
すると、上空を飛んでいる魔物に捕まって(?)いるパティの姿を見つけた
「パ、パティ…!?」
「なに?お馴染みさん?」
カロルの声にレイヴン首を傾げた
んー…確かに知り合いではあるの…かな…?
「助けなきゃ…!」
カロルはレイヴンの問いには答えずにそう叫ぶ
…まぁ、確かに助けないといけないけどさ…
うーん…術を使いたくてもリタがいるしなぁ…
「あーほいほい、俺様にお任せよっと…」
どうしようか迷っていると、レイヴンが弓を取り出した
そして魔物が傍を通った瞬間に矢を放った
「当たりました!」
エステリーゼのその声にユーリが走り出す
そして落ちてきたパティを両手で受け止めた
「ナイスキャッチなのじゃ」
嬉しそうにそう言ったパティをユーリは地面に優しく下ろすわけではなく、パッと腕を下ろして地面に落としてしまった
…流石にちょっと可哀想…かな…
「で?やっぱりアイフリードのお宝って奴を探してるのか?」
落としたことを悪びれもせずに至っていつも通りの雰囲気で話しかけるユーリに、パティもまた気にした様子もなく頷いた
「嘘くさ。本当にこんなところに宝が?誰に聞いて来たのよ」
「測量ギルド、天地の窖が色々と教えてくれるのじゃ。連中は世界を回っとるからの」
「それでラゴウの屋敷にも入ったって訳?結局、なにもなかったんでしょ」
ジト目でリタはパティを見る
…いや、そんな目で見なくてもいいと思うけど…
「百パーセント信用できる話の方が逆に胡散臭いのじゃ」
ほんの少し不服そうな口調でパティは反論する
「まぁ確かにそうだよね…」
苦笑いしながらパティの言葉に賛同した
百パーセント、なんて都合のいい話、あるわけないのが普通で…
「とりあえず、うちは宝探しを続行するのじゃ」
「一人でウロウロしたら、さっきみたいにまた魔物に襲われて危険なことに…」
「あれは襲われていたんではないのじゃ。戯れてたのじゃ」
エステリーゼの心配に彼女は戯れていただけだと言う
…いや、あれ誰がどう見ても襲われてたって…
「たぶん、魔物の方はそんなこと思ってないと思うけどな」
苦笑いしながらカロルは肩を竦めた
その時、パティの後ろの方からガサガサッと音が聞こえた
「あ、パティ、後ろ」
ぼくが指をさした先には魔物がいた
なんかこっちに来そうだし…
そう思って投げナイフを出そうとした
けど、それよりもパティの方が動きが早くて、クルッと振り返ると魔物に銃を向けた
ぼくが手伝う暇もなく、パティは魔物を倒した
意外と強い…のかな?
「つまり、一人でも大丈夫ってことか」
「一緒に行くかの?」
パティの誘いに、ユーリはまたの機会にしておくと言って断った
少し残念そうにしながら、パティは走り去って行った
「…行っちゃったね」
「本当に大丈夫でしょうか…?」
「本人が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫なんでしょ」
「だといいんだがな。ま、気にしてもしかたねえ。オレ達も行こうぜ」
ユーリはそう言って、ぼくの手を引いて歩き出した
ーーーーーーーーーーーーーー
森の一番奥まで来るとヘリオードと似たような現象が起きていた
「これ、ヘリオードの街で見たのと同じ現象ね。あの時よりエアルが弱いけど間違いないわ…」
リタがそう言って観察していると、背後から物音がした
振り返ると魔物が沢山出て来ていた
「あの魔物もダングレストを襲ったのと様子が似ています!」
エステリーゼが魔物を見てそう言った
…そう言えば、そんな話してたっけ
「来るぞ!」
ユーリはそう言って刀を抜いた
ぼくらも武器を持って戦闘する形を取った
「たぁっ!」
粗方魔物を倒したつもり…なんだけど、どこからともなく魔物が溢れかえって来ている
「木も、魔物も、絶対、あのエアルのせいだ!」
「ま、また来た!」
バタバタッと音を立ててまた魔物が現れる
これ…キリがないよ…
「ああ、ここで死んじまうのか。さよなら、世界中の俺のファン」
「世界一の軽薄男、ここに眠るって墓に彫っといてやるからな」
「そんなこと言わずに一緒に生き残ろうぜ、とか言えないの…!?」
ユーリとレイヴンがそんな会話をしているのが聞こえてくる
…呑気だなぁ…
そんなことしている間にめちゃくちゃ増えて来てるし…
…こうなったらもう、バレるとかバレないとか関係ない
ここで死んじゃったら意味がないんだから
…だから、兄さん、ごめん
この『力』を使うことを、許して
心の中で謝って力を使おうとしたその時、上からデュークさんが降りてきた
彼は持っていた剣を振ると辺りが真っ白な光で埋め尽くされる
あまりの眩しさで目を閉じる
目を開けた時には、魔物は居なくなっていた
「…………」
デュークさんは一瞬ぼくを見ると、何も言わずに立ち去ろうとする
「待って!その剣は何っ!?見せて!」
立ち去ろうとした彼をリタが呼び止める
表情を変えずに、デュークさんは剣を持った手がリタの方に向くように体の向きを変える
リタは剣をまじまじと見つめる
「今、いったい何をしたの?エアルを斬るっていうか…。ううん、そんなこと無理だけど」
「知ってどうする?」
「そりゃもちろん……いや…それがあれば、魔導器 の暴走を止められるかと思って……。前にも魔導器 の暴走を見たの。エアルが暴れて、どうすることもできなくて……」
リタは俯きながらそう言った
「それはひずみ、当然の現象だ」
「ひず……み……?」
デュークさんの言葉にリタは首を傾げる
どうやらリタでも知らないことがあるらしい
「あ、あの、危ないところを、ありがとうございます」
「エアルクレーネには近付くな」
「エアル……クレーネ……?」
デュークさんがエステリーゼに向けて言った言葉に、何故か聞き覚えがあった
『エアルクレーネ?』
『世界に点在するエアルの源泉…それがエアルクレーネと言われるものよ』
また頭の中で声が響く
今聞こえてきたのは『わたし』と…お母様の声だ
エアルクレーネ………うん…確かにお母様から聞いたかもしれない
「ま、おかげで助かった。ありがとうな」
ユーリのその声の方を見るとデュークさんが帰ろうとしているところだった
彼は無言で何故かぼくの方に歩いてくる
「…気をつけろ、お前を狙っている奴は案外近くにいるぞ」ボソッ
ぼくにだけ聞こえるようにそう言ってデュークさんは帰って行った
…近くに、いるって…
ゾクリと背筋に寒気が走った
…まさか、誰かにバレているの…?
…もし、そうだったら…
兄さん、だけじゃない
みんなが危険に晒されてしまう
そう思うと、無性に怖くなる
ほんの少し下を向いて左腕を掴んだ
耳の奥で、ドクドクと心臓の音が響く
…そんなこと、ない
大丈夫、きっとまだバレていないはず…
…きっと、大丈夫だから…
「アリシア?」
「…ふぇ…?」
ユーリの声に少し下げていた顔を上げると、心配そうにのぞき込んできてる彼の顔が見えた
「大丈夫か?どこか怪我でもしたか?」
そっと頬に触れながら聞いてくる
壊れものに触れるかのような触れ方に、ドキッとした
さっきまでの不安なんて、一瞬で消えた
「…大丈夫、怪我はしてないよ。…ちょっと疲れちゃっただけだよ」
少し肩を竦めてそう言った
…ユーリには、言えないから…
せめて、これ以上心配させないように
「ま、あんだけ戦えば疲れるよな。…けど、ダングレストまでどうにか頑張ってくれるか?」
ユーリの言葉にゆっくり頷くと、今度はフードの上から頭を撫でてきた
そしてぼくの手を取って歩き始めた
「エアルの異常で魔導器 が暴走、そのせいで魔物が凶暴化…。それがあいつの言うひずみ関係があるなら、この場所だけじゃすまないのかも」
ブツブツと何か言いながらリタは歩く
「さっきからぶつぶつと…」
とうとうそのリタに痺れを切らしたらしいレイヴンがため息交じりにそう言った
リタに何を考えているのかを聞こうとしたその時
ダダダダダダッと大きな音が辺りに響いた
「うわっ何!?また魔物の襲撃?」
大きな音に辺りを見回す
「しゃがめ!」
ユーリの声にその場にしゃがんだ
「カロル、頭、上げんなよ!」
魔物が通り過ぎるまで、ぼくらはジッとしていた
「…なんだったんだろう…?」
通り過ぎてから立ち上がって首を傾げる
「…あ、あの人達…」
エステリーゼの見た先には、複数の人影が見えた
「ドン…!」
カロルは見覚えがあるらしく白髪の男の人を見つめながら言った
「……てめえらが何かしたのか?」
カロルがドンと呼んだ人物に近づくと、彼は一言そう言う
「何かって何だ?」
「暴れまくってた魔物が突然、おとなしくなって逃げやがった。何ぃやった?」
彼はユーリをジッと見つめて問いかけてくる
「……ユーリ、あれです。エアルの暴走が止まったから…」
エステリーゼがそう言うと、カロルが簡潔に事の成り行きを話す
何かを知っているらしい彼に今度はリタが突っかかった
「いやな、べリウスって俺の古い友達がそんな話をしてたことがあってな」
「……!ベリ…ウス……」
小さくその名前を呟く
…確か、クロームさんが言ってた人だ
もしかしたら、この人も、『わたし』のことを知ってるのかもしれない…
…そう思うと、なんだか怖い
「……ん?そこに居るのはレイヴンじゃねえか。何隠れてんだ!」
その叫び声に、思わずビクッとしてしまった
無意識でユーリの後ろに隠れる
「うちのもんが、他人様のところで迷惑かけてんじゃあるめえな?」
「迷惑ってなによ?ここの魔物大人しくさせるのに頑張ったのよ、主に俺様が」
やけに親し気にレイヴンは彼と話している
「え!?レイヴンって、天を射る矢 の一員なの!?」
カロルは驚いたようにレイヴンを見る
…確か五大ギルドの一つ…だったっけ
「いてっ、じいさん、それ反則…!反則だから…!」
「うるせっ!」
…レイヴンの扱いって、どこでも変わらないんだね…
そんなこと思っていると、不意にユーリが彼に近づき始めた
「え…ユーリ…?!」
慌ててユーリの後を追いかけようかと思ったけど、知らない人に近づくとか怖いし…
…とりあえずラピードのところに居よう
ラピードに近寄ると仕方ないなとでも言いたげにその場に座ってくれた
「…ありがとう、ラピード」
そう言ってラピードに抱き着いた
そこから話を聞くに、なんか…話は聞くからちょっと腕試しさせろって話になっていた
…しかもユーリやる気満々だし…
「…ユーリー、程々にねー」
「わーってるよ!」
ユーリに声をかけると、何故かドンがぼくの方を見た
…やっぱり、知ってるのかな…?
「ちいっ、まだまだ!」
始まって数分、ユーリもドンも楽しそうに戦っていた
「おおっと、ここまでだ。これ以上は本気の戦いになっちまうからな。久々に楽しかったぜ。それじゃ話を聞こうか」
ドンはそう言って戦いに静止をかけた
…あれで本気じゃないって…化け物かな…
ユーリと話をしようと彼はするが、なんか急用ができてしまったみたいで、先に引き返すらしい
でも、ちゃんと約束してくれるんだなぁ…
ドンが離れたところでユーリに歩み寄る
「……ところで嬢ちゃん、一つ聞いていいか?」
ぼくに背を向けていたはずの彼は振り向きもせずに立ち止まって問いかけてくる
…え、ぼく…?
「…えっと…ぼく、ですか…?」
「おう。…お前さん、俺とどっかであった記憶はねえか?」
ゆっくりと振り返りながら彼は聞いてくる
…どこか懐かし気に見つめてくるその目に、何故か見覚えがあるような気がした
…でも、だ
もしここでそれを言えば、ぼくが『アリアンナ』だと肯定することと同じになってしまう
「…さぁ…会ったことはないと思います」
「…そう、か。すまねえな、変な質問しちまって。古い友人の娘っ子にそっくりだったもんだからよ。…忘れてくれや」
彼はそう言うと今度こそ立ち去って行った
…あぁ、もう…やっぱり知り合いか…
「こっちは結構本気だったんだがな。…ギルド…か」
「作るん、でしょ?」
「その時がきたらな」
ユーリとカロルのそんな会話が聞こえてくる
でも、ぼくはそれよりも…
…彼がべリウスのことを知っているのなら知りたい
…けど、もしそれを聞くことになれば、ぼくは自分のことを『アリアンナ』だと認めなければいけない
べリウスに会えなくても、リムル様に頼めば何とかなることだけど…
それでも、べリウスとも会って、話をしてみたい
「それにしても、なんでドンはアリシアに会ったことあるかなんて聞いたんだろう?」
「大方、例の従姉妹と間違えられたんじゃねえの?」
「…さぁ、どうなんだろうね?ぼくにもわからないよ」
ユーリとカロルの質問にそう返した
…実際、わからないのは事実だし…
「さ、ダングレストに戻るぞ」
ユーリのその声で、ぼくらは森を後にした
ーーーーーーーーーーーーーーー
「…報告は?」
ユーリ達から少し離れた茂みから『誰か』に声をかける人物がいた
「…『彼女』の気配はまるでない。確実に別人だ」
「…では、そのように報告します」
その人影は聞くだけ聞くと姿をくらませた
「…例えそうでも、『はい、そうです』…なんて、口が裂けても言えないっての…」
そう言って男は空を見上げる
鬱蒼とした森の中では、見ることは到底できないが…
軽く瞑った瞼に映るのは、昔の記憶で
守りたいと願った少女の微笑む姿は、男の瞼に今尚焼き付いていた
「……『あの子』がそうであればいいんだけれど…ね…」
小さく呟いて、男は先に行ってしまった同行者達を追いかけた
*スキットが追加されました
*そういえば…
ダングレストを出て、歩くこと数分…
ぼくらは目的のケーブモック大森林という場所についた
「わぁ…すご…」
「世の中にはこんな大きな木があるんですね…」
ぼくとエステリーゼは目を輝かせて辺りを見回す
「けど、ここまで成長すると、逆に不健康な感じがすんな」
ユーリの方は訝しげに辺りを見回していた
「カロルが言ってた通りね。ヘリオードで
リタは何か考え込みながら呟いた
そう言われてみれば確かに似ているかもしれない
キョロキョロと辺りを見回していると、近くの茂みからガサガサッと音が鳴った
「気をつけて、誰かいるよ」
カロルがバックから出ている武器の柄を握りしめながら言う
ぼくは少しフードを深く被り直して、刀の柄に手を添えた
警戒していると、茂みの中から出てきたのはいつかのおじさんだった
確か…レイヴン、とか言ってたっけ…?
「よっ、偶然!」
「こんなところで何してんだよ?」
「自然観察と森林浴って感じだな」
「胡散臭い…」
「あれ?歓迎されてない?」
さも歓迎されているのが当たり前かのように言った彼を、みんな揃って睨む
「歓迎するわけないじゃん…」
「そんなこと言うなよ。俺、役に立つぜ」
どうやら彼はついてくる気らしい
「役に立つって、まさか、一緒に来たい、とか?」
「そうよ、一人じゃ寂しいからさ。何?ダメ?」
「背後には気を付けてね。変なことしたら殺すから」
リタはそう言うと、一人で先に進みだした
「なぁ、俺ってばそんなに胡散臭い?」
「ああ、胡散臭さが全身からにじみ出てるな」
ユーリがそう言うとレイヴンは自分を嗅ぎ出した
…うわ…こわ…
「余計な真似したら、オレ何するかわからないんでそこんところよろしくな」
そう言ってユーリはぼくの手を引いて歩き始めた
暫く森の中を歩いていたけど、後ろからついてくるレイヴンが気になって仕方ない
みんな立ち止まって振り返る
「まあ、俺のことは気にせずに、よろしくやってくださいよ」
「どうします?」
「おっさん、なんかオレらを納得させる芸とかないの?」
ふーっと息を吐きながらユーリが言う
「俺を大道芸人かなんかと、間違えてない?」
レイヴンはそう言いながらも何か思いついたらしくて、歩き出した
「ちょいちょい、こっち来て」
彼はそう言いながらカロルを手招きする
「え…ボ、ボク…?」
カロルは戸惑いながら彼について行く
少しするとレイヴンだけが戻って来た
「アレ?カロルは?」
「う、う、うわぁあっ!ちょっと一人にしないで~!」
ぼくが問いかけた瞬間にカロルの悲鳴が聞こえてきた
…なんか、魔物に追いかけられてるんだけど…
「ほら、ガンバレ、少年!」
当の本人であるレイヴンは知らん顔をしてそう言った
うわ…この人大人げない…
そう思って見ていると、レイヴンは弓矢を取り出して魔物めがけて矢を放った
…あれ?でも、なんともなさそうだけど…
「も、もうイヤー!」
カロルはそう叫ぶと逃げ出した
…え、いや、こっちに来られても…!
「もうそろそろかね…」
レイヴンは呑気に手を頭の後ろで組んでそう言った
その瞬間、魔物の内側から爆発した
「中で爆発した!?」
「な、何したんです!?」
「防御が崩れた瞬間、打ち込んで中から…ボンてね!」
『防御が崩れた瞬間に打ち込んで、中から爆発させたのですよ』
レイヴンの声と似た声が頭の中で響いた
いつだったかに聞いた声と同じ声…
そして、同じセリフ…
…まさか、『わたし』と、会ったことがある人…?
…そんなこと、ない…よね…?
「アリシア?どうした?」
ユーリに話しかけられて顔を上げる
「…へ?何が?」
「何がじゃないわよ。先に進むって言ってるのよ」
首を傾げていると、リタの呆れた返事が聞こえた
「またぼーっとしていましたけど、大丈夫です?」
「え?あー…うん、平気平気!行くなら行こ行こ!」
そう言ってユーリの手を引く
「お、おい、アリシア…!」
ユーリの静止する声を無視して歩く
さっきの声を消したい一心で足を動かした
森の中を歩いていると、不意にカロルが立ち止まった
「カロル、何してるんだ、さっさと行くぞ」
「う、うん…」
そう言って進もうとしたカロルの目の前を魔物が通り過ぎた
「うわぁあああぁあぁあっ…!」
その瞬間、武器を取り出して振り回し始めた
「あっち行け!触るな!近づくな!」
「カロル、カロル、大丈夫ですよ、もうあっち行っちゃいましたから」
「…へ?は、はははは、なーんだ…さ、先を急ご」
…なんか、いつものカロルじゃない…
「…いつものカロル先生と少し様子が違うな」
ユーリも異変に気付いたらしく首を傾げる
「何が?いつものダメガキっぷりじゃない」
「ちょっと違うんだよな。いつものあの反応なら腰抜かすか、逃げてるぜ」
「確かにそうだよねぇ」
そんな会話をしながらカロルの後を追いかける
「うはぁっ!虫だ、虫の大群だぁっ!」
後ろからレイヴンのそんな叫び声が聞こえてきた
え?虫…!?
「うわぁあっ、来るな、来るな…!」
「嘘嘘嘘…!!?どこ!?どこ…!?」
「ちょ、まっ、アリシア…!?」
慌て過ぎてユーリに飛びついた
いやでもぼくにとってはそれよりも今の虫の大群の方が問題なわけで…
「うわっぷ…ちょい!ななな、何すんの…うわっ、目痛っ…」
「虫の大群追い払うために、薬かけてやったんでしょ」
リタの声のする方を見ると何故かレイヴンが目をこすっていて、その目の前でリタが呆れた顔でレイヴンを見ていた
「…え、嘘…?」
「げほっげほっ…死ぬかと思った…」
「カロル…それにアリシアも虫、ダメなんですね…」
エステリーゼにそう言われて、うっと言葉に詰まる
「そ、そんなことないって…」
「何とりつくろう必要あんのよ、今更。これ、持ってなさいよ。アスピオ製激虫水溶薬」
そう言ってリタはカロルにスプレーを手渡していた
「あ、う……い、いいの……?」
「いいわよ。ただし、人に向けて噴射しないでよ」
「俺様、人扱いされてないのね…とほほ…」
リタの言葉に落ち込むレイヴンだけど、そう思われても仕方ないと思う
…ぼく、それよりもリタの持ってるやつが気になる
「…ちょっと羨ましい、かも…」
「それはいいけどな、いい加減離れてくんねぇか?」
呆れ気味なユーリの声に自分の今の状況を確認すると、抱きついたままだった
「あ、ご、ごめんっ!」
慌てて謝ってユーリから離れる
「いや…まぁいいけどさ」
そう言って顔を反らせるユーリ
…なんか、若干赤いような気もするんだけど…
「ほら、あんたらも行くわよ」
「はいよ!…アリシア、行こうぜ」
ユーリはそう言って、ぼくの返事も聞かずに手を引いて歩き始めた
暫く歩いていると「そう言えば」と言ってリタが立ち止まった
「一応気を付けておいて。植物の異常成長がエアルのせいならここもエアルが溢れている可能性があるから」
「過度なエアルは人体にも
リタの注意にレイヴンが補足を付け足した
「よく知ってたわね」
「へ?常識でしょ」
リタの言葉にレイヴンは首を傾げる
『過度なエアルは人体にも
「……っ…?」
また、だ
さっきと同じ声が頭に響く
…一体、なんなのさ…
「ボク、リタに聞くまで知らなかった」
「勉強不足よ、少年」
ケラケラと笑いながら、レイヴンがカロルに言ってる声が聞こえた
「アリシア?どうかしましたか?」
「…ううん、なんでもないよ!」
心配そうに問いかけてきたエステリーゼにそう答える
「本当だよな、それ」
疑い深そうにユーリが聞き返してくる
そりゃそうか、さっき倒れたばかりだし…
「今度は本当にだいじょーぶ!…行こう?」
ぼくのその声掛けで再び歩き始めた
「…何か…聞こえなかった?」
大分森の奥に進んできたところでカロルが立ち止まって辺りを見回し始めた
…聞こえた…かな?
「うちをどこへ連れてってくれるのかのー」
「…なんか、聞いたことあるような声が…」
少しフードを上げて辺りを見回す
すると、上空を飛んでいる魔物に捕まって(?)いるパティの姿を見つけた
「パ、パティ…!?」
「なに?お馴染みさん?」
カロルの声にレイヴン首を傾げた
んー…確かに知り合いではあるの…かな…?
「助けなきゃ…!」
カロルはレイヴンの問いには答えずにそう叫ぶ
…まぁ、確かに助けないといけないけどさ…
うーん…術を使いたくてもリタがいるしなぁ…
「あーほいほい、俺様にお任せよっと…」
どうしようか迷っていると、レイヴンが弓を取り出した
そして魔物が傍を通った瞬間に矢を放った
「当たりました!」
エステリーゼのその声にユーリが走り出す
そして落ちてきたパティを両手で受け止めた
「ナイスキャッチなのじゃ」
嬉しそうにそう言ったパティをユーリは地面に優しく下ろすわけではなく、パッと腕を下ろして地面に落としてしまった
…流石にちょっと可哀想…かな…
「で?やっぱりアイフリードのお宝って奴を探してるのか?」
落としたことを悪びれもせずに至っていつも通りの雰囲気で話しかけるユーリに、パティもまた気にした様子もなく頷いた
「嘘くさ。本当にこんなところに宝が?誰に聞いて来たのよ」
「測量ギルド、天地の窖が色々と教えてくれるのじゃ。連中は世界を回っとるからの」
「それでラゴウの屋敷にも入ったって訳?結局、なにもなかったんでしょ」
ジト目でリタはパティを見る
…いや、そんな目で見なくてもいいと思うけど…
「百パーセント信用できる話の方が逆に胡散臭いのじゃ」
ほんの少し不服そうな口調でパティは反論する
「まぁ確かにそうだよね…」
苦笑いしながらパティの言葉に賛同した
百パーセント、なんて都合のいい話、あるわけないのが普通で…
「とりあえず、うちは宝探しを続行するのじゃ」
「一人でウロウロしたら、さっきみたいにまた魔物に襲われて危険なことに…」
「あれは襲われていたんではないのじゃ。戯れてたのじゃ」
エステリーゼの心配に彼女は戯れていただけだと言う
…いや、あれ誰がどう見ても襲われてたって…
「たぶん、魔物の方はそんなこと思ってないと思うけどな」
苦笑いしながらカロルは肩を竦めた
その時、パティの後ろの方からガサガサッと音が聞こえた
「あ、パティ、後ろ」
ぼくが指をさした先には魔物がいた
なんかこっちに来そうだし…
そう思って投げナイフを出そうとした
けど、それよりもパティの方が動きが早くて、クルッと振り返ると魔物に銃を向けた
ぼくが手伝う暇もなく、パティは魔物を倒した
意外と強い…のかな?
「つまり、一人でも大丈夫ってことか」
「一緒に行くかの?」
パティの誘いに、ユーリはまたの機会にしておくと言って断った
少し残念そうにしながら、パティは走り去って行った
「…行っちゃったね」
「本当に大丈夫でしょうか…?」
「本人が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫なんでしょ」
「だといいんだがな。ま、気にしてもしかたねえ。オレ達も行こうぜ」
ユーリはそう言って、ぼくの手を引いて歩き出した
ーーーーーーーーーーーーーー
森の一番奥まで来るとヘリオードと似たような現象が起きていた
「これ、ヘリオードの街で見たのと同じ現象ね。あの時よりエアルが弱いけど間違いないわ…」
リタがそう言って観察していると、背後から物音がした
振り返ると魔物が沢山出て来ていた
「あの魔物もダングレストを襲ったのと様子が似ています!」
エステリーゼが魔物を見てそう言った
…そう言えば、そんな話してたっけ
「来るぞ!」
ユーリはそう言って刀を抜いた
ぼくらも武器を持って戦闘する形を取った
「たぁっ!」
粗方魔物を倒したつもり…なんだけど、どこからともなく魔物が溢れかえって来ている
「木も、魔物も、絶対、あのエアルのせいだ!」
「ま、また来た!」
バタバタッと音を立ててまた魔物が現れる
これ…キリがないよ…
「ああ、ここで死んじまうのか。さよなら、世界中の俺のファン」
「世界一の軽薄男、ここに眠るって墓に彫っといてやるからな」
「そんなこと言わずに一緒に生き残ろうぜ、とか言えないの…!?」
ユーリとレイヴンがそんな会話をしているのが聞こえてくる
…呑気だなぁ…
そんなことしている間にめちゃくちゃ増えて来てるし…
…こうなったらもう、バレるとかバレないとか関係ない
ここで死んじゃったら意味がないんだから
…だから、兄さん、ごめん
この『力』を使うことを、許して
心の中で謝って力を使おうとしたその時、上からデュークさんが降りてきた
彼は持っていた剣を振ると辺りが真っ白な光で埋め尽くされる
あまりの眩しさで目を閉じる
目を開けた時には、魔物は居なくなっていた
「…………」
デュークさんは一瞬ぼくを見ると、何も言わずに立ち去ろうとする
「待って!その剣は何っ!?見せて!」
立ち去ろうとした彼をリタが呼び止める
表情を変えずに、デュークさんは剣を持った手がリタの方に向くように体の向きを変える
リタは剣をまじまじと見つめる
「今、いったい何をしたの?エアルを斬るっていうか…。ううん、そんなこと無理だけど」
「知ってどうする?」
「そりゃもちろん……いや…それがあれば、
リタは俯きながらそう言った
「それはひずみ、当然の現象だ」
「ひず……み……?」
デュークさんの言葉にリタは首を傾げる
どうやらリタでも知らないことがあるらしい
「あ、あの、危ないところを、ありがとうございます」
「エアルクレーネには近付くな」
「エアル……クレーネ……?」
デュークさんがエステリーゼに向けて言った言葉に、何故か聞き覚えがあった
『エアルクレーネ?』
『世界に点在するエアルの源泉…それがエアルクレーネと言われるものよ』
また頭の中で声が響く
今聞こえてきたのは『わたし』と…お母様の声だ
エアルクレーネ………うん…確かにお母様から聞いたかもしれない
「ま、おかげで助かった。ありがとうな」
ユーリのその声の方を見るとデュークさんが帰ろうとしているところだった
彼は無言で何故かぼくの方に歩いてくる
「…気をつけろ、お前を狙っている奴は案外近くにいるぞ」ボソッ
ぼくにだけ聞こえるようにそう言ってデュークさんは帰って行った
…近くに、いるって…
ゾクリと背筋に寒気が走った
…まさか、誰かにバレているの…?
…もし、そうだったら…
兄さん、だけじゃない
みんなが危険に晒されてしまう
そう思うと、無性に怖くなる
ほんの少し下を向いて左腕を掴んだ
耳の奥で、ドクドクと心臓の音が響く
…そんなこと、ない
大丈夫、きっとまだバレていないはず…
…きっと、大丈夫だから…
「アリシア?」
「…ふぇ…?」
ユーリの声に少し下げていた顔を上げると、心配そうにのぞき込んできてる彼の顔が見えた
「大丈夫か?どこか怪我でもしたか?」
そっと頬に触れながら聞いてくる
壊れものに触れるかのような触れ方に、ドキッとした
さっきまでの不安なんて、一瞬で消えた
「…大丈夫、怪我はしてないよ。…ちょっと疲れちゃっただけだよ」
少し肩を竦めてそう言った
…ユーリには、言えないから…
せめて、これ以上心配させないように
「ま、あんだけ戦えば疲れるよな。…けど、ダングレストまでどうにか頑張ってくれるか?」
ユーリの言葉にゆっくり頷くと、今度はフードの上から頭を撫でてきた
そしてぼくの手を取って歩き始めた
「エアルの異常で
ブツブツと何か言いながらリタは歩く
「さっきからぶつぶつと…」
とうとうそのリタに痺れを切らしたらしいレイヴンがため息交じりにそう言った
リタに何を考えているのかを聞こうとしたその時
ダダダダダダッと大きな音が辺りに響いた
「うわっ何!?また魔物の襲撃?」
大きな音に辺りを見回す
「しゃがめ!」
ユーリの声にその場にしゃがんだ
「カロル、頭、上げんなよ!」
魔物が通り過ぎるまで、ぼくらはジッとしていた
「…なんだったんだろう…?」
通り過ぎてから立ち上がって首を傾げる
「…あ、あの人達…」
エステリーゼの見た先には、複数の人影が見えた
「ドン…!」
カロルは見覚えがあるらしく白髪の男の人を見つめながら言った
「……てめえらが何かしたのか?」
カロルがドンと呼んだ人物に近づくと、彼は一言そう言う
「何かって何だ?」
「暴れまくってた魔物が突然、おとなしくなって逃げやがった。何ぃやった?」
彼はユーリをジッと見つめて問いかけてくる
「……ユーリ、あれです。エアルの暴走が止まったから…」
エステリーゼがそう言うと、カロルが簡潔に事の成り行きを話す
何かを知っているらしい彼に今度はリタが突っかかった
「いやな、べリウスって俺の古い友達がそんな話をしてたことがあってな」
「……!ベリ…ウス……」
小さくその名前を呟く
…確か、クロームさんが言ってた人だ
もしかしたら、この人も、『わたし』のことを知ってるのかもしれない…
…そう思うと、なんだか怖い
「……ん?そこに居るのはレイヴンじゃねえか。何隠れてんだ!」
その叫び声に、思わずビクッとしてしまった
無意識でユーリの後ろに隠れる
「うちのもんが、他人様のところで迷惑かけてんじゃあるめえな?」
「迷惑ってなによ?ここの魔物大人しくさせるのに頑張ったのよ、主に俺様が」
やけに親し気にレイヴンは彼と話している
「え!?レイヴンって、
カロルは驚いたようにレイヴンを見る
…確か五大ギルドの一つ…だったっけ
「いてっ、じいさん、それ反則…!反則だから…!」
「うるせっ!」
…レイヴンの扱いって、どこでも変わらないんだね…
そんなこと思っていると、不意にユーリが彼に近づき始めた
「え…ユーリ…?!」
慌ててユーリの後を追いかけようかと思ったけど、知らない人に近づくとか怖いし…
…とりあえずラピードのところに居よう
ラピードに近寄ると仕方ないなとでも言いたげにその場に座ってくれた
「…ありがとう、ラピード」
そう言ってラピードに抱き着いた
そこから話を聞くに、なんか…話は聞くからちょっと腕試しさせろって話になっていた
…しかもユーリやる気満々だし…
「…ユーリー、程々にねー」
「わーってるよ!」
ユーリに声をかけると、何故かドンがぼくの方を見た
…やっぱり、知ってるのかな…?
「ちいっ、まだまだ!」
始まって数分、ユーリもドンも楽しそうに戦っていた
「おおっと、ここまでだ。これ以上は本気の戦いになっちまうからな。久々に楽しかったぜ。それじゃ話を聞こうか」
ドンはそう言って戦いに静止をかけた
…あれで本気じゃないって…化け物かな…
ユーリと話をしようと彼はするが、なんか急用ができてしまったみたいで、先に引き返すらしい
でも、ちゃんと約束してくれるんだなぁ…
ドンが離れたところでユーリに歩み寄る
「……ところで嬢ちゃん、一つ聞いていいか?」
ぼくに背を向けていたはずの彼は振り向きもせずに立ち止まって問いかけてくる
…え、ぼく…?
「…えっと…ぼく、ですか…?」
「おう。…お前さん、俺とどっかであった記憶はねえか?」
ゆっくりと振り返りながら彼は聞いてくる
…どこか懐かし気に見つめてくるその目に、何故か見覚えがあるような気がした
…でも、だ
もしここでそれを言えば、ぼくが『アリアンナ』だと肯定することと同じになってしまう
「…さぁ…会ったことはないと思います」
「…そう、か。すまねえな、変な質問しちまって。古い友人の娘っ子にそっくりだったもんだからよ。…忘れてくれや」
彼はそう言うと今度こそ立ち去って行った
…あぁ、もう…やっぱり知り合いか…
「こっちは結構本気だったんだがな。…ギルド…か」
「作るん、でしょ?」
「その時がきたらな」
ユーリとカロルのそんな会話が聞こえてくる
でも、ぼくはそれよりも…
…彼がべリウスのことを知っているのなら知りたい
…けど、もしそれを聞くことになれば、ぼくは自分のことを『アリアンナ』だと認めなければいけない
べリウスに会えなくても、リムル様に頼めば何とかなることだけど…
それでも、べリウスとも会って、話をしてみたい
「それにしても、なんでドンはアリシアに会ったことあるかなんて聞いたんだろう?」
「大方、例の従姉妹と間違えられたんじゃねえの?」
「…さぁ、どうなんだろうね?ぼくにもわからないよ」
ユーリとカロルの質問にそう返した
…実際、わからないのは事実だし…
「さ、ダングレストに戻るぞ」
ユーリのその声で、ぼくらは森を後にした
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「…報告は?」
ユーリ達から少し離れた茂みから『誰か』に声をかける人物がいた
「…『彼女』の気配はまるでない。確実に別人だ」
「…では、そのように報告します」
その人影は聞くだけ聞くと姿をくらませた
「…例えそうでも、『はい、そうです』…なんて、口が裂けても言えないっての…」
そう言って男は空を見上げる
鬱蒼とした森の中では、見ることは到底できないが…
軽く瞑った瞼に映るのは、昔の記憶で
守りたいと願った少女の微笑む姿は、男の瞼に今尚焼き付いていた
「……『あの子』がそうであればいいんだけれど…ね…」
小さく呟いて、男は先に行ってしまった同行者達を追いかけた
*スキットが追加されました
*そういえば…